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夢の記憶が僕を目覚めさせる
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たち別れ いなばの山の峰に生ふる まつとし聞かば今帰り来む(古今和歌集 中納言行平)
「行くぞ公文!」
部長を引き継いだばかりの、僕と同じ2年生が張り切って声を上げた、
魔法学校の体育館で、夏休み明けに始まる格闘対抗戦の新人大会に向けての、他校との練習試合が始まったのだ。
「おお!」
あまり気分は乗らなかったが、中世の兜を模したヘルメットと、鎧に似せたプロテクターをとりあえず着けた僕は、紅白両軍に分けられたコートに立った。
それぞれの陣地を表す旗が、その両端に立てられている。「防護陣」の担当として紅軍の最後方に立った僕の目には、それが白旗隊のものであるかのように感じられた。
お互いの校旗を背負うかのように、選手たちはコートに入る。当然、僕もそのひとりだ。
相対する12人ずつが各々の位置に付くと、試合開始を告げる角笛が高らかに吹き鳴らされる。
「前衛!」
陣地中央に立った部長の命令一下、刃のないハルバードを構えた数名が中央と左右から突進する。
それに対して遅れを取ったのか、白軍の前衛は密集体形を取った。どうやら、呪文を唱えていたらしい。
すかさず部長の指示が飛ぶ。
「遊撃!」
陣地左右の2人が呪文を唱えて白軍の陣地に斬り込んだ。これも呪文を唱えようとしていたの、奇襲を受けた相手の「遊撃」もたちまち、陣地の内側へと追い込まれた。
「本隊!」
部長を含む、陣地中央の3人が白軍の前衛に向かって、これも中央と左右から押し包むように攻撃を始めた。
僕の位置から見ると、紅軍が圧倒的に有利だ。見る間に角笛が鳴って、袋叩きにされた前衛が1人、ギブアップして退場した。
再び角笛が鳴って、試合が再開された。
白軍は1人減ったので、より不利になっているはずだ。遊軍の2人は、後衛の3人までも圧倒している。
それなのに、なぜか戦闘は膠着していた。
優勢なのに攻めあぐねて業を煮やしたのか、部長が叫んだ。
「後衛!」
防護陣を担当する僕を残して、目の前の3人も白軍の陣地に入った。それなのに、一向に勝負がつかない。
白軍は、防護陣を張ってもいないのだ。
人数が減っていないせいかもしれないが……。
そこで僕は、ハタと気が付いた。
「部長! 罠です!」
遅かった。
前衛の先頭1人が、相手の前衛3人の集中攻撃を受けてダウンしたのだ。
その隙を突いて、「防護陣」も含めた白軍の11人は一気に、紅軍の囲みを突破した。
その中の何人かは、異様に速い。たぶん、他のメンバーが打ちのめされているうちに「疾走」の呪文を使ったのだ。
僕に向けて突進してくる。ここで倒されたら、たぶんギブアップするしかない。
「やられた……」
まず、防護陣を先に潰すつもりなのだ。
そのとき、部長が叫んだ。
「防護陣!」
自分だけのために防護陣を張れというのだ。だが、そのとき、僕の心の中で何かが唸った。
獅子の威嚇にも似た声だった。
僕は叫び返した。
「張りません!」
アトランティスでの夢が記憶に蘇ってきた。
白旗隊の戦士たちに対して防護陣を張ったとき、防戦一方でどうにもならなかった。
オットーが矢を放ってくれなかったら、呪文の効果が切れると同時に僕は黒衣の戦士たちの剣で切り刻まれていたはずだ。
「待ってろ!」
部長の声は頼もしかったが、僕は拒んだ。
「ダメです!」
止めるのも聞かずに、敵陣に斬り込んだ何人かが戻ってきた。白軍の背後を突こうとしたのだろうが、振り向いた白軍に、その場で不意打ちのノックアウトを食らった。
反転した白軍は、一気に紅軍を押しつぶしにかかる。
僕はとっさに、白軍の背後を突いて敵陣に突進していた。
「やめろ公文!」
部長は叫んだが、聞くつもりはなかった。
背後からハルバードで打った1人が、前にのめってダウンする。
