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壁を、築く(異世界パート)

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 結局、吸血鬼を追い出すのに、僕は何の役にも立たなかった。
 ……もうどうなってもいいや。
 ヤケを起こして藁のベッドでフテ寝して、目が覚めたのは、ドアを激しく叩く音が聞こえたときだった。
 カギの開く音の後で、夕べ見た男たちの誰かがやってきて、ドアの辺りを指差した。
 仕方なくドアを開けた。窓の格子を外した男は部屋にカギをかけることもなく、階段を降りていった。僕は覚悟を決めて男の後に続いたが、ふとリューナの部屋を見ると、カギがかかっていた。
 まだ、閉じ込められているんだろうか?

 男は馬小屋へは行かずに道へ出た。そこには、僕が石を運ばされた時の荷車が、数人の男に囲まれて置いてあった。逆らっても仕方がないので、自分からその横棒を握った。積まれているのは、金具のついた太い縄と、僕を除いた人数分の斧だった。
 荷車を引くうちに次第に日は高くなり、身体はそれにつれて汗びっしょりになった。道端の家ははまばらで、左右に広がる畑には緑一色で、作物も実ってるようだ。三角の頭巾をかぶった長いスカートの女たちが、せっせと収穫に励んでる。
 ふと、その中で小さく手を振る姿に気が付いた。よく見れば、リューナだった。
 部屋から出してもらえたんだ! 
 ……よかったな。
 そう思うと同時に、こうも考えた。
 思った通り、リューナは日中、作業には駆り出されるらしい。
 ということは?
 吸血鬼の襲撃や吸血鬼化が夜にだけ起こることは村人も知っているのだ。 
 じゃあ、昨日一杯、部屋に閉じ込められていたのは?
 そうか……あの朝、彼女のせいで僕が大騒ぎしたと思われたんだ。
 だとすると、悪いことをしたな。
 手を振ってもらえたことが、何だか胸を締め付けた。手を振り返そうかとも思った。
 ……待てよ?
 リューナにちょっかい出してると周囲に思われたら?
 また同じ騒ぎになるかもしれない。結局、笑いかけるだけにしたけど、あっちから見えたかどうか。

 ずいぶん歩くと、小さな川にかかる橋があって、それを渡り切ると古ぼけた小さな水車小屋があった。ごとん、ごとんと音がする。
 小麦粉を挽く石臼が回っているからか……?
 さっきの畑に麦はなかったけど、ファンタジー系RPGやってるときに仕入れた知識によれば、小麦の刈り入れはもう終わってるはずだ。
 道はその前を通って大きく曲がると荷車くらいの幅になり、川をさかのぼるように続いていた。 谷川の向こうには、葉の生い茂る大きな木々が鬱蒼と立ち並んでいた。上から漏れてくる日の光が当たる下草は、対岸の斜面にもびっしり生えている。
 男たちは、斧やロープを手に、その川から離れて道沿いの斜面を登っていった。ところどころ生えている細い木々の間には、古い切り株がいくつも見えた。
 日の当たる斜面をしばらく一緒に登ると、男たちは立ち止まった。見上げると、そこから先はまだ木が伐られていない。振り向いてみると、木の切り出された山の斜面からは、村をいっぺんに見渡すことができた。
 家はそれほど多くなかった。どっちかというと、まばらだ。途中で見た家は小さくて粗末な平屋ばかりだった。さっき通ってきた広い道は、低い丘に囲まれた狭い村の真ん中を貫いている。水車小屋の反対方向へ行くと、村はずれにある、あの無駄な抵抗の石垣へとつながっている。
 その向こうには、遠くに古い城らしいものが見えた。小高い丘の上に、石造りの城が建っている。夏の日差しに白く輝いているのは、4つの塔だ。
 ……あれが、吸血鬼の城なんだろうな。
 あんなところからリューナを襲いに来るには、空を飛んでくるしかない。村の人は吸血鬼が夜にしか現れないことを知ってる割に、その辺は思いつかないようだった。
 さて、僕が駆り出されたのは、切った木を運ばせるためだったらしい。
 男たちは斧を手にすると、それぞれが選んだ太い木に叩きつけた。やがて倒されたその木々は、ロープを括りつけられた。男たちはそれを、斜面に対して立てた木が滑り落ちていくのにブレーキをかけるようにして、左右から2人一組で引っ張り上げる。
 当然、僕も有無を言わさずにその端っこを握らされた。
 最初の一瞬はロープが掌で滑った。
 ……痛い!
 火傷したような感じだった。よく見れば、生命線だの感情線だの何だのが分からなくなるくらい擦りむけた掌に、べっとり血が滲んでいた。
 あっと思う間もなく、僕はゴワゴワした手に襟首を掴まれて、またロープを握らされた。
  川沿いの道まで降りてくると、男たちが荷車までかつぐ丸太の下へ押し込まれる。積んだ丸太を括ったロープを荷車の下に通して金具で固定する。
 掌の痛みをこらえて、その血でべとべとする横棒を掴んで歩き出す。

