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転生姫と転生しちゃったヤツ(現実世界パート)

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 師走を迎えたこの山奥の田舎町に昼過ぎから降り始めた雪は、高校の下校時には教室の窓の外を真っ白に染めた。最後の1人が教室の照明を消すと、真っ白に光り静まる窓際の隅っこで残ったのは、何やら考えこんでいる1人の女子生徒の影だけだった。
  俺は教室の扉を閉めると、彼女に歩み寄った。
 「覚悟は決めた」
  カバンから出した俺のスマホを見せると、彼女は満足そうに微笑んだ。
 「上出来よ、八十島やそしまさかえ君」
 「今朝、これ見せられなけりゃ信じなかったよ」
  スマホの画面上では、妙にリアルなアバターたちがファンタジー系の村を歩いている。
  その顔は、さっきまで一緒に授業を受けていた2年の同級生たちのものだった。
 「みんな、彼らが望んだことよ」
 「どういう仕掛けになってるんだ」
  聞いてはみたが、それが分かったところでどうなるものでもなかった。
  そもそも、俺が何の「覚悟」を決めなくてはならなかったのか。
  その事情は、昨日の朝に遡る。 
  
  綾見あやみ沙羅さら
  期末考査が終って土日を挟んだ週明けの朝礼で、転校生として紹介された彼女は一瞬で男子生徒の注目を集め、女子生徒の警戒と羨望の的になった。
  俺もその日のうちに彼女の紹介した珍しいSNSのグループに誘われて乗り気になったが、その夜のことだ。
  彼女を交えたグループチャットに参加したら見慣れないアプリのアイコンがトップ画面に現れ、スマホが勝手にログインされてしまった。
  精巧なCGで描かれたな山河や中世ヨーロッパ風の建物が、現れては消える画面に、綾見沙羅そっくりのアバターが姿を見せる。胸元の開いた純白のドレスをまとって大剣を持った戦乙女が、彼女と同じ声で語りかけてきたのだ。
 「この異世界で刺激的に生きるか、現実世界であたしの下僕のまま終わるか、どっちか選びなさい」
  電源を切ろうとしたが、「Yes」「No」ボタンが出たまま画面がフリーズして動かない。
  仕方なく「No」のボタンを押したのは、俺が、平穏と平凡を望む男だからだ。
  だが、そのカウンターを回した1名が俺で、「Yes」の下には39名という数字が表示されていた。
  どうにも嫌な気分になって、俺はそのまま一晩寝てしまったのだった。

  そして今朝、綾見にアプリのことをそれとなく聞いてみたら、スマホの動画を見せられて、正気とは思えないような返事をされた。
 「ごめんなさい。私は画面の向こうの世界から来たの」
  そこへやってきた同級生に挨拶すると、返事がない。ちょっとムカついて、正面から目を見て文句を言ってやったが、反応がなかった。
  そこで綾見がつきつけたスマホ画面の中を見ると、そいつそっくりの精巧なアバターがうろついている。
 「みんなの心は、ここにあるわ」
  そう言って指さしたのは、スマホの画面に映ったリアルなCG画像の街だった。
 「望み通り、ここに連れてきてあげたのよ」
 「ここ、どこだよ……」
  スマホの中の世界を懐かしそうに見つめながら、沙羅はいささか自嘲気味に答えた。
 「言ったでしょ、私はここから来たって」

