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美しい義理の母親が透き通る裸身で目の前に現れます
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勝利を確信した鵺笛の前に、俺は立ち往生するしかなかった。
別に、鬼の世界との出入り口を破壊する気はない。
羅羽が鬼の世界に去ると自分から言っているのなら、取り返すのを諦めるしかなかった。
永遠に離れ離れになるよりは、まだいい。
この上、咲耶を失うわけにはいかなかった。
いちばん手っ取り早い答えは、鵺笛に従うことだ。
「分かった、俺は……」
その返事を遮ったのは、背後から聞こえる上品な声だった。
「何をお悩みですか? 克衛さん」
振り向くと、そこにはぼんやりとした人影がある。
確かに見覚えのある顔だったのだが、なかなか思い出せない。
ここのところ、立て続けにややこしい災難が降りかかってきていたからだ。
それらを遡って、やっと思い当たった名前があった。
「篠夜さん?」
それは、置手紙一枚で息子を放り出して姿をくらました、親父の内縁の妻だった。
あまり実感はないが、俺の義理の母にあたる。
昼を少し過ぎた夏の光に照らされた、神社の空き地が透けて見えるのは、それが幻だからだ。
最初に会った時は突然のことで、しかも夜だったから分からなかったが、篠夜さんはどうやら裸らしい。
切羽詰まった事態にもかかわらず、ほとんど反射的に俺が目をそらすと、少し困ったような顔をする。
「まあ、虫の知らせに魂がふらふら迷い出た生霊みたいなものですから、服を着て来いと言われても……」
そのとき、姿の霞んでいく羅羽は、ようやく篠夜さんの存在に気付いたらしい。
「お母さん!」
そこで何が起こっているのか呑み込めたらしく、篠夜さんは俺を叱り飛ばした。
「何をしてるの! だから、羅羽の強い想いが私を呼んだんですね!」
俺のせいといえば俺のせいなのだから、返す言葉もない。
その間に、篠夜さんは俺の手の中にあるものに目を遣った。
「……まさか、紅葉狩?」
そこでようやく口にできたのは、最初の問いへの答えだった。
「使ったら、羅羽も、咲耶も……」
そのひと言で、篠夜さんは状況を呑み込んだ。
最初のすっとぼけたやり取りからは考えられないような、察しの早さだった。
「鬼の世界への扉を壊すことはありません。このまま女の子たちを助けなさい」
だが、戦う方法は紅葉狩を振るうことより他にはない。
それをやれば、咲耶は鬼の世界に連れて行かれてしまう。
現に、その姿は現実とは思えないほどに薄らいでいた
俺が鬼たちとの闘いに尻込みしているのは、篠夜さんにも分かったらしい。
苛立ち紛れの声が、僕を急き立てた。
「これなら、どう?」
辺りの光景が変わったのが、はっきりと分かった。
変わったというより、反転したというのが正確かもしれない。
今まで、はっきりと見えていた神社の空き地や昼過ぎの明るい空が霞んでいく。
逆に、今まで暗く霞んでいたものが見えてきた。
鬼たちに掴み上げられた咲耶が、呆然と、しかし嬉しそうにつぶやく。
「克衛……こんなところに来ちゃダメだ」
その後ろに控える、羅羽の身体を抱えた鵺笛を見据えて、篠夜さんは告げた。
「娘を放しなさい」
鵺笛は苦々しげに尋ねた。
「篠夜……どういうつもりだ? ここはすでに、人間の来るところではないぞ」
それで、ようやくわかった。
ここが、鬼の世界への入り口なのだ。
そんなところへ俺が紅葉狩を持ち込めば、鬼たちはますます、荒っぽいやり方で抵抗するに決まっている。
紅葉狩という無敵の剣があるにはある。
だが、こんなものを無双とか言って振り回し、当たるを幸いとばかりに鬼たちを切り捨てられるのは、ゲームの世界だけだ。
そんな俺の思いを、羅羽はよく分かってくれていた。
「やめて! お母さん! お兄ちゃんを帰して!」
だが、篠夜さんは意外にも、これを真面目な顔でたしなめる。
「羅羽も羅羽よ。このままでいいの?」
