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守護天使、腹いせにネトゲ廃人への罠を仕掛ける(現実世界パート)

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 その日の授業が終わるまで、沙羅は俺に見向きもしなかった。休み時間になるたびに、取り巻きの男子連中と賑やかに談笑しては、要領よく話を聞き流していた。
 沙羅の言う「後のフォロー」が何を意味するかは、だいたい分かっていた。
 ひとつは、俺がシャント…山藤に仕掛けた罠の後始末だ。
 今朝、杭を持ち主でもない男から譲られるところだったところで、家の持ち主が都合よく現れた。あれは恐らく、沙羅の仕業だ。どうやって特定したのかは分からないが、本人をモブとして連れてきて、家の前で解放したのだろう。
 だが、金貨の袋は、偶然通りかかった男の子に持ち逃げされている。そんなに広い村ではないが、盗んだものをそうそう持って歩くわけがない。探し出すのは至難の業だろう。
 もうひとつは、男子生徒たちのあしらいだ。田舎のクリスマスパーティーへの誘いを受けるかどうか、ぎりぎりまで引き延ばすつもりだろう。もちろん、行きたければ行けばいいと思う。行きたくなければ行かなくていい。俺が沙羅を誘う誘わないの問題ではないのだ。
 放課後にはどうせ沙羅のお帰りを男子生徒たちがエスコートするだろうから、待たないでさっさと帰ることにした。
 いつもならバス停辺りで追いつかれて、同性からの嫉妬の視線を背中に浴びながら異世界の姫君を伴って帰ることになる。だが、今日に限って、沙羅はやってこなかった。やがてバスが来て、俺は校舎を振り返りながら乗り込んだ。
 やはり、誰もやってこなかった。俺はガラガラの席に座って、スマホの電源を入れた。
 困っている山藤の姿が見たくなったのは、もちろん、仕掛けた罠の成果を確認するためだ。だが、そうしないではいられないほど落ち着かない気持ちになっていたのも事実だった。
 真っ先にチェックしたのは沙羅からのメッセージだったが、来てはいなかった。俺は仕方なく、画面に映るシャント…山藤の様子を眺めた。
 信じられないことだが、真面目に働いていた。
 夕暮れの光の中に、畑にしゃがんだ身体を起こして汗を拭く影が見える。もう片手には、何か球根みたいなものを掴んでいる。
 畑仕事を手伝っていたんだろう。依頼主と思しき男が歩み寄ると、手にした収穫物を差し出す。だが、男は受け取らなかった。
 シャント…山藤は勢いよく頭を下げて、夕日にじりじりと焼ける道を、長い影を落としながら歩いていく。背中に担いだ杭も、脇に挟んだ十字架も、落としはしない。もう一方の手には木槌とニンニクを、山藤の割には器用に掴んでいる。
 そこまで確かめたところで、バスはターミナルに着いた。俺は待合室で次のバスを待ちながら、山藤に苦労をさせるべく、打つべき手を考えた。
 まず、このネトゲ廃人は、思いのほかタフになっている。本来なら評価すべきことだが、俺としては困るのだった。
 ……適応してんじゃねえよ。
 残酷なようだが、もう少し厳しいミッションを課して心を折るしかなかった。それならば、山藤にとって最も精神的に応える状況を作り出してやるしかない。
 つまり、やろうとしていることが達成できないという無力感だ。たとえ乗り越えることができても、二度とごめんだと思わせなければならない。
 ものすごく疲れているはずなのに、この元気さは真逆の状態だと言わざるを得ない。たぶん、一仕事やりとげた達成感で一杯なのだ。
 ……こいつを挫くには、だ。
 すでに片付いたことは、邪魔しようがない。それなら、やったことを全てムダにすればいい。
 戦争捕虜に対する拷問の最たるものは、深い大穴を掘った後に再び埋め戻させることだという。徒労感からの立ち直りは、無力感の克服よりも辛いものなのだ。
 つまり、手に入れたものを全て使えないようにすればいい。
 そこまで考えたところで、俺はやってきたバスに乗った。画面を確認すると、シャント…山藤は、暗い道をまだのこのこ歩いている。妨害すべき何事も、特には見つからない。
 沙羅のメッセージが来るのではないかと思って待っていたが、仲直りを求めるどころか、挑発も悪態も仕掛けられることはなかった。
