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魔法少女はつかまらない
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長い夏休みの間、僕はミオノを待ち続けたが、会うことはおろか、ハガキ一枚、いや、電話もメールも来ることはなかった。
無理もない。住所はおろか、スマホの電話番号もメールアドレスも教えないまま、唯一の連絡手段だったマギッターをアプリから削除してしまったのだから。
やがて2学期が来て、僕は生徒会長に呼び出された。
「私、もうすぐ引退なんだけど……立候補しない? 次の生徒会長に」
短い間に、えらく信用されたものだ。
もちろん、返事は決まっている。
「すみません、お引き受けいたしかねます」
「太乙玲高校との交流、引き継いでほしいんだよ」
確かに、僕は太乙玲高校に関することを裏事情に至るまで、生徒会長以上に知っている。それだけに、表舞台に立つべきではなかった。知らぬが仏ということもある。
それに、次の生徒会長でございと大きな顔で太乙玲高校に向き合えば、ミオノも僕の前に姿を現しづらいだろうと思ったのだ。
次期生徒会長は仕方なく、魔法使いたちとの交流のある別の2年生に禅譲された。
そう、実業科の四角いオタク、藤野明である。
こうして、神奈原高校と太乙玲高校にはサブカルチャーという架け橋がもたらされ、つぶれかかった漫画研究会はその拠点として大いに部員を迎えて黄金時代を満喫することとなった。
そして、クリスマス前に交流センターにもひとつ、大きなイベントがもたらされた。
僕も両親に駆り出されて、魔法使いたち独特の飾りつけを手伝う。
星にラクダ、虎にイルカ……。
地球のどこかで生まれて世界中に散らばった魔法使いたちには、そのたどったルートによって様々な飾り付けがあるのだった。
それらを手にした長瀬雪乃は、誰もが思いはしても絶対に口には出さないことを、感情のままに喚きたてた。
「ここで結婚式? こんなところで?」
魔法使いの女性と地域の男性が、交流センターで結婚式を挙げることになったのだ。
藤野も調子に乗って、神奈原高校の生徒会長らしからぬ余計なことを言う。
「よっぽどカネないんだな」
それをたしなめるのは、引退したのに未だに「生徒会長」と呼ばれている和歌浦新だった。
「そんなことはないよ。17年前、ここで結婚式を挙げたのもそんな恋人たちだったらしいよ」
黙って聞いていた僕は、唖然とした。
魔法使いの暴動にまつわる一連の事件は都市伝説どころか、完全に消えてなくなっている。
そこへ思わぬ闖入者が雪崩れ込んできて、昔話は途中で立ち消えとなった。
「あ、生徒会長! ご注文のビールとつまみとオードブル……」
「発注元は佐々ご夫妻! 誤解を招くようなことは……」
生徒会長も受験を意識してか、さすがにヤンキーどもとは距離を置きたいようだった。
僕はといえば、そんな騒ぎをよそに、もしかしたら白い聖夜にミオノと再開できないかと淡い期待を抱いていたが、雪さえも降ることはなかった。
年が明けての入試に受かった生徒会長も卒業し、僕は武振熊の街に来て初めての春休みを迎えた。
だが、ミオノたちは未だに姿を消したままだった。
太乙玲高校での進級はどうなるんだろうと、自分ではどうにもならない心配をしながらある日の朝刊をめくっていると、どこかで見た名前が目に飛び込んできた。
政野伽藍……。
何やら漢字がずらずらと並ぶ難しい名前の職名には、確かに「公安」の名前がある。それなりに偉い人らしく、顔写真まで載っていた。
年齢は確かに30代後半。
そして若禿げの下には、どれだけニコニコしてみせても笑っていない、あの目がある。
17年前、生まれる僕の命を助けたために、魔法使いたちから無実の罪を着せられて人生を閉ざされた男のはずだ。半年ちょっとで、ここまでの地位に上ることができるものなのかどうか。
