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第十一計 李代桃僵《りだいとうきょう》……不要な部分を捨てて、勝ちに行きます

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 エドマが逃げたのを見て、それまで己を失っていたロレンはようやく事の次第を理解したようだった。
 邪悪な妖精たちが巣食っていたダンジョンの探索を始めると、洞窟は複雑に曲がったり枝分かれしたりしながら、どこまでも続いている。
 第11層への入り口を探しながらも、レシアスが警戒していたのはエドマのことだ。
「あの闇エルフ、逃げたと見せかけてどこかに隠れていないとも限らない」
 だが、僕がずっと気にしていたのは別のことだ。

 ……悪しき者は、悪しき妖精を引き寄せる。

 そういえば、エドマが落としていった短剣は、リカルドに向かって飛んでいった。
 あれが、ふさわしい持ち主の手に収まろうとしたのだとすると、リカルドが邪悪な妖精たちを従えるおそれもあるのだ。
 早く第11層への入り口を探し出して、城に戻らなくてはならない。
 だが、僕の焦りは別の意味で取り越し苦労に終わった。
 それは、レシアスが杖の光で入り組んだ長い洞窟の端を照らしだしたときだった。
 大きな空間が開けていて、その奥にある隠し扉をロレンが「看破ペネトレーション」の祈りで発見する。
 そのとき、僕たちが通ってきた洞窟の闇の中に、何者かがやってくる足音が聞こえた。
 振り向くと、そこには妙に逞しい人影が見える。
 たどたどしい口調で、僕たちに告げた。
「戻ってきた。出て行け」
 不法侵入者の退去を求める声に、レシアスが呻いた。
ボガードいたずらをする妖精……」
 その背後には、コウモリの翼を持つ、グレムリンどもがふわふわと浮かんでいた。
 今度は、僕が茫然とする。
「何で……?」
 闇エルフのエドマが城へと放った、邪悪な妖精たちが戻ってきたのだ。
 リカルドに従えられるよりはマシだが、あまりにも間が悪すぎる。
 だが、そこで聞こえてきたのは、聞き覚えのある声が口ずさむ歌だった。
 
 いけない子はどこにいる?
 おいたをする子はどこにいる?
 怒らないから帰りなさい
 自分のおうちへ帰りなさい

 クロスボウをバラバラにしたグレムリンは、声も立てずに姿を消した。
 残ったボガードが振り向いた先には、ハンマーを背負ったドワーフのドウニがいる。
 その声には、歌とは真逆の凄みがあった。
「この程度の相手に、武器はいらん」
 そうつぶやくと、襲いかかるボガードの腕をあっさりと両腕で抱え込む。
 一本背負いで洞窟の闇の中へと放り込まれたボガードは、やはり物音も立てずに消えた。
 それを見届けた歌声の主、ターニアは、僕にふうわりと微笑んだ。
「いい妖精は、いい子のところへやってくるの」

 レシアスやロレンは、ダンジョンから出るとどこかへ去った。
 ドウニはダンジョンに戻り、ターニアは城まで僕を送ってくれた。 
 もうディリアの前へ出てもいい頃だろうという僕に、ターニアは言ったものだ。
「その時機が来たら戻るわ。いい子がひとりで頑張っていれば、悪いこともいいことになるものよ」
 そんなわけで、ひとりで城へ戻った僕は、すぐに自分の部屋で横になった。
 瞼の裏に浮かんだステータスは、これだ。
 
〔カリヤ マコト レベル11 16歳 筋力19 知力16 器用度17 耐久度15 精神力19 魅力16〕 

 本心を隠して悪党と付き合うのは、なかなかに忍耐が必要だった。
 精神力が上がったのは、そういうわけなのだろう。

 朝になって目を覚ましたのは、僕の顔の前でうろちょろする小さいのがいたせいだ。
 目を開けると、羽の生えた全裸の娘が僕を見つめている
「なんか、みんな広い部屋に集まってるよ」
 慌てて跳ね起きると、それはフェアリーのポーシャだった。
 暗いところでは光っているのと、明るい所でも小さいのとで、何も着ていないのに気付かなかったのだ。
 天井の隅では、三角帽子をかぶったレプラホーンのハクウがふわふわ浮いていた。
「面白くなさそうだけど、そっち行ってるぜ」
 言うなり、姿を消す。
 身支度をしながら、ポーシャに聞いてみた。
「帰らないのか、ダンジョンに」
 ポーシャはあっちこっちせわしなく飛び回りながら答えた。
「ここ居心地いいって、ハクウも言ってた」
「大騒ぎになるぞ、人に見つかると」
 するとポーシャは、瞬く間に姿を消す。
 部屋の中を見渡していると、耳元で囁く声がした。
「見えないようにするね。この格好、カリヤには目の毒みたいだし」
 妖精が去っていかないのを見ると、男の生理的反応は邪念のうちに入らないようだった。
 
