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第十八計(後の2) 擒賊擒王《きんぞくきんおう》… 中心人物を捕らえることで、敵を弱体化します

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 エドマが逃げ去ったからだろうか、今までに制圧したダンジョンの中は、再び静まり返った。
 城に戻るには全員の回復を待たなければならなかったが、それほど急ぐこともなかったらしい。
 外で徘徊するモンスターは、ひと晩じゅう、どこにも出なかったというのだ。
 エドマは各層にモンスターを配置するのに精一杯になり、「闇の通い路」で外へ送り出す余裕がなくなっていたのだろう。
 もちろん、それはいつの間にか姿を消していた、悪党のロズと盗賊のギルの活躍にもよる。
 騎士団の惨状を見て半分恐れをなし、半分気を利かせて街へ戻ると、路地から路地を巡回して、モンスターを見つけ次第、始末していたというのだ。
 だが、リカルドがそんなことを知るはずもない。
 僕たちが昼頃に城へ戻ったときには、大広間に廷臣たちや貴族たちを集めて、ディリアの前にたちはだかっていた。
「姫様の専横、そして街中の不満の声……王位継承権を行使なさるのは難しいかと存じます。古からの掟に従い、この宰相リカルドに、執政の全ての権をお預けくださいますよう」
 その言葉を聞いたオズワルは、今にも剣を抜いてリカルドに詰め寄りそうになる。
 だが、それを押しとどめたのは、ほかならぬディリアだった。
「あなたに任せるには、多分に問題があります。胸に手を当てて、よく考えてみなさい」
 そう言って並べ立てたのは、リカルドが犯した、これまでの悪事の数々だった。
「私を呪殺しようとする誓約書を捏造し、罪もない臣下を私の手で城から追放させようとしましたね? それどころか、私に従おうとする者を害しようと、目録まで作っていたではありませんか」
「それは全て申し開きが通りましたこと」
 リカルドが平然とうそぶけば、ディリアは不法行為をあげつらう。
「ダンジョンへ向かった騎士団への食糧を悪党たちに略奪させ、なおかつそれを街中に横流ししていたではありませんか。これを横領と言わずして何と言いましょうか。」
「御多忙なディリア様のお手を煩わせまいとしだけのこと」
 あっさりと切り返されても、さらに追及は続く。
「悪党たちを配下に引き入れるために、その罪を勝手に減じましたね? そうした者どもを使って、私が要職に就けた者を脅迫したのも、王位継承の正当性に傷をつけるためですか?」
「全くの言いがかりでございます、誰がそのような」
 リカルドは苦笑いするが、確かに、これはやり過ぎだった。証拠がない。
 だが、ディリアはさらに細かいことまで責め立てる。
「私が王位継承を放棄したように見せかけようとして、城の門を閉ざしましたね?」
「規則は規則でございます。ディリア様こそお立場を考えて、お忍びで街にでるのはおやめください」
 リカルドは真面目な顔で言い返す。
 分が悪いのを悟ったのか、ディリアは最後の切り札に手をつけた。
「亡き父の遺言状を、配下を使ってわざわざダンジョンへ捨てに行かせたのはなぜですか?」
 リカルドがほくそ笑むのが見えた。
 ……いけない! 
