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夢から覚めて
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夢は取ると云ふ事のあるなり。この君の御夢我に取らせ給へ……(宇治拾遺物語 巻第十三『夢買ふ人の事』)
……荒野に燃え盛る炎の中、僕は長い灰色のマントを羽織り、同じような格好の黒い影に取り囲まれていた。
顔は見えない。目深にかぶったフードの奥には、真っ赤に燃える瞳が人数の2倍だけ輝いている。
身体の中で煮えたぎるマグマのような魔力を、上級の魔法使いが暴発しないように抑えているときに現れるという眼の光だ。
正面から戦うことはない。戦わないで危機を脱するのが魔法使いとして一流なのだ。これは、魔法高校生として最低限の常識になっている。入学して最初に受ける「魔法概論」の授業で、真っ先に教わることだ。
二言三言、呪文を唱えてその輪を抜け出す。
これが「狭間隠し」だ。
空間に裂け目を作って、微妙に次元の違う空間に身を潜める魔法だ。
さらに、空間の隙間を通って、はるか遠くに姿を表したりすることもできる。
だが、追ってきた敵の魔法使いは何もない空間からひとり、またひとりと「狭間隠し」で出現する。
僕は相手が姿を見せたそばから呪文を唱えてなぎ倒す。
まず、「眠りの輪」に入った3人ばかりがその場に昏倒する。
現代でこれをやったら傷害罪だ。限られた上級魔法使い、最低でもアトランティスとの連絡員しか使えないよう厳重に管理されている。
背後の気配に振り向くと、「電光」の呪文だ。
現代では失われ、二度と再現されることのない危険な「不可侵魔法」である。
すぐに一瞬の「狭間隠し」でかわす。その瞬間だけ相手は消えるが、魔法を解けば愕然とした表情が炎に照らされているのが見える。
指を突き付けて、同じ稲光で消滅させる。
僕の周りをくるくる回り始めた光の粒は、これも不可侵の「火球」が発動する前兆だ。
より大きな火の玉を僕の頭上に呼び出す。その爆発が、襲い来る「火球」を術者ごと吹き飛ばす。
「うるさいんだよ、雑魚ども!」
そう叫んで放ったのは、無数の「魔法の矢」。どこへ逃げても相手に命中して炸裂する、再現の許されない攻撃呪文だ。
無人となった戦場の向こうに、炎を背に黒い影となって浮かぶ城。
僕は高らかに呪文を詠唱する。
夕闇と煙とで暗くなった空に、星が一つ光る。
やがてそれは流れ星となり、尾を引くホウキ星となり、城を打ち砕いた。
これが不可侵魔法のなかでも最強の部類に入る「隕石落下」だ。
僕はマントの裾を払って、「狭間隠し」でその場を後にする……。
夢だと分かっているのに、目を覚ましたくない、と思った。
その時だ。
どこからか囁く声があった。
「この力が欲しいか?」
もちろん、魔法使いなら、誰でもが憧れる力だ。
だから、僕の両親もアトランティスとの連絡員を目指した時期があったのだ。
日本で魔法使いの家に生まれた者は、たいてい魔法使いとしての地域教育を受けて育ち、高校では魔法使いの学校に入る。
もっとも、アトランティスとの連絡員は高校卒業の段階で断念したらしく、他の日本人と同じように一般の大学に入って、共に普通の会社勤めをしている。
だから僕は即答した。
「欲しい」
どうせ夢なら、と思ったのである。
魔法使いの社会で生きる者もあれば、普通の人間の社会で暮らす者もいる。
じゃあ、僕は?
