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命と、姫君の裸身と

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ヨファの大剣がナレイの首筋に迫ったとき、バルコニーの上でシャハロが叫んだ。
「剣を引きなさい!」
 陽光まぶしい青空に、白い布が舞った。
 それがふわりと地面に落ちたとき、息を呑んだのはナレイだけではなかった。
 その場にいる者すべてが、静まり返る。
 日よけの上着を脱ぎ捨てたシャハロが、その下の服に手をかけていた。
 しなやかな指が身体の線に沿って這うと、白い肌が少しずつ露わになっていく。
 誰の前であっても秘せられていた薄い胸元が、太陽の下にさらされていく。
 いつの間にか宙に舞い上がっていたヨファの剣が、ナレイの耳元をかすめて落ちてきた。
 姫君が裸身を晒してまでも父親に結婚を認めさせようとした、幼馴染の若者は情けなくも昏倒する。
 その傍らで、本来の婚約者は悲鳴を上げる。
「なりません、シャハローミ様!」
 だが、シャハロの手は止まらない。
 恥じらいながらも、その指はその肌から、一筋の糸も残すまいとするかのように衣服を剥ぎ取っていった。
 身に付けられていたものがひとつずつ、バルコニーから投げ捨てられる。
 その間にも、シャハロは冷たい声で命じた。
「騎士たちを下げなさい」
 ヨファが目で合図すると、騎士たちは剣を収めて退出した。
 素肌を晒していくシャハロを、誰もが身分の区別なく、茫然と見つめている。
 だが、それも長くは続かなかった。
 やがて、国王が激高した。
「ならぬ、ならぬ、シャハローミ!」
 その姿は、娘の破廉恥な振る舞いを叱り飛ばす父親というよりも、恋人のあられもない姿を自分より他の者には見せまいとあがく若者のものに近かった。
 騒ぎの中で、ナレイもようやく目を覚ます。
 それはちょうど、国王の声を合図に駆け出した小さな影が、耳元を駆け過ぎていったときだった。
 戦場でシャハロの使いをしていた、あの背の低い男である。
 その脚の力は凄まじく、男はバルコニーの手すりまで高々と跳び上がったが、もう遅かった。
 使いの男の姿に隠れてシャハロの身体は見えなくなっていたが、バルコニーの下には服がすっかり脱ぎ捨てられていた。
 ただ、シャハロが国王に告げる声だけが聞こえるばかりである。
「お願いを聞いてくださるなら」
 さらに、下着姿のシャハロは、胸元の布切れを外しにかかったようだった。
 たとえ実の父親であっても見せられたことのない、その鴇色の頂上が姿を現しそうになる。
 国王が手を上げると、使いは瞬く間に姿を消す。
 薄い胸を隠したシャハロは、さらに、腰回りの最後の一枚に手をかけた。
 ナレイは、いつになく声を荒らげる。
「見るな!」
 そこで、我に返った兵士たちは平伏した。
 バルコニーの上に、ずらりと控えた王子や王女は、身じろぎひとつしない。
 立ち姿こそ行儀はいいが、腹の中では末の妹を笑っていることだろう。
 もう後のないシャハロは、誰が何をしようと、何を思っていようと構うことはなかった。
 最後の要求を口にする。
「では、ナレイとの結婚をお許しください」
 名前を挙げられた本人と同じように、国王も息を呑んだのだろう。
 返事はない。
 そこへ、シャハロの頭上から降ってきたものがあった。
 ひと張りの、大きな袋だった。
「ご無礼を」
 のっそりとした動きで、その背後から近づいた者がある。
 顔も身体も四角い男……それは「地獄耳の処刑人」ナハマンだった。
 暴れるシャハロを、逞しい腕が袋に詰める。
 縄で簀巻きにしたところで、バルコニーの上でも下でも大騒動が始まった。
 兵士たちは、卑しい出自の割に自制が利いていた。
「見なかったな、俺たちゃ何にも見なかった」
「意外に小さかったな、姫様の……」
「それ以上しゃべるな、口が曲がって目が潰れるぞ」
 聞かれてはまずいつぶやきを、大声でごまかす。
 むしろ、己を失っていたのは貴族たちだった。
「何と破廉恥な」
「追放です、追放!」
 騒ぎを尻目に、ハマは暴れるシャハロをかついで、バルコニーから降りようとしていた。
 その行く手を阻んだのは、駆け上がってきた衛兵たちだった。
 横一列に並んで突きつけた剣先を見渡したハマは、怯む様子もない。
 国王が無言で首を横に振ると、衛兵たちは剣を引く。
 ゆっくりとハマに歩み寄った国王に、袋の中で観念したらしいシャハロが預けられた。
 階段を下りていくハマに、衛兵たちは縮み上がって道を空ける。
 袋に詰められたシャハロを抱えた国王は、バルコニーの上から言い渡した。
「シャハローミに謹慎を命じる」
 貴族たちも、身分の低い兵士たちも、一斉にに頭を下げた。
 ナレイも、ようやくのことで立ち上がる。
 その手を、誰かが掴んだ。
 ひとり悠々と歩くハマである。
「放してよ、ハマさん!」
 袋詰めのまま、衛兵たちに連れ去られていくシャハロを救い出そうとでもいうのか、ナレイはじたばた暴れる。
 でも、それでどうこうできるハマではない。やがて力尽きたのか、それとも観念したのか、ナレイは大人しくなった。
 それを引きずるようにして、ハマは宮殿を後にする。
 ヨファはというと、地面から引き抜いた剣を手にしたまま、立ち尽くしている。
 だが、その目は、ハマに逆らう術もなく振り向くばかりのナレイを睨み返していた。
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