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よくあるご近所境界トラブルを解決するには法律を
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県外の大学を卒業して地元の企業に就職した。いわゆるUターンというヤツから3年経つ。
見上げれば山の上に古城の見える高校を卒業してから4年間、離れていた実家で両親と暮らすことになったわけだが、以前は何とも思わなかったことが、いろいろと気にかかるようになってきた。
たとえば、我が生田家の両親の口喧嘩だ。
「お父さん! そのくらいやってくださいよ、日曜日なんですから!」
「日曜日は寝ていたい」
そろそろ定年を迎える父も、その面倒を見ている母も、それぞれの言い分には一理ある。
太い木の枝が、誰も住んでいない隣家の庭から、こちらの庭へと伸びているのだ。
「あの枝、早く切らないと葉は落ちてくるし毛虫は出るし」
「まだいいだろ」
そうはいっても、そろそろツクツクボーシが鳴きはじめている。
毛虫はともかく、庭に降る落ち葉の掃除は、今のうちに心配しておいたほうがいいかもしれない。
だが、母が焦っていることは他にもあった。
「衛星放送が映らないのよ」
確かに、葉の生い茂った木の枝にベランダのパラボラアンテナを遮られては、人気の韓国ドラマが見られない。
父は、自分が見ない衛星放送ではあるが、解約しろとまでは言えない。
そこで、俺にお鉢が回ってきた。
「費人(もちひと)!」
代わりにやれ、と無言で顎をしゃくるのを突っぱねる。
「ケーブルにすればいいだろ」
「家に穴開けたくない。たかがそんなもんのために」
たかがそんなもん……母に言えないことでも俺には言えるようなので、知らん顔はできない。
「勝手に切っちゃダメだろ」
理屈で応じても、父にとってはその場しのぎの屁理屈にすぎない。
「そうやっておまえはいつも口先ばっかりで」
「ちゃんと受かったろ、大学も就職先も」
その他のことは、言い返せない。だから、父もそこをついてくる。
「法学部行くんじゃなかったのか」
「偏差値の問題。文学部のほうが受かりやすかった」
損得勘定の問題にすり替えようとしたが、父を不利と見た母が援護射撃を加えてきた。
「高い防具買ってやったのに剣道もやめるし」
痛い所をついてくる。防具も道着もけっこう高かった気がする。
「あれは……」
言い訳できないこともない。
中学校で剣道を始めた俺は、1年生の3月に級審査を受けた。
だが、その会場となった体育館の火災報知機が鳴って、消防自動車までが出動する大騒ぎになったのだ。
それを思い出したのを察したかのように、父は釘を刺す。
「あれもお前じゃないのか」
たまたま近くにいた俺が犯人扱いされたが、知らないと言い張って放免された覚えがある。
もっとも、ちょうど東日本大震災が起こった直後のことで、他の中学から来ていた俺と同い年の女の子が、親の知らないうちに会場を抜け出して、東日本大震災の被災地へ行こうとしたのが夕方のニュースになった。それを受けて、街中でものすごい被災地支援運動が広がったのだった
一時はそれが大々的に全国ニュースとしてとりあげられたが、おかげで非常ベルの一件は忘れられてしまった。
あのとき、気の小さい俺はといえば、厳しい詰問に動揺したせいで、初めての級審査で右も左も分からずに、3級だったか4級だったかしかもらえなかった。そのせいで、年に1回しか審査のない田舎では、中学生のうちに初段を受けることもできない。そのために覚えた剣道の理念やら修練の心構えやらも、うろ覚えで終わってしまっていた。
さらに、父はくどくどと説教を垂れる。
「だいたいお前には覇気ってものが」
さすがに、俺も頭に来た。
「たかが木の枝くらいのことに」
こんなことを言われるために帰ってきたわけではない。
もはや、ここはかつて見た故郷ではないのだ。両親がいるから田舎に帰ってきただけのことだ。奨学金が返せるなら、勤めるのはどこでもいい。人手不足で、有給休暇が自発的な残業になって返ってくるようなブラック企業でも。