両親のように普通の人間に紛れて、魔法を使わないで生きていくのはいやだった。
「なくとも生きてゆけよう」
確かに、魔法使いは、外の社会ではどんな業種でも職種でも重宝されている。
自然科学から日常生活のトリビアに至るまで特殊な知識や技能があって、「普通の人間」からは器用に見える。
だから仕事は、自然に左右される農業や土木工事、人間の健康に関わる医療分野に限られない。
時代が下るほど洗練されてきたのは、対魔法呪文だけだ。
あらゆる呪文に対して発生させられる「魔法の効かない空間」の中では、魔法使いはただの人になる。
だから、対魔法呪文は初歩の初歩だ。
競技の場を除いては、現代の魔法使いが相手に対して呪文を使うことは滅多にない。
だから、お互いを傷つけることなく、平和に暮らしていける。
僕は、それが悔しかった。
その温さが嫌だった。
確かに、魔法使いでない者に、魔法は効かない。
だから、「普通の人間」からの視線は特別だ。
触ってはいけない何者かへの、好奇と恐怖。
魔女狩りの時代のような迫害こそ受けないが、僕たちは「余計者」だった。
世界の片隅を分け与えられて、自分たちだけで固まって、じっとしていなくてはならない。
魔法使いは、もっと偉大な存在であるはずだ。
僕が胸に秘めたそんな思いに応えるように、声は囁いた。
「ならば、来い」
気が付くと、12世紀のイングランドにいたのだった。
眼を開けると、くすんだ色をした古い木の天井が見えた。
なんだか揺れているな、なんてぼんやりと思っていると、僕を見下ろす者があった。
長い白髪を耳の横から垂らした、頬骨の出た顔に眼だけがぎらぎらと輝く、灰色のマントを着た老人である。
思わずゾクっとして、僕ははじめて裸でベッドの中にいるのに気づいた。
シーツで身体を隠して跳ね起きる。
「お前誰だよ!……僕に何した?」
高校1年男子を裸に剥いてベッドに寝かせて……変態か、このじいさん?
どうしよう! 僕、まだ彼女もいないのに!
「何もせんわい」
眉ひとつ動かさずに、その老人は言った。
「100年ばかり昔の言い伝えだったが、こういうことであったか」
100年? 何のことだ?
歴史の知識を総動員して、100年前の出来事を思い出す。
「第1次魔法大戦?」
魔法使いが一般人をそそのかして起こした世界戦争だ。この結果、魔法使いは国家の監視下に置かれた。
老人は天井を見上げてしばし考えてから答えた。
「大戦はまだ一度きりだ。再びあるかもしれんがな」
「いや、2回じゃないか?」
2回目は、世界戦争の口実に魔法使いの撲滅が挙げられた。魔法使いは自らを守るために戦争に協力したのだと、学校では習った。
僕の問いでハタと気づいたように、老人は言った。
「おぬしの時代では、そうであろう」
両親の世代は、既に戦争を知らない。
「70年も経ってる」
初めて、老人はむっとした。
「確かに、わしもそこまで老いてはおらん」
どうも話がかみ合わないので、突っ込んで聞いてみた。
「いつの時代の話?」
年齢のことを言われるのがよほど気に障るようで、投げやりな答えが返ってきた。
「なんの、ほんの4年前」
いちいち小刻みに出る数字が、どうもまどろっこしい。
はっきり確認しないと分からないらしい、この不機嫌なじいさんは。
「いま、何年?」
「ベツレヘムでイエスが生まれて1189年経っておる」
ひとことひとこと区切るように説明してくれたものであるが、どうも物言いが大げさすぎる。
「ベツレヘム?」
イエス生誕の地だと思い当たるまでには、ちょっと間が空いた。
まどろっこしそうに、老人は言葉を継ぐ。
「エルサレムには先月、リチャードが発ったばかりよ」
キリスト教とユダヤ教とイスラム教の聖地の後に、また聞きなれない名前を吐き捨てるように口にした。
「リチャード?」
「ヘンリー2世が死んですぐ、即位したリチャード」
よほど口にしたくない名前なのか、早口で即答された。
だが、その名前には聞き覚えがあった。
前期中間考査「魔法史A」の範囲だ。
「リチャード獅子心王!」
じいさんは、ふん、と鼻を鳴らした。
「知っておったか。3回目の十字軍は後世までも名高いようだな」
