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嫉妬に燃える若き鬼から裸身の少女たちを守るために、真紅の光を放つ伝説の神剣が現れます

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 服を裂かれて露わな胸を晒す羅羽を抱えたまま、鵺笛は目の前に迫っていた。
 その貫手が、俺の喉元を襲う。
 来るとわかっているものが、どうしてもよけられない。
 羅羽はといえば、鵺笛の腕の中で身動きひとつしなかった。 
 ただ、俺をじっと見つめているばかりだ。」

 ……御免!
 
 鎧武者が足を引いて、紙一重の差でかわしてくれた。
 その鼻先へ、さっきの短剣が降ってくる。
 さすがに俺も、何が起こったのか、ようやく呑み込んだ。
「こういうことか!」
 短剣をかわすには、肘の刃で弾き飛ばすしかない。
 身体を大きくのけぞらせることになるが、そうするだけで、俺は精一杯だった。
 だが、セコンドとなった鎧武者の囁きは止まらない。

 ……この次で、一矢報いますぞ!

 身体を起こすと、鵺笛はもう、飛ばされた短剣を受け止めていた。
 鞭でも振るかのような、しなやかな蹴りが真下から飛んでくる。
 その気になれば、鵺笛の伸びきった脚を、もう片方の刃で斬り落とせるかもしれない。
 だが、それはどうしてもできなかった。
 刃を止めてしまえば、鵺笛の脚をよけるくらいしかできない。

 ……何をしておられるか!

 鎧武者が身体をさばいてくれたが、唯一の武器である刃は、その用を失った。
 先読みしていたらしい鵺笛が投げ上げた短剣が、星明かりに閃く。
 もう引っかかるまいとは思ったが、放っておくこともできない。
 受け止めようとして刃を頭上にかざしたが、それも読まれていたようだった。
 鎧武者の呻きと共に、俺の腕にも激痛が走る。

 ……不覚! 刃を、折られ申した……。

 正面へ飛んできたと思った貫手が狙ったのは、そっちだったのだ。
 どうやら、この鎧の破損は、俺に痛みとなって伝わるらしい。
 耐えきれずにうずくまったところで、鵺笛が勝ち誇ったように叫んだ。
「貰った!」
 三つ又の短剣が、俺の首筋めがけて降ってくる。 
 羅羽が金切り声を上げた。
「お兄ちゃん!」
 腕をふりほどいて、俺に駆け寄ってくる。
 だが、それは鵺笛の手を、もう一方も自由にしてやったにすぎなかった。
 男の目から見ても均整の取れた顔が、額に生えた両の角の下で、般若のような嫉妬の表情に歪む。
「ならば、力ずくでも!」
 怒りのひと声と共に、短剣が突き出される。
「お兄ちゃんに手を出さないで!」
 羅羽は長い爪を振るって、その切っ先を受け流した。
 星明かりの中に、羅羽の額に生えた小さな角が見える。
 だが、使うまいとしていたはずの鬼の力をもってしても、間髪入れずに飛んできた貫手は、あまりにも速すぎた。
「もういい!」
 俺は立ち上がって、羅羽を押しのけた。
 鎧の肘から伸びた刃を横薙ぎに払ったが、鵺笛の腕を斬り落とすことまではできなかった。
 再び止まった刃を、鬼の指先が打ち抜く。
 激痛に呻くことしかできずに崩れ落ちる俺の身体を、羅羽がかばう。
 力の差は、圧倒的だった。
 だが、それを見下ろす鵺笛の高笑いは、奇妙なまでに哀しい。
「さあ、人の身で鬼を討つ手はもう尽きたか?」

 そのとき、俺と羅羽の背後から聞こえてきた声があった。
 上代の日本の歌謡にも似た調べだ。
 張りつめた声で咲耶が唱える歌は、退魔師の祭文だった。

  たすけよや
  をみなご 
  いのりささげん
  
  われらまもれば
  おににもとられず

 鵺笛が、半狂乱になって喚いた。
「黙れ!」
 俺を掴み上げようと伸ばした手を、羅羽が掴み返す。
「言ったでしょう? 手を出さないでって」
 咲耶は、祭文を唱え続ける。

  されば
  みがきたてまつらん
  われらがこころ
 
  にらぎきたへたてまつらん
  われらがわざ

 鵺笛は羅羽の腕を振り払うと、今度は咲耶のほうへと重い足取りで歩み寄る。
 鵺笛を追う羅羽の足もまた、思うようには進まないようだった。
 咲耶は、祭文の最後の一節らしき言葉を、丁寧に紡ぎ出す。

  されば
  たまへ

 そして、最後の息を鋭く発した。
は・や!」


 俺の耳元で、鎧武者が囁く。

 ……鬼を討つ手、尽きてはござらん。

 そういえば、拝殿の中が、燃えるような赤い光に照らし出されている。
 板張りの床の隅にたたずむ咲耶の裸身が、深い陰影を伴って浮かび上がっていた。
 その明るさは、露わになった羅羽の胸の小さなふくらみを映し出すには充分だ。
 鵺笛はというと、すらりとした身体で、力なく立ち尽くしている。
 その誰もが、息を呑んで見つめているものがあった。

 ……あの刀でござる!

