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第十八計(後の1) 擒賊擒王《きんぞくきんおう》… 中心人物を捕らえることで、敵を弱体化します
しおりを挟む「ドウニ!」
第17層にたどりついた僕の叫びは、洞窟の中に空しく響いた。
剣を抜いて警戒しながら、僕はランタンを手に先へと進む。
何も出ないといいな、という願いは、その光の奥に現れた人影によって打ち砕かれた。
「……誰だ?」
ヒューマノイドで、小さくはないのを見ると、オークだろうか?
すると、とうとう生身の相手と戦わなくてはならなくなったということだ。
頼りになるのは、オズワルに教わった剣術だけだ。
使いこなせるだろうか……いや、使いこなさなくてはならない。
上の層で、巨大な魔犬と闘ってくれている騎士団長に応えるためにも。
僕はランタンを足元に置くと、恐る恐るロングソードを抜いた。
刃がぼんやりと光っているのは、レシアスがかけてくれた強化魔法が効いているからだ。
レッサーデーモンは、倒せただろうか?
そんなことがちらりと気になったところで、闇の向こうでもロングソードを抜いたのが分かった。
怖い……でも、あのレヴァナントたちと言葉だけで向き合っているロレンは、もっと怖いはずだ。
さあ、相手はどんな奴だ?
腹を括って剣を構えると、まるで鏡に映したように同じ仕草で応じてくる。
少しでも隙を伺おうとして、少しずつ間合いを詰めていくと、向こうも、同じ歩調で迫ってきた。
あとちょっとで剣先が触れ合うが、それは、戦闘が始まるときだ。
キン、という音がする。
僕は歯を食いしばって剣を振り上げると、叫んだ。
「どけええええええ!」
全く同じ言葉が、洞窟の中にハモって共鳴する。
思わず剣が止まって、しまったと思ったが、相手も同じ姿勢で、身動きひとつしなかった。
……え?
もしかすると、向こうも同じことを考えたかもしれなかったが、それを確かめる術はなかった。
いきなりランタンの前に倒れて照らし出されたそいつの顔に、僕は愕然としたからだ。
「ええええええ!」
それは、僕の顔だった。
ぴくりとも動かないのを見ると、死んでいるのかもしれない。
死んだのが僕だとすると、ここでこうしているのは、いったい誰なんだろう?
そんな落語の『粗忽長屋』みたいなことを考えてうろたえていると、闇の中からもうひとり、現れた者があった。
「来るなああああ!」
我に返った僕は慌てて剣を降り下ろしたが、ハンマーのひと振りで軽く弾き飛ばされてしまった。
「俺だよ」
ハンマーを手にしたドワーフは、不敵な笑いを見せる。
ドウニだった。
それでひと安心した僕は、足もとに倒れている僕自身が何者なのか、察しがついた。
「……ドッペルゲンガー?」
ダンジョンに入り込んだ者の姿を写し取り、その仲間を欺くモンスターだ。
ドウニを呼んだ僕を殺して入れ替わろうとしたのだろう。
そのうえで、ドウニを騙して油断させ、始末するつもりだったに違いない。
エドマは、いちばん性質の悪いモンスターを最後の最後に仕掛けておいたのだ。
「だから、えらく苦戦したぞ」
そういうドウニに、失礼かとは思いながら、僕は聞いてみた。
「本物……だよね」
ドウニは怒りもしない。
「先を急げ」
言われた通りに洞窟の奥へ向かおうとしたが、足が勝手に止まった。
振り向いて、聞いてみる。
「できれば……」
ついてきてほしい、と言おうとしたところで、目の前に現れたもうひとりのドウニが、ハンマーで吹き飛ばされた。
「そうはいかん!」
自分のドッペルゲンガーと闘いはじめたドウニの声は、背中で聞いてもどこか楽しそうだった。
ようやくのことで第18層にたどりついた僕は、ランタンの光の中でぽつりとつぶやいた。
「ひとり……か」
ひとりじゃないわ、という声が聞こえて振り向くと、そこにはエルフのターニアがいた。
「みんな無事よ」
聞けば、ダンジョンの外に退却した騎士団と、ハクウが運んできたポーシャは、命を取り留めたという。
ロレンは長い長い問答の末、レヴァナントたちを説得し、その怨念を浄めることができた。
レシアスは魔力戦の末、レッサー・デーモンを別次元へ追い払うことに成功した。
オズワルも死闘の果てに、炎の魔犬を倒したという。
「これで100年かけて作った分の霊薬、きれいになくなっちゃったけどね」