卑怯な考え方だと思うが、人生の黄昏に深く沈んだ今の俺にはこれがせいぜいだ。
シャミッソーの『影をなくした男』が、目先の金に目がくらんで、人生の意味を見失ったように……。
ただ、最低限の意地は残っている。俺はスマホを撫でて、検索した民法の条文をつきつけた。
(竹木の枝の切除及び根の切取り)
第233条 隣地の竹木の枝が境界線を越えるときは、その竹木の所有者に、その枝を切除させることができる。
文学部出のくせに、とは言われなかった。
「法律変わったんだってよ」
勝ち誇るように父がつきつけたスマホの画面をさっと眺めて、俺は抵抗するのをやめた。
「分かったよ」
改正された条文は、こうなっていた。
(竹木の枝の切除及び根の切取り)
第233条 土地の所有者は、隣地の竹木の枝が境界線を越えるときは、その竹木の所有者に、その枝を切除させることができる。
さらに、細かい条件がついていた。
……次に掲げるときは、土地の所有者は、その枝を切り取ることができる。
一 竹木の所有者に枝を切除するよう催告したにもかかわらず、竹木の所有者が相当の期間内に切除しないとき。
二 竹木の所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないとき。
三 急迫の事情があるとき。
空き家であっても、所有者はいるだろう。だが、そんなことまで引き受けたつもりはない。
毒を食らわば皿までも。
2020年のパンデミックから、あれほど猛威を振るったウィルスも、それほど警戒を呼びかけられていないから、外へ出るのに暑いマスクを我慢して掛けなくてもいい。
折り畳みのノコギリだけを手に家の敷地の端へ行くと、胸くらいの高さの垣根がある。思いのほか太い枝が、その向こうから伸びていた。
垣根の境界線ぎりぎりで枝にノコギリを当てたが、その手が止まった。空き家だったはずの隣家から、訝しげに尋ねる声がしたのだ。
「誰? それ、うちの木なんだけど」
勝手口をあけて出てきたのは、Tシャツに長いジーンズ姿の、もさっとした若い女性だった。顔をしかめて睨みつけてきたのにイラッときて、さっき眺めたWebページを俺のスマホの画面で見せてやった。
女は眉根を寄せると、身を屈めて民法233条の条文を食い入るように読む。どうも近眼らしいが、眼鏡をかけて来なかったらしい。
持ち主がいないのにかこつけて枝を切ってしまおうという最初の目論見は外れたが、このまま引き下がると地父母がうるさいので、とりあえず聞いておく。
「落ち葉とか毛虫とか……あと、パラボラアンテナにかかったりもするんで、どうか」
だが、返事はにべもなかった。
「親戚の家借りてるだけだし」
話し合いに応じる気はなさそうだった。
こう言われたと父母に伝えても、子どもの使いのほうがマシだと突っぱねられるに決まっている。
一応、踏み込んで聞いてみた。
「じゃあ、そのご親戚に」
「老人ホーム入っちゃったんです」
さすがに父母も、そんなところにまで押しかけていけとは言わないだろう。
失礼しました、と背中を向けたところで、呼び止められた。
「あの……どこかでお会いしませんでした?」
そういえば、どこか見覚えがある。誰かに似ている気がしたが、少なくとも仕事の関係者ではない。
「ええと……大学で?」
「専門学校です」
出身校も畑違いなので、地元の中学校と高校の名前を挙げてみたが、やはり接点はない。
だが、曖昧に笑って背を向けた瞬間、その名前が脳裏に閃いた。
今度は、こちらが呼び止める番だ。
「興村……紹子?」
苦笑いして振り向いた顔に眼鏡をかければ、確かに、高校時代に見知っていた中学生だった。
「生田費人……さん?」
長い間、胸の奥に封じ込んでいた疑惑が、煮えたぎる怒りと共に湧き上がってくる。
それを察したのか、さっきの不愛想さとはうって変わって、紹子は満面の笑みを浮かべてみせる。
「その節はどうも」
「どうもで済むことと、済まないことって、あるよな?」
証拠がないので言葉を慎重に選んではいるが、気持ちの上でどうにもならないことはある。