 それは、天井辺りに浮かんだ抜き身の刀だった。
 鎧武者の声に従って、俺は高々と手を差し上げる。
 刀は、招かれたように掌へと収まった。
「これは……」
 俺が呆然とつぶやくと、羅羽と鵺笛が声を揃えて、ため息混じりに答えた。
「紅葉狩《もみじがり》……」
 それを受けるかのように、咲耶は俺に語る。
「ついに、そのときが来たんだ……あれこそが、この地へやってきたボクたちの先祖が、あの神社で、薪能と共に受け継いできたものなんだ」
 だが、その声は、戦いへの叱咤に変わった。
「鬼たちに捧げられた娘たちを助け出し、守るために!」
 羅羽は、目を見開いて俺を見つめた。
 驚きと期待と、哀しみをこめて。

 だが、鵺笛は怯まなかった。
 俺の前に、悠々と歩み寄る。
「斬ってみよ! 斬れば後には戻れん、修羅の道が待つ」
 言われてしまえば、そうなのだ。
 ろくに殴り合いの喧嘩もしたことのない俺に、生きて目の前にいるものを斬れるわけがない。
 鵺笛は、それを見抜いているらしい。 
 紅葉狩と呼ばれる刀が放つ赤い光の中に浮かび上がる、鵺笛の美しい顔が嘲笑する。
「人の道を歩むなら、斬れぬはず。それとも我が命を絶って羅羽と交わり、鬼の子を生むか」
 羅羽がうつむいた。
 いつになく肩を落として、胸の微かなふくらみに手を当てながらすくみ上がっている。
 咲耶も、隠すべきところを西洋の美神のように掌と腕で覆って、俺を見つめていた。
 俺がしなければならないことは、ひとつだった。
「人の道は捨てる! お前の言うなりになるくらいなら!」
 一歩踏み出して、紅葉狩を振るう。
 鵺笛は驚愕と共に、その美しい顔を覆った。
「我が顔が……まさか」
 俺がいちばん見たくなかったものは、目に入らなかった。
 夕陽に照らされた紅葉の放つ色にも似た、真紅の光のせいだろう。
 だが、確かに、不愉快な手応えはあった。
 鵺笛の指の間からは、鮮血があふれ出していることだろう。
 俺は、声の震えを抑えながら、ゆっくりと口を開いた。
「それで終わりにしよう。俺はお前を斬らない。羅羽がどうするかは、自分で決めることだ」
 羅羽は黙ったまま、俺の背中に身を隠す。
 拝殿の外に駆け去った鵺笛の姿もまた、どこからか現れた影の群れの奥に隠れた。
 一陣の風がどっと音を立てて吹き抜けると、鬼たちの姿は消える。
 紅葉狩の光も、ロウソクの炎のように立ち消えた。
 真っ青な闇の中には、口々に罵る禍々しい声が微かに聞こえるばかりだった。

 狼、真神にも増して大きなその口、いつまで叩けようか……。

 やがて、うめき声と共に目を覚ました者があった。
 あの、親父の後釜の養子だ。
 おそらく、あのSNSの煽り文句に期待をかけてここにやってきたところを、鵺笛に取り憑かれたのだろう。
 下手をしたら、咲耶がこいつの被害者になっていたところだ。
 いくら夜明け前の薄い闇の中とはいえ、その素裸を見せるわけにはいかない。
 羅羽がそれを察したのか、男の前に立ちはだかった。
 だが、その微かな胸だって晒すわけにはいかない。 
 俺はその前に、光を失った紅葉狩の刀身を横たえて言った。
「これが、鬼に捧げられた女だ」
 刃の冷たい輝きと、羅羽の額の角を見て、男は拝殿の階段から転げ落ちた。
  
 こけつまろびつしながら逃げ去る男が通り抜けていった、白衣の一団があった。
 拝殿の前で立ち止まると、先頭のひとりが、折り畳んだ白衣を投げ放った。
 それは神獣のように宙を駆けると、咲耶の身体をまとう。
 白衣の一団は、そこで一斉に膝をついた。
 先頭のひとりは、俺というよりは紅葉狩に向かって告げた。
「御心のままに、あるべきところへ」
 そう言うと、夜明けの光の中へ、溶けるように消えていく。
 振り向いてみると、咲耶もいなくなっていた。
 ふと気づいたときには、紅葉狩もどこかへ失せている。
 そこへやってきたのは、親父の実家の祖父さんだった。
 俺は慌てて、羅羽を背中に隠す。
「うちのアレが、腑抜けみたいになって帰ってきたんでな、まさかと思ってきてみたんだが……その娘は?」
 やはり気づかれたかと思って、俺はとりあえず、こう答えておいた
「親父の再婚相手の娘なんだけど……あの男のでいいから、シャツ、分けてくれないかな?」
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