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罠に落ちても失ってはならないのは希望

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 結論から言えば、全てはケイファドキャ軍の罠だったのである。
 要塞の壁の上で見張りに立たされたナレイたちは、麓の大軍を見下ろしてため息をついた。
 庶民の新兵たちは、口々にぼやく。
「だからずっと逃げてたのか、あいつら……」
「ここも最初から、もぬけの殻だったとは……」
 ほとんどの軍勢は夜中に脱出してしまっていたのだ。。
「残ったのは弓兵と門番の兵士だけ……」
 あとはじわじわと包囲を狭めて、ジュダイヤの軍勢を要塞へと追い込めばいい。
「食糧くらい、持って逃げろよな」
 ジュダイヤの軍勢は晴れ渡る空の下で、井戸の水だけを飲むしかなくなってしまったのだった。
 
 真っ先に参ってしまったのは、庶民の新兵たちである。
「何だよ、勝てる戦じゃなかったのかよ!」
 壁の上での見張りなど放り出して、寝転がって喚き散らす。
 ナレイはといえば、足を崩して座って、空を見上げた。
「さあ……いつか、助けがくるよ」
 だが、部下たちはそんな気休めなど聞き飽きている。
「そう言って幾日経ったんだよ!」
 そこへやってきたのは、貴族の子弟たちである。
「何をしている! 我々が挫けたと知れば、敵は一気に襲って来るぞ!」
 罵りながら、寝そべっている庶民の若者たちを傲然と見下ろす。
 言われた方も、負けてはいなかった。
「どうやら貴族のお坊ちゃんたちは、俺たち庶民とは身体のつくりが違うようですねえ」
 身分の違う者同士が睨み合うのをうろたえ気味に見ていたナレイが、首を横に振ってみせる。
「やめよう……腹が減るだけだ」
 だが、庶民の若者は黙らせることができても、貴族の子弟は止められない。
「やっと分かったか……そう、生まれつき違うんだよ、身体も、心もね」
 とうとう、庶民の新兵のひとりが立ち上がった。
「やるか、見掛け倒しのカカシ野郎」
 貴族のほうも負けてはいない。
「望むところだ、畑を荒らす泥棒ネズミども」
 庶民の若者は残らず立ち上がり、拳を構えて身構えた。  
 ナレイも、ふらふらと立ち上がる。
「待ってよ!」
 間に割って入ると、お互いを見渡した。
「見ろ、まだ立つ気力はあったじゃないか……申し訳ありません、僕に代わって気合を入れていただいて」
 たしなめられた若者たちはきまり悪そうにうなだれ、育ちのいい貴公子たちは、慌ててふんぞり返った。
「分かればいい……分かれば」
 そう言うなり、自分たちが続けざまにへたり込む。
 どうやら、水ばかり飲んでいるのは庶民だけではないようだった。
 
 そのときだった。
 集合を告げる角笛が鳴った。
 要塞の中央には大きな円形の空間がある。
 ひしめき合うジュダイヤの軍勢の前に現れたのは、銀色の輝く鎧をまとったヨファだった。
「誇り高きジュダイヤの兵士諸君! 今、我々は憎むべきケイファドキャの要塞を押さえている。難攻不落の要塞は、卑劣な罠などにはびくともしない!」
 その罠にはまったのはどこのどいつだ、とぼやく声が、どこからか聞こえた。
 皮肉な笑い声でジュダイヤの軍勢はざわめく。
 だが、ヨファが声も高らかに宣言したので、取りあえず辺りは静まり返った。
「この罠を破るために、隊長より、作戦の指示が下される!」
 緊張のせいか、空腹と疲れのせいか、もう、声を立てる者はない。
 やがて、隊長が全員の前に現れて、ひと言で告げた。
「全軍、打って出る。名誉を守れ!」
 たちまちのうちに、辺りは騒然となった。
 貴族たちは半ばヤケクソ気味に歓声を上げたが、庶民出身の兵士たちとなると、そうはいかなかった。
「ふざけるな!」
「お前らの名誉のために死んでたまるか!」
「家に帰せ!」
 喚き散らすだけならまだしも、暴れ出す者がいたらしい。
 たちまちのうちに大乱闘が始まった。
 無口な隊長の代わりに、業を煮やして叫んだのはヨファだった。
「静まりなさい! 従わなければ……」
 剣をすらりと抜き放つ。
 その剣が、鉄帽子の庶民の兵士を狙って振り上げられる。
 だが、いつのまにか、その側にはナレイが立っていた。
「待ってください!」
 仲間割れを続ける、ジュダイヤの軍勢に向かって呼びかける。
 ヨファの威嚇にも応じなかった男たちの拳が、ぴたりと止まった。
 そのまなざしは、揃ってナレイに向けられる。
 横目で見るヨファの視線だけは、冷たかった。
 それには構わず、ナレイは話を続ける。
「僕には、幸運の妖精がついています。見たでしょう? カワヒトカゲのいる河だって、渡り切りました。要塞の弓兵が放った遠矢だって、当たりませんでしたよね?」
 だってサイレアの勇者だぜ、と庶民の新兵が答える。
 その名前に、ざわめきが広がる。 
 ナレイは、そこで胸を張った。
「あと1回、あと1回だけ、妖精は助けてくれます。だから、信じてください、きっと助かるって!」
 そこで見やった先には、隊長がいる。
 その口から、低い呟きが漏れた。
「打って出るのは、もう少し先だ……解散」
 兵士たちが、ひとり、またひとりと、拳を下ろして立ち去っていく。
 いつの間にか隊長も姿を消し、そこにはヨファとナレイだけが残された。
「じゃ……僕はこれで」
 背中をすくめて逃げるようにその場を離れるナレイの背中から、ヨファが声をかけた。
「よかったですね……要塞の弓兵の腕がよくて」 
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