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大人の喧嘩に口を挟めば子供じゃなくなる法則(異世界パート)

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 いきなりやってきて殴られた男は、まだ目を覚まさなかった。
 女の人もいきなりやってきて悲鳴上げたけど、これ見たからかな……。
 そう思ったとき、リューナが突然、僕を抱きしめた。
 テヒブさんから一本取るのを見ていたんだろう。
 最高の朝だった。
 ……早起きしてよかった! 今まで寝坊するのが当たり前だったけど。
 しばらくうっとりとして、リューナのブロンドが目の前で輝いているのに見とれていたけど、そこで急にしなやかな腕を振りほどいたのにはわけがある。
 唖然として僕を見つめていたリューナは、はだけていた胸元を慌てて掻き寄せると真っ赤になった。
 たぶん、ぐっすり眠っていたところに僕とテヒブさんが打ち合う音がして、目が醒めたんだろう。寝起きのところに、僕がぶちのめされてると勘違いしたから、気が付かないで……。
 考えるのよそう。リューナ、家の中に走って行っちゃったし。
 そこでううんと唸る声がして、僕は男の方が起き上がるのを見た。
「戦うか」
 テヒブさんはたぶん、そう言った。でも、村の男は同じ言葉を繰り返さなかった。じゃあ、戦うつもりはないんだろう。
 でも、そいつはけっこうムキになっていた。
「……!」
「待ってよ!」
 現実世界の言葉だったから、たぶん通じてない。それでも男が振り向いたのは、僕が止めに入ったのがわかったからなんだろう。
「……!」
 何か言って僕に詰め寄った。昨日まで、殴られてるときに散々聞いた言葉だったから、ムカつくとか死ねとか、そんな感じの意味なんだろう。
 現実世界じゃこういうのと関わらないようにしてたけど、今の僕はちょっと違うんだという気がしていた。マンガやアニメのヒーローをイメージして、そいつの喉元に棒を突きつける。
 ……俺の制空権に入るんじゃないぜ。 
 そう思っていたら、棒の先をいきなり掴まれた。引き抜こうとしても、びくともしない。
 ……え、僕ってやっぱり?
 甘かった。一回の特訓で強くなれるわけがない。村の男が棒を強く引くと、僕はつんのめって引きずられた。
 ……このままじゃ、一方的にボコボコだ。
 そう思ってやる気なくした時、手の力と一緒に棒も抜けた。これで完全に無防備だ。
 男は僕の眼の前で、軽く二度、三度と棒を振った。
  ……だめだ、逃げられない。
 僕の足は遅い。背中を向けたら後ろから一発だ。だからといって素手で立ち向かえるわけがない。後ろの女の人をちらっと見ると、何か言いながら後じさった。
「……、……」
 ぼそぼそという小さな声を、男は無視した。もしかすると、聞こえてないのかもしれないけど。
 ……謝っちゃおうか。
 でも、どうやって?
 この世界で現実世界の常識が通じないことは、首の振り方ひとつで身にしみてよく分かった。
 結局、黙って突っ立ってる羽目になった。男は何をムキになったのか、僕につかつかと歩み寄った。
 ……来る!
 分かってても、身体がすくんで動けない。
 でも、そこで男はいきなりつんのめった。大きな胴体がのしかかってくる。
 ……嫌だ、ヤローに押し倒されるなんて!
 その危険はなかった。すぐ横から女の人の手が伸びて、男を抱き留めたのだ。
 案外、力がある。やっぱり、田舎のお姉さんだという気がした。
 倒れた男の向こうでは、突き出した棒を引っ込めたテヒブさんが、嬉しそうに笑っていた。
「シャント……戦う……」
 戦えと言ってるわけじゃなさそうだ。
 シャント、戦う、「嬉しい」?
 僕が戦ったのが嬉しいってことだろうか?
 何にもしてないのに……せいぜい逃げなかったことくらい、っていうか、逃げられなかったっていうか。
 それをほめてくれたんだったら、ちょっと困る。これから逃げられなくなるから。凶器を持った相手からは全力で逃げなさいって、去年の生徒安全講話でプロの格闘家も講演してたし。
 とりあえず、男が落とした棒は拾っておいた。男は女の人を睨みつけると、テヒブさんに振り向いて何か言った。
「……!」
 たぶん、どっかのヤンキーどもみたいにジジイとか何とか言ったんだろう。
 女の人がなだめたけど、男は聞かずに、またテヒブさんに詰め寄った。
 棒で追い払うかと思って見ていたら、テヒブさんは逆にそれを両肩にかついでカカシみたいなT字になって立った。
 これじゃあ動けないし、男が殴りかかってきたら何もできない。何でわざわざやられっぱなしになるのか、さっぱりワケがわからなかった。
 僕がこの男だったら、一気にタコ殴りにするんだけど。
 でも、男の足は止まった。テヒブさんは笑顔を崩さないで、何か言った。
「……」
 何となく、自分と相手のことを言ったようだった。
 女の人がおかしそうに笑って、男はまごまごした。慌てて何か言い返す。
「……!」
「……? ……」
 テヒブさんは、平然と言い返したけど、男は途中でまた何か怒鳴り返した。
「……!」
 女の人がおかしそうに笑い出した。男はでかい身体をすくめて、その近くにすり寄った。
 2人は恥ずかしそうに帰っていったけど、何が何だかさっぱりわからない。
 後から出てきたリューナも不思議そうな顔をしていた。
 テヒブさんはリューナを僕のそばに連れてきて何か言った。
「リューナ……シャント……」
 そこでテヒブさんが2人の去った方を指差すと、リューナは真っ赤になって家の中へと逃げ込んでいった。
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