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実戦・魔法格闘!
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源氏の兵どもこれを事ともせず、甲の錣をかたぶけ、堀を越し、をめき叫んで攻めければ……(平家物語)
そのときだった。
ボウ……ウウウ……ン。
どこからか、何かが振動するような、低い唸りが聞こえた。
でも、何の音かは分からなかったし、そもそも「防護陣」の中で身体をすくめているのがやっとの僕には、それを気にする余裕もなかった。
ただ、分かるのは「疾走」の呪文の効果がまだ残っているということだ。
知覚の加速は、聞こえる音の周波数も下げてしまう。
「ど……こ……だ!」
「だ……れ……だ!」
僕の耳に、戦士たちの低い叫び声が聞こえてきて、はっとした。
すでに目の前で起こっていることに、思わず目を奪われる。
ひとり、またひとりと黒いラメラー・アーマーが地面に転がり、主を失った馬たちが怯えて駆け去っていくのだ。
見れば、落馬した戦士には、長弓の矢が深々と刺さっている。消耗品にも関わらず、よく磨かれて黒光りする矢柄には、地味ではあるが渋い色合いの矢羽がついていた。
だが、その矢の美しさは今、問題ではない。
問題は、ここが既に戦場で、しかも目の前で人が死んでいるということだった。
さすがにこの事実には、僕も我が身に迫った危機さえも忘れて、呆然としないではいられなかった。
「……え?」
誰の仕業か、考えている暇はなかった。
その間にも、聞き慣れない低い響きが聞こえたからだ。
ビ……イ……ウィ……イ……ン
馬のいななきだと気が付くのに、ちょっと時間がかかった。白旗隊の戦士たちが大混乱に陥っていなかったら、この隙にやられていただろう。
それにしても、ものの感じ取り方が普段より遅く感じられると、こんな風に聞こえるものらしい。まるでアニメや洋画に、人間がおかしなエフェクトをかけてアフレコしたみたいだった。
戦士たちはまだ、混乱する馬を抑えかねていた。
足踏みするだけならまだしも、長くて太い首を上げたり下げたりして暴れ、ときには前足を上げて乗り手を振り落とそうとさえする。白旗隊の戦士たちは、手綱を引き、ときには馬の身体にしがみつかんばかりに身体をすくめていた。
「……チャンス!」
僕は地面の一箇所を撫でて、指で描いた「防護陣」の印を消した。光の壁が消えて、僕の身体は再び戦闘の中に晒された。その一方で、手にした剣は自由を取り戻す。
さっき一方的に斬りつけられたお返しをするのは、今だ。
怒りと興奮に任せて、馬の鞍に次から次へと斬りつける。普段なら僕なんかには到底、無理な離れ業だが、魔法で加速されていれば庭の草刈りとそんなに変わらない。
滑り落ちる鞍と共に、その上に乗った戦士がばたばたと地面に背中から叩きつけられた。それを一目で眺め渡して、啖呵を切ってみせるのは気持ちよかった。
「こういうことさ、魔法使いと戦うっていうのは!」
寝転がっているところを見逃すことなく、魔法のかかった剣で斬りつけてやる。戦士のまとった鎧は滑らかな断面を見せて、すっぱりと切れた。
これが「武器強化」呪文の威力だ。
刃物や鈍器の周りに、接触したものを押しのける力場を発生させることができる。こうすれば、切られたものの断面は広がり、叩かれたものはより遠くまで吹き飛ばされたり、より深くまで打ち込まれたりすることになる。
現代では、ハサミやペーパーナイフや包丁が切れないときに使ったりもする。釘や杭を打つのにも便利だし、これを野球のバッティングに応用すれば、魔法使い限定の野球ルールが出来上がる。