既に旧知の仲でのもの言いになってはいたが、こいつとはもう、絶対に仲良くなれない。
目をそらす紹子を垣根越しに睨み据えて、少しずつ問い詰めていく。
「あの写真のことだけど」
「……どの写真?」
そらっとぼける言葉の端を捕まえて、八年前まで俺たちの間にいた少女の名前を挙げる。
「女川績(つむぎ)!」
「さ、さあ……誰のことでしょうか?」
そらした目の先にあるものを垣根越しに見ると、ジーンズのポケットからこっそり出したらしいスマホがある。ふと気がつけば、俺はまだ手にノコギリを持ったままだった。
写真や動画を撮って脅そうとでも言うのだろうか。実に卑劣極まりないが、紹子が中学生時代のことを思い出せば、このくらいはやりかねない。
紹子の前でノコギリを折り畳んでみせたところで、俺は一気にまくしたてた。
「績が男とは絶対つきあわないって言ってたのに勝手に撮って、俺になりすましてSNSに上げたツーショット写真だよ!」
証拠でもあるのかと開き直られたら困ると内心では思っていたのだが、紹子はただ、深い溜息をついただけだった。
いや、軽蔑の溜息ということもあり得る。
言い逃れができないよう、俺はスマホに保存しておいたSNS上の写真と書き込みをつきつけた。
古城の辺りにある展望台に制服姿で並んで立つ、俺と女川績の後ろ姿がある。その下には、誰とも交際しなかった女子を口説き落としたという自慢が書き連ねてあった。
それを横目で眺めながら、おずおずと紹子は口を開いた。
「アタシが通ってたの、アニメ系のクリエイター専門学校で」
「もう済んだ、その話は」
ひと言ひと言、区切るようにして遮ってやったが、紹子はやはり関係ない話を続ける。
「旅の商人がね、海上で光り輝く巨大な生き物を見たんだって」
昔、そんなアニメを見た気がするが、熱狂的なオタクでもない限り、そうそうごまかされはしない。
俺は冷ややかに言ってやった。
「それとこれとどういう関係がある?」
紹子は再び溜息をついた。今度は、本当に軽蔑が込められていた。
「たとえ話なんだけど」
そんなことも分からないのか、という口調だった。
見上げれば山の上に古城の見える高校を卒業してから4年間、離れていた実家で両親と暮らすことになったわけだが、以前は何とも思わなかったことが、いろいろと気にかかるようになってきた。
たとえば、我が生田家の両親の口喧嘩だ。
「お父さん! そのくらいやってくださいよ、日曜日なんですから!」
「日曜日は寝ていたい」
そろそろ定年を迎える父も、その面倒を見ている母も、それぞれの言い分には一理ある。
太い木の枝が、誰も住んでいない隣家の庭から、こちらの庭へと伸びているのだ。
「あの枝、早く切らないと葉は落ちてくるし毛虫は出るし」
「まだいいだろ」
そうはいっても、そろそろツクツクボーシが鳴きはじめている。
毛虫はともかく、庭に降る落ち葉の掃除は、今のうちに心配しておいたほうがいいかもしれない。
だが、母が焦っていることは他にもあった。
「衛星放送が映らないのよ」
確かに、葉の生い茂った木の枝にベランダのパラボラアンテナを遮られては、人気の韓国ドラマが見られない。
父は、自分が見ない衛星放送ではあるが、解約しろとまでは言えない。
そこで、俺にお鉢が回ってきた。
「費人(もちひと)!」
代わりにやれ、と無言で顎をしゃくるのを突っぱねる。
「ケーブルにすればいいだろ」
「家に穴開けたくない。たかがそんなもんのために」
たかがそんなもん……母に言えないことでも俺には言えるようなので、知らん顔はできない。
「勝手に切っちゃダメだろ」
理屈で応じても、父にとってはその場しのぎの屁理屈にすぎない。
「そうやっておまえはいつも口先ばっかりで」
「ちゃんと受かったろ、大学も就職先も」
その他のことは、言い返せない。だから、父もそこをついてくる。
「法学部行くんじゃなかったのか」
「偏差値の問題。文学部のほうが受かりやすかった」
損得勘定の問題にすり替えようとしたが、父を不利と見た母が援護射撃を加えてきた。
「高い防具買ってやったのに剣道もやめるし」