「するとここはイングランド?」
よく考えれば、このじいさんが話しているのは明らかに日本語じゃないのに意思が通じている。
ということは、じいさんは魔法使いだ。
魔法使い同士は、使う言語が違っていても正確に意思疎通ができる。なぜ、そんなことになるのかは魔法研究的にも科学的にも解明されていないが。
ただし、魔法使いたちは「人は時空を超えた夢でつながっている」とよく言う。
だから人は同じ夢を同時に見ることがあるし、魔法使いたちは強く思っている相手と夢の中で心を通わせることができるとさえ信じているのだ。
実際に、大昔の魔法使いは遠くにいる相手を自分のもとに連れてくるために、「夢の通い路」という呪文で他人の夢に入り込んだという。
……待てよ? あの夢……。
「まさか?」
それこそ夢物語のようなことが、自分の身に起こっている。
話は、ここでようやく噛みあったようだった。
12世紀の魔法使いは、にかっと現代の魔法高校生に笑いかけた。
「そのまさかだ。いい夢だったか?」
息が詰まる思いがした。
「ということは、アトランティス人?」
彼の言う「大戦」とは、第1次アトランティス戦争のことだったのだ。
アトランティスが生まれてから何十年もたつと、さすがに立場や主義主張、利害の衝突が派手に起こるようになった。
内部での抗争が激しくなり、やがて膠着すると、魔法使いたちは互いに「夢の通い路」を使った移送術で、東洋の戦で敗れた者を招きよせた。
なぜなら、異界の戦士たちは「魔法使いでないが故に魔法が効かない」。
だから魔法使いたちに対しては猛威を振るうことができたのだ。
「名前がないと付き合いにくいな、来るべき世の者よ」
僕の問いには答えず、言いたいことだけ一方的に言う態度にカチンと来た。
「別につきあう気はない」
ベッドから降りて部屋を出て行こうとしたが、裸なのを思い出した。
老魔法使いは背を向ける。
「服が欲しければ名前ぐらい名乗れ」
笑いを噛み殺す、くつくつという声が聞こえた。
「自分から名乗らん奴に聞かれても名前を教えるな、と子供の頃に教わったからな」
物心ついた時から、事あるごとにトレーニングセンターに連れ出しては瞑想や魔法戦をやらせた両親の顔を思い出す。
勝てば笑い、負ければ悪鬼のごとき形相になる。
フテ寝する前のやりとりを思い出したら、急にムカついてきた。
誇りだとか獅子の心だとか、そんなのもの、どうだっていい。
その両親のもとには帰れない……というか、帰らなくていい!
だが、服は欲しかった。
答えに迷っていると、相手が先に名乗ってくれた。
「よい教えを受けたな。わしの名は……ザグルーと呼べ」
確かに遠い昔は、先に相手の名前を知ることで支配下に置く「ギアス」という呪文があったらしい。
だが、このザグルーとかいうじいさんは、先に名乗ったから気にすることはない。
それに、幼い頃に両親が言ったことなんか迷信に決まっている。
「クモン」
名乗ったところで、一つ気になることがあった。
ザグルーと呼べ、ということは……本名ではない?
……荒野に燃え盛る炎の中、僕は長い灰色のマントを羽織り、同じような格好の黒い影に取り囲まれていた。
顔は見えない。目深にかぶったフードの奥には、真っ赤に燃える瞳が人数の2倍だけ輝いている。
身体の中で煮えたぎるマグマのような魔力を、上級の魔法使いが暴発しないように抑えているときに現れるという眼の光だ。
正面から戦うことはない。戦わないで危機を脱するのが魔法使いとして一流なのだ。これは、魔法高校生として最低限の常識になっている。入学して最初に受ける「魔法概論」の授業で、真っ先に教わることだ。
二言三言、呪文を唱えてその輪を抜け出す。
これが「狭間隠し」だ。
空間に裂け目を作って、微妙に次元の違う空間に身を潜める魔法だ。
さらに、空間の隙間を通って、はるか遠くに姿を表したりすることもできる。
だが、追ってきた敵の魔法使いは何もない空間からひとり、またひとりと「狭間隠し」で出現する。
僕は相手が姿を見せたそばから呪文を唱えてなぎ倒す。
まず、「眠りの輪」に入った3人ばかりがその場に昏倒する。