夜遊びを叱られた娘のように、羅羽は目をそらして答えた。
「だって……私は鬼だもの」
代わりに鵺笛が、得意気なまなざしを向けてくる。
篠夜さんはそれを無視して、娘を諭した。
「好きなんでしょ? 克衛さんが。なら、信じなさい」
はっきりと言われて、羅羽はうろたえる。
鵺笛は目をぎらつかせて、俺を睨み据える。
娘をめぐる対決を煽り立てるかのように、篠夜さんは俺を急き立てた。
「勝たないと、帰れなくなるわ。どうする?」
俺は答えに詰まる。
どうしても、鬼たちを斬ることはできない。
それを見透かしたのか、鵺笛はその名にふさわしい、甲高い音のする口笛を吹いた。
……ぴいいいいいいい……ぴいいいいいい。
遠くから、ざわめきと、こすれ合う金属の音が聞こえてくる。
やがて、どこからともなく現れたのは、新手の鬼たちだった。
厳めしい鎧に身を固め、見るからに禍々しい形をした刃物を手に手に携えている。
篠夜さんは、ため息交じりにつぶやいた。
「しょうのない子たちね」
その中には間違いなく、俺と羅羽とが含まれていることだろう。
だが、鵺笛も勘定に入っていると言ば、言えなくもない。
少なくとも本人は、そう取っているようだった。
「篠夜が裏切った。掟に照らせば、魂も身体も生かしてはおけん」
武装した鬼たちが迫ると、篠屋さんの幻は、真っ青な炎となって燃え上がった。
光の中ではっきりと見える顔は、息を呑むほど美しかった。
親父が骨抜きになるのも無理はない。
だが、その形相は美しさを通り越して、恐ろしいまでの冷たさを秘めていた。
鵺笛に抱えられながら、羅羽は泣き叫ぶ。
「ダメ! お母さん! そんなことしたら、死んじゃう!」
以前、咲耶が篠夜に会ったとき、幻として使える力には限界があると言っていた。
どうひいき目に見ても、これはその限界というやつを超えているとしか思えない。
俺の前に出た篠夜さんは、振り向いて言った。
「丸腰の相手が斬れないというなら、ご心配なく。もう、斬るまでもありません」
はいともいいえとも返事をしないうちに、武装した鬼たちに立ち向かっていく。
凄まじい速さで武器が弾き飛ばされ、鬼たちが蹴散らされた。
まだ俺が立ち尽くしていると、鋭い声が飛ぶ。
「男として恥ずかしくはありませんか! 女の子にあんな格好させて!」
俺の目の前には、胸も露わな咲耶を掴み上げた鬼たちがいる。
紅葉狩を片手に歩み寄ると、ひとり残らず、その場に立ちすくんだ。
俺は咲耶の身体から鬼たちの腕を引き剥がし、抱き留めてやる。
咲耶は、ものも言わずに俺の腕へとすがりついてくる。
篠夜さんが称賛の賛の声を上げた。
「まずはひとり!」
続いて俺は、鵺笛の前に再び立ちはだかる。
だが、語りかける相手は違った。
「帰るぞ、羅羽」
だが、篠夜さんの戦いは、長くは続かなかった。
まるで生身の身体で戦っていたかのように、鬼たちの手にした剣を前にして、がっくりと膝を突く。
鵺笛は、俺はおろか紅葉狩にも目もくれず、篠夜さんに告げた。
「どうなるか、分かっているな」
篠夜さんの身体は、鬼たちの世界の手前で、次第に霞んでいく。
だが、その声は、毅然としたものだった。
「殺すなら、ここで殺しなさい」
思わず俺は、紅葉狩を振りかざしていた。
「篠夜さんに触るな……触ったら、本気で斬る!」
大きな刀を持った鬼が、ひと声の咆哮と共に襲いかかってくる。
だが、俺にはもう、ためらいはなかった。
鎧武者が何か言う前に、俺は紅葉狩を振るっていた。
刃の一閃で、禍々しい大刀は吹き飛んでいる。
さらに、鎧は金属片のつぎはぎに変わっていた。
俺は紅葉狩を、鵺笛と他の鬼たちに向かってつきつけた。
「お前たちを傷つけたくはない。羅羽を置いて帰ってくれ」
今度は羅羽が、鵺笛の腕を振り払って戻ってきた。
震えながら、俺の胸にすがりつく。
それを見ながら、鵺笛はあっさりと返事をした。
「扉を壊さないなら、ここで引き下がろう」
「約束する」
俺が最期のひと言を口にすると、鵺笛は羅羽の母親に、憎々しげな口調で言葉を浴びせかけた。