痛い所をついてくる。防具も道着もけっこう高かった気がする。
「あれは……」
言い訳できないこともない。
中学校で剣道を始めた俺は、1年生の3月に級審査を受けた。
だが、その会場となった体育館の火災報知機が鳴って、消防自動車までが出動する大騒ぎになったのだ。
それを思い出したのを察したかのように、父は釘を刺す。
「あれもお前じゃないのか」
たまたま近くにいた俺が犯人扱いされたが、知らないと言い張って放免された覚えがある。
もっとも、ちょうど東日本大震災が起こった直後のことで、他の中学から来ていた俺と同い年の女の子が、親の知らないうちに会場を抜け出して、東日本大震災の被災地へ行こうとしたのが夕方のニュースになった。それを受けて、街中でものすごい被災地支援運動が広がったのだった
一時はそれが大々的に全国ニュースとしてとりあげられたが、おかげで非常ベルの一件は忘れられてしまった。
あのとき、気の小さい俺はといえば、厳しい詰問に動揺したせいで、初めての級審査で右も左も分からずに、3級だったか4級だったかしかもらえなかった。そのせいで、年に1回しか審査のない田舎では、中学生のうちに初段を受けることもできない。そのために覚えた剣道の理念やら修練の心構えやらも、うろ覚えで終わってしまっていた。
さらに、父はくどくどと説教を垂れる。
「だいたいお前には覇気ってものが」
さすがに、俺も頭に来た。
「たかが木の枝くらいのことに」
こんなことを言われるために帰ってきたわけではない。
もはや、ここはかつて見た故郷ではないのだ。両親がいるから田舎に帰ってきただけのことだ。奨学金が返せるなら、勤めるのはどこでもいい。人手不足で、有給休暇が自発的な残業になって返ってくるようなブラック企業でも。
卑怯な考え方だと思うが、人生の黄昏に深く沈んだ今の俺にはこれがせいぜいだ。
シャミッソーの『影をなくした男』が、目先の金に目がくらんで、人生の意味を見失ったように……。
ただ、最低限の意地は残っている。俺はスマホを撫でて、検索した民法の条文をつきつけた。
(竹木の枝の切除及び根の切取り)
第233条 隣地の竹木の枝が境界線を越えるときは、その竹木の所有者に、その枝を切除させることができる。
文学部出のくせに、とは言われなかった。
「法律変わったんだってよ」
勝ち誇るように父がつきつけたスマホの画面をさっと眺めて、俺は抵抗するのをやめた。
「分かったよ」
改正された条文は、こうなっていた。
(竹木の枝の切除及び根の切取り)
第233条 土地の所有者は、隣地の竹木の枝が境界線を越えるときは、その竹木の所有者に、その枝を切除させることができる。
さらに、細かい条件がついていた。
……次に掲げるときは、土地の所有者は、その枝を切り取ることができる。
一 竹木の所有者に枝を切除するよう催告したにもかかわらず、竹木の所有者が相当の期間内に切除しないとき。
二 竹木の所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないとき。
三 急迫の事情があるとき。
空き家であっても、所有者はいるだろう。だが、そんなことまで引き受けたつもりはない。
毒を食らわば皿までも。
2020年のパンデミックから、あれほど猛威を振るったウィルスも、それほど警戒を呼びかけられていないから、外へ出るのに暑いマスクを我慢して掛けなくてもいい。
折り畳みのノコギリだけを手に家の敷地の端へ行くと、胸くらいの高さの垣根がある。思いのほか太い枝が、その向こうから伸びていた。
垣根の境界線ぎりぎりで枝にノコギリを当てたが、その手が止まった。空き家だったはずの隣家から、訝しげに尋ねる声がしたのだ。
「誰? それ、うちの木なんだけど」
勝手口をあけて出てきたのは、Tシャツに長いジーンズ姿の、もさっとした若い女性だった。顔をしかめて睨みつけてきたのにイラッときて、さっき眺めたWebページを俺のスマホの画面で見せてやった。
女は眉根を寄せると、身を屈めて民法233条の条文を食い入るように読む。どうも近眼らしいが、眼鏡をかけて来なかったらしい。
