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守護天使たちの小競り合いと、絶対の危機(現実世界パート)
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いきなり何の話かと思ったが、前の学校の話だった。俺に対する攪乱だと判断して、当たり障りのない言葉で受け流す。
〔相手次第だな〕
〔じゃあ、私も八十島君次第〕
意味不明のメッセージを残した沙羅は、モブ女の足をもつれさせて、家のドアに叩きつけた。シャント…山藤は慌てて窓を閉めると、外に出てくる。
……何をする気だ?
見ればグェイブを片手にした山藤は、ふらふらと立ち上がる女をもう片方の手で支えて歩きだした。どうやら、女の足の進む方向に従っているらしい。黙って見ていると、また沙羅はメッセージを送ってきた。
〔どうする?〕
〔どっちの意味だ?〕
告白のことか山藤のことか聞いたのだが、沙羅は答えないで、また思わせぶりなメッセージをよこした。
〔ちゃんと決めてね、信じてる〕
俯瞰画面の中で、山藤は確実にリューナの歩く道へと近づいている。放っておきたかったが、沙羅の一言が気になった。
……どうするかちゃんと決めろ、と言われてもな。
黙認するほうを選ぶということは、勝負を降りるということだ。
だが、たぶん、この誇り高いお姫様はそれを許さない。異世界転生を拒否した俺を屈服させるのが、このゲームの目的だからだ。
それは、吸血鬼を倒した山藤が、この世界で生きることを選択しなければ達成できない。俺が勝負を途中で投げ出して、ゲームが成立しなくなったら、沙羅はログアウトするだろう。
それは、このアプリだけでつながっている故郷を捨てるということだ。
……それは、できないな。
あの夕闇の神社で、テヒブの名を呼んで忍び泣いていた沙羅。
クリスマスパーティーを、ひとりぼっちになる恐ろしさから断るに断れない沙羅。
異世界の記憶があるだけに、この世界で生きることは、転校するよりもよけいに孤独を感じさせるのかもしれなかった。
それを思うと、俺は挑戦を受けないわけにはいかなかった。
だが、お膳立てをしてやればいい沙羅と比べて、俺は山藤にシャント・コウとしての試練を乗り越えさせなければならない。
……どうやってリューナを探させる?
そのためには、今やっていることが時間の浪費だと気付かせなければならない。要は、親切でやっていることを大きなお節介にしてやればよいのだ。
時間はもう夕暮れ時である。ほとんどの村人は村長の家から帰るところだった。俺は山藤のいる辺りから最も近い所にいる男を1人、マーカーで捕まえる。移動させる先は、沙羅の操るモブに誘導された山藤が歩く道だ。
俺が山藤を捕まえることができたのは、村外れの壁へと向かう道へ十字路を曲がろうとしているところだった。
その角に男を立たせて、その手を女に向けて差し伸べる。
《ああ、すみません》
日本語で言って、山藤はモブ女を男に預けようとした。だが、女は先へ行こうとする。
当然のことだ。それを操る沙羅の目的は、山藤がその道を歩き続けてリューナに追いつくことである。前へ歩くしかなくなったところで、マーカーを解除することだろう。
……そうはさせるか。
俺は、男の手を動かして反対側を指差した。山藤は、それに従って女を連れて行こうとする。もちろん、女が動くわけがなかった。
男を近づかせて、その手を女に向けて差し伸べる。思った通り、山藤はそこに女を預けようとした。だが、女は山藤にしがみついて抵抗した。
ネトゲ廃人が慌てないわけがない。
《ちょ……ちょっと?》
よく考えると、異世界転生してこっち、山藤はこと女性関係についてはツイている。
リューナに、まあ子どもとはいえククルに、で、モブ女との密着……。
そんなことを考えて、ハッとした。
……いかんいかん、これでは俺のほうが下司野郎だ。
何とか山藤自身がモブ女を引き剥がして、リューナを追っていくように仕向けなければならない。
幸い、といっては何だが、沙羅が誘導役に使おうとしていたモブ女が、今は邪魔になっている。
そこで俺は、そのまま自分のモブをリューナのいる方に向かって移動させることにした。これで、沙羅との立場は逆転する。俺のモブが誘導役になる以上、沙羅は山藤を解放せざるを得ないのだ。
結果的に、山藤はすがりつく女を振りほどいて俺を追うことになる。