「面倒をかけおって。篠夜、どこにいても、追手は必ず送る」
それだけ言い残して、鵺笛は鬼たちと共に姿を消した。
別に、鬼の世界との出入り口を破壊する気はない。
羅羽が鬼の世界に去ると自分から言っているのなら、取り返すのを諦めるしかなかった。
永遠に離れ離れになるよりは、まだいい。
この上、咲耶を失うわけにはいかなかった。
いちばん手っ取り早い答えは、鵺笛に従うことだ。
「分かった、俺は……」
その返事を遮ったのは、背後から聞こえる上品な声だった。
「何をお悩みですか? 克衛さん」
振り向くと、そこにはぼんやりとした人影がある。
確かに見覚えのある顔だったのだが、なかなか思い出せない。
ここのところ、立て続けにややこしい災難が降りかかってきていたからだ。
それらを遡って、やっと思い当たった名前があった。
「篠夜さん?」
それは、置手紙一枚で息子を放り出して姿をくらました、親父の内縁の妻だった。
あまり実感はないが、俺の義理の母にあたる。
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最初に会った時は突然のことで、しかも夜だったから分からなかったが、篠夜さんはどうやら裸らしい。
切羽詰まった事態にもかかわらず、ほとんど反射的に俺が目をそらすと、少し困ったような顔をする。
「まあ、虫の知らせに魂がふらふら迷い出た生霊みたいなものですから、服を着て来いと言われても……」
そのとき、姿の霞んでいく羅羽は、ようやく篠夜さんの存在に気付いたらしい。
「お母さん!」
そこで何が起こっているのか呑み込めたらしく、篠夜さんは俺を叱り飛ばした。
「何をしてるの! だから、羅羽の強い想いが私を呼んだんですね!」
俺のせいといえば俺のせいなのだから、返す言葉もない。
その間に、篠夜さんは俺の手の中にあるものに目を遣った。
「……まさか、紅葉狩?」
そこでようやく口にできたのは、最初の問いへの答えだった。
「使ったら、羅羽も、咲耶も……」
そのひと言で、篠夜さんは状況を呑み込んだ。
最初のすっとぼけたやり取りからは考えられないような、察しの早さだった。
「鬼の世界への扉を壊すことはありません。このまま女の子たちを助けなさい」
だが、戦う方法は紅葉狩を振るうことより他にはない。
それをやれば、咲耶は鬼の世界に連れて行かれてしまう。
現に、その姿は現実とは思えないほどに薄らいでいた
俺が鬼たちとの闘いに尻込みしているのは、篠夜さんにも分かったらしい。
苛立ち紛れの声が、僕を急き立てた。
「これなら、どう?」
辺りの光景が変わったのが、はっきりと分かった。
変わったというより、反転したというのが正確かもしれない。
今まで、はっきりと見えていた神社の空き地や昼過ぎの明るい空が霞んでいく。
逆に、今まで暗く霞んでいたものが見えてきた。
鬼たちに掴み上げられた咲耶が、呆然と、しかし嬉しそうにつぶやく。
「克衛……こんなところに来ちゃダメだ」
その後ろに控える、羅羽の身体を抱えた鵺笛を見据えて、篠夜さんは告げた。
「娘を放しなさい」
鵺笛は苦々しげに尋ねた。
「篠夜……どういうつもりだ? ここはすでに、人間の来るところではないぞ」
それで、ようやくわかった。
ここが、鬼の世界への入り口なのだ。
そんなところへ俺が紅葉狩を持ち込めば、鬼たちはますます、荒っぽいやり方で抵抗するに決まっている。
紅葉狩という無敵の剣があるにはある。
だが、こんなものを無双とか言って振り回し、当たるを幸いとばかりに鬼たちを切り捨てられるのは、ゲームの世界だけだ。
そんな俺の思いを、羅羽はよく分かってくれていた。
「やめて! お母さん! お兄ちゃんを帰して!」
だが、篠夜さんは意外にも、これを真面目な顔でたしなめる。
「羅羽も羅羽よ。このままでいいの?」
夜遊びを叱られた娘のように、羅羽は目をそらして答えた。
「だって……私は鬼だもの」
代わりに鵺笛が、得意気なまなざしを向けてくる。
篠夜さんはそれを無視して、娘を諭した。
「好きなんでしょ? 克衛さんが。なら、信じなさい」
