上 下
136 / 163

ネトゲ廃人は学ばない(異世界パート)

しおりを挟む
 やっとの思いで這い上がろうとした砂地に誰かが立っているのは分かっていた。たぶんヴォクスだと見当がついたときは、さすがに、もうおしまいだと思った。
 もう一回沈められるか、それとも力任せに引きずり上げられて、サンドバッグにされるか。
 でも、さっき、ヴォクスが僕にしたのは、頭を踏んづけて、堀を渡るための飛び石にすることだった。
 そこで思い当たったのは、なぜ、僕を水中で仕留めなかったのかということだ。理由は、すぐに分かった。
 吸血鬼は、流れる水を渡れない。あのとき、泳げない僕はじたばたもがいたけど、そのとき、渦か何かができたのだ。それも水の流れだから、ヴォクスは僕に触ることもできなかったのだ。
 このまま水の中にいれば、多分安全なんだろう。でも、身動きも取れない。水の中にを鎮めていると、息も続かない。
 それに、身体がどこまでも冷たくなって、手足の自由も利かなくなってきた。心当たりのある感覚だった。
 ケルピーの呪いだ。
 水車小屋の近くでも、こうなった。ましてや、水に浸かったりした日には、もっと恐ろしいことになっても不思議はない。
  水から上がらないと、死んでしまう!
 ……何とか、ヴォクスがここを離れてくれれば。
 そう思ったときだった。
 何か明るいものが頭の上にずらっと並んだかと思うと、ヴォクスは砂地を蹴った。何かが堀の上から、凄い勢いで水の中に撃ち込まれる。僕は慌てて、水の中から上がった。
 ……助かった!
 思いっきりぜーぜーと息をついたけど、誰も気にする者なんかいないくらい、水の上はたいへんことになっていた。
 堀の上から、次々と兵士が転落してくる。水面に浮かんでくるのは、背甲と胸甲バック&ブレストを装着した兵士たちだ。その背中や腹には、バリスタと呼ばれる太い矢が刺さっている。
 そこで、僕は気付いた。
 ……リズァークが帰ってきたんだ!
 堀の向こうからも火の手が上がる。たぶん、ヴォクスに対する陽動だ。僕なら、城を守ろうとするヴォクスを背後から襲うという作戦を立てる。これをリズァークが思いつかないわけがない。
 ……ということは?
 ヴォクスにとって、今の僕は、いわゆるアウトオブ眼中だ。リズァークから城を守るので精一杯なはずだ。
 逃げるなら、今がチャンス。戦闘にさえ巻き込まれなればいいんだ。タイミングとしては、ヴォクスがタワーディフェンス……っていうかキャッスルディフェンスに回ったときなんだろうけど。
 崖の上では、まだ戦闘が続いている。ヴォクスが霧やコウモリに変身して逃げようにも、リズァークの軍勢が猛攻をかけていて、とてもそんな余裕がないのだ。
 ……もう少し、待とう。
 問題は、このままリューナまでが落城に巻き込まれるんじゃないかってことだ。おかしな話だけど、この場合はなんとかヴォクスやテヒブさんに持ちこたえてもらうしかない。
 その隙に、僕は僕で村へたどり着いて、もう一度、吸血鬼退治の装備を揃えるのだ。
 でも、そのテヒブさんはどこにいるんだろうか。もう、堀を越えてリズァークの軍勢と戦っているんだろうか?
 そんなことを考えているうちに、さっき抜け出してきた塔の根元の抜け穴に、ぼんやりとした光が差してきた。
 ……やっと来た!
 そう思ったけど、松明の炎がリューナを照らし出したとき、傍らに立っていたのは期待した相手じゃなかった。
 背甲と胸甲バック&ブレスト、腰の剣で武装した、リズァークの兵士だったのだ。
 暗いし、遠いからよく分からなかったけど、地下室の床で真っ赤に揺れるリューナの服は、胸元が大きくひらいてゆっくりした、ネグリジェみたいな……。
「おおおおおお!」 
 叫んでいるのが自分でも分からなくなるくらい、思考はとっくの昔に停止していた。そうでないと、考えたくないことも考えてしまいそうだった。
