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不死身の巨人
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京の五条の端の上、大の男の弁慶は……(文部省唱歌)
だが、逃げたはずの戦士たちは、僕の視界から消えないうちに歓声を上げた。
「ケイ卿だ!」
「ノスフェラストウ・ベン!」
「不死身のケイ!」
誰か、強力な味方が現れたらしい。不死身というからには、相当の場数を踏んで生き残ってきたのだろう。僕は剣を鞘に収めることなく、来た道へと目を凝らした。
遠くを眺めやる必要はなかった。そんなことをしなくても、その姿はくっきりとした影となって目の前に立ちはだかっているかのように見えた。
何か……巨大なものだ。
やがて、鎧を切り裂かれて退散する戦士たちが立ち止まる。そこで出迎えるのは、やはり黒い鎧の戦士が操る5頭立ての戦車だ。
そこに立つ巨大な影は、身長が約4メートルはあろうかと思われた。
凶悪な面構えの中に、目だけが妙にぎらついている。
太い両の腕に、がっしりした身体を支えるたくましい脚。
特に鎧はつけていないが、全身の金属面が鈍い灰色に輝いている。
こんなものが人間であるわけがない。魔法使いでなくても、そんなことは見れば分かる。だが、何者であるかは、僕たちにしか分からない。
「……ブロンズ・ゴーレム」
魔法でかりそめの命を与えられた、青銅の巨人だ。もっとも現代では、昔はそういうものが創り出せたという記録しか残っていない。もしかすると今でも、巨人の合成方法や呪文が伝わっているのかもしれないが、それはそれで厳重な管理下に置かれているだろう。
逆に言えば、それほど危険な代物なのだ、このゴーレムというやつは。
主人から一旦、命令を下されたら決して背くことはなく、自らが破壊されない限りは任務の遂行まで動きを止めることはない。しかも、その破壊には強力な魔法が必要だ。
そして僕が生きている時代に、そんな魔法は伝えられてはいない。たとえあったとしても、僕なんかが学ぶことは絶対にないだろう。いや、呪文すら目にすることはないに違いない。
さらに、このゴーレムから逃げる自信が、僕にはまるでなかった。
見上げるしかない巨体に加えて、こいつが背負っているのは禍々しい7つの武器だ。
まず、先が爪のように曲がったトライデント。突き刺すことはできないから、相手の身体に引っかけて切り裂くために使うのだろう。
それから、巨大なハンマー。いちばん分かりやすいT字型をしているが、柄の太さは僕の握り拳ぐらいはあるだろう。これを両手持ちで叩きつけられた日には、身体が木っ端微塵になってしまうかもしれない。
鉄の鎖。
引き抜いてみないと長さは分からないが、これに絡めとられたらもう逃げられないだろうし、振り回して盾の代わりにされたら、近寄ることもできない。
大斧。
見ればわかる。あまりにも凶悪過ぎる。たぶん、長さは身長ぐらいあるだろうが、その先についている刃が問題だ。あの荷車を引く馬を、声の甲高いオッサンごと真っ二つにできるくらいの大きさはある。
フレイル。
巨大なヌンチャクといえばそうだが、魔法史の授業で余談として聞いたところによれば、もともとは藁を叩くための農具だったらしい。そんな勢いで、生身の身体を打ちのめされてはかなわない。
鉄の十字棒。
十字架といえばキリスト教のシンボルで、修道士たちも、これを模した武器を使うことがあったらしい。だが、そのキリスト教関係の武器を魔法の結晶ともいえるゴーレムが使っているのはどうもしっくりこない。もっとも、これで打ち殺されたらそんなことも言ってはいられないが。
トゲのついた巨大な棍棒。
現代でも、ならず者たちが木製のバットに折れ釘を打ち込んだものを喧嘩に使うようだ。その原型は、12世紀のヨーロッパにもあったといってもいいだろうが、もしかすると、物を使って人を殴り殺そうとする連中の発想は、何百年経とうと変わらないものなのかもしれない。
……ここまで余計なことを考えられたのは「疾走」呪文の効果がまだ残っているからなのだろうが、本当に魔法のムダ遣いだった。