はっきりと言われて、羅羽はうろたえる。
鵺笛は目をぎらつかせて、俺を睨み据える。
娘をめぐる対決を煽り立てるかのように、篠夜さんは俺を急き立てた。
「勝たないと、帰れなくなるわ。どうする?」
俺は答えに詰まる。
どうしても、鬼たちを斬ることはできない。
それを見透かしたのか、鵺笛はその名にふさわしい、甲高い音のする口笛を吹いた。
……ぴいいいいいいい……ぴいいいいいい。
遠くから、ざわめきと、こすれ合う金属の音が聞こえてくる。
やがて、どこからともなく現れたのは、新手の鬼たちだった。
厳めしい鎧に身を固め、見るからに禍々しい形をした刃物を手に手に携えている。
篠夜さんは、ため息交じりにつぶやいた。
「しょうのない子たちね」
その中には間違いなく、俺と羅羽とが含まれていることだろう。
だが、鵺笛も勘定に入っていると言ば、言えなくもない。
少なくとも本人は、そう取っているようだった。
「篠夜が裏切った。掟に照らせば、魂も身体も生かしてはおけん」
武装した鬼たちが迫ると、篠屋さんの幻は、真っ青な炎となって燃え上がった。
光の中ではっきりと見える顔は、息を呑むほど美しかった。
親父が骨抜きになるのも無理はない。
だが、その形相は美しさを通り越して、恐ろしいまでの冷たさを秘めていた。
鵺笛に抱えられながら、羅羽は泣き叫ぶ。
「ダメ! お母さん! そんなことしたら、死んじゃう!」
以前、咲耶が篠夜に会ったとき、幻として使える力には限界があると言っていた。
どうひいき目に見ても、これはその限界というやつを超えているとしか思えない。
俺の前に出た篠夜さんは、振り向いて言った。
「丸腰の相手が斬れないというなら、ご心配なく。もう、斬るまでもありません」
はいともいいえとも返事をしないうちに、武装した鬼たちに立ち向かっていく。
凄まじい速さで武器が弾き飛ばされ、鬼たちが蹴散らされた。
まだ俺が立ち尽くしていると、鋭い声が飛ぶ。
「男として恥ずかしくはありませんか! 女の子にあんな格好させて!」
俺の目の前には、胸も露わな咲耶を掴み上げた鬼たちがいる。
紅葉狩を片手に歩み寄ると、ひとり残らず、その場に立ちすくんだ。
俺は咲耶の身体から鬼たちの腕を引き剥がし、抱き留めてやる。
咲耶は、ものも言わずに俺の腕へとすがりついてくる。
篠夜さんが称賛の賛の声を上げた。
「まずはひとり!」
続いて俺は、鵺笛の前に再び立ちはだかる。
だが、語りかける相手は違った。
「帰るぞ、羅羽」
だが、篠夜さんの戦いは、長くは続かなかった。
まるで生身の身体で戦っていたかのように、鬼たちの手にした剣を前にして、がっくりと膝を突く。
鵺笛は、俺はおろか紅葉狩にも目もくれず、篠夜さんに告げた。
「どうなるか、分かっているな」
篠夜さんの身体は、鬼たちの世界の手前で、次第に霞んでいく。
だが、その声は、毅然としたものだった。
「殺すなら、ここで殺しなさい」
思わず俺は、紅葉狩を振りかざしていた。
「篠夜さんに触るな……触ったら、本気で斬る!」
大きな刀を持った鬼が、ひと声の咆哮と共に襲いかかってくる。
だが、俺にはもう、ためらいはなかった。
鎧武者が何か言う前に、俺は紅葉狩を振るっていた。
刃の一閃で、禍々しい大刀は吹き飛んでいる。
さらに、鎧は金属片のつぎはぎに変わっていた。
俺は紅葉狩を、鵺笛と他の鬼たちに向かってつきつけた。
「お前たちを傷つけたくはない。羅羽を置いて帰ってくれ」
今度は羅羽が、鵺笛の腕を振り払って戻ってきた。
震えながら、俺の胸にすがりつく。
それを見ながら、鵺笛はあっさりと返事をした。
「扉を壊さないなら、ここで引き下がろう」
「約束する」
俺が最期のひと言を口にすると、鵺笛は羅羽の母親に、憎々しげな口調で言葉を浴びせかけた。
「面倒をかけおって。篠夜、どこにいても、追手は必ず送る」
それだけ言い残して、鵺笛は鬼たちと共に姿を消した。
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