 リューナはヴォクスに血を吸われて、今はもうもう下僕にされている。僕もさっき、喉に牙を突き立てられるところだった。
 白状すると、僕を呼ぶ声も、耳元の息もすっごく甘かった。あのまま血を吸われてもいいんじゃないかって気がした。
 もし、リューナが目を覚まして、あの兵士に同じことをしたら……絶対にイヤだ、そんなの見たくない!
 牙の感触が首筋に来て、ハッと正気を取り戻したのは、このままエナジードレインされたら、僕も吸血鬼にされると感じたからだ。絶対にそれはイヤだったのだ。
 でも、もがいても頼んでも、リューナは放してくれなかった。腕の力なんか物凄くて、今でも関節が痛い。
 もしかすると兵士も抵抗するかもしれない。もし、リューナに倒されたら、吸血鬼が1人増える。そんなことは最悪の事態だし、リューナにもさせたくない。
 でも、今、リューナは白バラの力で気を失っている。このまま殺されてしまうかもしれない。いや、それどころか……!
 そういうエロゲがあるって、知ってはいた。戦闘で巨乳系でも貧乳系でも、とにかく相手の女の子を倒して、その後は……。
 考えたくなかったし、リューナをそんな目に遭わせるなんてことはできない。僕は全力で丸木橋の上を駆け出した。
「あっ!」
 どれだけ自分を忘れるくらいカッとなっても、トラップを無意識のうちに突破できるなんてことはあり得ない。そんなのは、マンガかアニメの世界だけだ。
 僕は足を滑らせて、また水の中に落ちた。この堀は、水が少なくなっているように見えても、深さが結構ある。少なくとも、僕の背は立たない。
 ケルピーと戦ったときもそうだったけど、僕はまるで泳げないのだ。それに、あの呪いが手足を凍りつかせる。
 身体が、どんどん水の底へと沈んでいった。
 ……死んで、たまるか!
 力の限り、もがいた。動けなくても、もがいた。とにかく、みっともないくらいじたばたした。
 そのうちに、息が苦しくなっていって、どんどん気が遠くなってくる。
 ……やっぱり、ダメか。
 そう思ったとき、目の前に炎の色がパッと広がった。リズァークの部下が、城に火を放ったんだろう。
 すると、リューナはどうなっただろうか。あの兵士を倒してでも逃げていてくれればいいんだけど。でも、炎に巻かれながら、兵士たちがリューナに何かできるとも思えない。
 ……あ、それより、僕か。
 なんとか水面に上がらないとダメだけど、もう、身体が冷え切って力が入らない。
 背中が、何か固いものに当たった。たぶん、堀の底だ。軽装の兵士が、何人も沈んでいる。ヴォクスにやられたんだろう。
 僕は、ケルピー川馬の呪いで……。
 頭の中にぼんやりと浮かんできたものがあった。炎の色を透かして、僕をバカにするかのように、水面でぐるぐる泳いでいる細長い何かだ。
 それが、ぐんぐんと僕に迫ってくる。
 ケルピーが来たのかもしれない。今度こそ、僕の内臓を食い荒らしていくんだろう。そうなれば、身体がちょっとは軽くなって、水の上に浮かぶかもしれない。
 そう思ったときだった。背中の辺りがガクンと何かに引っかけられ、僕は沈んでいくときとは真逆の方向とスピードで持ち上げられていった。
 ……な、何だあ?
 別の意味で息が苦しくなって、意識もすっと遠のいていく。でも、それだって長くは続かなかった。
 布がじりじり焼けるような焦げ臭さで目が覚める。火事でも起こったんだろうか。辺りを見渡すと、まず、僕の服に火がついている。
「熱つっ!」
 思わず跳ね起きて、水を探す。すぐ目の前に、炎の色が揺れる水面があった。とっさに飛び込んで、気が付いた。
 ……ダメだろ、死ぬ!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