僕などには到底、そんなことが分かるはずもなかった。ただ、感じられるのは、何もかもが少しずつ、いい方向へと向かっているということだ。
思い立ったことがあって外へ出てみると、桜が咲いていた。まだ冷たさの残る風に舞い散る白い花びらが、頬をかすめていく。知らぬ間に駆け出した足が向かう先は、ひとつしかない。
まさかとは思ったが、新学期を待つ太乙玲高校の門の前に、見覚えのある姿がいくつもあった。
その中の二人は僕に気付いたらしいが、あからさまに知らん顔をする。
構うことなく歩み寄ると、背の高い男子生徒は他の生徒を促して、門の奥へ入っていく。
だが、その場に残った小柄な女子生徒がいた。
黒い額縁眼鏡に、短く刈った髪。豊かな胸が突き上げる、肩章付きの制服。
よく似た姿の魔法少女は僕の前から消えるとき、確かに「またね」と言った。
だから、思い切って尋ねてみた。
「お名前を教えてくれませんか?」
魔法高校の女子生徒は意地の悪い目つきで、冷ややかな言葉を返してくる。
「それって、魔法使いへの告白ですよ」
僕は平然と答えてみせた。
「もちろん、知ってます」
魔法使いの掟だけのことだけを言ったのではないのだが、それを知ってか知らずか、魔法少女は思わせぶりな返事をした。
「教えません」
「じゃあ、話だけでも聞いてください。間違ってたら……これで帰ります」
僕は有無を言わさず、今までずっと考えてきたことを初めて口にした。
魔法使いたちの間に語り伝えられてきた、「狭間潜み」と呼ばれる禁呪がある。
空間の狭間に姿を隠したり、別の場所に瞬間移動したりする魔法だ。これが禁じられていたのは、時間と空間を操ることになるからだった。
時空を操れるということは、世界のあらゆる事象を思いのままにできることだ。極めれば、時間をさかのぼって過去を変えることも不可能ではない。
「あの忌まわしい事件を止めたんだね、17年前に戻って」
そのために何をどうしたのか、それは分からない。だが少なくとも、これだけは言える。
魔法使いの娘と、その美しさに心を迷わせた若者は、傷つき傷つけるのではなく、互いに愛し合う間柄になったのだ。
こうして、魔法使いは若者たちが傷ついた娘の復讐を誓うことなく、むしろ老いた女がその知恵を持って、新しく生まれる命を救うこととなった。
この街では魔法使いが誰の恨みを買うこともなく、誰が誰といさかうこともなく、誰を傷つけることもなかったのだ。
「すでに起こってしまった事件をは、なかったことにはできなかった。でも、これから起こることはきっと、どんどんよくなっていくはずだよ」
魔法少女は目を閉じて、ゆっくりと頷く。
「なかったことに近づいていく、というべきかな、昔のことは」
簡単には褒めてもらえなかったが、どうやら、僕の読みは正しかったらしい。
「じゃあ……」
僕の申し出に答えてもらえれば、魔法使いの間でも、彼女とは晴れて公認の仲になれる。
だが、なかなか応じてはもらえない。
「あれが精一杯だったの。過去と現在を行ったり来たり、無限に使える魔法じゃなかったみたい。戻ってこないと、私たちまで過去の事件になっていたでしょうね」
話をそらされながらも、彼女の名前が耳の奥をくすぐるのを、僕は待った。
幡多ミオノ。
だが、その名を持つ魔法少女は、やはり一筋縄ではいかなかった。
「もう知っている名前を教えること、ないわよね」
その手があったか。
ちょっとうろたえたけど、僕は自信を持って答える。
「もちろん」
出会ったその日に、その名前を教えてくれたのは、ミオノ自身なのだ。あのときは僕が魔法使いじゃないからだったのだが、これでミオノは、自分の名乗りを認めたことになる。
でも、それはあくまでも僕のルールに過ぎなかった。
ミオノはもっともらしく頷きながら告げる。
「じゃあ、名前も教えなかったことになる、ってことで」
「え、それは……」