だが、この12世紀に、そんな温い手加減は無用だった。紙や刺身を切るような切れ味の剣を見て、横たわったまま立ち上がることも出来ない戦士の顔は恐怖に歪んだ。
「ひいいいい!」
ヨーロッパ系ではなく、アジア系の顔立ちだ。ジョセフもそうだったが、こいつらもやはり、僕と同じモンゴロイドだった。
たいていは僕よりも年かさだが、同い年くらいの少年もいる。子供の頃ならお互いに川で水浴びをして、蒙古斑と呼ばれる尻の青痣を見せ合うこともできただろう。だが、お互いにある程度は分別のある年齢になっている。そんな今となっては、情けをかける気など毛頭ない。
「悪いけど……」
落馬した戦士が立ち上がろうとするところへ剣を振るうと、鎧は易々と切り裂かれ、杖代わりのハルバードは真っ二つになる。ひとり、またひとりと腰を抜かしてその場にへたり込んだが、それでも剣で斬りかかってくる者はいた。
動体視力が高まっているから、血走った目の血管までよく見える。
再び聞こえるのは、低い唸り声だ。
ウ……ヲオヲオヲオヲ……。
雄叫びも、レコードの回転速度を下げればこんなものだ。その上、荒い鼻息まではっきり聞こえた。
そんなにテンパってるなら、最初から立ち向かってこなければいいのだ。
僕は余裕のため息をつく。
「だからやめとけって」
軽くかわしたが、身体がやや重たくなってきていた。
たぶん、「疾走」呪文の効果が切れかかっているのだろう。すると、他の呪文もそろそろ効かなくなるころだ。
「……まずいな」
もちろん、思わずつぶやいた言葉の意味を知られては困る。
魔法使いは、魔法が使えなければ普通の人間にも劣るのだ。
僕たちの呪文は、魔法使いでないものには効かない。強化された武器であっても、それで殺傷力が増すわけではない。襲いかかってくる者の鎧を切り刻んだとしても、それを着ている者にとっては痛くもかゆくもないのだった。
もっとも、12世紀の人間は、東西を問わず迷信深いものらしい。斬りつけられた者はその場で戦意を失ってくれる。
だが、仲間が敗れたのを見て逆上した連中は、次々に攻撃を仕掛けてきた。
「きりがない!」
もともと魔法使いは武器を必要としなかったが、第1次アトランティス戦争で招かれた戦士の中には製鉄技術に長けた者があり、純度の高い鉄と強度のある武器はあっという間に全土に広がり、戦禍は拡大したという。
それでも、今、この場では、まだ「武器強化」の呪文は効いている。ありがたいことに、武器そのものの働きが損なわれることはなかった。
振りかぶった剣を渾身の力で叩きつけると、相手は柄だけ残った自分の剣を取り落した。呆然と立ち尽くしていた白旗隊のひとりが、がっくりとその場に崩れ落ちた。
それを見て戦意を喪失したのか、他の男たちもひとり、またひとりとその場に崩れ落ちた。
僕は精一杯、勝者らしく胸を張り、膝をついて震えている戦士たちを見下ろす。
「去れ」
短い一言だったが、余計なことを言わないほうが押しは利くものらしい。やっぱり、男は沈黙だ。
武器と鎧を失った戦士たちはおずおずとうなずき、三歩ばかりあとずさると、一目散に逃げ出した。
その後ろ姿は、あっという間に遠ざかっていく。
言葉は通じなくても、気持ちは伝わったのだろう。
殺すつもりなどは毛頭ない。たとえ、そんなことができたとしても。
それにしても、12世紀のヨーロッパで普通の人と話が通じるのは、ここが魔法使いの結界で閉ざされたアトランティスだからなのだろうか。
僕が話しているのは、まぎれもなく現代の日本語だった。
仮に言葉が通じなかったとしても、これ以上、生身の人間には何もできない。
剣や槍を弾き飛ばし、身体を覆う鋼を切り裂いたとしても、僕は誰ひとり傷つけることはできない。
それは、この時代のこの場所ではこの上なく危険なことだったが、現代に生まれた身としては幸福なことでもあった。
