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花火の競演の中、俺を巡る死闘が始まってしまいました
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暗がりと、多勢で無勢を襲えるという過信で、男たちの理性はすでに吹き飛んでいた。
身動きできない俺を張り倒して、対照的な美少女ふたりの浴衣を引き剥がす……。
そのケリがつくまでは、ほんの数秒だった。
恐れていた光景を前に、俺はつぶやく。
「言わんこっちゃない……」
男たちは片端から薙ぎ倒されて、気を失っていた。
こうならないように、俺がどれだけ頭を働かせたか。
こいつらに囲まれたとき、手っ取り早い逃げ方はあった。
羅羽や咲耶にどう思われようと、なりふり構わず助けを求めればよかったのだ。
だが、こういう連中は執念深い。
その場では逃げ去ったとしても、帰り道で襲ってくるかもしれなかった。
「……こうなることも知らずに」
羅羽や咲耶の手を汚すくらいなら、ふたりを逃がして俺が殴られたほうがマシだった。
いや、どっちもたぶん、逃げなかっただろう。
そうなれば、結果は同じだったはずだ。。
むしろ、実際に逃げ去ったのは、そいつらを唆した女の子のほうだった。
そんなわけで。
轟音と共に夜の空高く明滅する花火の下に佇んでいるのは、ふたりだけだった。
男たちをことごとく瞬殺して、浴衣の乱れもなく対峙する美少女たち。
羅羽は、冷ややかに笑った。
「やるじゃない……怖いよね、お兄ちゃん」
答えられるわけもない俺に、わざわざ振ってくる。
確かにさっき、羅羽の目の前で、咲耶は俺にキスした。
だが男の身で、それを女の子のせいにするわけにもいかない。
自分でかけた金縛りを自分で解いた咲耶は、余裕たっぷりに答えた。
「さすがだね……生まれるのは鬼の子だよ、やっぱり」
賞賛とも皮肉ともつかない声で、言わなくてもいいことをわざわざ言う。
不敵な笑みを浮かべて、鬼と退魔師は再び睨み合った。
ぶつかりあう気迫が、肌にビリビリくる。
俺が本当に恐れていたのは、これだった。
だが、挑発を挑発で返されても、羅羽は思いのほか落ち着いていた。
いきなり、ぽつりとつぶやく。
「お兄ちゃんと一緒にいられればいい」
そのひと言には、何か切ない響きがあった。
片や、答える咲耶の口調は厳しい。
「それは、わがままだよ」
羅羽は答えなかった。
唇を固く引き結んで、目を伏せる。
見ている俺も、いたたまれなくなって口を挟んだ。
「花火……見ようよ」
だが、咲耶は哀しげに言った。
「花火ってさ、いつかは終わるんだ」
それが意味することは、羅羽も察しがついたらしい。
「そうね」
開いては消える花火に照らし出されたのは、元の張りつめた顔だった。
そこで咲耶は、声を和らげる。
「ここで倒したら、納得してくれる?」
宣戦布告どころか、勝利の予告だった。
こんな咲耶は、見たくない。
俺は思い切って、はっきりと言った。
「やめろよ」
咲耶は冷たく澄んだ、真剣な眼差しで見つめ返す。
「じゃあ、どっちか選んで、ここで」
静かな、しかし毅然とした問いだった。
だが、いきなり踏み込まれても、答えられるものではない。
「それは……」
俺は口ごもったが、羅羽も咲耶も、返事を期待してはいなかったようだった。
暗い地面には、祭下駄が転がる。
暗い夜空へと、山吹色と青色の浴衣が舞い上がった。
高々とかかった天の川が、羅羽と咲耶を隔てている。
そのぼんやりした光は、幻でも何でもない。
ふたりの上に大輪の花火が咲いても、かき消されることはなかった。
その轟音の中で、羅羽は叫ぶ。
「無理言わないで! お兄ちゃんに」
怒りとも悲しみともつかない、しかし、混じりっけのない感情がそのまま声になって現れていた。
咲耶の声も、高らかに響き渡る。