こんなものがいちいち飛んで来た日には、どうすることもできない。
さっさと逃げようと思って駆けだしたが、今まで見ていたようには辺りの景色が後ろに飛び過ぎていかない。
完全に、加速の魔法が解けたのだ。
ゴーレムが、背後に迫ってくる。動きは遅いが、歩幅はある。さっきの武器を振るえば、リーチは充分だ。
だが、打つ手はまだある。
「まだまだ!」
とっさに唱えたのは、「遅滞」の呪文だった。
もちろん普通の人間には効かないが、そうでない者には、コンピューター制御されたものにさえ「自分は何倍もの速さで動いている」と錯覚させることができる。
図体の大きい相手ひとりを小さな者が複数で相手にするときは、もっとも効率がいい。
そう考えて、僕は今年の県予選では団体戦闘の部でこれを使ったのだ。相手チームに1人だけ、このゴーレムみたいに集団戦闘競技の意味をなくしてしまうのがいたからである。
効果はというと、あまりなかった。遅滞呪文をかけても、相手が頑丈すぎてなかなか倒れず、有効打を奪おうにも一撃で味方を倒してしまったからだ。
結局、そいつは判定で退場に追い込んだが、試合には負けた。全国大会出場枠には食い込んだが、県予選最下位通過という、部活始まって以来の不名誉な結果に終わった。
つまり、相手が頑丈では、遅滞呪文もあまり意味がないということだ。
「だが……チャンスはある!」
ゴーレムは、主人の命令を受けなければ動けない。そして、命令を下した主人……ジョセフは、ここにはいない。たぶん、僕をつかまえられるとタカをくくっているのだ。後からゆっくり来るつもりだろう。
そして、ゴーレムには単純な命令しかできない。この場合、「捕えろ」という命令しか受けていないだろうから、逃げ切れば勝ちだ。
疾走呪文は、その時になってから使えばいい。あまり早く使うと、また肝心な時に効果が切れてしまうかもしれない。
問題は、逃げるはずだった連中だ。
勝ち目が出てきた途端、こいつらは再び剣を拾うと、ゴーレムと対峙する僕を包囲してきた。
一斉にかかって来られたら、いくら高速で相手しても、凶悪な一撃の隙をゴーレムに与えてしまう。
「かかってきたら、の話だけどな」
逃げるのを思いとどまったとはいえ、この連中はまだ、「疾走」呪文の効果がなくなったのを知らない。
なんとかゴーレムの攻撃を凌げば、逃げるチャンスは見えてくる。
「問題は……」
考えるまでもなかった。
実際に、ゴーレムは鉄の鎖を叩きつけてきたのだ。
「早過ぎ!」
とりあえず、背後に向けて「衝撃」の呪文を使う。力場の塊を、急加速して叩きつける魔法だ。土木現場に重機が普及す前るは、重宝されたものらしい。
現在はそんなに使い道がないが、まさか、今、こんなところで役に立つとは。
「食らえ!」
狙った相手がどこに行こうと、射程内なら間違いなく命中するのだ。防具に魔法がかかっていない限り、衝撃は一切吸収できない。魔法格闘対抗戦で使われたら、いちばん面倒な呪文だ。
鎖に魔法はかかっていなかったらしく、身体に巻きつく前に粉砕された。
「危なかった……」
いや、まだ終わってはいなかった。
頭の上に、何かが降ってくる。
横から見るとT字型のハンマーが、見上げたところでは真ん丸な影になって降ってきた。
「冗談じゃない!」
再び放った力場で、振り下ろされた巨人のハンマーは、僕の頭上で吹き飛ばされる。
それでも、連続攻撃は止まない。
「今度は……」
横薙ぎのフレイルが、それこそカンフー映画のヌンチャクみたいに飛んでくる。
アクション俳優みたいにかわせればいいのだが、そんなことができれば呪文を使う必要もない。そもそも、速すぎて狙いが付けられなかった。
だが、そのフレイルにも、動かない部分はある。
「そこだ!」
衝撃呪文が2本の棍棒と棍棒の継ぎ目にある蝶番を吹き飛ばしたので、ゴーレムの手に残った柄は身体をかすめただけで済んだ。
だが、不意打ちが僕を襲った。
てっきり叩きつけてくるものと思っていた巨大な棍棒は、正面から突きつけられた。
「え……」
思わず身体をすくめたところで、そのトゲで服を引っ掛けられ、そのまま高々と持ち上げられた。