 城の大広間にへと急ぐ廊下で、僕はフェレットのマイオを拾った。
 抱え上げると、ターニアの声で夕べの経緯を語ってくれた。
「あのボガードやグレムリン、夜中にリカルドの寝室に現れたらしいよ」
「で……やっぱり手下になったのか?」
 だからダンジョンに戻ってきたのだろうと思っていたのだが、聞かされたのは意外な出来事だった。
 ボガードは、あのたどたどしい口調で、力になってやるとリカルドに告げたらしい。
 だが、グレムリンの持つ力まで聞かされたところで、リカルドはきっぱり言ったのだった。
 
 ……妖精の力などいらぬ。だいいち、クロスボウも使えなくなるではないか。

 その辺りだけは、敵ながら天晴れと褒めてやりたかった。
 そんな気持ちも、エルフのターニアにはお見通しだったろう。
 たしなめるような口調で、思わせぶりなことを言った。
「で、邪悪な妖精を怒らせたリカルドはどうなったかは……大広間に行けば分かるわ」

 滑り込みで間に合った朝礼で、ディリアは僕の腕の中にいるフェレットのマイオを見て、安心したように微笑んだ。
 今朝は、リカルド側についている廷臣や貴族たちもディリアの前に整列していた。
 その理由が、床にひざまずいているリカルドであることは見れば分かった。
 ディリアから巻物《スクロール》を手渡されたオズワルは、たどたどしいながらも、満足げに読み上げる。
 それは、リカルドが陰で行ってきた悪事の数々だった。
 ニ重帳簿に隠し財産、悪事をかばう代わりに手下にした街の悪党たち、その際に送った書簡と報酬……これが日本の政治家なら、議員辞職と引退は免れないくらいの数と規模だった。
 廷臣たちや貴族のうち、ディリアに味方している者は、やっと留飲が下りたという顔をしている。
 リカルドに付いた者たちは、悔しげに唇を噛みしめたり、おろおろと視線を泳がせたりしている。
 オズワルが罪状をひととおり読み上げると、ディリアはリカルドを見下ろして穏やかに尋ねた。
「いかがですか?」
 だが、リカルドは悠々とシラを切った。
「実は昨夜、不思議な夢を見ましてな。私の寝室に怪しげな妖精が忍び込みまして、力になってやるというのです。無礼を申すなと叱り飛ばして追い払いましたところ、部屋のあちこちをひっくり返しましてな……その夢で見た書類に、よく似ております」
 僕は直感した。
 夢のせいにして、自分の罪を明らかにしたのは、裏が取れないと分かっているからだ。
 このまま放っておけば、ディリアは讒言に動かされる愚昧な君主だということになる。 
 どうする……?
 かつて魏の曹操の後を継いだ息子の曹丕は、弟である曹植の詩才に嫉妬して、「七歩のうちに詩を作らなければ殺す」と無理難題を吹っ掛けたというが……。
 今の僕には、考えるのに七歩の余裕もない。
 その瞬間、閃いたイメージがあった。
 6枚×6列のカードの中で、その中の1枚がくるりと回る。

 三十六計、「その十一」だ。
 「李代桃僵《りだいとうきょう》」……不要な部分(李《すもも》)を切り捨て、全体(桃)の被害を抑えつつ勝利する。

 僕はディリアのもとに駆け寄ってひざまずくと、微かに首を振ってみせた。
 ディリアは微笑して、リカルドに詫びてみせる。
「まさかとは思っていたのですが、手に入ったものに知らぬ顔もできません。気を悪くしないでください」

 
 昼になって、ディリアがお忍びで街に出ると言い出したのは、そういうわけだった。
 当然、オズワルは止める。
「そう簡単には見つかるはずが……その、悪党どもが」
 だが、ディリアは聞かない。
「私が自ら赴けば、悪党どもは自ら集まって来ましょう。いい人質です。リカルドにしてみれば、救い出して恩を売ることもできましょう」
 そこで、僕は手を挙げた。
「ディリア様がそうおっしゃるなら、方法がないこともありません」
 そして、夕方にはもう、アンガの手で街中に噂が広まっていた。
 王女ディリアが、お忍びで自らダンジョン征服に向かう、と。
 物見高い街の人々は、ディリアの雄姿をひと目見ようと城門に押しかけるが、もちろん、そんなところからお忍びの姫君が出てくるはずもない。
 城の使用人口からこっそり出た僕は、ほとんど空になった街の中を、ひとりで歩く。
 ……そう、ディリアの姿で。
 途中で落ち合ったレシアスに「変身メタモルフォーゼ」の魔法をかけてもらったのだ。
 女装して、顔と見かけの身体つきさえ似せれば充分だ。
 どうせカストが悪党どもの間を走りまわって、僕……つまりディリアの行く先を見張らせていることだろう。
 その読みはきっちり当たって、街中に入ると間もなく、僕は後ろから袋を被せられて拉致されていた。

