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沙羅の涙と俺の失態(現実世界パート)
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テヒブの名を口にしたとき、沙羅の頬を涙が滑った。
俺はドキッとしたが、沙羅は見つめられるのを避けるように顔を背けた。そそくさと髪をかき上げるふりをして、涙を拭う。
こんなとき、どうフォローしたらいいのか分からない。
……あいつらならできるんだろうか。
沙羅の取り巻き連中のほうが器用だと思うと、面白くなかった。
だが、不器用な俺にかけられた言葉は優しかった。
「……ありがと」
「俺、何にも」
どうして感謝されたのか分からないでいると、沙羅は改めて尋ねた。
「聞いてくれるかな?」
「あ、ああ」
今までなら、OK前提の質問にいちいち返事するのもバカバカしいと思うところだ。だが、ちょっと空気が違った。ここは「やだ」というところではなかった。
沙羅は目を閉じると、さっき支離滅裂に並べ立てた言葉をひとつひとつ繰り返し始めた。
「あの長い武器……ね、小さい頃、見たことがあるの」
現実世界に、しかも現代日本に、あんな武器がそうそうあるはずがない。
「生まれ変わる前か?」
「……そう」
目を閉じたままなのは、異世界での記憶を手繰っているからだろうか。
「父王と母后が私を連れてお城の中を歩くと、鎧を着た衛士が左右にたくさん並んでた」
話の流れは、それで察しがついた。
「その一人がテヒブってわけか」
たぶん、そうなんだろう。だが、沙羅はそれを口にしない。互いが分かっていることを、いちいち確かめる必要はないということだろう。
「みんな背が高いのに、あの人だけ小さくって、武器だけ長くて」
子ども心にも目立つほどだったとすると、他の衛士はどれほどの大男だったのだろうか。
「だから覚えてたのか」
沙羅は首を横に小さく振ったが、現実と異世界、どちらのルールで解釈したらいいのかは迷った。
やがて、俺の問いにうつむいて答えたが、それは故郷を思い出した切なさをこらえているからだとも思われた。
「ほかの人、怖かったから、そばで一緒に歩いてもらってた……いつも」
沙羅は肌の荒々しい杉の幹にすがりつくと、声を殺して背中を震わせた。
女の子がこんなふうになったとき、どうしたらいいか俺には分からない。あの男子連中なら分かるかもしれないと思うと、そいつらより俺自身に腹が立った。
でも、放っておくのはあまりに冷たい。何とかしようと焦った俺は、情けないことにスマホに頼ることしかできなかった。
だいたい、俺と沙羅をつないでいるものは異世界転生アプリしかない。
俺たちは、シャント・コウとして生きるネトゲ廃人の山藤耕哉を共に更生する一方で、現実に連れ戻すか、このまま異世界で活躍させるかを互いに争っている関係に過ぎなかった。
「山藤の奴、どうしてるかな……」
沙羅に聞こえるように言った俺は、山藤なんぞはこの際、生きてさえいればもうどうでもいいとさえ思っていた。異世界に逃げ込んだこいつの運命よりも、目の前で涙を見せまいとしている沙羅をフォローすることのほうが切羽詰まった問題だった。
アプリの画面を開くと、真夏の太陽を浴びたシャント…山藤が棒を振るっていた。相変わらず不器用だったが、長い棒で打ち込みの相手を務めるテヒブが上手いのだろう、だいぶサマになっていた。
動作は遅いが、横たえた棒の端を右手に、また左手に持ち替えると、ちゃんとテヒブの胴体への攻撃になっている。テヒブもまた、飛んできた棒の端がシャントの手の中に戻るように打ち返しているのだった。
沙羅は大木の幹から離れて、スマホを手に取った。俺が挑戦してきたと思ったのだろう。
……それでいいんだ、それで。
俺にはせいぜいこの程度しかできなかった。格好悪いとは思ったが、沙羅が気持ちを紛らせてくれれば十分だと開き直ることにした。