そう読んだ俺は、くるりと反転させたモブに、ついて来いというふうに山藤を差し招かせた。
だが、モブが歩きだしても山藤はついてこなかった。背後を確認すると、倒れたモブ女を介抱している。
《大丈夫ですか? 起きてください!》
沙羅が、女を倒れさせたのだ。何が何でも、俺には山藤を連れて行かせたくないらしい。
仕方なくモブを立ち止まらせると、モブ女はふらふらと立ち上った。歩きだすと、山藤も心配そうについてくる。
《無理しないでください》
無理といえば、確かにさせられているかもしれない。山藤を楽に活躍させてやろうとする沙羅によって。
それなら、打つ手はひとつしかない。
要は、同じリューナを追わせるにしても、シャント・コウ…山藤の危機を演出してやればいいのだ。
モブを、道の真ん中で立ち止まったまま、再び振り向かせてやる。手を大きく広げて、いかにも女を逃がすまいとする姿勢を取った。
山藤はしばし躊躇している様子だったが、やがて女の前に進み出ると、震える声で言った。
《通してください》
もちろん、俺は応じない。だいたい、日本語が異世界で通じるわけがないのだ。だが、ここで男を見せるのが、山藤の試練だ。
思った通り、やってくれた。モブの目の前に、グェイブを突きつけたのだ。
《この人を、帰してあげてください》
山藤に、片言の異世界語でこんなややこしい言い回しができるわけがない。やっぱり、日本語だ。
だが、その目には妙な威圧感があった。オタクがキレたのとはまた別の、逆らい難いものが光っているような気がする。
……どいてやるよ。
それは、俺の負け惜しみでもあった。山藤ごときに、しかもスマホ画面越しの目力で押されたというのが、何だか面白くなかったのだ。
女に導かれて歩きだした山藤の背中を見送った俺は、用済みになったモブ男からマーカーを外してやった。解放された男はきょとんとしていたが、何を思ったのか山藤に追いすがった。
《おい、どこへ連れて行くんだ、女を!》
振り向いた山藤にグェイブの切っ先を向けられて、男は悲鳴を上げて退散する。俯瞰画面で確認すると、村長の家へと向かっていた。
……女をさらっていくとでも思ったのか? 山藤が?
もちろん、そんなことをするヤツではないし、そんな悪事を働く度胸などない。さっきは多少見直したが、そもそもグェイブひとつで身の安全を守るしかない、哀れな立場なのだ。
だが、これで山藤は更なる窮地に立たされた。女を助けに、村人たちが大挙してやってくるかもしれない。そうなったら、山藤は村人たちをグェイブで牽制しながら、リューナの後を追うことになる。
そこで、俺は思い出した。
……杭も十字架もニンニクも、そっちにある!
何のことはない、苦労して集めた道具を残らず、山藤は置いてきてしまったのだ。
だが、それも試練といえばそうだ。俺は放っておくことにした。
沙羅の操る女はというと、歩みは思いのほか速く、リューナとの距離はかなり縮まっていた。山藤を拡大して動きを追ってみると、暗い中でもCG処理のおかげで、なんとかリューナの後ろ姿が見えた。
山藤には見えたかどうか分からないが、この近くにはもう、家などないことには気付いたらしい。たどたどしい異世界語で尋ねた。
《家……ある?》
すると女は急に背後の山藤を見るなり、悲鳴を上げて、今来た道を逃げ出した。
沙羅がマーカーを解除したのだ。
我に返った女は、背後に迫る山藤に怯えて逃げ出したのだろう。もちろん、山藤はそんな事情は知らないから、慌てて後を追う。
《どうしたんですか?》
日本語で呼びかけられた女は、やがて己を失ったかのように道を外れて、畑の中へ駆け込んだ。もちろん、山藤もそれに続く。
だが、そこには罠が仕掛けられていた。
《痛っ!》
CG処理された暗闇の中には、草か何かの茂みに転がり込んだ山藤の姿があった。その周りには、ぽつぽつと白い点が浮かんでいる。
それが白いバラの花だと分かったときだった。
夕べも聞いた声が、再びスマホの中から聞こえてきた。
《来たか、リューナ》
ヴォクスだった。慌てて視界を動かしてみると、リューナの前には長いマント姿の影が立ちはだかっていた。
〔相手次第だな〕
〔じゃあ、私も八十島君次第〕
意味不明のメッセージを残した沙羅は、モブ女の足をもつれさせて、家のドアに叩きつけた。シャント…山藤は慌てて窓を閉めると、外に出てくる。
……何をする気だ?