確かに、魔法使いのルールは魔法使いが決めるのが道理だと言われれば、返す言葉がない。
この魔法少女はホウキに乗って飛んで行ったりはしないが、それでも追いつくのは並大抵のことではないのだった。
無理もない。住所はおろか、スマホの電話番号もメールアドレスも教えないまま、唯一の連絡手段だったマギッターをアプリから削除してしまったのだから。
やがて2学期が来て、僕は生徒会長に呼び出された。
「私、もうすぐ引退なんだけど……立候補しない? 次の生徒会長に」
短い間に、えらく信用されたものだ。
もちろん、返事は決まっている。
「すみません、お引き受けいたしかねます」
「太乙玲高校との交流、引き継いでほしいんだよ」
確かに、僕は太乙玲高校に関することを裏事情に至るまで、生徒会長以上に知っている。それだけに、表舞台に立つべきではなかった。知らぬが仏ということもある。
それに、次の生徒会長でございと大きな顔で太乙玲高校に向き合えば、ミオノも僕の前に姿を現しづらいだろうと思ったのだ。
次期生徒会長は仕方なく、魔法使いたちとの交流のある別の2年生に禅譲された。
そう、実業科の四角いオタク、藤野明である。
こうして、神奈原高校と太乙玲高校にはサブカルチャーという架け橋がもたらされ、つぶれかかった漫画研究会はその拠点として大いに部員を迎えて黄金時代を満喫することとなった。
そして、クリスマス前に交流センターにもひとつ、大きなイベントがもたらされた。
僕も両親に駆り出されて、魔法使いたち独特の飾りつけを手伝う。
星にラクダ、虎にイルカ……。
地球のどこかで生まれて世界中に散らばった魔法使いたちには、そのたどったルートによって様々な飾り付けがあるのだった。
それらを手にした長瀬雪乃は、誰もが思いはしても絶対に口には出さないことを、感情のままに喚きたてた。
「ここで結婚式? こんなところで?」
魔法使いの女性と地域の男性が、交流センターで結婚式を挙げることになったのだ。
藤野も調子に乗って、神奈原高校の生徒会長らしからぬ余計なことを言う。
「よっぽどカネないんだな」
それをたしなめるのは、引退したのに未だに「生徒会長」と呼ばれている和歌浦新だった。
「そんなことはないよ。17年前、ここで結婚式を挙げたのもそんな恋人たちだったらしいよ」
黙って聞いていた僕は、唖然とした。
魔法使いの暴動にまつわる一連の事件は都市伝説どころか、完全に消えてなくなっている。
そこへ思わぬ闖入者が雪崩れ込んできて、昔話は途中で立ち消えとなった。
「あ、生徒会長! ご注文のビールとつまみとオードブル……」
「発注元は佐々ご夫妻! 誤解を招くようなことは……」
生徒会長も受験を意識してか、さすがにヤンキーどもとは距離を置きたいようだった。
僕はといえば、そんな騒ぎをよそに、もしかしたら白い聖夜にミオノと再開できないかと淡い期待を抱いていたが、雪さえも降ることはなかった。
年が明けての入試に受かった生徒会長も卒業し、僕は武振熊の街に来て初めての春休みを迎えた。
だが、ミオノたちは未だに姿を消したままだった。
太乙玲高校での進級はどうなるんだろうと、自分ではどうにもならない心配をしながらある日の朝刊をめくっていると、どこかで見た名前が目に飛び込んできた。
政野伽藍……。
何やら漢字がずらずらと並ぶ難しい名前の職名には、確かに「公安」の名前がある。それなりに偉い人らしく、顔写真まで載っていた。
年齢は確かに30代後半。
そして若禿げの下には、どれだけニコニコしてみせても笑っていない、あの目がある。
17年前、生まれる僕の命を助けたために、魔法使いたちから無実の罪を着せられて人生を閉ざされた男のはずだ。半年ちょっとで、ここまでの地位に上ることができるものなのかどうか。
僕などには到底、そんなことが分かるはずもなかった。ただ、感じられるのは、何もかもが少しずつ、いい方向へと向かっているということだ。
