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ネトゲ廃人、浮気を疑われた村長から正式に依頼を受ける(異世界パート)

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 僕がグェイブを持って全力で道へ駆け出したのは、薄暗い中を凄まじい勢いで逃げ去ったテヒブさんを追いかけたからだ。でも、吸血鬼化してるんじゃ捕まえられるわけがない。
 あきらめて引き返したら、リューナがやってきた。
 ……迎えに来てくれた?
 何だか、ククルが一緒にいたときは機嫌が悪かったからなかなか近づけなかったんだけど、これでやっと安心できた。
 元気がなかったから笑ってみせることぐらいしかできなかったんだけど、よく見ると、目は僕を向いていなかった。
 ……たぶん、テヒブさんを探しに来たんだろうな。
 僕は、首を縦に振ってみせた。「いない」って意味は伝わったみたいで、リューナはうつむいたまま、すぐ隣について歩きだした。
 2人で一緒に戻ってくると、出迎えたのは村長だった。
 何か言ったけど、「水」って言ったのしか分からなかった。
 とりあえず首を横に振ると、村長も同じことをして、左胸に手を当てて何か言った。
 ……お礼かな? テヒブさんを追い払ったから。
 村の男たちも、ざわつきはじめていた。まるで僕が悪いことでもしたみたいだったけど、それも急に静かになった。
 何が何だか分からない。きょろきょろしてみて、やっと気が付いた。
 リューナが男たちを睨んでいたのだ。
 でも、それは長続きしなかった。リューナがうつむいてしまうと、男たちはちょっと顔を見合わせただけで喚きはじめた。
 ……卑怯じゃないか! リューナは喋れないんだぞ!
 これじゃ、学校でのいじめと同じだ。
 白状すると、僕はそんな現場を見ても、知らん顔をしていた。何の役にも立てないことが分かっていたからだ。
 でも、今は違う。僕の手にはグェイブがあるのだ。とても人を斬るなんてできないけど、やれることはある。
 ……頭の上で振り回すだけで!
 そのくらいのことでも、こいつらは逃げるはずだ。僕はリューナをかばうために、足を一歩だけ踏み出した。
 ところが、先に動いた人がいた。村長のおかみさんだ。何か叫びなから、男たちを殴りはじめたのだ。
「……女!」
 リューナを指差して言ったので、そういう意味なんだろうと思った。
「……ヴォクス、……!」
 吸血鬼に差し出せ、ということだろう。頭に来て、やっぱり足を速めたけど、村長に邪魔された。
「待て、待て待て! ああ……」
 その先は、名前を聞かれたんだと何となくわかった。
「シャント……シャント・コウ」
 考えてみると初めての名乗りだったんだけど、その場にいる男たちには無視された。それもムカッときたけど、よく見ると、そこにはそれなりの原因があった。
 ククルが、父親っぽい人の膝にしっかり取り付いていたからである。
《お父ちゃん……》
 ここから先に、どんな単語を当てはめていいのかは分からなかった。たぶん、本当は誰かに止めて欲しかったんだろうと思った。
 とにかく、僕たちはククルが泣くのを黙って見ているしかなかった。

 その晩、僕は豆のスープをたっぷり食べさせられてから元の部屋で寝かされたけど、異世界に来て2日目の晩みたいにベッドは柔らかかった。もちろん、リューナは隣の部屋だ。
 グェイブを抱えたまま目を覚ましてみると、3日目の朝みたいに、村長がヘコヘコしながら部屋に入ってきた。
 身体を起こした僕の前にひざまづいて、頭を繰り返し繰り返し下げながら、何か言った。
 やっぱり意味が全然分からなかったけど、びっくりしたことが1つだけあった。何か重そうな包みを僕の前に出したかと思うと、口を縛った紐をほどいて中を見せたのだ。
 まぶしく光るコインがいっぱい入っていた。
 ……金貨?
 ネトゲなんかでは「G|ゴールド」ってウィンドウが出るけど、本物を見るのは初めてだ。
 これを僕にくれるっていうんだろうか。
 ……でも、何で?
 考えられるのは、代わりに吸血鬼を倒してくれってことだ。僕は聞きかじった異世界語で、試しに聞いてみた。
「ヴォクス……戦う?」
 村長は首を横に振った。「はい」のサインだ。
 間違いない。僕は吸血鬼退治を依頼されたのだ。
 ……来た来た来た!