別に斬り込まなくても、「衝撃」の呪文を使えば済んだことだ。
あるいは「疾走」の呪文を使えばよかったのだが、僕にはある目論見があった。
「部長、こっちへ!」
僕の声につられて、白軍が1人、正面からハルバードを突いてきた。
だが、そこに僕はもういない。部長の叫びを無視したときに、「屈光」の呪文を唱えておいたのだ。
見当違いのところを思いっきり突いた白軍の足を、武器の柄で払って転倒させる。
そのまま、味方が追い込まれている乱戦の真ん中へスライディングをかけた。
味方すら見ていないのをいいことに、コートの床を引っ掻いて呪文を唱える。
「みんな、呪文を!」
そう言ったときには、紅軍も白軍も、何が起こったのか分かっていただろう。
紅軍を包囲した白軍の攻撃は、「防護陣」によって全てが弾き返されていた。
部長がつぶやいた。
「そろそろ、来るぞ」
だが、何も来なかった。それどころか、白軍の攻撃までもが止まってしまった。
コートの上を、静寂だけが支配した。
聞こえるのは……ただ呪文の詠唱のみ。それさえもまた、長くは続かなかった。
部長の指示が飛ぶ。
「自分の呪文を信じろ!」
コートに残った仲間が、次々にハルバードを振るった。ある者は目にもとまらぬ速さで動き、ある者は白軍のハルバードを受けて倒れた。
白軍もまた、目に見えない力でハルバードを弾き飛ばされた者もあれば、紅軍1人の高速攻撃に打ちのめされて2人、3人と倒れたりもした。
やがて、試合終了の角笛が鳴る。
審判の判定に、歓声が上がった。
今年の夏も暑いので、部活動は早く終わった。
シャワーを浴びた僕はさっさと荷物をまとめて、体育館のロッカールームから日差しの下へ駆け出した。
「公文!」
部長に呼び止められて、立ち止まる。そのまま、頭を下げた。
「済みませんでした、勝手なことして!」
「罰として……」
そう言いながら歩み寄ってきた部長は、僕の頭を軽く小突いた。
「防護陣から外す」
「……仕方ありません」
結果的に勝ちはしたが、スタンドプレーをやらかしたことは事実だ。言い訳する気はなかった。
「何であんな真似した。お前が袋叩きにされたかもしれんのに」
言えなかった。
まさか、夢の中で貴公子がしてくれたことだったとは……。
ミカルドは僕の生命が危機にさらされたとき、シャナンの剣を投げ出して救ってくれたのだ。
それこそれは、絶対に自分の身を守ってくれるはずの、先祖伝来の武器だった。
比べてみるまでもない。たかが試合に負けるくらい、何でもなかった。
だから僕は、かなりすっきりと意思表示ができた。
「もう、いいんです。魔法対抗戦は」
部長は、一瞬だけ息を呑んだ。
「……やめるってことか?」
そのつもりだった。
今まで積み重ねてきたものの全てを賭けたあの戦いが夢だったと知ったとき、何もかもが空しくなったのだった。
両親の言うなりに上を目指し続けてきたが、このまま同じことを続けて、その先に何があるのだろうかと。
仮に、アトランティスとの連絡員などというものになったところで、そこに何があるとも思えなくなったのだ。
せめて、そこにカリアがいればいいのだけれど……。
だが、そんな思いを部長に告げても仕方がなかった。告げられるわけもなかった。何よりも、気にかけてくれている部長を傷つけるのは避けたかった。
黙ったままでいると、部長はまた、僕の頭をコツンと小突いた。
「YESかNOかで答えられる質問に返事しないのは、NOってことだ」
一方的にそう告げると、僕をその場に置いて駆け去っていった。
一言だけ言い残して。
「次の試合から、前衛な」
有無を言わさぬ決定に、辞める気力まで何となく挫かれた気がした。
僕がその場に立ち尽くしていたのは、次の日からしばらく、惰性的なトレセン通いが続きそうで気が滅入ったからだ。
そして、そのトレセン通いの日が運命の一日となった。
午後のトレーニングの前に宿題を済ませておくために午前中を費やした僕は、正午前に流れたあのニュースを見て、なけなしの小遣いを手にタクシーへと飛び乗ったのだった。