だが、僕はうろたえなかった。
「今だ!」
だが、逃げたはずの戦士たちは、僕の視界から消えないうちに歓声を上げた。
「ケイ卿だ!」
「ノスフェラストウ・ベン!」
「不死身のケイ!」
誰か、強力な味方が現れたらしい。不死身というからには、相当の場数を踏んで生き残ってきたのだろう。僕は剣を鞘に収めることなく、来た道へと目を凝らした。
遠くを眺めやる必要はなかった。そんなことをしなくても、その姿はくっきりとした影となって目の前に立ちはだかっているかのように見えた。
何か……巨大なものだ。
やがて、鎧を切り裂かれて退散する戦士たちが立ち止まる。そこで出迎えるのは、やはり黒い鎧の戦士が操る5頭立ての戦車だ。
そこに立つ巨大な影は、身長が約4メートルはあろうかと思われた。
凶悪な面構えの中に、目だけが妙にぎらついている。
太い両の腕に、がっしりした身体を支えるたくましい脚。
特に鎧はつけていないが、全身の金属面が鈍い灰色に輝いている。
こんなものが人間であるわけがない。魔法使いでなくても、そんなことは見れば分かる。だが、何者であるかは、僕たちにしか分からない。
「……ブロンズ・ゴーレム」
魔法でかりそめの命を与えられた、青銅の巨人だ。もっとも現代では、昔はそういうものが創り出せたという記録しか残っていない。もしかすると今でも、巨人の合成方法や呪文が伝わっているのかもしれないが、それはそれで厳重な管理下に置かれているだろう。
逆に言えば、それほど危険な代物なのだ、このゴーレムというやつは。
主人から一旦、命令を下されたら決して背くことはなく、自らが破壊されない限りは任務の遂行まで動きを止めることはない。しかも、その破壊には強力な魔法が必要だ。
そして僕が生きている時代に、そんな魔法は伝えられてはいない。たとえあったとしても、僕なんかが学ぶことは絶対にないだろう。いや、呪文すら目にすることはないに違いない。
さらに、このゴーレムから逃げる自信が、僕にはまるでなかった。
見上げるしかない巨体に加えて、こいつが背負っているのは禍々しい7つの武器だ。
まず、先が爪のように曲がったトライデント。突き刺すことはできないから、相手の身体に引っかけて切り裂くために使うのだろう。
それから、巨大なハンマー。いちばん分かりやすいT字型をしているが、柄の太さは僕の握り拳ぐらいはあるだろう。これを両手持ちで叩きつけられた日には、身体が木っ端微塵になってしまうかもしれない。
鉄の鎖。
引き抜いてみないと長さは分からないが、これに絡めとられたらもう逃げられないだろうし、振り回して盾の代わりにされたら、近寄ることもできない。
大斧。
見ればわかる。あまりにも凶悪過ぎる。たぶん、長さは身長ぐらいあるだろうが、その先についている刃が問題だ。あの荷車を引く馬を、声の甲高いオッサンごと真っ二つにできるくらいの大きさはある。
フレイル。
巨大なヌンチャクといえばそうだが、魔法史の授業で余談として聞いたところによれば、もともとは藁を叩くための農具だったらしい。そんな勢いで、生身の身体を打ちのめされてはかなわない。
鉄の十字棒。
十字架といえばキリスト教のシンボルで、修道士たちも、これを模した武器を使うことがあったらしい。だが、そのキリスト教関係の武器を魔法の結晶ともいえるゴーレムが使っているのはどうもしっくりこない。もっとも、これで打ち殺されたらそんなことも言ってはいられないが。
トゲのついた巨大な棍棒。
現代でも、ならず者たちが木製のバットに折れ釘を打ち込んだものを喧嘩に使うようだ。その原型は、12世紀のヨーロッパにもあったといってもいいだろうが、もしかすると、物を使って人を殴り殺そうとする連中の発想は、何百年経とうと変わらないものなのかもしれない。
……ここまで余計なことを考えられたのは「疾走」呪文の効果がまだ残っているからなのだろうが、本当に魔法のムダ遣いだった。
こんなものがいちいち飛んで来た日には、どうすることもできない。
さっさと逃げようと思って駆けだしたが、今まで見ていたようには辺りの景色が後ろに飛び過ぎていかない。
