魔法高校生が過去の世界(アトランティス)から「愛(ライオンハート)を」持ち帰ります

兵藤晴佳

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策士と魔女と

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 しのぶれど 色に出でにけり わが恋《こひ》は ものや思ふと 人の問ふまで (平兼盛 『拾遺和歌集』)

 ……思う存分やってやる!
 まず、「羽毛」の魔法を彼女にかけ、続いて縄に「滑り」の魔法をかける。
 戒めが解けて、少女の身体はふうわりと床に伏した。それを確かめて、僕は相手を吹き飛ばそうと「衝撃」の呪文を唱えた。
 だが、吹っ飛んだのは後にある扉だけで、黒い鎧の男には何の変化もない。
 ということは、魔法使いではないのだ。攻撃系の魔法が効くのは、魔法使いだけなのだから。
 あっという間に、黒い手甲がつかんだ腕がねじ上げられ、少女が床に押さえつけられた。
「その子を放せ!」
 僕は叫んでつかみかかったが、戸口から駆け込んできた他の男に蹴りを入れられた。
 床に転がされて激痛に悶える。
 彼女と目が合ったところで、ザグルーの情報が頭をよぎった。
 黒い鎧の、異界の戦士。
 そのとき、僕は悟った。
 あの白旗こそジョセフの「白旗隊」が出現したことを表すものだったのだ。
 僕の出現と彼女の魔法が、巡回部隊か何かに目撃されたのだろう。
 すると、少女は僕を救ったばかりに、結界を破った疑いで捕まったことになる。
 その推測を裏付けるように、水車小屋の外から冷たい響きの声が聞こえた。
「その女か、結界を破ろうとしたのは」
 やはり黒い鎧をまとった小男が、扉の壊れた戸口から入ってきた。
 もの言いからして、黒い鎧をまとった男たちの上官だろう。
 立たせろ、と命じた声に「はい、査問官殿」と応えた男が、少女の腕を引き上げる。
 ずるずると立たされながら、査問官殿と呼ばれた小男を睨みつける。
 鎧は黒いが色も浅黒いこの小男は、嘲笑うように溜息ひとつついて、少女への尋問を始めた。
「名前は」
「アリエノール」
 その名を聞いて、小男は楽しそうに笑った。
 おい、と呼ぶと、外から色の白い大柄な男が、黒いラメラー・アーマーをまとってやってきた。
 小男が尋ねる。
「アリエノール……確か、イングランドの妃の名だったな?」
 確かエレノアとも言うはずです、と部下らしい大男は答えた。
「真の名ではないな」
 アリエノールと名乗った少女は、はっとした。
 それは、自らがアトランティス戦争を起こした魔法使いであることを示している。
 小男は、くつくつ笑って少女の頬を撫でる。
 腹の鈍痛の引いたところで、僕はようやく声を絞り出すことができた。
「触るな……」
 肋骨の辺りを強烈に蹴飛ばされ、むせ返る羽目になった。
 少女は怒りに満ちた声で、低くつぶやく。
「魔法使いが親からもらった名前を言うわけないでしょう」
 つまり、ザグルーは偽名だということだ。
「へらず口を。親の顔が見たいものだ」
「あなた方が殺したのよ!」
 白旗隊は、そういう連中だったらしい。
 勝つためには、手段を選ばない。補給を断つためには、荷車を引いた丸腰の苦役人夫でも平気で殺す。闇夜で敵を追撃するために、道端の民家に火を次々に放って松明代わりにしたともいう。
「身に覚えがないな」
 鼻で笑う小男に、少女は冷笑を浮かべた。
「いちいち覚えちゃいないでしょうね、抵抗できない相手を手当たり次第に殺したんですから」
 小男の額に青筋が浮かんだ。それでも、声を荒らげることはない。
「もともとお前たちのいさかいだ。巻き込まれた俺たちの身にもなってみろ」
 唸るような声は、抑えた怒りの凄まじさを物語っていた。
 だが、少女は一歩も引く様子はない。
「最初に招いた方々は、あなたがたのようではなかったわ」
 それは、ザグルーたちが第1次アトランティス戦争に勝つために招いた、東洋の戦士たちのことだ。
「魔法の効かない戦士で相手に勝とうとしたのはお前らだろう」
 それは、ザグルーたちのことだ。
 この少女はたぶん、関係ない。
「それを考えたのは、あの裏切者よ!」
 ザグルーのことだ。ろくなことを考えない。アトランティスを追われたのは自業自得だ。
 だが意外にも、小男は敵方であるザグル―に共感できるとことはあるようだった。
「あの者にも考えがあって結界を破ったのだろうよ」
 冷静だった少女は、いきなり金切り声を上げて絶叫した。
「きっと魔女狩りがやってくるわ! 外から来たやつらが、あなたと同じことをするのよ!」
 彼女の年からして、魔女狩りの現場を知っているはずがない。きっと、魔女狩り伝説への異様な恐怖を抱いているのだろう。だから、それを防ぐ結界を破って逃げた魔法使いを「裏切者」と呼ぶのだ。
 すると僕は、その「裏切者」ザグルーの手下ということになる。
 ザグルーを「あの者」と呼ぶジョセフは顔見知りか、それに近い立場ということになるのだろう。
 小男は、口元を歪めて笑った。目つきが、どこやらいやらしい。
「その時は守ってやる」