だが、スマホの中はそれでは済まなかった。
シャント…山藤というよりは、テヒブに危機が迫っていた。
俺はドキッとしたが、沙羅は見つめられるのを避けるように顔を背けた。そそくさと髪をかき上げるふりをして、涙を拭う。
こんなとき、どうフォローしたらいいのか分からない。
……あいつらならできるんだろうか。
沙羅の取り巻き連中のほうが器用だと思うと、面白くなかった。
だが、不器用な俺にかけられた言葉は優しかった。
「……ありがと」
「俺、何にも」
どうして感謝されたのか分からないでいると、沙羅は改めて尋ねた。
「聞いてくれるかな?」
「あ、ああ」
今までなら、OK前提の質問にいちいち返事するのもバカバカしいと思うところだ。だが、ちょっと空気が違った。ここは「やだ」というところではなかった。
沙羅は目を閉じると、さっき支離滅裂に並べ立てた言葉をひとつひとつ繰り返し始めた。
「あの長い武器……ね、小さい頃、見たことがあるの」
現実世界に、しかも現代日本に、あんな武器がそうそうあるはずがない。
「生まれ変わる前か?」
「……そう」
目を閉じたままなのは、異世界での記憶を手繰っているからだろうか。
「父王と母后が私を連れてお城の中を歩くと、鎧を着た衛士が左右にたくさん並んでた」
話の流れは、それで察しがついた。
「その一人がテヒブってわけか」
たぶん、そうなんだろう。だが、沙羅はそれを口にしない。互いが分かっていることを、いちいち確かめる必要はないということだろう。
「みんな背が高いのに、あの人だけ小さくって、武器だけ長くて」
子ども心にも目立つほどだったとすると、他の衛士はどれほどの大男だったのだろうか。
「だから覚えてたのか」
沙羅は首を横に小さく振ったが、現実と異世界、どちらのルールで解釈したらいいのかは迷った。
やがて、俺の問いにうつむいて答えたが、それは故郷を思い出した切なさをこらえているからだとも思われた。
「ほかの人、怖かったから、そばで一緒に歩いてもらってた……いつも」
沙羅は肌の荒々しい杉の幹にすがりつくと、声を殺して背中を震わせた。
女の子がこんなふうになったとき、どうしたらいいか俺には分からない。あの男子連中なら分かるかもしれないと思うと、そいつらより俺自身に腹が立った。
でも、放っておくのはあまりに冷たい。何とかしようと焦った俺は、情けないことにスマホに頼ることしかできなかった。
だいたい、俺と沙羅をつないでいるものは異世界転生アプリしかない。
俺たちは、シャント・コウとして生きるネトゲ廃人の山藤耕哉を共に更生する一方で、現実に連れ戻すか、このまま異世界で活躍させるかを互いに争っている関係に過ぎなかった。
「山藤の奴、どうしてるかな……」
沙羅に聞こえるように言った俺は、山藤なんぞはこの際、生きてさえいればもうどうでもいいとさえ思っていた。異世界に逃げ込んだこいつの運命よりも、目の前で涙を見せまいとしている沙羅をフォローすることのほうが切羽詰まった問題だった。
アプリの画面を開くと、真夏の太陽を浴びたシャント…山藤が棒を振るっていた。相変わらず不器用だったが、長い棒で打ち込みの相手を務めるテヒブが上手いのだろう、だいぶサマになっていた。
動作は遅いが、横たえた棒の端を右手に、また左手に持ち替えると、ちゃんとテヒブの胴体への攻撃になっている。テヒブもまた、飛んできた棒の端がシャントの手の中に戻るように打ち返しているのだった。
沙羅は大木の幹から離れて、スマホを手に取った。俺が挑戦してきたと思ったのだろう。
……それでいいんだ、それで。
俺にはせいぜいこの程度しかできなかった。格好悪いとは思ったが、沙羅が気持ちを紛らせてくれれば十分だと開き直ることにした。
だが、スマホの中はそれでは済まなかった。
シャント…山藤というよりは、テヒブに危機が迫っていた。
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