「受け止めてあげるよ、キミの思い! だけど……」
そこから先は、言葉にならなかった。
まるで時間が止まったかのように、羅羽と咲耶の姿は宙に留まる。
だが、それもほんのわずかの間のことだった。
澄んだ音と共に、ふたつの影が凄まじい速さで交差する。
ほとんど同時に地面へ膝をついた羅羽と咲耶の手には、それぞれの武器があった。
白くしなやかな指の先で、花火の明滅を鈍く返すのは、鋼の長い爪だ。
羅羽が言った。
「帰りに着るものがなくなっちゃうよ。それとも、その身体、人前に晒して歩く?」
頭の中に浮かびそうな咲耶の乱れ姿を、俺は頭を振って打ち消した。
また、金縛りに遭ってはかなわない。
その術をかけた張本人の手の中で、夜闇にも鋭く冷たく光るのは、優雅に反りを打った短刀だ。
咲耶が言った。
「ボクがその気になれば、キミもそうなる。あんまり、克衛に心配かけないでくれ」
そう言ってくれるのはありがたい。
それなら、まず、目の前で死に物狂いの戦いをするのはやめてほしかった。
だが、俺の心配は届かない。
花火が終わりに近づいたのか、夜空に閃く光と、辺りに轟く音とが忙しく繰り返される。
そのリズムに合わせるように、ふたつの影は何度となくすれ違う。
刃のぶつかり合う、澄んだ音がどれほど繰り返されただろうか。
やがて、羅羽が苛立たしげに言った。
「邪魔ね」
確かに浴衣姿では、フットワークが利かない。
だが、羅羽は、わざわざ浴衣を脱ぎ捨てることもなかったのだ。
俺がそれに気付いたときは、もう遅かった。
「ダメだ!」
叫ぶ俺の前で、羅羽は鬼の姿を現していた。
額には、小さな角が生えている。
口から吐く炎は、闇の中に陽炎を白く揺らめかせている。
「あっちへ行ってて」
そう言ったのは、自らの変身を恥じてのことではない。
その身体は、プールで見たビキニ姿と同じ形で、陽炎に隠されている。
つまり、何も着てはいなかった。
それを隠そうとして、俺はかけてやる服を脱いで走り寄る。
だが、羅羽は、その裸身を晒すのを恥じていたわけでもなかった。
「どいて」
そう言って歩いていく先にいるのは、もちろん咲耶だ。
俺は羅羽の後ろへと押しやられてしまったが、それはかえって好都合だった。
「許せ!」
俺は後ろ手にスマホのストラップを投げてやった。
犬の形をした藁人形だ。
……くおおおおん!
たちまちのうちに無数の狐たちが、四方八方から光の尾を引いて集まってきた。
凄まじい速さで、羅羽と咲耶の間を何度となく飛び交う。
やがてそれは大きな光の壁となって、お互いの行く手を阻んだ。
羅羽はキッと振り向くと、金切り声で叫んだ。
「嫌い! お兄ちゃんなんか!」
そこへ、浴衣を自ら脱ぎ捨てたのは咲耶だった。
花火の光に照らされた姿を見てしまったら、また金縛りに遭うかもしれない。
俺は思わず目をそらした。
「や、やめろ!」
だが、否応なく聞こえてきたのは、何度となく風を切る音だった。
狐たちの鳴き声が、次第に小さくなっていく。
「咲耶?」
金縛りの心配がないと分かって、ようやく様子をうかがうことができた。
そこで見たものは、凄まじい速さで短刀を振るう咲耶だった。
胴衣と脚絆、手甲のようなものの下に着込んでいるのは、真っ黒なダイバースーツのような服だ。
いや、違う。
花火の光にギラギラ光っている。
それは、細い金属で編んだ鎖帷子《くさりかたびら》だった。
忍者装束に身を固めた咲耶が短刀を振るうたびに、狐たちはその場を離れて姿を消していく。
もともと咲耶の力で呼び出されたものが、咲耶に祓えないわけがなかった。
花火の競演が終わると、夜空にはしばしの静けさが訪れた。
狐たちの放つ光が消えて、俺の周りにも暗闇が戻ってくる。
だが、俺たちが息つく間もなく、その静寂は甲高い悲鳴で切り裂かれた。
俺たちは、ハッとしてその声のする方を見た。
「何だ?」
「何よ!