 代わりに、慰み物にでもしようというのか。
 少女は、腕を掴まれた不自由な態勢のまま、荒い息をつきながら言い切った。
「あなたの世話にはならない。私には仲間がいるわ」
 面白くもなさそうに、小男は僕に向けて顎をしゃくる。
「結界の向こうから来た、こいつか?」
「どこから来たかなんて、知りません」
 真顔で即答されたときには、ちょっと胸が痛んだ。
 確かに事実だったが、そういう問題ではない。美少女に、アカの他人として扱われるなんて……。
 こんな状況で不謹慎だが、僕にとっては本能的につらい反応だった。
 小男は、まるで僕の傷心をフォローするかのように言った。
「海の向こうから小舟を漕いで来たんだぞ」 
 無論、少女を問い詰めるためというのが本心である。
 抗議の言葉が返ってきた。
「私が結界を破ったっていうんですか?」
「そうしなければ、舟は舳先が見えたとたんに消えるだろう」
 筋道の立った冷静な結論に、少女は口ごもった。
「私は……」
 僕と見つめ合う。
 なんとなく、胸がずきんと痛んだ。
 魔法使いは、時空を超えた夢でつながっている。言葉は違っても意思が通じるのは、そのせいだろうとも言われている。
 だから、魔法使いの間では、嘘がつきにくい。
 完全に心を閉ざしてしまえばいいのだが、それはかなり高位にならないとできないことだ。
「仲間の魔法使いの助けで生きています。それも、魔法を磨いていればこそ」
「こいつは関係ない、ということだ」
 そこで僕は口を挟んだ。
 彼女を守るのに、それぐらいしかできないのは情けなかったが。
「そうだ、僕は……」
 声が裏返るのが分かったが、腹の底から必死で絞り出す。
 面倒くさそうにジョセフがそれを遮った。
「お前には聞いていない。決めるのは俺だ」
 息を呑みこんで、ようやく言い放った。
「彼女を放してやれ」
「ならば、俺のところに来い」
 間髪入れずに返って着た言葉に、僕は絶句した。
 また?
 またそっち系?
 僕、まだ彼女も……。
 ジョセフは、ふう、とため息をついた。
「あの者が差し向けたにせよ、そうでないにせよ、本来はこの場で殺している」
 カリアが「まさか」とつぶやいた。
 それを補うかのように、僕の言葉が続く。
「つまり、配下になれと?」
 努めて冷静に答えたが、びくついているのはもう勘付かれていた。
 未来の情報が欲しいというのなら、まずい。ザグルーのギアスで消されてしまう。
 だが、ジョセフの狙いはそれではないようだった。
「何をしに来たかなど、無理に聞くつもりはない。俺と共に戦え」
 ようやく、僕も落ち着いた。いっぱしの魔法使いらしく、威厳を持って話してみる。
「同じ魔法使いを殺すつもりはない」
 ジョセフの答えはいらだだしげだった。いちいち説明するのも面倒くさいらしい。
「そんなことは俺たちがやる。お前が闘うのは他の相手だ」
 今度はカリアが緊張した面持ちで尋ねた。
「誰なの?」
「お前には話していない」
 少女に偃月刀をつきつける。
 そのまま僕を見て言った。
「来る気なら名を名乗れ。俺はジョセフと呼ばれている」
 呼ばれている、ということは本名ではないということだ。
 でも、なぜ?
 本名を明かしてもギアスにはかからないのに。
 先に本名をザグルーに明かした僕は、おそらくギアスをかけられているだろうと思われた。
 この時代では、うかつに名乗らないほうがいいのだ。
 そこで、地面に漢字で「公文」と書いた。東洋の人間なら、何通りかに読めるだろう。
 クモン、と読んだら、訂正すればいい。
「キンフミ……公家のような名だな」
 すると、ジョセフは日本人だ。12世紀の。
 12世紀末? 日本では……。
 僕は、赤点すれすれだった前期中間考査「日本史」を心の底から後悔した。
 ジョセフは、僕の怠惰を嘲笑するかのように、部下に命じた。
「そいつらを放してやれ。特にこの方はイングランド王妃アリエノール……おっと、エレノア様だ」
「……待って」
 僕は少女に歩み寄った。
「ごめん」
 解放された少女は、僕に囁く。
「最低ですね」
 ザグルーの手下で、ジョセフに寝返った男なのだから、仕方がない。
 それでも、僕は名乗った。
「……クモン」
 僕を「キンフミ」だと思っているジョセフには理解できないはずだ。
 この時代のタブーを破ってみせた僕に驚いたのか、少女は呆然と見つめてきた。
「どうして?」
 すっかり諦めのついた僕は、何の気負いもなく答えた。
「もう会うこともないだろうから」
 背を向けて、ジョセフたちの間をすり抜けるようにして歩きだす。そこで追いかけてきた女との間に、白旗隊の黒い鎧がいくつも割って入った。
 僕が引き離されるときのどたばたの中で、少女はつぶやいた。
「カリア」
「え?」
 思わず振り向いてから、辺りを見渡した。その名前は誰ひとり、ジョセフさえも気づいた様子はない。
 だが、僕の耳……というか頭の中には、名乗りの理由が微かな響きになって聞こえていた。
「もう会う事もないわ」 
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