  綾見沙羅というのは、この世界での名前らしい。元の世界での名前は、彼女も知らなかった。
  その世界の名前も、彼女は知らない。俺は朝礼が始まるまでの間、矢継ぎ早に質問を繰り出した。
  国の名前は何というのか。
 「知らなくてよかった。だって、よその国の人と会ったことなかったから」
  どこで生まれたのか。
 「たぶん、城の中。城から出たことがなかったから」
  では、なぜここに、現代日本に転生することになったのか。
 「よくは分からないけど、城が、炎に包まれてたのは覚えてる。戦争か、反乱かなんかが起こったんだと思う。今から考えると。父王ちちおうと母后ははきさきが、私を地下に連れて行ったから」
  それはきっと、抜け道か何かだったのだろう。
 「地下室に何か魔法陣みたいなのが書いてあって、その上に寝かされたわ。たぶん、それが転生の魔法。一言もしゃべるなって父に言われて黙ってた時、呪文唱えてたから」
  そもそも、なぜこのアプリに気づいたのか。
 「前世の記憶っていうのかな、それ探して画像検索したら、あったの。そのまんまの風景が。どういう仕組みになってるかよく分からないんだけど……」
  ということは、このアプリは沙羅だけのために準備されて、沙羅ひとりを待っていたことになるが。
 「アバターを使って、私の国を治めればいいの。彼らはここで幸せに暮らしてるんだから。死なないし」
  最後の一言だけは、カチンと来た。
 「こっちの人生どうなるんだよ」
 「妙な我を張らない分、必要最低限のことしかしないわ」
  そう言うなり、彼女は鋭い目で俺を見据えた。
 「でも、あなたは別。秘密を知った以上、ただでは置かないわ。あなたは今、怒ってる。もう、敵味方よ。私を許さないあなたを、放っておくつもりはない」
  挑発というより、挑戦の言葉だった。もちろん、応じる気なんかない。それなのに、僕の心のどこかで、ナメられてたまるかという意地が働いた。
 「どうするつもりだ?」
  それは、挑戦を受けるという意思表示でもあった。沙羅にもそれは分かっていたのか、冬の曇り空の下にもまばゆいばかりの笑顔で言った。 
 「勝負しましょう」
 「どういう形で?」
  挑戦は受けても、勝負の形式が分からなければ戦いようがない。
  それも道理だ、というように深く頷いた沙羅は、事務的に淡々と告げた。
 「このゲームのシステムを説明するから、受けるか受けないかは放課後までに考えてきて」
  やることは単純だった。アバターを操って事件を起こし、転生した連中の行動を促すのだ。
  事件が完全に解決したら、連中は異世界転生するかどうかの選択を迫られる。転生を選べば彼女の勝ち、やめれば連中の魂はこっちへ帰ってきて、俺の勝ちとなる。
  アプリとアバターの操作方法をを説明した後、沙羅は俺にこう言ったものだ。
 「フェアじゃないのは嫌なの、私」
 「フェア?」
 「あなたが私に反対しているのに、手出しできないのはフェアじゃない」
 「俺はこいつらに構っているほど暇じゃない」
 「嘘ね。私が間違ってると思いながら放っておける人じゃないわ、あなたは」
 「決めつけんなよ」 
  自分でもちょっときついかなと思う口調だったが、沙羅は動じてはいなかった。むしろ、不敵に笑ったくらいだった。
 「分かるのよ。これでもお姫様ですから」
 「覚悟が決まったら、誰のフォローをするか決めて……ステータスは……」

  そして放課後、俺の覚悟は決まった。
 「これが、あなたの選んだプレイヤーね」
  窓の外で降りしきる雪のぼんやりした光の中、俺が見せたスマホ上のデータを楽し気に覗きこむ沙羅は、ぱっと見には可愛いだけに余計、邪悪に見えた。

PLAYERプレイヤー CHARACTERキャラクター…シャント・コウ
STATUSステータス
 Race種族…人間
  Hit Point生命力…10
 Mental Power精神力…8
 Phisycal身体… 6
 Smart賢さ…8
 Tough頑丈さ…5
 Nimble身軽さ…7
 Attractive格好よさ…4
 Patient辛抱強さ…3
 Class階級NIL何者でもない
 Items所持品…平民の衣服 
  Cash所持金 0 
  
  ゲームスタート時点で素寒貧は分かるけど、だいたい何だよ、「何者でもない」ってのは! 何のために異世界転生したんだこいつは、やる気あんのか!
  だが、つらつら考えてみるに不自然なことは何もなかった。こいつのことはほとんど知らないが、思い出せる限りではこういう奴だ。
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