思い立ったことがあって外へ出てみると、桜が咲いていた。まだ冷たさの残る風に舞い散る白い花びらが、頬をかすめていく。知らぬ間に駆け出した足が向かう先は、ひとつしかない。
まさかとは思ったが、新学期を待つ太乙玲高校の門の前に、見覚えのある姿がいくつもあった。
その中の二人は僕に気付いたらしいが、あからさまに知らん顔をする。
構うことなく歩み寄ると、背の高い男子生徒は他の生徒を促して、門の奥へ入っていく。
だが、その場に残った小柄な女子生徒がいた。
黒い額縁眼鏡に、短く刈った髪。豊かな胸が突き上げる、肩章付きの制服。
よく似た姿の魔法少女は僕の前から消えるとき、確かに「またね」と言った。
だから、思い切って尋ねてみた。
「お名前を教えてくれませんか?」
魔法高校の女子生徒は意地の悪い目つきで、冷ややかな言葉を返してくる。
「それって、魔法使いへの告白ですよ」
僕は平然と答えてみせた。
「もちろん、知ってます」
魔法使いの掟だけのことだけを言ったのではないのだが、それを知ってか知らずか、魔法少女は思わせぶりな返事をした。
「教えません」
「じゃあ、話だけでも聞いてください。間違ってたら……これで帰ります」
僕は有無を言わさず、今までずっと考えてきたことを初めて口にした。
魔法使いたちの間に語り伝えられてきた、「狭間潜み」と呼ばれる禁呪がある。
空間の狭間に姿を隠したり、別の場所に瞬間移動したりする魔法だ。これが禁じられていたのは、時間と空間を操ることになるからだった。
時空を操れるということは、世界のあらゆる事象を思いのままにできることだ。極めれば、時間をさかのぼって過去を変えることも不可能ではない。
「あの忌まわしい事件を止めたんだね、17年前に戻って」
そのために何をどうしたのか、それは分からない。だが少なくとも、これだけは言える。
魔法使いの娘と、その美しさに心を迷わせた若者は、傷つき傷つけるのではなく、互いに愛し合う間柄になったのだ。
こうして、魔法使いは若者たちが傷ついた娘の復讐を誓うことなく、むしろ老いた女がその知恵を持って、新しく生まれる命を救うこととなった。
この街では魔法使いが誰の恨みを買うこともなく、誰が誰といさかうこともなく、誰を傷つけることもなかったのだ。
「すでに起こってしまった事件をは、なかったことにはできなかった。でも、これから起こることはきっと、どんどんよくなっていくはずだよ」
魔法少女は目を閉じて、ゆっくりと頷く。
「なかったことに近づいていく、というべきかな、昔のことは」
簡単には褒めてもらえなかったが、どうやら、僕の読みは正しかったらしい。
「じゃあ……」
僕の申し出に答えてもらえれば、魔法使いの間でも、彼女とは晴れて公認の仲になれる。
だが、なかなか応じてはもらえない。
「あれが精一杯だったの。過去と現在を行ったり来たり、無限に使える魔法じゃなかったみたい。戻ってこないと、私たちまで過去の事件になっていたでしょうね」
話をそらされながらも、彼女の名前が耳の奥をくすぐるのを、僕は待った。
幡多ミオノ。
だが、その名を持つ魔法少女は、やはり一筋縄ではいかなかった。
「もう知っている名前を教えること、ないわよね」
その手があったか。
ちょっとうろたえたけど、僕は自信を持って答える。
「もちろん」
出会ったその日に、その名前を教えてくれたのは、ミオノ自身なのだ。あのときは僕が魔法使いじゃないからだったのだが、これでミオノは、自分の名乗りを認めたことになる。
でも、それはあくまでも僕のルールに過ぎなかった。
ミオノはもっともらしく頷きながら告げる。
「じゃあ、名前も教えなかったことになる、ってことで」
「え、それは……」
確かに、魔法使いのルールは魔法使いが決めるのが道理だと言われれば、返す言葉がない。
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