上 下
158 / 163

ネトゲ廃人、守護天使のキューピッドとなる(現実世界パート)

しおりを挟む
 八十島と教室に並んで入っても、クラス中の視線が僕に集まることはなかった。ただ、綾見だけが僕をじっと見ている。慌てて目をそらしたところで、八十島が僕の耳元でボソっと言った。
「さっきのチラシ、俺にくれ」
 パーティの会場に押し掛ける気なんだろうか。それなら別に構わない。綾見の誘いを断るわけじゃないし、そこで乱入してきた八十島が綾見に告白の返事を迫ったとしても、外へ連れ出したとしても、もう関係ない。
 もし、綾見が八十島と出ていってくれれば、僕は帰れる。帰っても、異世界のことを思い出して辛いだけだけど。
 リューナは、どうしてるだろうか。もしかすると、あのまま、テヒブさんと……。
 やっぱり、そういうことまで考えてしまう。
 もう、どうすることもできなくて、僕は今朝の八十島みたいに机の上に突っ伏した。
「大丈夫ですか、山藤君」
 担任は、一応、気にしてくれてるみたいだった。でも、放っといてほしかった。僕の気持ちは誰にも分かるわけがないし、分かってほしくない。
 もしかすると、僕をアプリで異世界に引きずり込んだ綾見は知っているのかもしれない。
 だったら、こんな恥ずかしいことはなかった。ひとりで熱くなって、結局ふられて、こんな風に落ち込んでいる。
 そんな僕を、賑やかな場所に連れ出して笑おうとでもいうんだろうか。
 だったら、悔しい。でも、そんな弱みを握られてるんだったら、余計に逆らえなかった。
 やっぱり、八十島に頑張ってもらうしかない。
 後で渡そうと思って、チラシを机の中にしまおうとした。でも、よく考えたら、腕の下にあるはずの紙が、どこにもない。
 机の中に手を突っ込んでみた。終業式の日に教科書なんか持ってくることもない。そこが空っぽなのは当たり前だった。
 チラシが、なくなっている。

 ……何で?
 
 一瞬、頭が真っ白になったけど、これでよかったんだと気を取り直した。これで、クリスマスパーティとやらに行かないで済む。
 綾見がどういうつもりか知らないけど、僕が来なければ、途中でも帰るだろう。そうなれば、八十島も告白の返事が聞ける。
 僕には関係ないけど。
 メチャクチャ気が楽になって、担任の話がくどいのは僕の転生前と全然変わらないのに、気にもならなかった。
「年末年始で、ご家族がご親戚を招いて一杯、などということがあるかもしれません。しかし、君たちは一滴たりとも口にしてはなりません。君たちは人生を失い、もしかするとご両親やご親戚のお名前にも傷が付くかもしれません……」
 早い話が、酒を飲むなというのだ。
 僕の家では、その心配はない。親戚も来ないし、両親ともに酒を飲むのを見たことはない。
 そんなわけで、あとは終業式を澄ますだけだった。不気味なことに、ホームルームが終わると、みんな無言のまま、出席順で廊下に整列して体育館への移動を始めた。
 八十島が、僕の顔をちらっと見た気がする。綾見の行くパーティの場所が気になるんだろう。僕の出席番号はその次なので、後に続いた。
「あのさ……」
「ん?」
 振り向いた八十島に、パーティのキャンセルを知らせてやろうと思ったとき、僕を呼ぶ声が確かに聞こえた。
「山藤君?」
 そっちは見たくなかったんだけど、無視したと思われるのイヤだったので、一応、返事はしておいた。
「うん、え、じゃあ、ええと、後で……」
 もちろん、パーティーはその時に断るつもりだった。でも、リューナ以外の女の子とまともに話したこともない僕のリアクションは、自分でも情けないくらい格好悪かった。