見ればグェイブを片手にした山藤は、ふらふらと立ち上がる女をもう片方の手で支えて歩きだした。どうやら、女の足の進む方向に従っているらしい。黙って見ていると、また沙羅はメッセージを送ってきた。
〔どうする?〕
〔どっちの意味だ?〕
告白のことか山藤のことか聞いたのだが、沙羅は答えないで、また思わせぶりなメッセージをよこした。
〔ちゃんと決めてね、信じてる〕
俯瞰画面の中で、山藤は確実にリューナの歩く道へと近づいている。放っておきたかったが、沙羅の一言が気になった。
……どうするかちゃんと決めろ、と言われてもな。
黙認するほうを選ぶということは、勝負を降りるということだ。
だが、たぶん、この誇り高いお姫様はそれを許さない。異世界転生を拒否した俺を屈服させるのが、このゲームの目的だからだ。
それは、吸血鬼を倒した山藤が、この世界で生きることを選択しなければ達成できない。俺が勝負を途中で投げ出して、ゲームが成立しなくなったら、沙羅はログアウトするだろう。
それは、このアプリだけでつながっている故郷を捨てるということだ。
……それは、できないな。
あの夕闇の神社で、テヒブの名を呼んで忍び泣いていた沙羅。
クリスマスパーティーを、ひとりぼっちになる恐ろしさから断るに断れない沙羅。
異世界の記憶があるだけに、この世界で生きることは、転校するよりもよけいに孤独を感じさせるのかもしれなかった。
それを思うと、俺は挑戦を受けないわけにはいかなかった。
だが、お膳立てをしてやればいい沙羅と比べて、俺は山藤にシャント・コウとしての試練を乗り越えさせなければならない。
……どうやってリューナを探させる?
そのためには、今やっていることが時間の浪費だと気付かせなければならない。要は、親切でやっていることを大きなお節介にしてやればよいのだ。
時間はもう夕暮れ時である。ほとんどの村人は村長の家から帰るところだった。俺は山藤のいる辺りから最も近い所にいる男を1人、マーカーで捕まえる。移動させる先は、沙羅の操るモブに誘導された山藤が歩く道だ。
俺が山藤を捕まえることができたのは、村外れの壁へと向かう道へ十字路を曲がろうとしているところだった。
その角に男を立たせて、その手を女に向けて差し伸べる。
《ああ、すみません》
日本語で言って、山藤はモブ女を男に預けようとした。だが、女は先へ行こうとする。
当然のことだ。それを操る沙羅の目的は、山藤がその道を歩き続けてリューナに追いつくことである。前へ歩くしかなくなったところで、マーカーを解除することだろう。
……そうはさせるか。
俺は、男の手を動かして反対側を指差した。山藤は、それに従って女を連れて行こうとする。もちろん、女が動くわけがなかった。
男を近づかせて、その手を女に向けて差し伸べる。思った通り、山藤はそこに女を預けようとした。だが、女は山藤にしがみついて抵抗した。
ネトゲ廃人が慌てないわけがない。
《ちょ……ちょっと?》
よく考えると、異世界転生してこっち、山藤はこと女性関係についてはツイている。
リューナに、まあ子どもとはいえククルに、で、モブ女との密着……。
そんなことを考えて、ハッとした。
……いかんいかん、これでは俺のほうが下司野郎だ。
何とか山藤自身がモブ女を引き剥がして、リューナを追っていくように仕向けなければならない。
幸い、といっては何だが、沙羅が誘導役に使おうとしていたモブ女が、今は邪魔になっている。
そこで俺は、そのまま自分のモブをリューナのいる方に向かって移動させることにした。これで、沙羅との立場は逆転する。俺のモブが誘導役になる以上、沙羅は山藤を解放せざるを得ないのだ。
結果的に、山藤はすがりつく女を振りほどいて俺を追うことになる。
そう読んだ俺は、くるりと反転させたモブに、ついて来いというふうに山藤を差し招かせた。
だが、モブが歩きだしても山藤はついてこなかった。背後を確認すると、倒れたモブ女を介抱している。
《大丈夫ですか? 起きてください!》