現代でこれをやったら傷害罪だ。限られた上級魔法使い、最低でもアトランティスとの連絡員しか使えないよう厳重に管理されている。
背後の気配に振り向くと、「電光」の呪文だ。
現代では失われ、二度と再現されることのない危険な「不可侵魔法」である。
すぐに一瞬の「狭間隠し」でかわす。その瞬間だけ相手は消えるが、魔法を解けば愕然とした表情が炎に照らされているのが見える。
指を突き付けて、同じ稲光で消滅させる。
僕の周りをくるくる回り始めた光の粒は、これも不可侵の「火球」が発動する前兆だ。
より大きな火の玉を僕の頭上に呼び出す。その爆発が、襲い来る「火球」を術者ごと吹き飛ばす。
「うるさいんだよ、雑魚ども!」
そう叫んで放ったのは、無数の「魔法の矢」。どこへ逃げても相手に命中して炸裂する、再現の許されない攻撃呪文だ。
無人となった戦場の向こうに、炎を背に黒い影となって浮かぶ城。
僕は高らかに呪文を詠唱する。
夕闇と煙とで暗くなった空に、星が一つ光る。
やがてそれは流れ星となり、尾を引くホウキ星となり、城を打ち砕いた。
これが不可侵魔法のなかでも最強の部類に入る「隕石落下」だ。
僕はマントの裾を払って、「狭間隠し」でその場を後にする……。
夢だと分かっているのに、目を覚ましたくない、と思った。
その時だ。
どこからか囁く声があった。
「この力が欲しいか?」
もちろん、魔法使いなら、誰でもが憧れる力だ。
だから、僕の両親もアトランティスとの連絡員を目指した時期があったのだ。
日本で魔法使いの家に生まれた者は、たいてい魔法使いとしての地域教育を受けて育ち、高校では魔法使いの学校に入る。
もっとも、アトランティスとの連絡員は高校卒業の段階で断念したらしく、他の日本人と同じように一般の大学に入って、共に普通の会社勤めをしている。
だから僕は即答した。
「欲しい」
どうせ夢なら、と思ったのである。
魔法使いの社会で生きる者もあれば、普通の人間の社会で暮らす者もいる。
じゃあ、僕は?
両親のように普通の人間に紛れて、魔法を使わないで生きていくのはいやだった。
「なくとも生きてゆけよう」
確かに、魔法使いは、外の社会ではどんな業種でも職種でも重宝されている。
自然科学から日常生活のトリビアに至るまで特殊な知識や技能があって、「普通の人間」からは器用に見える。
だから仕事は、自然に左右される農業や土木工事、人間の健康に関わる医療分野に限られない。
時代が下るほど洗練されてきたのは、対魔法呪文だけだ。
あらゆる呪文に対して発生させられる「魔法の効かない空間」の中では、魔法使いはただの人になる。
だから、対魔法呪文は初歩の初歩だ。
競技の場を除いては、現代の魔法使いが相手に対して呪文を使うことは滅多にない。
だから、お互いを傷つけることなく、平和に暮らしていける。
僕は、それが悔しかった。
その温さが嫌だった。
確かに、魔法使いでない者に、魔法は効かない。
だから、「普通の人間」からの視線は特別だ。
触ってはいけない何者かへの、好奇と恐怖。
魔女狩りの時代のような迫害こそ受けないが、僕たちは「余計者」だった。
世界の片隅を分け与えられて、自分たちだけで固まって、じっとしていなくてはならない。
魔法使いは、もっと偉大な存在であるはずだ。
僕が胸に秘めたそんな思いに応えるように、声は囁いた。
「ならば、来い」
気が付くと、12世紀のイングランドにいたのだった。
眼を開けると、くすんだ色をした古い木の天井が見えた。
なんだか揺れているな、なんてぼんやりと思っていると、僕を見下ろす者があった。
長い白髪を耳の横から垂らした、頬骨の出た顔に眼だけがぎらぎらと輝く、灰色のマントを着た老人である。
思わずゾクっとして、僕ははじめて裸でベッドの中にいるのに気づいた。
シーツで身体を隠して跳ね起きる。
「お前誰だよ!……僕に何した?」
高校1年男子を裸に剥いてベッドに寝かせて……変態か、このじいさん?
どうしよう! 僕、まだ彼女もいないのに!
「何もせんわい」
眉ひとつ動かさずに、その老人は言った。
「100年ばかり昔の言い伝えだったが、こういうことであったか」
100年? 何のことだ?