「何かな」
夜闇の中からふらふらと現れたのは、逃げ去ったはずのヤンキー娘だった。
羅羽の身体が放つ燐光に、その目はぼんやりと光っている。
その身体に似つかわしくない低い声が、俺たちに告げた。
「見出だしたり……掟に背きし者」
それっきり、ばったり倒れて動かない。
羅羽が呆然とつぶやいた。
「鬼……連れ戻しに来たんだ」
その身体がまとうのと同じ燐光が、俺たちを取り囲む。
やがて、それは一斉に襲いかかってきた。
俺めがけて。
そこへ、短刀を構えた咲耶が斬り込んできた。
「克衛!」
だが、その身体は弾き飛ばされて、闇夜に高々と舞い上がる。
そのまま地面に叩きつけられて、動かなくなった。
「咲耶!」
俺が呼んでも、答えは返ってこない。
その間にも、鬼たちのまとう燐光は、俺を押し包んでくる。
「お兄ちゃん!」
それを阻んだのは、俺を背にして立ちはだかった羅羽だった。
身動きできない俺を張り倒して、対照的な美少女ふたりの浴衣を引き剥がす……。
そのケリがつくまでは、ほんの数秒だった。
恐れていた光景を前に、俺はつぶやく。
「言わんこっちゃない……」
男たちは片端から薙ぎ倒されて、気を失っていた。
こうならないように、俺がどれだけ頭を働かせたか。
こいつらに囲まれたとき、手っ取り早い逃げ方はあった。
羅羽や咲耶にどう思われようと、なりふり構わず助けを求めればよかったのだ。
だが、こういう連中は執念深い。
その場では逃げ去ったとしても、帰り道で襲ってくるかもしれなかった。
「……こうなることも知らずに」
羅羽や咲耶の手を汚すくらいなら、ふたりを逃がして俺が殴られたほうがマシだった。
いや、どっちもたぶん、逃げなかっただろう。
そうなれば、結果は同じだったはずだ。。
むしろ、実際に逃げ去ったのは、そいつらを唆した女の子のほうだった。
そんなわけで。
轟音と共に夜の空高く明滅する花火の下に佇んでいるのは、ふたりだけだった。
男たちをことごとく瞬殺して、浴衣の乱れもなく対峙する美少女たち。
羅羽は、冷ややかに笑った。
「やるじゃない……怖いよね、お兄ちゃん」
答えられるわけもない俺に、わざわざ振ってくる。
確かにさっき、羅羽の目の前で、咲耶は俺にキスした。
だが男の身で、それを女の子のせいにするわけにもいかない。
自分でかけた金縛りを自分で解いた咲耶は、余裕たっぷりに答えた。
「さすがだね……生まれるのは鬼の子だよ、やっぱり」
賞賛とも皮肉ともつかない声で、言わなくてもいいことをわざわざ言う。
不敵な笑みを浮かべて、鬼と退魔師は再び睨み合った。
ぶつかりあう気迫が、肌にビリビリくる。
俺が本当に恐れていたのは、これだった。
だが、挑発を挑発で返されても、羅羽は思いのほか落ち着いていた。
いきなり、ぽつりとつぶやく。
「お兄ちゃんと一緒にいられればいい」
そのひと言には、何か切ない響きがあった。
片や、答える咲耶の口調は厳しい。
「それは、わがままだよ」
羅羽は答えなかった。
唇を固く引き結んで、目を伏せる。
見ている俺も、いたたまれなくなって口を挟んだ。
「花火……見ようよ」
だが、咲耶は哀しげに言った。
「花火ってさ、いつかは終わるんだ」
それが意味することは、羅羽も察しがついたらしい。
「そうね」
開いては消える花火に照らし出されたのは、元の張りつめた顔だった。
そこで咲耶は、声を和らげる。
「ここで倒したら、納得してくれる?」
宣戦布告どころか、勝利の予告だった。
こんな咲耶は、見たくない。
俺は思い切って、はっきりと言った。
「やめろよ」
咲耶は冷たく澄んだ、真剣な眼差しで見つめ返す。
「じゃあ、どっちか選んで、ここで」
静かな、しかし毅然とした問いだった。
だが、いきなり踏み込まれても、答えられるものではない。
「それは……」
俺は口ごもったが、羅羽も咲耶も、返事を期待してはいなかったようだった。
暗い地面には、祭下駄が転がる。
暗い夜空へと、山吹色と青色の浴衣が舞い上がった。
高々とかかった天の川が、羅羽と咲耶を隔てている。
そのぼんやりした光は、幻でも何でもない。
ふたりの上に大輪の花火が咲いても、かき消されることはなかった。
その轟音の中で、羅羽は叫ぶ。
「無理言わないで! お兄ちゃんに」
怒りとも悲しみともつかない、しかし、混じりっけのない感情がそのまま声になって現れていた。
咲耶の声も、高らかに響き渡る。
「受け止めてあげるよ、キミの思い! だけど……」
そこから先は、言葉にならなかった。
まるで時間が止まったかのように、羅羽と咲耶の姿は宙に留まる。
だが、それもほんのわずかの間のことだった。
