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ネトゲ廃人、夏休みの工作に励む(異世界パート)

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 僕はもう一度、ゆっくりと言った。
「リューナ……テヒブさんは……」
 最後に見た辺りを指差すと、絶叫と共に、後を追うかのように駆け出した。
「だめだ!」
 手を掴むと、折れそうに細いくせに、ものすごい力で振りほどかれた。
「だめだよ!」
 ポール・ウェポンを放り出してリューナに追いついた僕は、背中からリューナを抱き留めた。
 胸の感触でドキッとしたけど、そんなこと気にしている場合じゃない。もがくリューナを抑えようとしてむしゃぶりついているうちに、足がもつれて地面に倒れ込んだ。
 ……危ない!
 僕にしては珍しく、とっさの判断が働いた。地面に落ちた背中の激痛と、リューナの胸が覆いかぶさってくるのは同時だった。
 どっちみち、息が苦しいのも同じだった。
 げふげふと咳き込んでいると、リューナが僕の身体の上に起き上がった。暗かったから顔は見えなかったけど、震えながら泣いているのは分かった。
「ア……。ア……!」
 泣き声にしては、様子がおかしかった。喉の奥から絞り出してるみたいな声だ。僕が身体を起こすと、リューナが呻きながらしがみついてきたので、また地面に倒れ込みそうになる。僕は腕を突っ張ってこらえた。
 何も見えない。でも、温かい。リューナの肌と、頬に触れる涙。
 僕はもう一度、同じことを囁いてみた。
「テヒブさんは帰ってくるよ」
 リューナはやっぱり答えなかった。耳のすぐそばから頭に響く、呻くような叫びしか聞こえない。
「アー……! アーッ……!」
 やっぱりおかしい。僕はリューナの肩を掴んで、全然見えない顔を正面から見つめた。
「リューナ! しっかりして! リューナ!」
 せめて、「シャント」とか「テヒブ」とか言ってほしかったけど、返ってくるのは呻き声だけだった。
「ア……。ア……」
 何となく分かってきた。声は出るけど、言葉が出ない。つまり、元に戻っちゃったってことだ。
 僕の名前を呼んだってことは、リューナはもともとしゃべれなかったわけじゃないみたいだ。っていうことは、たぶん、しゃべれなくなったのは吸血鬼に襲われたせいだろう。
 そして、今度も。
 ……ヴォクス男爵め!
 僕は、すすり泣くリューナを抱き起した。かける言葉は思いつかなかったから、同じことを言うしかなかった。
「テヒブさんは帰ってくる」 
 リューナは、微かに首を振った。それは「はい」のサインのはずだったけど、僕には「いいえ」みたいな気がしていた。
 ……僕が守るよ。
 そう言いたかったけど、口に出す自信がなかった。
 言っても、分かるわけがないのに。
 何か、ヘコんだ。
 リューナの背中を叩いて家に向かうと、ヴォクス男爵と戦うのに使った棒が落ちていた。こんな近い距離でも、身を守るのにはないよりマシだ。リューナに渡すと、それを杖にして歩いていった。
 ……よっぽど参ってるんだろう。
 さっき放り出したポール・ウェポンを持って家の中に入ると、僕はまず言ってみた。
「リューナ……上」  
 これは通じたらしく、リューナは棒を僕に渡すと階段を上がっていった。
 ゆっくり休めばいい。とりあえず2階の窓も閉めておけば、ヴォクスがコウモリになって入ってくるのだけは止められる。
 そう考えて、気がついた。
 ……テヒブさん帰って来ないの、前提じゃないか。
 自分の弱気に腹が立ったけど、用心はしないといけない。僕はポール・ウェポンの光を部屋の隅に当てて、役に立ちそうなものを探した。
 ニンニクくらいないかと思ったけど、見つからなかった。
 あったのは、長い方の棒だけだった。
 ……そうだ!
 手の中には、短い方の棒がある。縦横に組んで縛れば、十字架になる!
 ヒモかなんか落ちてないかと思って探したけど、リューナは床をきっちり掃除してしまっているから、そんなもの見つかるわけがなかった。
 ……どうしようか。
 外へ出て探すのも危険だ。ポール・ウェポンのぼんやりした光の中できょろきょろしていると、使えそうなものが1つだけ目にとまった。
 ……夏だし、いいよね。
 僕はシャツを脱いで、棒を十字架の形に組んだ棒に縛りつけた。
 その十字架を持って2階に上がる前に、一応、家のドアは開かないようにしておくことにした。テヒブさんが帰ってきたら、たぶん声で分かるだろう。
 ドアと戸口には、金具のストッパーがつけてある。テヒブさんがやっていたのを真似して、開かないように固定した。
 階段を上ると、ポール・ウェポンのぼんやりした光の中に、リューナの姿は見えなかった。もう寝たんだろう。
 部屋の中でまず目についたのは、開いたままの窓だった。 外は真っ暗だった。遠くの家の明かりも見えない。もうずいぶん、夜も遅いのだった。
 ……ここさえ閉めてたら。
 霧になったって侵入できるんだけど、そういう問題じゃない。この世界で、吸血鬼と戦う方法を知ってるのは僕だけなんだ。
 リューナが襲われたのは、僕の責任だ。
 ……責任?
 今まで使ったことのない言葉だった。
 言われたことはあるけど。
 去年の文化祭が終わった後のホームルームだ。
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