歴史の知識を総動員して、100年前の出来事を思い出す。
「第1次魔法大戦?」
魔法使いが一般人をそそのかして起こした世界戦争だ。この結果、魔法使いは国家の監視下に置かれた。
老人は天井を見上げてしばし考えてから答えた。
「大戦はまだ一度きりだ。再びあるかもしれんがな」
「いや、2回じゃないか?」
2回目は、世界戦争の口実に魔法使いの撲滅が挙げられた。魔法使いは自らを守るために戦争に協力したのだと、学校では習った。
僕の問いでハタと気づいたように、老人は言った。
「おぬしの時代では、そうであろう」
両親の世代は、既に戦争を知らない。
「70年も経ってる」
初めて、老人はむっとした。
「確かに、わしもそこまで老いてはおらん」
どうも話がかみ合わないので、突っ込んで聞いてみた。
「いつの時代の話?」
年齢のことを言われるのがよほど気に障るようで、投げやりな答えが返ってきた。
「なんの、ほんの4年前」
いちいち小刻みに出る数字が、どうもまどろっこしい。
はっきり確認しないと分からないらしい、この不機嫌なじいさんは。
「いま、何年?」
「ベツレヘムでイエスが生まれて1189年経っておる」
ひとことひとこと区切るように説明してくれたものであるが、どうも物言いが大げさすぎる。
「ベツレヘム?」
イエス生誕の地だと思い当たるまでには、ちょっと間が空いた。
まどろっこしそうに、老人は言葉を継ぐ。
「エルサレムには先月、リチャードが発ったばかりよ」
キリスト教とユダヤ教とイスラム教の聖地の後に、また聞きなれない名前を吐き捨てるように口にした。
「リチャード?」
「ヘンリー2世が死んですぐ、即位したリチャード」
よほど口にしたくない名前なのか、早口で即答された。
だが、その名前には聞き覚えがあった。
前期中間考査「魔法史A」の範囲だ。
「リチャード獅子心王!」
じいさんは、ふん、と鼻を鳴らした。
「知っておったか。3回目の十字軍は後世までも名高いようだな」
「するとここはイングランド?」
よく考えれば、このじいさんが話しているのは明らかに日本語じゃないのに意思が通じている。
ということは、じいさんは魔法使いだ。
魔法使い同士は、使う言語が違っていても正確に意思疎通ができる。なぜ、そんなことになるのかは魔法研究的にも科学的にも解明されていないが。
ただし、魔法使いたちは「人は時空を超えた夢でつながっている」とよく言う。
だから人は同じ夢を同時に見ることがあるし、魔法使いたちは強く思っている相手と夢の中で心を通わせることができるとさえ信じているのだ。
実際に、大昔の魔法使いは遠くにいる相手を自分のもとに連れてくるために、「夢の通い路」という呪文で他人の夢に入り込んだという。
……待てよ? あの夢……。
「まさか?」
それこそ夢物語のようなことが、自分の身に起こっている。
話は、ここでようやく噛みあったようだった。
12世紀の魔法使いは、にかっと現代の魔法高校生に笑いかけた。
「そのまさかだ。いい夢だったか?」
息が詰まる思いがした。
「ということは、アトランティス人?」
彼の言う「大戦」とは、第1次アトランティス戦争のことだったのだ。
アトランティスが生まれてから何十年もたつと、さすがに立場や主義主張、利害の衝突が派手に起こるようになった。
内部での抗争が激しくなり、やがて膠着すると、魔法使いたちは互いに「夢の通い路」を使った移送術で、東洋の戦で敗れた者を招きよせた。
なぜなら、異界の戦士たちは「魔法使いでないが故に魔法が効かない」。
だから魔法使いたちに対しては猛威を振るうことができたのだ。
「名前がないと付き合いにくいな、来るべき世の者よ」
僕の問いには答えず、言いたいことだけ一方的に言う態度にカチンと来た。
「別につきあう気はない」
ベッドから降りて部屋を出て行こうとしたが、裸なのを思い出した。
老魔法使いは背を向ける。
「服が欲しければ名前ぐらい名乗れ」
笑いを噛み殺す、くつくつという声が聞こえた。
「自分から名乗らん奴に聞かれても名前を教えるな、と子供の頃に教わったからな」
物心ついた時から、事あるごとにトレーニングセンターに連れ出しては瞑想や魔法戦をやらせた両親の顔を思い出す。
勝てば笑い、負ければ悪鬼のごとき形相になる。
フテ寝する前のやりとりを思い出したら、急にムカついてきた。
誇りだとか獅子の心だとか、そんなのもの、どうだっていい。
その両親のもとには帰れない……というか、帰らなくていい!
だが、服は欲しかった。
答えに迷っていると、相手が先に名乗ってくれた。
「よい教えを受けたな。わしの名は……ザグルーと呼べ」
確かに遠い昔は、先に相手の名前を知ることで支配下に置く「ギアス」という呪文があったらしい。
だが、このザグルーとかいうじいさんは、先に名乗ったから気にすることはない。
それに、幼い頃に両親が言ったことなんか迷信に決まっている。
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