たいへんなことをすっきりとした声で告げたターニアは、インフラビジョンにものを言わせて、軽やかな足取りで闇の中へと歩きだす。
ランタンを片手に後を追う僕が、洞窟の奥へとたどりつくのにそれほど時間はかからなかった。
案の定、そこには闇エルフのエドマが待っていた。
「まるで物見遊山だな、ターニア」
その姿がはっきりと見えるのは、背にした扉が魔法の光を放っているからだ。
禍々しい形をした、ふたつ目の地獄門……。
ターニアは、呆れたように答えた。
「もう少し気楽に生きればいいのよ、エドマも。エルフの時間に限りはないんだから」
苛立たしげな返事が、冷たく応じた。
「その無限の時間を無駄に使う、お前たちの生き方が気に食わんのだ」
ん~、とターニアはわざとらしく首を傾げた。
「朝起きて、森を歩いて木の実とか野草採って、そりゃ、ときどき獣や鳥も狩るけど……夜は月の光を浴びて、すっきりしたら寝て……他にすることある?」
羨ましい限りのスローライフだった。
エドマは大真面目な顔で、ターニアに問いかける。
「我々エルフは、技も知能も世界の秘密も、あらゆることに長け、あらゆることを知りつくしている。それなのに、なぜ、世界の主になろうとしないのか?」
深々とため息をついたターニアは、事もなげに答えてみせる。
「当たり前じゃない。主にふさわしいのは、不完全なものなんだから」
そのひと言で、胸の奥にあったわだかまりが、すっと流れ去っていくような気がした。
真っ先に考えたのは、ディリアのことだ。
もう、充分なのだ。誰に何を言われようと、恥じることはない。
先王に託された地位を、堂々と継げばいいのだ。
それは、僕にしても同じことだったのかもしれない。
生徒の前で、意地も見栄も張ることはなかったのだ。
ありのままの姿で、教壇に立っていれば……。
だが、そんなことを考えている場合ではなかった。
ダンジョンの地面から、突如として現れたものがあった。
人の形をした、巨大な土の塊に、ターニアは呻いた。
「土の元素……」
そこで高々と指を掲げると、洞窟の中に凄まじい風が吹き荒れる。
だが、土の元素そのものを打ち破るには足りなかった。
その剛腕は平然と、ターニアへと襲いかかる。
立ちはだかろうとした僕の身体は弾き飛ばされ、風にあおられて洞窟の壁へと叩きつけられた。
「カリヤ!」
自ら風を封じたターニアが、落ちてきた僕の身体を抱き留める。
エドマは高らかに笑って、土の元素に指図した。
「やれ!」
だが、巨大な土の人形は、それを拒むように崩れ落ちた。
ターニアが、エドマをたしなめる。
「四大元素は、呼び出してもそうそう操れるものじゃないわ。インビジブル・ストーカーを忘れたの?」
風の元素界の住人を召喚したエドマは、その扱いにしくじっている。
痛いところを突かれて逆上したのか、エドマは何か呪文を唱えながら、指を高々と掲げた。
だが、何も起こりはしなかった。
暗い色の顔に、噛みしめた白い歯が映える。
「魔法解除だな……」
問答が続いている隙に、こっそりかけておいたのだ。
ターニアが、僕に微笑みかける。
「ありがとう……」
それっきり、美しいエルフ娘は目を閉じて、僕の上に倒れ込んだ。
微かな甘い息が、頬の上に感じられる。
たぶん、力を使い果たしたのだ。
レイピアを抜いたエドマが、僕に告げた。
「すると、お前が相手になるしかないが……どうする?」
僕は無言でロングソードを構えた。
エドマは自信たっぷりに笑って、レイピアを片手に地面を蹴る。
……速い!
攻撃のたびに生まれる隙を、ターニアのアミュレットは正確に教えてくれる。
だが、僕の剣が間に合わないのだ。
あっという間に、僕を壁際に追い詰めたエドマがつぶやいた。
「もう少し、楽しませてくれるかと思ったが……」
その先は、聞えなかった。
何者かの力で空中に高々と持ち上げられたエドマに、翼の生えた虎が飛びかかっていたのだ。
だが、そこは闇エルフだった。
間一髪、姿を消したのは、次元の狭間に身を隠したからだろう。
風の元素界から来たインビジブル・ストーカーでも、それは捉えられなかったらしい。
禍々しい光を失った地獄門が微かに開いて閉じるのは、ランタンの光の中でも、どうにか見て取ることはできた。
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