 僕が声を上げようとしたとき、リカルドは怒りを込めた声で反論してみせる。
「それは、ホンモノですかな? それは、先王のお手になるものですか? 封蝋の印章はございますかな?」 
 いちいち、もっともなことだった。
 ディリアは、完全に墓穴を掘ったのだ。
 それでもこの場で打つ手がないか、必死で考えたが、頭は真っ白になっていく。
 リカルドは、さらに畳みかけた。
「そもそも、先王が王位をディリア様に託すなど、分かりきっていることをなぜ遺言状に? 肝心なのは、ご伴侶があるかどうかではないのですか?」
 とどめの一言に、何もかも終わりだと思った。 
 だが、そのときだった。
「仰せの通りでございます」
 声を揃えて、大広間にやってきた者があった。
 頭巾で顔を覆った四人を扇動してきた伝令が、ディリアに恭しくひざまずく。
「東西南北四家のご使者、ご到着にございます」
 使者のひとりが、おもむろに口を開いた。
「主の名代としてリカルド殿に問う。先王の遺言状なるものに記されしこと、何ゆえ、御身がご存知なのか」
 別のひとりが問う。
「そもそも、その真偽を、我らが主は問うておらぬ」
 ひとりが、その言葉を継いだ。
「それでも御身が異議を申し立てるなら、それ相応の責を負うてもらうことになるが、ご承知か」
 リカルドが口ごもる。
 さっきまでの雄弁はどこへやら、いえ、その、と口ごもるところへ最後のひとりが、ひと言でとどめを刺す。
「お引き取りになるのがよろしかろう」
 言われた通り、ほうほうの体で逃げ去るリカルドに付き従う者はいなかった。
 その姿が大広間の外へ消えると、ディリアはにっこりと笑う。
「余興は、これまで」
 麻雀四家の使者が頭巾をはねのけると、大広間の一同は、僕も含めて唖然とした。
 そこにいたのは、ロズ、ギル、そしてダンジョンで死んだことになっているので街に残してきた、レシアスとロレンだった。
 すると、伝令はアンガか。
 ディリアは素知らぬ顔で、一同に言い渡した。
「たまにはこんな楽しみもなくては、とリカルドも申しておりました。忙しいところ、いらぬ時間を取らせましたね……お詫びに、午餐を振る舞いましょう」
 
 豪華な昼食は、この場にいる者への口止め料でもあった。
 もっとも、顔を知られてはならないアンガは、この場にはいない。
 ロズとギルはご馳走にありついて上機嫌だったが、ダンジョン帰りに一芝居打たされたロレンとレシアスは、不満たらたらだった。
 それでも、かつて廷臣であった者たちが生きていたことは、その同僚たちの歓迎の中で公然の秘密となった。
 その大賑わいの中で、ディリアが僕をそっと連れ出した場所がある。
「いいというまで、目を開けてはいけません」
 その禁が解かれたのは、城中に隠された寝室だった。
 この間、ディリアが刃物で襲われたときとは間取りが違う。 
 あのときはオズワルが場所を教えてくれたが、ここは多分、ディリアしか知らない場所だ。 自分がどこに来たのかようやく分かったとき、ディリアはいきなりしがみついてきた。
「怖かった……でも、必死で考えたのです、私もこの策を」
 ディリアの責任を問う街中の騒ぎに乗じて、リカルドが王位継承の正当性を問うてくるのは目に見えていた。
 廷臣たちや貴族たちの前で、いくらでも言いぬけられる過去の悪事を暴いてみせたのも、リカルドの油断を誘うためだ。
 あらかじめギルを呼んでアンガの様子を確かめ、ロレンが帰ったら「金縛りホールド・パーソン」を解かせて狂言を吐くよう仕組んであったのだ。
 だが、これは僕たちが生きて帰らなかったらできないことだ。
 ぞっとしながら、たしなめる。
「危険すぎます」
 相手を罠にはめるために自分も追い込むなどという策は、三十六計にはない。
 だが、ディリアは僕の耳元で囁いた。
「カリヤを信じたのです……言ったではありませんか、自分で考えて、後始末も自分で考えろ、と」
 胸が熱くなった。
 思わずディリアを抱きしめそうになったが、思いとどまる。
 ここは誰も知らない寝室で、本当の僕は30過ぎてて教員で、ディリアと同じ年の女生徒にそれをやったら、全てを失う立場なのだと。
 ここは異世界だが、後悔の方が大きいのはたぶん、変わらない。
 それに、指輪の願いを使い切ったのは隠しているし、カストについて変な夢を見たのもうしろめたかった。
 この部屋に残されていたらしい、フェレットのマイオもこちらをじっと見ている。
 つまり、エルフのターニアが。
  たおやかな身体をそっと引き離して、僕は真面目な顔でディリアを叱った。
「戻りましょう、みんなのところへ……バレないうちに」
 ディリアは目を閉じると、不満げに尖らせた口をそっと差し出してくる。
 僕は黙って、その前に人差し指を立てた。
 これが、大人の余裕だ。
 しびれを切らしたディリアが目を開けたとき、何というかは分からないが、後先考えたら、恥をかかされた女の平手打ちなど、なんということもない。
 密なるを尊ぶ。
 これでこそ、計略が成るというものだ。
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