沙羅が、女を倒れさせたのだ。何が何でも、俺には山藤を連れて行かせたくないらしい。
仕方なくモブを立ち止まらせると、モブ女はふらふらと立ち上った。歩きだすと、山藤も心配そうについてくる。
《無理しないでください》
無理といえば、確かにさせられているかもしれない。山藤を楽に活躍させてやろうとする沙羅によって。
それなら、打つ手はひとつしかない。
要は、同じリューナを追わせるにしても、シャント・コウ…山藤の危機を演出してやればいいのだ。
モブを、道の真ん中で立ち止まったまま、再び振り向かせてやる。手を大きく広げて、いかにも女を逃がすまいとする姿勢を取った。
山藤はしばし躊躇している様子だったが、やがて女の前に進み出ると、震える声で言った。
《通してください》
もちろん、俺は応じない。だいたい、日本語が異世界で通じるわけがないのだ。だが、ここで男を見せるのが、山藤の試練だ。
思った通り、やってくれた。モブの目の前に、グェイブを突きつけたのだ。
《この人を、帰してあげてください》
山藤に、片言の異世界語でこんなややこしい言い回しができるわけがない。やっぱり、日本語だ。
だが、その目には妙な威圧感があった。オタクがキレたのとはまた別の、逆らい難いものが光っているような気がする。
……どいてやるよ。
それは、俺の負け惜しみでもあった。山藤ごときに、しかもスマホ画面越しの目力で押されたというのが、何だか面白くなかったのだ。
女に導かれて歩きだした山藤の背中を見送った俺は、用済みになったモブ男からマーカーを外してやった。解放された男はきょとんとしていたが、何を思ったのか山藤に追いすがった。
《おい、どこへ連れて行くんだ、女を!》
振り向いた山藤にグェイブの切っ先を向けられて、男は悲鳴を上げて退散する。俯瞰画面で確認すると、村長の家へと向かっていた。
……女をさらっていくとでも思ったのか? 山藤が?
もちろん、そんなことをするヤツではないし、そんな悪事を働く度胸などない。さっきは多少見直したが、そもそもグェイブひとつで身の安全を守るしかない、哀れな立場なのだ。
だが、これで山藤は更なる窮地に立たされた。女を助けに、村人たちが大挙してやってくるかもしれない。そうなったら、山藤は村人たちをグェイブで牽制しながら、リューナの後を追うことになる。
そこで、俺は思い出した。
……杭も十字架もニンニクも、そっちにある!
何のことはない、苦労して集めた道具を残らず、山藤は置いてきてしまったのだ。
だが、それも試練といえばそうだ。俺は放っておくことにした。
沙羅の操る女はというと、歩みは思いのほか速く、リューナとの距離はかなり縮まっていた。山藤を拡大して動きを追ってみると、暗い中でもCG処理のおかげで、なんとかリューナの後ろ姿が見えた。
山藤には見えたかどうか分からないが、この近くにはもう、家などないことには気付いたらしい。たどたどしい異世界語で尋ねた。
《家……ある?》
すると女は急に背後の山藤を見るなり、悲鳴を上げて、今来た道を逃げ出した。
沙羅がマーカーを解除したのだ。
我に返った女は、背後に迫る山藤に怯えて逃げ出したのだろう。もちろん、山藤はそんな事情は知らないから、慌てて後を追う。
《どうしたんですか?》
日本語で呼びかけられた女は、やがて己を失ったかのように道を外れて、畑の中へ駆け込んだ。もちろん、山藤もそれに続く。
だが、そこには罠が仕掛けられていた。
《痛っ!》
CG処理された暗闇の中には、草か何かの茂みに転がり込んだ山藤の姿があった。その周りには、ぽつぽつと白い点が浮かんでいる。
それが白いバラの花だと分かったときだった。
夕べも聞いた声が、再びスマホの中から聞こえてきた。
《来たか、リューナ》
ヴォクスだった。慌てて視界を動かしてみると、リューナの前には長いマント姿の影が立ちはだかっていた。
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