 連れていかれた先は、カンテラの灯に照らされた、どこかの古い家の中だった。
 縛り上げられた僕をぎっしり密集して取り囲んでいるのは、いかにも悪人面をした連中だ。
 ざっと見たところ、1クラス分……40人弱がうずくまっている。
 引っかかった。
 これも、「李代桃僵」のうちだ。
 戦力的にはいちばんどうでもいい僕が捨て石になって、悪党どもを集めておく。
 僕の行方はアンガが追っていたはずだから、もうオズワルには伝わっているだろう。
 こいつらが騎士団の手で一網打尽にされるのは、時間の問題だ。
 だが、ちょっと予定外のことが起こった。
「へえ……これがお姫様かい」
 リーダー格らしい野太い声の中年男が、舌なめずりしながら下卑た笑いを浮かべる。
「ちょっと味見させてもらってもバチは当たるまいよなあ」
 待て、おい。
 無傷で返すから、人質なんじゃないのか?
 こちとら男だから裸に剝かれても貞操に実害はない。

 ……たぶん、ないと思う。

 だが、こういう連中は当てが外れてキレたら何をするか分からない。
 これは騎士団も間に合わないかもしれない、と思ったときだった。
 悪党どもの中から、どこかで見た、逞しい影がひとつ立ち上がる。
 そのとき、カンテラの灯が、ふっと消えた。

 気が付くと、僕と悪党たちは広い洞窟の、冷たい地面に転がっていた。
 青白い光……ウィル・オー・ウィプス人魂が、ぽつり、ぽつりと宙に浮かぶ。
 それらが照らし出したのは、あちこちに転がる人型の死体だった。
 悪党どもが囁き交わす声が聞こえる。
地下墓地カタコンベじゃないか、ここ……」
 だが、死体の中から、むっくらと立ち上がった逞しい影がある。
 悪党どもは声にならない悲鳴を上げたが、僕は、それが何者だか思い出していた。
 ドウニに放り投げられたボガードが、あの、たどたどしい口調で僕たちに告げる。
「戻ってくるまで、仲間を頼む」
 そう言うなり、洞窟の奥にある階段を上がって出て行った。
 もちろん、悪党どもがそんな頼みを聞くはずもなく、押し合いへし合いしながら後を追う。
 その断末魔の悲鳴が遠くから聞こえてくるのには、それほど時間はかからなかった。
 代わりに、カンテラを掲げて下りてきた小柄な影がある。
「おや、異世界召喚者。いつの間に、どこから……? そんな恰好で」
 それは、ダンジョン第10層を守っているはずの、ドワーフのドウニだった。
 僕は女装のまま頭を掻くしかない。
「まあ、モンスターの地下墓地に潜る格好じゃないけどね」
 だが、ドウニは目を丸くした。
「地下墓地だと? ここが?」 

 次の朝、街はちょっとしたお祭り騒ぎになった。
 早起きの庶民たちが、眩しい朝日を浴びながら進む、風変わりな行列に気付いて歓呼の声を上げたのだ。
「あれを見ろ! ドワーフだぜ! なんか引っ張ってるぞ!」」
「ありゃあ、ふん縛られた悪党どもじゃないか!」
「あいつらが担いでるのは何だ?」
 おかげで、しんがりを務める女装の異世界召喚者などに目を向ける者は誰もいなかった。
 街の人たちがぞろぞろついてきたおかげで膨れ上がった行列は、街の隅っこにある貧しい人々の棲む区画に向かう。
 そこは、この悪党どもの生まれ育った場所だ。
 やたら平べったい家の中から、ぼろをまとった若い娘が小走りに出てくる。
 だが、その全身を包む高貴なオーラは隠そうにも隠せない。
「カリヤ!」
 まるで市井の娘のように、伸ばした腕を大きく振って出迎えるのは、リントスの王位継承者ディリアその人だった。
 その前に仁王立ちしたドワーフのドウニは、胸を張って口上を告げた。
「亡き父王から王位を譲られたとのこと、祝着至極に存じます。良き政をなさいますよう」
 妖精の祝福を聞いた街の人は、どっとどよめく。
「ディリア様だ!」
「こんなところにお忍びとは!」
 だが、驚くのはまだ早い。
 僕は悪党に、担がせたものを街の人たちに渡すよう告げた。
 それを見た者からは次々に驚きの声と歓声が上がる。
「まさか、これ、金塊?」
「これを、貧しい人たちに施すってこと?」
 そこでディリアは、その場にいる者を見渡して告げた。
「これで足りると思います。みんなで食べる朝ご飯を作ってくださいませんか?」
 やがて、路地のあちこちに建てられた炊き出し小屋から、朝食を作る煙が上がる。
 その朝だけは、富める者も貧しい者も、同じように食事を楽しむことができたのだった。
 ダンジョンの第11層は、モンスターたちの地下墓地ではなかった。
 死体と見えたのは、妖精たちの宝物庫に転がっていた、巨大な黄金の塊だったのだ。
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