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しりとりと、ネトゲ廃人の危機(現実世界パート)

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 グェイブで突き刺そうとしたところで、岩を掴む手が滑った。シャント…山藤の身体は川に滑り落ちる。
 ……何やってんだ! もっと鍛えろ!
 無理な相談だった。溺れないで済むのを祈るしかない。
 だが、俺の焦りなど園児たちには知ったことではない。
「ま……マッシュルーム!」
「あ、よく知ってるねー。じゃあ……麦茶!」
「ちゃ……わかんない」
 子どものやることだから、語彙は知れている。だが、お姉さん先生は優しかった。
「や、でもいいんだよー!」
「やかん!」
 ……やっと終わった。
 CG画面上とはいえ、人の生き死にがかかっている。やかましい上に、緊張感を削ぐことこの上ない。
 そうは言っても、流されていくシャント…山藤を、俺はただ眺めているしかない。歯がゆさに落ち付かない気持ちでいると、お姉さん先生は見事に俺の注意を画面からそらしてくれた。
「か……のつくものは何かな? じゃあ、……お兄ちゃん!」
「え?」
 温いしりとりの続行に、俺は一瞬、答えに詰まった。礼儀を知らないお子様方が叫ぶ。
「話聞いててよー!」
「幼稚園でも先生言ってるよー!」
 この緊急事態に、無邪気にも並べ立てられる罵詈雑言への大人げない怒りがこみあげてくる。
 ……いちいちムカつくガキどもだな。
 それでも俺は、画面に映る急流から目を離すことなく、ぐっとこらえた。すると、「か」のつく言葉が無意識のうちに口を突いて出る。
「か……河童!」
 河童の川流れというが、シャント…山藤の頭は水の上に出たかと思うと、また沈んだ。急流の勢いで、手からグェイブが奪い取られた。
 ……拾えよ!
 無理なことは分かっていたが、これなしでどうにかできるような山藤ではない。
 何やらバシャバシャやってるが、川岸にたどりつくどころか、水面から顔を出すこともおぼつかない。
 そんな危機など知る由もないお子様方のしりとり遊びは、何事もなく無限に続くかと思われた。
「ぱ……パセリ!」
「り……りんご!」
「ご……ゴリラ!」
「ら……ラッパ!」
「ぱ……パセリ!」 
 そこでひとりの園児が、妙なこだわりを見せた。
「ずるーい、さっき言ったよー!」
「えー……じゃーあー」
 それを真に受ける方も人が好すぎるというものだが、お姉さん先生はその辺は問題にしなかった。 
「そんなら、お兄ちゃん」
 いきなり振られても、リアクションが取れない。俺は言い訳した。
「え、ああ……パス!」
「す……スリッパ!」
 子供のしりとり遊びはとりあえず続行され、シャント…山藤の川流れも、しばらくは止まらなかった。
 それだけに、身体が岩にぶつかっても俺は安心した。
 ……少なくとも、流されるのは止まったんだし。
 だが、シャント・コウはいきなり谷川に沈んだ。
 ……まずい!
 俺にはどうにもならないことに慌てていると、また浮かんだ。足を滑らせたらしい。山藤だから無理もないが。
 ようやく岩にもたれると、水面は胸ぐらいの高さしかなかった。
 ……意外に浅いな。
 それでも、荒れ狂う激流の起伏は容赦なく顔面を襲う。シャント…山藤は苦しそうに顔を振って波を避けた。
 もちろん俺にはどうにもならない。だが、にっちもさっちも行かない者はバス内にもいた。
「パ……お兄ちゃん」
 自分にできないことを人に振ることを知っている、要領のいいお子様である。
 ……俺は「パ」専属担当か!