 シャント…山藤がようやく村長の家に着くと、庭にはほとんど誰もいなかった。働いている村人も、ひとり、ふたりと帰っていく。道端には子どもたちの姿も見えるが、大人たちに呼ばれると、その後についた。
 その誰もが、シャント…山藤を見ると怪訝そうな顔をした。
 無理もない。大荷物を抱えた姿は、それほど不格好だったのだ。だが、山藤がそんなことを気に留めるはずもない。家の戸口で荷物を下ろして、家の中に入っていく。
 リューナを探しに行ったのだろうが、俺も画面をズームアウトして、家の周りを映してみた。
 その姿は、たぶん山藤よりも早く見つけることができた。家の裏にいるのを拡大してみると、小さな手斧で薪を割っている。
 ……しめた。
 俺は再び家の敷地全体を画面に映して、庭から出ていこうとする女を1人、マーカーで捕まえてモブにした。リューナのところへ移動させて、全身を拡大する。身体のがっしりした、中年の女だった。
 その姿をリューナが見上げたところで、モブ女の腕をコントロールして庭のほうを指差してやる。手斧が下ろされたところで、俺は女を庭へと動かした。リューナは黙ってついてくる。
 戸口に置かれたもの指差して見せると、リューナはすぐに納得したようだった。杭を家の裏へ持って行くと、すぐ割りにかかったらしく、パンパンと気持ちのいい音が聞こえてきた。
 できれば十字架も割ってほしかったのだが、交差させた木はあまりに細くて、薪には向かなかったようだ。
 これを処分してくれそうな者を探して辺りを見渡すと、子どもたちが帰りを急いでいる。俺は十字架をモブ女に握らせると、そっちへ向かって振った。
 興味をそそられたのか、子どもたちが寄ってくる。手渡してやると、こっちをじっと見つめてくる。俺がモブ女の頭を左右に動かして動かしてやると、十字架を振り回して遊び始め、あっという間に破壊してしまった。
 そこで、シャント……山藤の悲鳴が聞こえた。
《リューナ!》
 杭がかまどにくべられるのを見て、何があったのか察したのだろう。すぐに家の戸を開けて飛び出してきたが、そこでまた叫んだ。
《ない!》
 うろうろと探しているのは、十字架だろう。残念ながら、分解された上にチャンバラに使われて叩き折られた2本の棒は、子どもたちに持ち去られている。
 慌てて木槌を拾って家に入ろうとするところへ、モブ女の足を突き出してやった。威勢よく倒れたところで、木槌は家の壁に当たって、ものの見事に割れてしまった。
 これで、一からやり直しだ。沙羅が手を下した様子もない。今夜一杯は、どうすることもできないだろう。
 電源を切ったスマホをカバンにしまい込んだ俺は、もう異世界のことなど考える気も起こらなかった。バス停を降りてから、自宅でメシ食って風呂入って寝るまで、俺は画面を見もしなかった。
 それでも布団に入ってしばらくすると、どうも沙羅の顔が暗闇の中にちらついて眠れなかった。
 ……あの連中と、何話したんだろ。
 男子たちに押し切られてクリスマスパーティに出席した沙羅の様子を想像して、俺は何だか落ち着かなくなった。
 ……まさか調子に乗って、いわゆる不純異性交遊とか。
 そんな妄想まで膨らみ始めたので、俺は気を紛らせるために再びスマホの電源を入れた。
 沙羅からのメッセージはない。画面に映っているのは、自分の部屋で長い棒を削って杭にしているシャント…山藤の姿だった。
 失った道具を、自分で作らざるを得なくなったのだろう。材料をどこで探してきたのか知らないが、ご苦労なことだ。
 使っている刃物は、小さなナイフだった。傍らには、グェイブが光を放っている。これなら、暗い所でも手元を謝ることもないだろう。
 だが、そこは山藤だった。ゲーム機のコントローラーを操るしか能のないネトゲ廃人である。ナイフで鉛筆も削れないのに、太い棒を尖らせられるわけがない。
 案の定、自分の指先を切ってしまった。自分の血をみてうろたえたのか、たいした傷でもないのに、山藤は杭とナイフを投げ出して、ベッドに潜りこんでしまった。
 ……これでいい。
 一応の苦労はさせた。あとのことは、朝になってから考えればいい。
 俺も寝ることにしたが、スマホの電源を切らないで、音量を全開にして枕元に置いた。万が一、吸血鬼ヴォクス男爵が襲って来たときは、騒ぎがアラーム代わりになるからである。
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