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こんな僕でも、やるときゃやります!

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 神奈原《かんなばら》高校生徒会長・和歌浦《わかうら》新《しん》は、きっぱりと言い切った。
「済まないけど、どうやら、君を止めるのがボクや政野さんの役目らしい」
 その、まっすぐな眼差しを正面から受け止めていた太乙玲《たいつれい》高校の魔法少女・幡多《はた》ミオノは、ふっと目を伏せた。
 重苦しい沈黙が、関係調整ボランティアセンターの事務室を満たす。
 正直、僕のいちばん苦手な雰囲気だった。
 できることなら、この場から逃げ出したい。
 だいたい、よく考えれば、これは生徒会長とミオノの問題だ。
 下手に関わるべきじゃない。
 事は、魔法使いたちを相手にした、社会的にデリケートな問題だ。
 引っ越してきたばかりの僕が口を挟んだら、どうなるか。
 手を引くなら、今だ。
「あの……」
 思い切って、口を開く。 
 この場にいる者の視線が、僕に集中する。
 政野さんは、怪訝そうな顔をしている。
 生徒会長は、何も言わずに頷いた。
 たぶん、帰ってもいい、のサインだ。
 だが、カウチのクッションから腰を浮かせた僕は、そのままの姿勢で硬直した。
「シトミくん……」
 ミオノが、四十三《しとみ》という名前で僕を呼んだ。
 さっきまでの、佐々《さっさ》ではなく。
 見つめるその目は、潤んでいた。
 ひと筋の涙が、つっ、とこぼれ落ちる。
 反則だ、こんなのは。
 これでもう、逃げられない。
 逃げたら、男じゃない。
 僕は胸を張って身体を起こすと、生徒会長を見下ろした。
「見損ないました。カッコだけなんですね」
 本当は、こんなことは言いたくなかった。
 学校内で人気絶頂、信頼絶大の生徒会長に、転校生が自ら喧嘩を売るの図といったところか。
 だが、いったん切ってしまった見得《みえ》はもう、引っ込められない。
 ミオノが、感動の眼差しで僕を見上げている。
 生徒会長との人間関係と天秤にかけたら、こちらが圧倒的に重かった。
 だが、返ってきた言葉は、にべもないものだった。
「いざというとき、他校生は守りようがない」
 もっともな話だった。
 いかに学校から信用のある生徒会執行部とはいえ、勝手に招き入れた他校生の行動にまで責任は取れない。
 だが、土俵際に追い詰められてもなお、理屈のこねようはあった。
 ヤケクソで食い下がる。
「これは、幡多さんじゃなくて、僕の調査活動にします。僕が勝手にやってることです。幡多さんは学校の外で待ってもらいます」
 ミオノとしては予想外のことだったらしく、困ったような顔をする。
 だが、僕は構っていられなかった。
 生徒会長に畳みかける。
「それでいいですよね。何か生徒会規則に違反してますか?」  
 実は、まともに生徒手帳なんか見たこともない。
 ほとんど口から出まかせだった。
 だが、生徒会の会長には、生徒の自発的な活動を止める理由などないはずだ。
 それでも、返事には少し時間がかかった。
 生徒会長は黙り込む。
 やがて、長い沈黙の末に答えた。
「分かった。でも、幡多さんの代わりが君にできるかい?」
「ちゃんと、事前に打ち合わせます。聞きたいことがあったら、SNSのチャット使って」
 それも、その場の思い付きだった。
 僕は、そんな綿密な打ち合わせができるほど器用ではない。
 ましてや、校内のどこで何をして誰と何を話すか、臨機応変に判断することなど。
 スマホを見ながら、いちいちミオノに聞かなければならないくらいだ。
 さらに、生徒会長がひと言で指摘した。
「校則違反」
 構内のスマホ使用が禁止だってことくらいわかっている。
 開き直るしかない。
「バレたら、その時はその時です」
 生徒会長は苦笑しただけで、それ以上は何も言わなかった。
 ミオノはというと、不機嫌そうな目つきで僕を睨んでいる。 
 無理もない。
 僕が出しゃばったせいで、危険を冒す決心がひっくり返されてしまったのだから。
 まともに目を合わせられなかった。
「……ごめん」
 そんなことしか言えない。
 魔法少女と過ごす、放課後の特別な時間は、これで終わった。
 思えば短い夢だったが、後悔はなかった。
 性分だから、しかたがない。
 厄介ごとには近寄らず、運悪く出くわしてしまったらさっさと逃げる。
 そのくせ、追い込まれると身の程知らずな勝負に出る。
 だが、どれだけ腹をくくっても、この気まずい雰囲気には耐えられなかった。