持ち主がいないのにかこつけて枝を切ってしまおうという最初の目論見は外れたが、このまま引き下がると地父母がうるさいので、とりあえず聞いておく。
「落ち葉とか毛虫とか……あと、パラボラアンテナにかかったりもするんで、どうか」
だが、返事はにべもなかった。
「親戚の家借りてるだけだし」
話し合いに応じる気はなさそうだった。
こう言われたと父母に伝えても、子どもの使いのほうがマシだと突っぱねられるに決まっている。
一応、踏み込んで聞いてみた。
「じゃあ、そのご親戚に」
「老人ホーム入っちゃったんです」
さすがに父母も、そんなところにまで押しかけていけとは言わないだろう。
失礼しました、と背中を向けたところで、呼び止められた。
「あの……どこかでお会いしませんでした?」
そういえば、どこか見覚えがある。誰かに似ている気がしたが、少なくとも仕事の関係者ではない。
「ええと……大学で?」
「専門学校です」
出身校も畑違いなので、地元の中学校と高校の名前を挙げてみたが、やはり接点はない。
だが、曖昧に笑って背を向けた瞬間、その名前が脳裏に閃いた。
今度は、こちらが呼び止める番だ。
「興村……紹子?」
苦笑いして振り向いた顔に眼鏡をかければ、確かに、高校時代に見知っていた中学生だった。
「生田費人……さん?」
長い間、胸の奥に封じ込んでいた疑惑が、煮えたぎる怒りと共に湧き上がってくる。
それを察したのか、さっきの不愛想さとはうって変わって、紹子は満面の笑みを浮かべてみせる。
「その節はどうも」
「どうもで済むことと、済まないことって、あるよな?」
証拠がないので言葉を慎重に選んではいるが、気持ちの上でどうにもならないことはある。
既に旧知の仲でのもの言いになってはいたが、こいつとはもう、絶対に仲良くなれない。
目をそらす紹子を垣根越しに睨み据えて、少しずつ問い詰めていく。
「あの写真のことだけど」
「……どの写真?」
そらっとぼける言葉の端を捕まえて、八年前まで俺たちの間にいた少女の名前を挙げる。
「女川績(つむぎ)!」
「さ、さあ……誰のことでしょうか?」
そらした目の先にあるものを垣根越しに見ると、ジーンズのポケットからこっそり出したらしいスマホがある。ふと気がつけば、俺はまだ手にノコギリを持ったままだった。
写真や動画を撮って脅そうとでも言うのだろうか。実に卑劣極まりないが、紹子が中学生時代のことを思い出せば、このくらいはやりかねない。
紹子の前でノコギリを折り畳んでみせたところで、俺は一気にまくしたてた。
「績が男とは絶対つきあわないって言ってたのに勝手に撮って、俺になりすましてSNSに上げたツーショット写真だよ!」
証拠でもあるのかと開き直られたら困ると内心では思っていたのだが、紹子はただ、深い溜息をついただけだった。
いや、軽蔑の溜息ということもあり得る。
言い逃れができないよう、俺はスマホに保存しておいたSNS上の写真と書き込みをつきつけた。
古城の辺りにある展望台に制服姿で並んで立つ、俺と女川績の後ろ姿がある。その下には、誰とも交際しなかった女子を口説き落としたという自慢が書き連ねてあった。
それを横目で眺めながら、おずおずと紹子は口を開いた。
「アタシが通ってたの、アニメ系のクリエイター専門学校で」
「もう済んだ、その話は」
ひと言ひと言、区切るようにして遮ってやったが、紹子はやはり関係ない話を続ける。
「旅の商人がね、海上で光り輝く巨大な生き物を見たんだって」
昔、そんなアニメを見た気がするが、熱狂的なオタクでもない限り、そうそうごまかされはしない。
俺は冷ややかに言ってやった。
「それとこれとどういう関係がある?」
紹子は再び溜息をついた。今度は、本当に軽蔑が込められていた。
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そんなことも分からないのか、という口調だった。
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