 どうせ続行されるしりとりである。俺は適当に答えた。
「パ……パキスタン!」
 これで時間が稼げる。
 このままでは、そのうちシャント…山藤の息が詰まってしまう。そうなれば、また足が滑って、今度こそ流されてしまうだろう。谷川のあちこちに頭を突き出した岩に何度となくぶつかれば、命の危険だってあるかもしれない。
 俺は画面を閉じて、アプリのメッセージを確認してみた。沙羅がこの様子を見ていれば、何かツッコミを入れてきているかもしれない。
 だが、そんな作業すら、お子様がたは俺に許してはくれなかった。
「はい、お兄ちゃんの負け!」
 不条理極まりない、子供の世界だった。
 ……何で俺だけ。
 ムカッときたが、急き立てる声に悪意は感じられない。
「じゃあ、お兄ちゃん、やり直し!」
「パ……パトカー」
 とりあえず答えておいて画面を確認すると、案の定だった。激流の中の怪物について、沙羅が情報をよこしていた。
〔これ、ケルピー!〕
 検索エンジンにかけると、写真付きで結構ヒットした。
 川に棲む妖怪みたいなもので、下半身が魚になっている馬らしい。 シャント…山藤がグェイブで刺そうとしたのは、これだったのだ。
 溺れさせた旅人の内臓を食うというが、知りあいが犠牲者になるスプラッタ系のホラー映画を見る趣味など、俺にはない。
〔捕まった!〕
 水中に引き込まれたのだろう。
〔何やってんの八十島君ちょっと!〕
 モブがいればともかく、俺にはどうすることもできない。だいたい、ご都合主義を冒してでも山藤を異世界転生ヒーローに仕立て上げようとしているのは沙羅のほうだ。
 追い込まれたシャントを見守るしかない無念な状況のなか、お子様たちは他愛もないしりとり遊びに未だ興じている。 
「カー……カ……カレー!」
「レー……レール!」
 山藤に異世界人生のレールを敷いてやるのが沙羅なら、俺の立場は逆である。それを阻止して痛い思いをさせ、山藤に現実世界に帰る気を起こさせなければならない。
 もっとも、これだけ痛い目に遭っている山藤に、これ以上の試練を与えることもない。生命最優先の状態なのだが、これだけ慌ててるってことは、沙羅にも打つ手がないのだ。
〔武器流されてるし!〕
〔また引きずり込まれた!〕
 異世界のお姫様には似つかわしくない、その場の感情剥きだしのメッセージが並んでいる。
 だが、俺にそれらを最後まで読んでいる余裕はなかった。
 立てつづけに、園児が助けを求めてきたのである。
「ルー……お兄ちゃん!」
「ルール」
 自分で考えろとばかりに意地悪く放った一言だったが、お子様には通じなかった。
「ル……お兄ちゃん!」
「ル……留守番」
 とりあえず思いついたことを答えると、別のところから意地悪い口調ではやし立てる声が聞こえた。
「ンがつーいたー!」
 思わず立ち上がって頭を張り飛ばしたくなる衝動を抑えて、俺は嫌味たっぷりの超スローペースで解答を続けた。
「留守番電話」
 子どもたちは一斉に考え始める。
「わ……」 
 その隙に考える余裕が出来て、ようやく状況が呑み込めた。
 浮いたり沈んだりしているのは、このケルピーとかいう馬魚《さかなうま》というか魚馬《うまざかな》に襲われているからで、今のところ、護身の手段はないということだ。
 そこで、沙羅が下した判断はこうだった。
〔リューナ見てくるね〕
 確かに、シャントに手を貸せない以上、それがいちばん無駄のないやり方だ。
 ……この女は!
 腹の中で俺が毒づいていることを知っているのかどうかはともかく、山藤をフォローすれば済む沙羅としては、モブを動かしてリューナをかばうこともできるのだ。
 ……ハンデありすぎだろ!
 だが、シャントが死んだら山藤は、この異世界で別の誰かに転生することになる。振り出しからやり直しだ。
 しりとり遊びはというと、延々と続いている。
「わ……鷲!」
「し……鹿!」
「か……お兄ちゃん!」
 振って来るのが異様にかったので、俺はシャント…山藤が晒された谷川と、その中に潜んでいるらしい怪物に注意を向けながら考えた。
「か……」
 川の中にいるのは、ケルピーという半馬半魚のキメラだという。
 ……川の馬か。
 そこで思いついた。
河馬カバ
「バ……」
 ここまでひどい目にあっても、現実に帰るかどうか尋ねる「Yes」「No」ボタンの類は、今まで何も出ていない。やはり、吸血鬼ヴォクス男爵を倒すミッションをクリアしないことには選択すら許されないのだろう。
 ……とにかく死ぬな、山藤!
 だが、このネトゲ廃人は何を思ったのか、自分から水の中に飛び込
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