上 下
154 / 163

2人の守護天使が語り合う秘密(現実世界パート)

しおりを挟む
「山藤のアホが……」
 結局、まる一夜をスマホに向かって過ごした俺は、「GAME OVER」のメッセージを確認して床に就いた。
 シャント…山藤が意識を失っている間に起こったのは、こういうことだった。
 吸血鬼の支配を脱したテヒブは、リズァークたちの背後から現れて、グェイブを手に軍勢を蹴散らした。不意打ちに総崩れになったところへ襲いかかったのは、鍬や熊手、棍棒といった、ありあわせのもので武装した村人たちだったが、それを率いていたのはリューナだった。
 やがて、子供たちに先導されて大人たちが引いてきた荷車の上には、ぐったりとしたシャント・コウの姿があった。
 その山藤は丁重に寝室へと運ばれ、失恋を運命づけられた朝を迎えたというわけである。
 今度は、それを見届けた俺が眠りをむさぼる番だった。

 目が覚めると、もう昼前だった。それも自分から起きたわけではなく、2日後に迫った、オヤジの栄転祝いを兼ねたクリスマス婚記念日というシチ面倒臭いイベントのための買い出しを急かされたからである。
 もうちょっと、寝ていたかった。頑張った自分へのご褒美というやつだ。
 そもそも、山藤耕哉のごときネトゲ廃人が異世界に転生しようがするまいが、俺の生活にも人生にも何の影響もない。
 それなのに、わざわざ改心させて現実に引き戻す手間を何日もかけて、しまいには徹夜までしたのは、何もしないで放っておくのは寝覚めが悪いからというだけのことに過ぎない。
 平凡と平穏を守るというのは、思いのほか手間がかかるものだということが身にしみてよく分かった。
 無論、最後に山藤が選んだのは「異世界転生NO」のボタンだ。そのきっかけになったのはもちろん、テヒブによるリューナへのキスの誘発だ。
 俺も正直、あのオッサンがそこまでやるとは思っていなかった。
 リューナが実はテヒブに恋しているのだとシャント…山藤に思わせられれば、それでよかったのだ。
 種を明かせば簡単なことで、リューナが横を向いたタイミングでモブを使って、横から押してやっただけのことだ。
 気は小さいし頭も働かない山藤のことだから、これだけで誤解して意気消沈するだろうと踏んだわけだが、別にこれは思い付きでも何でもない。

PLAYERプレイヤー CHARACTERキャラクター…シャント・コウ
STATUSステータス
 Race種族…人間
 Hit Point生命力…2
 Mental  Power精神力…8
 Phisycal身体… 6
 Smart賢さ…8
 Tough頑丈さ…2
 Nimble身軽さ…7
 Attractive格好よさ…4
 Patient辛抱強さ…3
 Class階級Cursed Hero呪われた英雄