 終業式の寒い寒い体育館で、校長式辞と生徒指導部長の訓示が終わった。
 どっちも長かったので、僕が覚えているのは2つの注意しかない。
 校長からは、「新しい自分を見つけましょう」。
 生徒指導部長からは、「飲酒・喫煙・不純異性交遊のないように」。
 どっちも、僕には関係ない。
 話が終わると、2学期最後の頭髪検査を受けて教室に戻ることになる。一応、クラス順には出るけど、途中でごちゃごちゃになる。
 だから、ごみごみした廊下で、会いたくない奴らにも逢わなくちゃいけない。
「おい、山藤」
 綾見にくっついていた連中に囲まれた。こいつらになんか呼び捨てにされたくない。
「ん?」 
 ハミングだけで返事すると、どいつもこいつも目つきが変わった。
「ん、って何様だお前」
 お前らなんかにお前呼ばわりされたくない。笑っちゃうのは、綾見を囲んでいるときの情けない声とはものすごい違いがあるってことだ。
「ああ、何?」
 転生前だったらビビっていたかもしれないけど、今はなんてことないザコキャラどもだって気がする。吸血鬼ヴォクス男爵や、兵士を連れてきたリズァーク、いや、その兵士たちっていうか村の男たちと比べても、全然怖くない。
 僕の余裕が意外だったのか、こいつらもちょっと引いたけど、すぐにムキになって凄んできた。
「来るよな、明日」
 そこでちょっと、困った。行くつもりはない。時間と場所が分からなかったことにして、すっぽかすつもりだからだ。
 だから、ここで知らないとは言えない。でも、返事をしないわけにもいかない。 色恋に狂ったバカどもに囲まれて動けないでいると、背中から声がかかった。
「どうしたね? 山藤君」
 包囲がさっと解けたところで振り向いてみると、担任だった。
 村の男たちからテヒブさんに助けてもらった時ほどじゃないけど、素直に感謝する。
「いえ、何でもないです」 
 縦長の顔が、眼鏡の奥の細い目で見下ろしている。
「よくない相談に見えたが、決して飲酒・喫煙・不純異性交遊などのないように」
 さっき聞いたことをくどく繰り返して、そのまま行ってしまった。

 終礼が済んだらサッサと帰りたかったんだけど、八十島には今朝の返事をしないといけない。
 教室の外で待っていたら、あの連中が綾見の迎えに来たので、玄関へ逃げることにした。
 靴を履き替えて外へ出たところで、八十島が追いかけてきた。
「先に帰るなよ」
「あいつら来るじゃないか」
 はっきりとは言わなかったけど、言いたいことは分かったみたいだった。
「こっち来いよ」
 校門を出て急いで歩いていったのは、バス停だった。
「バス通学?」
 同じクラスだけど、今まで全然、気にもしなかった。
「オヤジオフクロ、早く帰って来いって」
「大変だね」
 本当は、どっちだっていい。八十島もそれは同じだったのか、イライラと聞いてきた。
「それで?」
 聞きたいことは分かっていたから、手短に答える。
「分かんない」
「はあ?」
 急に高い声を上げたけど、もう、そんなことで引く僕じゃない。異世界でこれ以上ないくらい、ひどい目にあってきたんだから。
「チラシ、なくなってたんだ」
 事情を伝えると、八十島はため息をついた。
「女どもだよ、他のクラスの。邪魔しにくる気なんだろ、パーティーの」
 一応、「くん」づけはしたから、他の男子よりはまだマシなんだろう。
 それにしても、女子の中にも綾見の敵がいるらしいのは笑えた。それは当然だって気がする。 
 そこへ、バスがやってきた。ドアが開いても乗り込もうとしない八十島に、僕は言わなければならなかったことをやっと伝えることができた。
「だから、分からないし、行けない。あとは……まあ、頑張ってよ」
 してやれるのは、そこまでだった。
 八十島はバスに乗り込んだところで、急に振り向いた。
「アプリ……異世界転生の!」
 ギクっとするワードが飛び出してきた。僕が返事できないでいると、閉まるドアの隙間から声だけが聞こえた。
「メッセージで! 分かったら!」
 パーティの時間と場所のことだと見当がついたところで、バスは行ってしまった。
 代わりに、僕の後ろから声をかけた者があった。
「山藤君、これ」
 綾見の声だった。振り向いてみると、あのチラシが目の前にあった。
「参加メンバー、増えたんだ」 
 ちっとも楽しそうに見えない変な笑いを浮かべた綾見は、見たくもない紙切れ1枚を僕に押し付ける。
「じゃあね、また明日」
 そう言い残して去っていく後には、なぜかちょっと不機嫌そうな男子どもに続いて、ニコニコした女子たちがぞろぞろ歩いていた。 
 その最後のひとりが、思い出したように付け加えた。
「あ、八十島君に、もう来なくていいって言っといて」
 何のことだか、さっぱり分からない。
 頭の悪い僕には、その通りメッセージを送っていいのか悪いのかも分からなかった。
 だいたい、あの異世界転生アプリはもう、見たくなかったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