海の上を漂流しているのを保護された、身元不明の少女に会うために……。
「行くぞ公文!」
部長を引き継いだばかりの、僕と同じ2年生が張り切って声を上げた、
魔法学校の体育館で、夏休み明けに始まる格闘対抗戦の新人大会に向けての、他校との練習試合が始まったのだ。
「おお!」
あまり気分は乗らなかったが、中世の兜を模したヘルメットと、鎧に似せたプロテクターをとりあえず着けた僕は、紅白両軍に分けられたコートに立った。
それぞれの陣地を表す旗が、その両端に立てられている。「防護陣」の担当として紅軍の最後方に立った僕の目には、それが白旗隊のものであるかのように感じられた。
お互いの校旗を背負うかのように、選手たちはコートに入る。当然、僕もそのひとりだ。
相対する12人ずつが各々の位置に付くと、試合開始を告げる角笛が高らかに吹き鳴らされる。
「前衛!」
陣地中央に立った部長の命令一下、刃のないハルバードを構えた数名が中央と左右から突進する。
それに対して遅れを取ったのか、白軍の前衛は密集体形を取った。どうやら、呪文を唱えていたらしい。
すかさず部長の指示が飛ぶ。
「遊撃!」
陣地左右の2人が呪文を唱えて白軍の陣地に斬り込んだ。これも呪文を唱えようとしていたの、奇襲を受けた相手の「遊撃」もたちまち、陣地の内側へと追い込まれた。
「本隊!」
部長を含む、陣地中央の3人が白軍の前衛に向かって、これも中央と左右から押し包むように攻撃を始めた。
僕の位置から見ると、紅軍が圧倒的に有利だ。見る間に角笛が鳴って、袋叩きにされた前衛が1人、ギブアップして退場した。
再び角笛が鳴って、試合が再開された。
白軍は1人減ったので、より不利になっているはずだ。遊軍の2人は、後衛の3人までも圧倒している。
それなのに、なぜか戦闘は膠着していた。
優勢なのに攻めあぐねて業を煮やしたのか、部長が叫んだ。
「後衛!」
防護陣を担当する僕を残して、目の前の3人も白軍の陣地に入った。それなのに、一向に勝負がつかない。
白軍は、防護陣を張ってもいないのだ。
人数が減っていないせいかもしれないが……。
そこで僕は、ハタと気が付いた。
「部長! 罠です!」
遅かった。
前衛の先頭1人が、相手の前衛3人の集中攻撃を受けてダウンしたのだ。
その隙を突いて、「防護陣」も含めた白軍の11人は一気に、紅軍の囲みを突破した。
その中の何人かは、異様に速い。たぶん、他のメンバーが打ちのめされているうちに「疾走」の呪文を使ったのだ。
僕に向けて突進してくる。ここで倒されたら、たぶんギブアップするしかない。
「やられた……」
まず、防護陣を先に潰すつもりなのだ。
そのとき、部長が叫んだ。
「防護陣!」
自分だけのために防護陣を張れというのだ。だが、そのとき、僕の心の中で何かが唸った。
獅子の威嚇にも似た声だった。
僕は叫び返した。
「張りません!」
アトランティスでの夢が記憶に蘇ってきた。
白旗隊の戦士たちに対して防護陣を張ったとき、防戦一方でどうにもならなかった。
オットーが矢を放ってくれなかったら、呪文の効果が切れると同時に僕は黒衣の戦士たちの剣で切り刻まれていたはずだ。
「待ってろ!」
部長の声は頼もしかったが、僕は拒んだ。
「ダメです!」
止めるのも聞かずに、敵陣に斬り込んだ何人かが戻ってきた。白軍の背後を突こうとしたのだろうが、振り向いた白軍に、その場で不意打ちのノックアウトを食らった。
反転した白軍は、一気に紅軍を押しつぶしにかかる。
僕はとっさに、白軍の背後を突いて敵陣に突進していた。
「やめろ公文!」
部長は叫んだが、聞くつもりはなかった。
背後からハルバードで打った1人が、前にのめってダウンする。
別に斬り込まなくても、「衝撃」の呪文を使えば済んだことだ。
あるいは「疾走」の呪文を使えばよかったのだが、僕にはある目論見があった。
「部長、こっちへ!」