夏の蚊を叩くことはできても、人間相手にはビンタのひとつもくれることもできないのが僕……芳賀公文だからだ。
そのときだった。
ボウ……ウウウ……ン。
どこからか、何かが振動するような、低い唸りが聞こえた。
でも、何の音かは分からなかったし、そもそも「防護陣」の中で身体をすくめているのがやっとの僕には、それを気にする余裕もなかった。
ただ、分かるのは「疾走」の呪文の効果がまだ残っているということだ。
知覚の加速は、聞こえる音の周波数も下げてしまう。
「ど……こ……だ!」
「だ……れ……だ!」
僕の耳に、戦士たちの低い叫び声が聞こえてきて、はっとした。
すでに目の前で起こっていることに、思わず目を奪われる。
ひとり、またひとりと黒いラメラー・アーマーが地面に転がり、主を失った馬たちが怯えて駆け去っていくのだ。
見れば、落馬した戦士には、長弓の矢が深々と刺さっている。消耗品にも関わらず、よく磨かれて黒光りする矢柄には、地味ではあるが渋い色合いの矢羽がついていた。
だが、その矢の美しさは今、問題ではない。
問題は、ここが既に戦場で、しかも目の前で人が死んでいるということだった。
さすがにこの事実には、僕も我が身に迫った危機さえも忘れて、呆然としないではいられなかった。
「……え?」
誰の仕業か、考えている暇はなかった。
その間にも、聞き慣れない低い響きが聞こえたからだ。
ビ……イ……ウィ……イ……ン
馬のいななきだと気が付くのに、ちょっと時間がかかった。白旗隊の戦士たちが大混乱に陥っていなかったら、この隙にやられていただろう。
それにしても、ものの感じ取り方が普段より遅く感じられると、こんな風に聞こえるものらしい。まるでアニメや洋画に、人間がおかしなエフェクトをかけてアフレコしたみたいだった。
戦士たちはまだ、混乱する馬を抑えかねていた。
足踏みするだけならまだしも、長くて太い首を上げたり下げたりして暴れ、ときには前足を上げて乗り手を振り落とそうとさえする。白旗隊の戦士たちは、手綱を引き、ときには馬の身体にしがみつかんばかりに身体をすくめていた。
「……チャンス!」
僕は地面の一箇所を撫でて、指で描いた「防護陣」の印を消した。光の壁が消えて、僕の身体は再び戦闘の中に晒された。その一方で、手にした剣は自由を取り戻す。
さっき一方的に斬りつけられたお返しをするのは、今だ。
怒りと興奮に任せて、馬の鞍に次から次へと斬りつける。普段なら僕なんかには到底、無理な離れ業だが、魔法で加速されていれば庭の草刈りとそんなに変わらない。
滑り落ちる鞍と共に、その上に乗った戦士がばたばたと地面に背中から叩きつけられた。それを一目で眺め渡して、啖呵を切ってみせるのは気持ちよかった。
「こういうことさ、魔法使いと戦うっていうのは!」
寝転がっているところを見逃すことなく、魔法のかかった剣で斬りつけてやる。戦士のまとった鎧は滑らかな断面を見せて、すっぱりと切れた。
これが「武器強化」呪文の威力だ。
刃物や鈍器の周りに、接触したものを押しのける力場を発生させることができる。こうすれば、切られたものの断面は広がり、叩かれたものはより遠くまで吹き飛ばされたり、より深くまで打ち込まれたりすることになる。
現代では、ハサミやペーパーナイフや包丁が切れないときに使ったりもする。釘や杭を打つのにも便利だし、これを野球のバッティングに応用すれば、魔法使い限定の野球ルールが出来上がる。
だが、この12世紀に、そんな温い手加減は無用だった。紙や刺身を切るような切れ味の剣を見て、横たわったまま立ち上がることも出来ない戦士の顔は恐怖に歪んだ。
「ひいいいい!」
ヨーロッパ系ではなく、アジア系の顔立ちだ。ジョセフもそうだったが、こいつらもやはり、僕と同じモンゴロイドだった。