完全に、加速の魔法が解けたのだ。
ゴーレムが、背後に迫ってくる。動きは遅いが、歩幅はある。さっきの武器を振るえば、リーチは充分だ。
だが、打つ手はまだある。
「まだまだ!」
とっさに唱えたのは、「遅滞」の呪文だった。
もちろん普通の人間には効かないが、そうでない者には、コンピューター制御されたものにさえ「自分は何倍もの速さで動いている」と錯覚させることができる。
図体の大きい相手ひとりを小さな者が複数で相手にするときは、もっとも効率がいい。
そう考えて、僕は今年の県予選では団体戦闘の部でこれを使ったのだ。相手チームに1人だけ、このゴーレムみたいに集団戦闘競技の意味をなくしてしまうのがいたからである。
効果はというと、あまりなかった。遅滞呪文をかけても、相手が頑丈すぎてなかなか倒れず、有効打を奪おうにも一撃で味方を倒してしまったからだ。
結局、そいつは判定で退場に追い込んだが、試合には負けた。全国大会出場枠には食い込んだが、県予選最下位通過という、部活始まって以来の不名誉な結果に終わった。
つまり、相手が頑丈では、遅滞呪文もあまり意味がないということだ。
「だが……チャンスはある!」
ゴーレムは、主人の命令を受けなければ動けない。そして、命令を下した主人……ジョセフは、ここにはいない。たぶん、僕をつかまえられるとタカをくくっているのだ。後からゆっくり来るつもりだろう。
そして、ゴーレムには単純な命令しかできない。この場合、「捕えろ」という命令しか受けていないだろうから、逃げ切れば勝ちだ。
疾走呪文は、その時になってから使えばいい。あまり早く使うと、また肝心な時に効果が切れてしまうかもしれない。
問題は、逃げるはずだった連中だ。
勝ち目が出てきた途端、こいつらは再び剣を拾うと、ゴーレムと対峙する僕を包囲してきた。
一斉にかかって来られたら、いくら高速で相手しても、凶悪な一撃の隙をゴーレムに与えてしまう。
「かかってきたら、の話だけどな」
逃げるのを思いとどまったとはいえ、この連中はまだ、「疾走」呪文の効果がなくなったのを知らない。
なんとかゴーレムの攻撃を凌げば、逃げるチャンスは見えてくる。
「問題は……」
考えるまでもなかった。
実際に、ゴーレムは鉄の鎖を叩きつけてきたのだ。
「早過ぎ!」
とりあえず、背後に向けて「衝撃」の呪文を使う。力場の塊を、急加速して叩きつける魔法だ。土木現場に重機が普及す前るは、重宝されたものらしい。
現在はそんなに使い道がないが、まさか、今、こんなところで役に立つとは。
「食らえ!」
狙った相手がどこに行こうと、射程内なら間違いなく命中するのだ。防具に魔法がかかっていない限り、衝撃は一切吸収できない。魔法格闘対抗戦で使われたら、いちばん面倒な呪文だ。
鎖に魔法はかかっていなかったらしく、身体に巻きつく前に粉砕された。
「危なかった……」
いや、まだ終わってはいなかった。
頭の上に、何かが降ってくる。
横から見るとT字型のハンマーが、見上げたところでは真ん丸な影になって降ってきた。
「冗談じゃない!」
再び放った力場で、振り下ろされた巨人のハンマーは、僕の頭上で吹き飛ばされる。
それでも、連続攻撃は止まない。
「今度は……」
横薙ぎのフレイルが、それこそカンフー映画のヌンチャクみたいに飛んでくる。
アクション俳優みたいにかわせればいいのだが、そんなことができれば呪文を使う必要もない。そもそも、速すぎて狙いが付けられなかった。
だが、そのフレイルにも、動かない部分はある。
「そこだ!」
衝撃呪文が2本の棍棒と棍棒の継ぎ目にある蝶番を吹き飛ばしたので、ゴーレムの手に残った柄は身体をかすめただけで済んだ。
だが、不意打ちが僕を襲った。
てっきり叩きつけてくるものと思っていた巨大な棍棒は、正面から突きつけられた。
「え……」
思わず身体をすくめたところで、そのトゲで服を引っ掛けられ、そのまま高々と持ち上げられた。
だが、僕はうろたえなかった。
「今だ!」
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