 これが、最終的な山藤の能力値だ。肉体的にすっかりガタが来ていることは、水を浴びた瞬間の反応を見れば見当がついた。
 このまま川馬ケルピーの呪いを背負って異世界で生きていくには、リューナという餌が必要不可欠だ。逆に言えば、リューナとの恋に幻滅すれば、命の危険と失恋の痛手を背負ってまで、異世界で生きていく理由はなくなる。
 そんなわけで、山藤耕哉は異世界でのシャント・コウとしての生活を捨てて、夢も希望もないが命だけは保証された現実世界へ帰ってきたわけである。
 いろんな意味で目が覚めた今頃はどうしているか、そんなことに興味はない。
 最寄りのバス停辺りの道は、路面の凍結も溶けてぐしゃぐしゃのシャーベット状になっていた。
 バスに乗り込んでみると年末、というかクリスマスの買い出しに出る客も少なくはなく、車内は結構混み合っていた。
 これが、現実だった。退屈だが平凡で平穏な、かけがえのない現実だった。今頃は山藤も、それを噛みしめていることだろう。
 バスターミナルに降りてみると、そこには綾見沙羅が待っていた。
「よ! お久しぶり」
 グレーのコートにマフラーを分厚く巻いた姿で、編み髪の沙羅は陽気に手を振ってみせる。
「何やってたんだよ」
「そろそろ来る頃じゃないかと思って」
 俺が言っているのはそういうことではない。夕べ一晩中、何も行動を起こさなかったのはどういうわけかと聞いているのだ。
 だいたい、俺が今日の昼過ぎに来るなどという見当がなぜついたのか。
「明後日クリスマスだし」
「関係ないだろ」
 そう突っぱねたところで、こうも考えてみた。
 ゲームが夕べクリアされたことを根拠に、俺が今日やってくると見当をつけて朝から待っていた。
 不可能なことではないが、虫のいい発想だ。沙羅には俺のためにそこまでする理由がない。
 そう結論を出したところで、沙羅はムスッとしてスマホを突きつけた。
「私のメッセージは無視?」
 そういえば、午前中いっぱい寝ていたのを叩き起こされたわけだから見る暇もなかったし、散々苦労させられた異世界など、用が済んだら見るのも嫌だった。
 しぶしぶスマホを出してアプリを起動してみると、確かに沙羅からのメッセージが入っている。
〔本日お昼から感想戦、バスターミナルにて〕
 なぜ、俺の都合を一切考慮しない沙羅のメッセージに、その日のスケジュールを左右されなければならないのか全く分からない。
「俺、買い物あるし」
「じゃあ、付き合う」
 傍目から見れば完全にデートである。沙羅の取り巻きやってる他のクラスの男子に見咎められて、妙なやっかみを受けるのも面倒臭い。
「だいたい感想戦って何だよ感想戦って」
 そうぼやいてみても、沙羅の前では無駄な抵抗でしかない。せいぜい、絡めてくる腕を振りほどくくらいが関の山だった。
 
 白い瀬を冷たく噛む川面を見下ろしながら、俺と沙羅は橋を渡る。川の流れていく先には、灰色の山脈が空の彼方へと、遠く、また薄く霞んでいく。
 また、雪が降りそうだった。
「まずはミッションクリア、おめでとう」
 沙羅が上から目線の祝辞を述べる。
「それはどうも」
 当たり障りのない礼の言葉を返して足を速めると、沙羅は「もう」と膨れて追いすがった。
「モブを動かしてシャントの行く手を阻む、ってとこに特徴があったかな」
 偉そうに講評を垂れてみせるのには、ちょっとムカッときた。
「無理やりプレイヤーにされたビギナーだからな」
「そう言う割にはよく面倒見たじゃない、山藤君の」
 別に山藤を心配したわけではなかったが、好意的にコメントされて悪い気はしない。人を上げたり下げたり、器用な女だ。
「つい、助け舟を出してしまったりもしたしな」
「まあ、いいんじゃない? 気づかなかったら苦労するのは山藤君だし」
 意外に冷たいことも言う。俺よりも山藤のほうが好きだと言ったこともあるような気がするが。
「そういうお前は、夕べ何やってたんだ?」
 手詰まりのまま事態を見守るしかなかった恨みつらみをこらえて、俺は極力、当たり障りのない言葉を選んだ。
 沙羅はちらっと横目で見返す。
「何でリズァークがあんなに都合よく村を出ていったと思う?」 
「そういうことか」
 沙羅は何もしていなかったわけではなかったということだ。
 ヴォクスが死ぬのを見越して、モブを動かして村人たちを武装させておき、リズァークの軍勢に向けて移動させたのだ。
 リューナの動きは予想外だっただろうが、村人たちにしてみれば、正気に返ったテヒブの帰還を告げられれば、リズァークと戦う気にもなるだろう。 
 よく分からないのは、村長の家が包囲される前に斥候を捕らえるなり何なりできなかったのかということだ。
 それについては、沙羅のほうから口を切ってきた。
「いろいろ、あってさ」
 そういえば、男子から告白されたとかなんとか言っていた覚えがある。俺が触っていい話題ではなさそうだった。
 他のことを話そうと思って考えを巡らせながら、あっちこっちと眺め渡していると、橋の袂で遠い山脈を眺める、どこかで見た人影があった。
 シャント・コウ……いや、山藤耕哉だ。
「あれ、山藤じゃないか?」
「あ、ホントだ」
 ちょっと沈んだ表情を浮かべていた沙羅の頬が、朗らかに綻んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼馴染み達が寝取られたが,別にどうでもいい。