 異世界転生ものの王道だ。ついに、この展開が来たのだ。
 ……でも、めちゃくちゃひどい目に遭ってきたからなあ。
 今までコキ使われたり殴られたり閉じ込められたりしてきたせいで、僕はかなり臆病になっていた。本当に意味が伝わったかどうか心配になって、ジェスチャーで確かめてみた。
 まず、グェイブを逆さに持つ。
「ひいいいいい!」
 村長が悲鳴を上げてひれ伏した。
「違う、違う!」
 僕は首を横に振った。すると、村長はよけいに泣き叫ぶ。それが聞こえたのか、階段の下から人がばたばた駆け上がってくる音がした。
 ……殺されると勘違いした?
 どう説明したらいいか分からないで困っていると、いきなりドアが開いた。でも、そこに立っていたのはおかみさんじゃなかった。
 ……リューナ?
 ネグリジェみたいな服をまとったリューナは、つかつかと僕に歩み寄ってグェイブを取り上げようとする。
 ……いけない!
 僕はグェイブを持ってベッドの上に立ち上がったけど、リューナのほうが背が高いからムダだった。
「やめろ、吹っ飛ばされる!」
 日本語で言ったって通じない。僕が村長に斬りかかろうとしていると明らかに誤解しているリューナの手が、グェイブに伸びた。
「リューナ!」
 僕と同じことを考えたのか、慌てて駆け寄った村長がリューナを後ろから抱き留めた。もうちょっと遅かったら、リューナが吹っ飛ばされていたところだ。
 ……グェイブに僕でない者が触ったらどうなるか、見て知っていたはずなのに。
 そんなことも忘れるくらい、焦っていたのだ。村長がどうこうっていうのより、僕に人殺しをさせたくなかったんだと思いたかった。
 ほっとしたり、ジンとしたり、何だか複雑な気持ちだったんだけど、いきなりの怒鳴り声で、よけいにわけが分からなくなった。
「……!」
 びっくりして、僕はベッドから足を滑らせた。村長は、リューナを抱えたまま床にひっくり返る。そのせいで、騒ぎはよけいに大きくなった。
 おかみさんに白髪を掴まれた村長が、リューナから引き剥がされたかと思うと、ものすごい勢いで踏んだり蹴ったりの目に遭わされたのだ。
 僕は床に尻餅をついたまま、リューナはものも言えずに、喚き散らすおかみさんと、悲鳴を上げる村長をただ見ているしかなかった。
 おかみさんが部屋の外へ村長を引きずりだすと、部屋はやっと静かになった。騒ぎが聞こえたのか、窓の外がガヤガヤする。畑仕事の手伝いに来た人たちが、何か噂をしているんだろう。
 僕のそばで、くすくす笑う声がした。
 ……え?
 思わずそっちを見ると、リューナだった。僕もつられて笑った。村長には悪いけど、二人して大笑いした。
 何が起こったのかは、だいたい分かってきた。村長の悲鳴を聞きつけて上がってきたおかみさんは、リューナに抱き付いた村長を見てカッとなったのだ。
 確かに、ゆったりした服を着ていたリューナは、体の線が隠れているけど、よく見ると胸元から肌が見えるし、中に何もつけていないんじゃないかという気がした。
 僕にじっと見つめられて、リューナは首を傾げた。慌てて目を背けると、いきなり立ち上がって胸元を掻き合わせる。
「シャント!」
 真っ赤になったリューナに叱られて、僕は縮こまった。
「ごめん……!」
 日本語が通じるわけがないんだけど、いや、そりゃちょっと想像はしたけど、でも、それは連想なんだから仕方がないわけで、とにかく、悪気はなかったことは神に誓える。
 ……というか、この世界の神話ってどうなっているかよく分からないんだけど。
 自分でもわけが分かんなくなったけど、リューナのほうは恥ずかしそうに口を尖らせているだけだった。
 何とか許してもらえたらしいのでほっとしたけど、そこで僕はアッと気付いた。
「リューナ?」
「シャント? ……シャント、シャント!」
 リューナに、言葉が戻ってきたのだ。 
 僕らは抱き合って喜んだけど、そのとき、服の向こうの胸の感触で予想が当たったことが分かった。慌てて腕を離した僕を見て、リューナはきょとんとしていた。
 下の階からは、おかみさんの怒鳴り声と、村長の悲鳴がまだ聞こえていた。 
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