 でも、僕の体力には限界があった。水車小屋の辺りで力尽きて倒れると、水車小屋のカギが開けられた。逞しく汗臭い腕に抱えられて放り込まれたのは、ごとんごとんという音だけが響く部屋の中だ。
 その壁際では、男たちが積まれた布の袋にもたれて汗を拭いたり、居眠したりしているのだ。
 そこには1丁、大きな斧が置いてある。山仕事の中継地点になってるからかもしれない。
 しばらく経ってからやって来た女がひとり、戸口で何か厳しい口調で言った。
 ……さぼってるの見つかったのかな。
 男たちはしぶしぶ立ち上がったけど、僕はもう立ち上がる気力もなかった。男たちは、僕には構わず、ドヤドヤと水車小屋を出ていった。
 ……諦めたんだろうか? 
  床に横たわったまま、しばらく様子を見ることにした。
 だが、何も起こらない。男たちが僕を放り出していったんなら、荷車の音ぐらいするはずなんだけど、相変わらずの水車と臼の音のほかには、壁の向こうのせせらぎしか聞こえない。
 いや、誰かの足音が、他の壁の辺りから聞こえた。確か……斧のあった辺りだ。
 嫌な予感がして、寝たふりをしたままこっそり見上げると、窓からの逆光で表情が影になった男が1人、斧を振り上げている。
 ……やります!
 僕が跳ね起きると、他の男たちが入って来た。
 ……こいつら、僕が斧を見て逃げ出したときの用心に、外で待ち伏せてたんだ。
 そのやり方のいやらしさにはムカついたが、多勢に無勢、逆らっても仕方がなかった。僕は大人しく外へ出て、荷車の横棒を掴んだ。

 水車小屋の前から橋を渡り、重い丸太が載った荷車を引いて歩いた。男たちは、代りばんこに後ろから押してくる。あまり遅いと、押す人数が増えて、勝手にスピードを上げられるのだ。その度に僕はつんのめり、男たちはゲラゲラ笑った。
 ……いわゆるイジメだな。最低だよ。
 しばらくそんな思いをした後に、さっきの畑のそばを通りかかった。
 そこで一休みする女たちの辺りを通り過ぎるとき、ちらっと見たら汗を拭くリューナと目が合った。何となく心配そうな顔つきをしてたで、また笑ってみせた。
 ……今度こそ、見えたよな。
 そう思うとようやく落ち付いて、荷車を引きながらでも考える余裕ができた。
 手枷がなくなって、カギと窓の「井」の字が取り外されたのも、たぶん、こういうわけからだ。すると僕は、夜中でも自由に歩き回れるようになったことになる。
 ……でも、どうして?
 理由は全然分からなかったけど、原因は見当がついた。夕べ、僕がリューナを助けに行ったことと、そのリューナが僕を抱きしめたことだ。思い当たるのは、これしかない。

 考え事をしながらでも、男たちが怒り出す前に足を速める要領は分かっていた。蹴つまずきもつんのめりもしないで僕がたどりついたのは、あの村はずれの石垣だった。今日の仕事は、吸血鬼が村に入ってこられないようにするための石垣を支える、木の切り出しだったというわけだ。
 穴を掘ったり、そこで立てる丸太を縄で組み合わせたりという作業が始まったが、僕は何一つできなかった。そんなに体力はないし、器用でもない。指差して示されるままに、僕は1人で担げそうもない丸太を引きずって、右へ左へと歩くしかなかった。
 その間に、ずっと考えていたのはリューナのことだった。
 ……また、夜中に閉じ込められるんだろうか。
 何とかしたかったけど、言葉一つ通じない身ではどうすることもできなかった。
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