幼馴染み達が寝取られたが,別にどうでもいい。

みっちゃん
ファンタジー
私達は勇者様と結婚するわ! そう言われたのが1年後に再会した幼馴染みと義姉と義妹だった。 「.....そうか,じゃあ婚約破棄は俺から両親達にいってくるよ。」 そう言って俺は彼女達と別れた。 しかし彼女達は知らない自分達が魅了にかかっていることを、主人公がそれに気づいていることも,そして,最初っから主人公は自分達をあまり好いていないことも。

じいちゃんから譲られた土地に店を開いた。そしたら限界集落だった店の周りが都会になっていた。

ゆうらしあ
ファンタジー
死ぬ間際、俺はじいちゃんからある土地を譲られた。 木に囲まれてるから陽当たりは悪いし、土地を管理するのにも金は掛かるし…此処だと売ったとしても買う者が居ない。 何より、世話になったじいちゃんから譲られたものだ。 そうだ。この雰囲気を利用してカフェを作ってみよう。 なんか、まぁ、ダラダラと。 で、お客さんは井戸端会議するお婆ちゃんばっかなんだけど……? 「おぉ〜っ!!? 腰が!! 腰が痛くないよ!?」 「あ、足が軽いよぉ〜っ!!」 「あの時みたいに頭が冴えるわ…!!」 あ、あのー…? その場所には何故か特別な事が起こり続けて…? これは後々、地球上で異世界の扉が開かれる前からのお話。 ※HOT男性向けランキング1位達成 ※ファンタジーランキング 24h 3位達成 ※ゆる〜く、思うがままに書いている作品です。読者様もゆる〜く呼んで頂ければ幸いです。カクヨムでも投稿中。

大好きな母と縁を切りました。

むう子
ファンタジー
7歳までは家族円満愛情たっぷりの幸せな家庭で育ったナーシャ。 領地争いで父が戦死。 それを聞いたお母様は寝込み支えてくれたカルノス・シャンドラに親子共々心を開き再婚。 けれど妹が生まれて義父からの虐待を受けることに。 毎日母を想い部屋に閉じこもるナーシャに2年後の政略結婚が決定した。 けれどこの婚約はとても酷いものだった。 そんな時、ナーシャの生まれる前に亡くなった父方のおばあさまと契約していた精霊と出会う。 そこで今までずっと近くに居てくれたメイドの裏切りを知り……

空間魔法って実は凄いんです

真理亜
ファンタジー
伯爵令嬢のカリナは10歳の誕生日に実の父親から勘当される。後継者には浮気相手の継母の娘ダリヤが指名された。そして家に置いて欲しければ使用人として働けと言われ、屋根裏部屋に押し込まれた。普通のご令嬢ならここで絶望に打ちひしがれるところだが、カリナは違った。「その言葉を待ってました!」実の母マリナから託された伯爵家の財産。その金庫の鍵はカリナの身に不幸が訪れた時。まさに今がその瞬間。虐待される前にスタコラサッサと逃げ出します。あとは野となれ山となれ。空間魔法を駆使して冒険者として生きていくので何も問題ありません。婚約者のイアンのことだけが気掛かりだけど、私の事は死んだ者と思って忘れて下さい。しばらくは恋愛してる暇なんかないと思ってたら、成り行きで隣国の王子様を助けちゃったら、なぜか懐かれました。しかも元婚約者のイアンがまだ私の事を探してるって? いやこれどーなっちゃうの!?

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

金貨増殖バグが止まらないので、そのまま快適なスローライフを送ります

桜井正宗
ファンタジー
 無能の落ちこぼれと認定された『ギルド職員』兼『ぷちドラゴン』使いの『ぷちテイマー』のヘンリーは、職員をクビとなり、国さえも追放されてしまう。  突然、空から女の子が降ってくると、キャッチしきれず女の子を地面へ激突させてしまう。それが聖女との出会いだった。  銀髪の自称聖女から『ギフト』を貰い、ヘンリーは、両手に持てない程の金貨を大量に手に入れた。これで一生遊んで暮らせると思いきや、金貨はどんどん増えていく。増殖が止まらない金貨。どんどん増えていってしまった。  聖女によれば“金貨増殖バグ”だという。幸い、元ギルド職員の権限でアイテムボックス量は無駄に多く持っていたので、そこへ保管しまくった。  大金持ちになったヘンリーは、とりあえず念願だった屋敷を買い……スローライフを始めていく!?

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...