全裸追放から始まる成り上がり生活!〜育ててくれた貴族パーティーから追放されたので、前世の記憶を使ってイージーモードの生活を送ります〜

仁徳
ファンタジー
テオ・ローゼは、捨て子だった。しかし、イルムガルト率いる貴族パーティーが彼を拾い、大事に育ててくれた。 テオが十七歳になったその日、彼は鑑定士からユニークスキルが【前世の記憶】と言われ、それがどんな効果を齎すのかが分からなかったイルムガルトは、テオをパーティーから追放すると宣言する。 イルムガルトが捨て子のテオをここまで育てた理由、それは占い師の予言でテオは優秀な人間となるからと言われたからだ。 イルムガルトはテオのユニークスキルを無能だと烙印を押した。しかし、これまでの彼のユニークスキルは、助言と言う形で常に発動していたのだ。 それに気付かないイルムガルトは、テオの身包みを剥いで素っ裸で外に放り出す。 何も身に付けていないテオは町にいられないと思い、町を出て暗闇の中を彷徨う。そんな時、モンスターに襲われてテオは見知らぬ女性に助けられた。 捨てる神あれば拾う神あり。テオは助けてくれた女性、ルナとパーティーを組み、新たな人生を歩む。 一方、貴族パーティーはこれまであったテオの助言を失ったことで、効率良く動くことができずに失敗を繰り返し、没落の道を辿って行く。 これは、ユニークスキルが無能だと判断されたテオが新たな人生を歩み、前世の記憶を生かして幸せになって行く物語。

じいちゃんから譲られた土地に店を開いた。そしたら限界集落だった店の周りが都会になっていた。

ゆうらしあ
ファンタジー
死ぬ間際、俺はじいちゃんからある土地を譲られた。 木に囲まれてるから陽当たりは悪いし、土地を管理するのにも金は掛かるし…此処だと売ったとしても買う者が居ない。 何より、世話になったじいちゃんから譲られたものだ。 そうだ。この雰囲気を利用してカフェを作ってみよう。 なんか、まぁ、ダラダラと。 で、お客さんは井戸端会議するお婆ちゃんばっかなんだけど……? 「おぉ〜っ!!? 腰が!! 腰が痛くないよ!?」 「あ、足が軽いよぉ〜っ!!」 「あの時みたいに頭が冴えるわ…!!」 あ、あのー…? その場所には何故か特別な事が起こり続けて…? これは後々、地球上で異世界の扉が開かれる前からのお話。 ※HOT男性向けランキング1位達成 ※ファンタジーランキング 24h 3位達成 ※ゆる〜く、思うがままに書いている作品です。読者様もゆる〜く呼んで頂ければ幸いです。カクヨムでも投稿中。

大好きな母と縁を切りました。

むう子
ファンタジー
7歳までは家族円満愛情たっぷりの幸せな家庭で育ったナーシャ。 領地争いで父が戦死。 それを聞いたお母様は寝込み支えてくれたカルノス・シャンドラに親子共々心を開き再婚。 けれど妹が生まれて義父からの虐待を受けることに。 毎日母を想い部屋に閉じこもるナーシャに2年後の政略結婚が決定した。 けれどこの婚約はとても酷いものだった。 そんな時、ナーシャの生まれる前に亡くなった父方のおばあさまと契約していた精霊と出会う。 そこで今までずっと近くに居てくれたメイドの裏切りを知り……

空間魔法って実は凄いんです

真理亜
ファンタジー
伯爵令嬢のカリナは10歳の誕生日に実の父親から勘当される。後継者には浮気相手の継母の娘ダリヤが指名された。そして家に置いて欲しければ使用人として働けと言われ、屋根裏部屋に押し込まれた。普通のご令嬢ならここで絶望に打ちひしがれるところだが、カリナは違った。「その言葉を待ってました!」実の母マリナから託された伯爵家の財産。その金庫の鍵はカリナの身に不幸が訪れた時。まさに今がその瞬間。虐待される前にスタコラサッサと逃げ出します。あとは野となれ山となれ。空間魔法を駆使して冒険者として生きていくので何も問題ありません。婚約者のイアンのことだけが気掛かりだけど、私の事は死んだ者と思って忘れて下さい。しばらくは恋愛してる暇なんかないと思ってたら、成り行きで隣国の王子様を助けちゃったら、なぜか懐かれました。しかも元婚約者のイアンがまだ私の事を探してるって? いやこれどーなっちゃうの!?

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜

望月かれん
ファンタジー
 中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。 戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。 暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。  疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。 なんと、ぬいぐるみが喋っていた。 しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。     天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。  ※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。

追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて

だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。 敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。 決して追放に備えていた訳では無いのよ?

処理中です...