僕の声につられて、白軍が1人、正面からハルバードを突いてきた。
だが、そこに僕はもういない。部長の叫びを無視したときに、「屈光」の呪文を唱えておいたのだ。
見当違いのところを思いっきり突いた白軍の足を、武器の柄で払って転倒させる。
そのまま、味方が追い込まれている乱戦の真ん中へスライディングをかけた。
味方すら見ていないのをいいことに、コートの床を引っ掻いて呪文を唱える。
「みんな、呪文を!」
そう言ったときには、紅軍も白軍も、何が起こったのか分かっていただろう。
紅軍を包囲した白軍の攻撃は、「防護陣」によって全てが弾き返されていた。
部長がつぶやいた。
「そろそろ、来るぞ」
だが、何も来なかった。それどころか、白軍の攻撃までもが止まってしまった。
コートの上を、静寂だけが支配した。
聞こえるのは……ただ呪文の詠唱のみ。それさえもまた、長くは続かなかった。
部長の指示が飛ぶ。
「自分の呪文を信じろ!」
コートに残った仲間が、次々にハルバードを振るった。ある者は目にもとまらぬ速さで動き、ある者は白軍のハルバードを受けて倒れた。
白軍もまた、目に見えない力でハルバードを弾き飛ばされた者もあれば、紅軍1人の高速攻撃に打ちのめされて2人、3人と倒れたりもした。
やがて、試合終了の角笛が鳴る。
審判の判定に、歓声が上がった。
今年の夏も暑いので、部活動は早く終わった。
シャワーを浴びた僕はさっさと荷物をまとめて、体育館のロッカールームから日差しの下へ駆け出した。
「公文!」
部長に呼び止められて、立ち止まる。そのまま、頭を下げた。
「済みませんでした、勝手なことして!」
「罰として……」
そう言いながら歩み寄ってきた部長は、僕の頭を軽く小突いた。
「防護陣から外す」
「……仕方ありません」
結果的に勝ちはしたが、スタンドプレーをやらかしたことは事実だ。言い訳する気はなかった。
「何であんな真似した。お前が袋叩きにされたかもしれんのに」
言えなかった。
まさか、夢の中で貴公子がしてくれたことだったとは……。
ミカルドは僕の生命が危機にさらされたとき、シャナンの剣を投げ出して救ってくれたのだ。
それこそれは、絶対に自分の身を守ってくれるはずの、先祖伝来の武器だった。
比べてみるまでもない。たかが試合に負けるくらい、何でもなかった。
だから僕は、かなりすっきりと意思表示ができた。
「もう、いいんです。魔法対抗戦は」
部長は、一瞬だけ息を呑んだ。
「……やめるってことか?」
そのつもりだった。
今まで積み重ねてきたものの全てを賭けたあの戦いが夢だったと知ったとき、何もかもが空しくなったのだった。
両親の言うなりに上を目指し続けてきたが、このまま同じことを続けて、その先に何があるのだろうかと。
仮に、アトランティスとの連絡員などというものになったところで、そこに何があるとも思えなくなったのだ。
せめて、そこにカリアがいればいいのだけれど……。
だが、そんな思いを部長に告げても仕方がなかった。告げられるわけもなかった。何よりも、気にかけてくれている部長を傷つけるのは避けたかった。
黙ったままでいると、部長はまた、僕の頭をコツンと小突いた。
「YESかNOかで答えられる質問に返事しないのは、NOってことだ」
一方的にそう告げると、僕をその場に置いて駆け去っていった。
一言だけ言い残して。
「次の試合から、前衛な」
有無を言わさぬ決定に、辞める気力まで何となく挫かれた気がした。
僕がその場に立ち尽くしていたのは、次の日からしばらく、惰性的なトレセン通いが続きそうで気が滅入ったからだ。
そして、そのトレセン通いの日が運命の一日となった。
午後のトレーニングの前に宿題を済ませておくために午前中を費やした僕は、正午前に流れたあのニュースを見て、なけなしの小遣いを手にタクシーへと飛び乗ったのだった。
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