 そこで救いの手を差し伸べてくれたのが政野さんだった。
「佐々くんの助けになればいいんだけど」
 そう言いながらカウンターの下から持ってきたものがあった。
 A4くらいの大きさの、薄いパンフレットみたいな冊子だった。
 細かい模様の盾が1つ描いてあるだけの表紙には、不思議な文字が書いてある。
 僕がしげしげと眺めていると、政野さんが教えてくれた。
「ルーン文字だよ……魔法使いたちの、遠い先祖の文字だ」
 聞いたことはあるが、見るのは初めてだった。
 生徒会長が言葉を継いだ。
「もともと、世界中の魔法使いたちは自然の動きを肌で感じることができたし、その恵みを占いや薬といった形を人間に与える方法も知っていた。でも、それは人の生き死にも左右できるものだったから、その力は畏敬の対象にもなったけど、忌み嫌われ、迫害もされた。人間全体の文明が発達して、遠い国に移動できるようになると、魔法使いたちは安住の地を求めて長い旅を始めた。そのうち、違う文化同士の魔法使いの交流が生まれて、ついには世界中のネットワークができたんだ。それが、この……」
 そこで表紙のルーン文字を指差した生徒会長は口ごもった。
 いいところで話が止まって、僕はつい、先を急かしてしまった。
「何て読むんですか?」
 生徒会長は、困ったような顔で政野さんを見た。
 政野さんは政野さんで、助けを求めるような目で、僕の隣に座ったままのミオノを見る。
 ミオノはというと、知らん顔をした。
 生徒会長が恥ずかしげに白状する。
「実を言うと、ボクたちには読めないんだ。どれだけミオノさんたちに読み方を教わっても正しく発音できないから、敢えて名前を口にしないことになってる。魔法使いって、人や物の名前をすごく大事にするから」
 僕は、傍らに座ったままのミオノの横顔を見つめた。
 機嫌を損ねているはずなのに、なぜか立ち上がろうともしない。
 これ以上は嫌われようもないと覚悟して、尋ねてみた。
「何て読むの?」
 ミオノは冷ややかに笑って、ぼそりとつぶやいた。
 不思議な響きの言葉だったが、聞き取った通りに繰り返してみる。
「ウァンガルド」
 その場にいる3人の視線がいっぺんに突き刺さったのを感じて、僕はすくみ上がった。
 間違えた。絶対に間違えた。
 関係調整ボランティアの、政野さんや生徒会長にだって発音できないのだ。
 不器用な僕になんかできるわけがない。
 だが、信じられないことに、曇っていたミオノの表情は、急に明るくなった。
 眩しいくらいの笑顔で、僕にきれいな手を差し出す。
 その豹変ぶりには、ただ面食らうしかなかった。
「え……」
 もしかすると、仲直りの合図かもしれない。
 ……っていうか、手を握るチャンス?
 胸の鼓動を感じながら、僕も手を差し出す。
 掌と掌が触れ合いそうになった瞬間、全身を爽やかな風が吹き抜けた。
 だが、僕の手は空を掴んだ。
 手を引っ込めたミオノは、反対側の手を目の前に突き出してくる。
「100円」
 言われるままに、僕は懐から出した財布を開けて、小銭を探った。
 
 その冊子は、魔法使いたちのミニコミ誌だった。
 こうしたボランティアや、魔法使い同士の互助会などは、組織やミニコミ誌の名前に「ウァンガルド」を使っているらしい。
 開いてみると、そこにはあちこちの国で魔法使いたちが受けている差別や迫害、それに対抗する市民レベルの交流が宣伝されていた。
 この武振熊の街で起こった乱闘事件のことも、しっかり載っていた。
 横から記事を覗き込んだミオノが、耳元で囁いた。
「じゃあ、やってくれるね、佐々君」
 さっき、シトミくんと呼んでくれたのは何だったのだろう。
 まあいい。
 胸を張って答える。
「僕にできることだったら」
 これからしばらくは、ミオノと放課後を共にすることができるのだ。
 その調査が成功すれば、やっぱり「ウァンガルド」の記事になるのだろうか。
 だが、僕の名前が出るのだけはやめてほしかった。
 ミオノは悪戯っぽく笑った。
「甘いよ」
 てっきり名前が晒されるのかと思ったら、そうではなかった。
 ミオノは根本的なことを聞いてくる。
「どうやって連絡とる気?」
「だからSNSの……」
 そう言いながら、同じ話をした生徒会長の方を見ると、もう事務所を出るところだった。
 魔法少女の危険なミッションは未然に防がれたのだから、仕方がない。
 政野さんも、2階へと引っ込んでいた。
 ミオノが口を挟んでくる。
「チャットとか、使っちゃいけないことになってる。いやがらせとか、トラブルの元だから」
「それじゃ……」
 僕はスマホに、何かあったときの緊急メール先を映して差し出した。
 ミオノはそれを自分のスマホに打ち込んだが、返信はなかった。
「教えないことになってるから」 
 それは、ちょっとずるい。
 だいたい、学校の外で待っているミオノに何かあったら大変だ。
「それじゃ間に合わないよ、誰かに絡まれたらどうするの?」
 魔法高校の制服は、神奈原高校の前ではさぞかし目立つことだろう。
 口から出まかせとはいえ、これは失敗だった。
 だが、ミオノは平然と答えた。
「もう準備してあるの。神奈原高校の制服」
 潜入捜査するつもりなら、まあ、当然だろう。
 ただ、肩章付きジャケットは、本当によくミオノに似合うのだった。
 しばらく見られないのは、惜しい。
 思わず太乙玲高校の制服を見つめてしまう。
 そこでミオノは何を思ったのか、僕を見つめ返した。
「それにね……」
 別にいやらしい気持ちはなかったが、やっぱり、後ろめたくてうろたえた。
「いや、あの……」
 ミオノの目が、皮肉っぽく、すっと細められる。
「最初からあてにしてなかったから、佐々君の助けは」
 何だよ、それ。
 僕がいなかったら、調査もできなかったはずだ。
 だが、そこで思い出したのは、ミオノの涙だった。
 もしかして、あれも僕を味方に引き込むための……?
 それ以上、考える余裕はなかった。
 ミオノが、僕の目の前にスマホのアプリ画面を突き出してきたのだ。
「メールとかチャットの代わりに、これ使って。佐々君は、特別だから」
「……マギッター?」
 その場で有無を言わさず登録させられたのは、魔法使い限定のSNSだった。
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