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リューナがくれた突然の……。(異世界パート)

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 家の中に戻ると、テヒブさんは真っ先にポール・ウェポンを拾った。テーブルを足場にして跳び上がったかと思うと、また元の場所に戻して床に降り立つ。僕なんかには絶対無理だ。
 リューナはというと、台所に向かった。暗くなる前でないと、料理ができないのだ。
 テヒブさんが裏の戸口から外へ出たのでついていくと、手斧を持って薪割りを始めた。見ているだけじゃ悪いと思って、斧に向かって手を伸ばした。テヒブさんはそんなこと構わない。振り上げられた斧は、僕の指先をかすめて薪を割った。
 ……邪魔だってことか。
 特にできることもない僕はとりあえず、2階へ行くことにした。家に入るときにちらっと見たら、窓が開けっぱなしになっていた。外で戦う僕たちの様子を見ていたリューナは、閉めるのも忘れて下りてきたんだろう。
 階段に足をかけた僕へと振り向いたリューナが、小首を傾げた。何の用かと思ったように見えたので、僕は覚えたばかりの言葉で返事をした。
「窓……上」
 窓閉めに上へ行くよ、ぐらいのつもりで言ったんだけど、そこで思い出したことがあった。
 ……確か、リューナの声だった。
 シャント……上。
 その声で初めて、「上」という言葉を聞いたのだ。だが、リューナはヴォクス男爵とかいう吸血鬼に襲われてから、言葉を話せなくなっているはずだ。
 試しに、声をかけてみた。
「リューナ?」
 包丁を使う手を止めて、再び振り向いた。
「……リューナ?」
 何か話してくれるかと思ったけど、返事がない。
「リューナ……」
 話しかければ答えてくれるかという気がしたけど、よく考えたら、僕はそれほど言葉を知らなかった。現実世界だって、クラスの女子とろくに離せないのだ。こんな異世界でまともな話ができるわけがない。
 それでも、リューナの声が聞きたかった。あそこで聞いた声は間違いなくリューナの声だったし、リューナでなければあんなことは言えない。
 思い切って、隣に立ってみた。リューナから話すきっかけになるかもしれない。
「手伝うよ」
 日本語で言うと、困ったような顔でこっちを見た。まな板の上の包丁が、野菜の上で止まっていた。明らかに、料理の邪魔をしている。
 辺りは少しずつ暗くなっていた。僕の身体が影になって、手元が見にくくなっているんだろう。
 仕方なく、椅子に座ってテーブルにもたれた。リューナは黙って野菜を切り続ける。そのうち、近くにあった小さな箱を床に置いて、中から出した鉄みたいなのと石をぶつけ始めた。
 ファンタジー系RPGで見たことがある。
 火口箱《ほくちばこ》ってやつだ。
 リューナは一生懸命カチカチやっているけど、なかなか火花が散らない。僕だって男だから、代わりにやったらできるかもしれない。
「貸して」
 日本語で言っても通じるわけがないけど、近寄って手を出してみた。リューナは知らん顔で、というか火打石だけを見つめて、火打金っていうのかそういうのを叩きつけている。
「僕がやるよ」
 火口箱を取り上げると、リューナが火打金を持った方の手で取り返そうとした。
 ガチン!
 目から火花が散った。顔を強烈に叩かれたのだ。
「……!」
 火打ち金が床に落ちて鳴ったとき、慌てたリューナの声が確かに聞こえた。透き通るような、ちょっと子供っぽい声だった。
 ごめん、とでも言ったんだろうか。同じ言葉を繰り返すと、リューナは首を縦に振った。
 気にしないで、という意味でいいんだろうか。
 でも、今はそんなこと気にしている場合じゃなかった。僕は自分の口を指差しながら言った。
「リューナ……口!」
 日本語で言うしかない。リューナは薄暗がりの中で、眉を寄せた。そんな顔をしてもかわいいのだが、見とれている暇はなかった。
 今、しゃべったことに気付いていない。
 僕は口をぱくぱくやりながら、同じ日本語を繰り返した。でも、やっぱりリューナは分かってくれない。
「……口だよ! ……今、しゃべったんだ!」
 それでもきょとんとしているもんだから、僕も焦った。声を出した今じゃないと、たぶん、気づいてもらえない。
「……ごめん!」
 さっきの言葉を繰り返して、突き出した口を指差した。こうすれば、自分でそう言ったんだって言うのが分かると思ったんだけど……。
 口をすぼめすぎて、つい目を閉じちゃったのがいけなかった。
 2回目の火花が目の前で散った。
 ……何? 何が起ったんだ?
 ひりひりする頬っぺたを押さえて目を開けた。
 リューナが床に尻餅ついて、自分の掌をさすりながら、もの凄い目つきで睨んでる。
 思いっきり、ビンタをくらったのだ。
 ……何で?
 あまり考えなくても、それは分かった。
 目を閉じて、すぼめた口を指差したんだから……。
 あっと思い当たって、まだ痛む頬っぺたがカッと熱くなって、今度は頭から背筋まで、さっと冷たくなった。
 ……キスを迫ったと思われたんだ!
 完全に、嫌われた。
 暗くなっていく中でも、顔を背けたリューナが横目で僕をちらっと見たのが分かる。冷たい目をしていた。
 ……終わった。
 もう、リューナはテヒブさんに任せて出ていくしかないのかもしれない。
 そう覚悟したとき、リューナが叫んだ。
「 アアア!」
 びっくりしてそっちを見ると、しゃがんだリューナが床から何か拾って、また火打石と火打金をカチカチやり始めた。
 火花は散ったけど、火はつかないみたいだった。火口箱の中には、油をしみこませた布とか木切れとかが入っていて、火花を火にするんだけど、それが湿っちゃったかなんかしたらしいのだ。
 僕が悪いんだけど、今はそっちじゃない。最後のチャンスだった。
「リューナ! リューナ! リューナ!」
 僕は何度もリューナの名前を大声で呼んだ。それでも知らん顔をされたけど、諦めなかった。とうとう、僕はキレて叫んだ。
「アアアア!」
 リューナの手が止まった。あの、ちょっと子供っぽい声が僕の名をつぶやく。
「シャン、ト……?」
 目から熱いものが流れた。やっと、リューナが僕の名前を呼んでくれた。異世界の名前だけど、それでいい。もう、山藤耕哉なんかでなくてもよかった。
「リューナ……」
 途中で、息がふさがった。唇に、温かいものが触れたからだ。
 柔らかいものが、身体に押し付けられている。
 僕を抱きしめたリューナの胸だった。
 ……てことは?
 リューナが、僕に、キスした。
 ……え?
 頭の中が熱くて溶けそうになる。僕も目を閉じた。
 どのくらい時間が経ったか分からない。もしかすると、ほんの一瞬だったかもしれない。
 テヒブさんの叫ぶ声で、僕はハッと目が覚めた。
「リューナ! シャント!」
 大きな影が、僕たちを見下ろしていた。
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