たいていは僕よりも年かさだが、同い年くらいの少年もいる。子供の頃ならお互いに川で水浴びをして、蒙古斑と呼ばれる尻の青痣を見せ合うこともできただろう。だが、お互いにある程度は分別のある年齢になっている。そんな今となっては、情けをかける気など毛頭ない。
「悪いけど……」
落馬した戦士が立ち上がろうとするところへ剣を振るうと、鎧は易々と切り裂かれ、杖代わりのハルバードは真っ二つになる。ひとり、またひとりと腰を抜かしてその場にへたり込んだが、それでも剣で斬りかかってくる者はいた。
動体視力が高まっているから、血走った目の血管までよく見える。
再び聞こえるのは、低い唸り声だ。
ウ……ヲオヲオヲオヲ……。
雄叫びも、レコードの回転速度を下げればこんなものだ。その上、荒い鼻息まではっきり聞こえた。
そんなにテンパってるなら、最初から立ち向かってこなければいいのだ。
僕は余裕のため息をつく。
「だからやめとけって」
軽くかわしたが、身体がやや重たくなってきていた。
たぶん、「疾走」呪文の効果が切れかかっているのだろう。すると、他の呪文もそろそろ効かなくなるころだ。
「……まずいな」
もちろん、思わずつぶやいた言葉の意味を知られては困る。
魔法使いは、魔法が使えなければ普通の人間にも劣るのだ。
僕たちの呪文は、魔法使いでないものには効かない。強化された武器であっても、それで殺傷力が増すわけではない。襲いかかってくる者の鎧を切り刻んだとしても、それを着ている者にとっては痛くもかゆくもないのだった。
もっとも、12世紀の人間は、東西を問わず迷信深いものらしい。斬りつけられた者はその場で戦意を失ってくれる。
だが、仲間が敗れたのを見て逆上した連中は、次々に攻撃を仕掛けてきた。
「きりがない!」
もともと魔法使いは武器を必要としなかったが、第1次アトランティス戦争で招かれた戦士の中には製鉄技術に長けた者があり、純度の高い鉄と強度のある武器はあっという間に全土に広がり、戦禍は拡大したという。
それでも、今、この場では、まだ「武器強化」の呪文は効いている。ありがたいことに、武器そのものの働きが損なわれることはなかった。
振りかぶった剣を渾身の力で叩きつけると、相手は柄だけ残った自分の剣を取り落した。呆然と立ち尽くしていた白旗隊のひとりが、がっくりとその場に崩れ落ちた。
それを見て戦意を喪失したのか、他の男たちもひとり、またひとりとその場に崩れ落ちた。
僕は精一杯、勝者らしく胸を張り、膝をついて震えている戦士たちを見下ろす。
「去れ」
短い一言だったが、余計なことを言わないほうが押しは利くものらしい。やっぱり、男は沈黙だ。
武器と鎧を失った戦士たちはおずおずとうなずき、三歩ばかりあとずさると、一目散に逃げ出した。
その後ろ姿は、あっという間に遠ざかっていく。
言葉は通じなくても、気持ちは伝わったのだろう。
殺すつもりなどは毛頭ない。たとえ、そんなことができたとしても。
それにしても、12世紀のヨーロッパで普通の人と話が通じるのは、ここが魔法使いの結界で閉ざされたアトランティスだからなのだろうか。
僕が話しているのは、まぎれもなく現代の日本語だった。
仮に言葉が通じなかったとしても、これ以上、生身の人間には何もできない。
剣や槍を弾き飛ばし、身体を覆う鋼を切り裂いたとしても、僕は誰ひとり傷つけることはできない。
それは、この時代のこの場所ではこの上なく危険なことだったが、現代に生まれた身としては幸福なことでもあった。
夏の蚊を叩くことはできても、人間相手にはビンタのひとつもくれることもできないのが僕……芳賀公文だからだ。
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