澄んだ音と共に、ふたつの影が凄まじい速さで交差する。
ほとんど同時に地面へ膝をついた羅羽と咲耶の手には、それぞれの武器があった。
白くしなやかな指の先で、花火の明滅を鈍く返すのは、鋼の長い爪だ。
羅羽が言った。
「帰りに着るものがなくなっちゃうよ。それとも、その身体、人前に晒して歩く?」
頭の中に浮かびそうな咲耶の乱れ姿を、俺は頭を振って打ち消した。
また、金縛りに遭ってはかなわない。
その術をかけた張本人の手の中で、夜闇にも鋭く冷たく光るのは、優雅に反りを打った短刀だ。
咲耶が言った。
「ボクがその気になれば、キミもそうなる。あんまり、克衛に心配かけないでくれ」
そう言ってくれるのはありがたい。
それなら、まず、目の前で死に物狂いの戦いをするのはやめてほしかった。
だが、俺の心配は届かない。
花火が終わりに近づいたのか、夜空に閃く光と、辺りに轟く音とが忙しく繰り返される。
そのリズムに合わせるように、ふたつの影は何度となくすれ違う。
刃のぶつかり合う、澄んだ音がどれほど繰り返されただろうか。
やがて、羅羽が苛立たしげに言った。
「邪魔ね」
確かに浴衣姿では、フットワークが利かない。
だが、羅羽は、わざわざ浴衣を脱ぎ捨てることもなかったのだ。
俺がそれに気付いたときは、もう遅かった。
「ダメだ!」
叫ぶ俺の前で、羅羽は鬼の姿を現していた。
額には、小さな角が生えている。
口から吐く炎は、闇の中に陽炎を白く揺らめかせている。
「あっちへ行ってて」
そう言ったのは、自らの変身を恥じてのことではない。
その身体は、プールで見たビキニ姿と同じ形で、陽炎に隠されている。
つまり、何も着てはいなかった。
それを隠そうとして、俺はかけてやる服を脱いで走り寄る。
だが、羅羽は、その裸身を晒すのを恥じていたわけでもなかった。
「どいて」
そう言って歩いていく先にいるのは、もちろん咲耶だ。
俺は羅羽の後ろへと押しやられてしまったが、それはかえって好都合だった。
「許せ!」
俺は後ろ手にスマホのストラップを投げてやった。
犬の形をした藁人形だ。
……くおおおおん!
たちまちのうちに無数の狐たちが、四方八方から光の尾を引いて集まってきた。
凄まじい速さで、羅羽と咲耶の間を何度となく飛び交う。
やがてそれは大きな光の壁となって、お互いの行く手を阻んだ。
羅羽はキッと振り向くと、金切り声で叫んだ。
「嫌い! お兄ちゃんなんか!」
そこへ、浴衣を自ら脱ぎ捨てたのは咲耶だった。
花火の光に照らされた姿を見てしまったら、また金縛りに遭うかもしれない。
俺は思わず目をそらした。
「や、やめろ!」
だが、否応なく聞こえてきたのは、何度となく風を切る音だった。
狐たちの鳴き声が、次第に小さくなっていく。
「咲耶?」
金縛りの心配がないと分かって、ようやく様子をうかがうことができた。
そこで見たものは、凄まじい速さで短刀を振るう咲耶だった。
胴衣と脚絆、手甲のようなものの下に着込んでいるのは、真っ黒なダイバースーツのような服だ。
いや、違う。
花火の光にギラギラ光っている。
それは、細い金属で編んだ鎖帷子《くさりかたびら》だった。
忍者装束に身を固めた咲耶が短刀を振るうたびに、狐たちはその場を離れて姿を消していく。
もともと咲耶の力で呼び出されたものが、咲耶に祓えないわけがなかった。
花火の競演が終わると、夜空にはしばしの静けさが訪れた。
狐たちの放つ光が消えて、俺の周りにも暗闇が戻ってくる。
だが、俺たちが息つく間もなく、その静寂は甲高い悲鳴で切り裂かれた。
俺たちは、ハッとしてその声のする方を見た。
「何だ?」
「何よ!
「何かな」
夜闇の中からふらふらと現れたのは、逃げ去ったはずのヤンキー娘だった。
羅羽の身体が放つ燐光に、その目はぼんやりと光っている。
その身体に似つかわしくない低い声が、俺たちに告げた。
「見出だしたり……掟に背きし者」
それっきり、ばったり倒れて動かない。
羅羽が呆然とつぶやいた。
「鬼……連れ戻しに来たんだ」
その身体がまとうのと同じ燐光が、俺たちを取り囲む。
やがて、それは一斉に襲いかかってきた。
俺めがけて。
そこへ、短刀を構えた咲耶が斬り込んできた。
「克衛!」
だが、その身体は弾き飛ばされて、闇夜に高々と舞い上がる。
そのまま地面に叩きつけられて、動かなくなった。
「咲耶!」
俺が呼んでも、答えは返ってこない。
その間にも、鬼たちのまとう燐光は、俺を押し包んでくる。
「お兄ちゃん!」
それを阻んだのは、俺を背にして立ちはだかった羅羽だった。
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