みっちゃん
ファンタジー
私達は勇者様と結婚するわ! そう言われたのが1年後に再会した幼馴染みと義姉と義妹だった。 「.....そうか,じゃあ婚約破棄は俺から両親達にいってくるよ。」 そう言って俺は彼女達と別れた。 しかし彼女達は知らない自分達が魅了にかかっていることを、主人公がそれに気づいていることも,そして,最初っから主人公は自分達をあまり好いていないことも。

じいちゃんから譲られた土地に店を開いた。そしたら限界集落だった店の周りが都会になっていた。

ゆうらしあ
ファンタジー
死ぬ間際、俺はじいちゃんからある土地を譲られた。 木に囲まれてるから陽当たりは悪いし、土地を管理するのにも金は掛かるし…此処だと売ったとしても買う者が居ない。 何より、世話になったじいちゃんから譲られたものだ。 そうだ。この雰囲気を利用してカフェを作ってみよう。 なんか、まぁ、ダラダラと。 で、お客さんは井戸端会議するお婆ちゃんばっかなんだけど……? 「おぉ〜っ!!? 腰が!! 腰が痛くないよ!?」 「あ、足が軽いよぉ〜っ!!」 「あの時みたいに頭が冴えるわ…!!」 あ、あのー…? その場所には何故か特別な事が起こり続けて…? これは後々、地球上で異世界の扉が開かれる前からのお話。 ※HOT男性向けランキング1位達成 ※ファンタジーランキング 24h 3位達成 ※ゆる〜く、思うがままに書いている作品です。読者様もゆる〜く呼んで頂ければ幸いです。カクヨムでも投稿中。

大好きな母と縁を切りました。

むう子
ファンタジー
7歳までは家族円満愛情たっぷりの幸せな家庭で育ったナーシャ。 領地争いで父が戦死。 それを聞いたお母様は寝込み支えてくれたカルノス・シャンドラに親子共々心を開き再婚。 けれど妹が生まれて義父からの虐待を受けることに。 毎日母を想い部屋に閉じこもるナーシャに2年後の政略結婚が決定した。 けれどこの婚約はとても酷いものだった。 そんな時、ナーシャの生まれる前に亡くなった父方のおばあさまと契約していた精霊と出会う。 そこで今までずっと近くに居てくれたメイドの裏切りを知り……

空間魔法って実は凄いんです

真理亜
ファンタジー
伯爵令嬢のカリナは10歳の誕生日に実の父親から勘当される。後継者には浮気相手の継母の娘ダリヤが指名された。そして家に置いて欲しければ使用人として働けと言われ、屋根裏部屋に押し込まれた。普通のご令嬢ならここで絶望に打ちひしがれるところだが、カリナは違った。「その言葉を待ってました!」実の母マリナから託された伯爵家の財産。その金庫の鍵はカリナの身に不幸が訪れた時。まさに今がその瞬間。虐待される前にスタコラサッサと逃げ出します。あとは野となれ山となれ。空間魔法を駆使して冒険者として生きていくので何も問題ありません。婚約者のイアンのことだけが気掛かりだけど、私の事は死んだ者と思って忘れて下さい。しばらくは恋愛してる暇なんかないと思ってたら、成り行きで隣国の王子様を助けちゃったら、なぜか懐かれました。しかも元婚約者のイアンがまだ私の事を探してるって? いやこれどーなっちゃうの!?

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて

だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。 敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。 決して追放に備えていた訳では無いのよ?

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

処理中です...