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勇者、無人の道を行く。しかし。

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 胸を反らしてサイレアの勇者を名乗ったナレイの姿は、要塞から見えてもおかしくはない。
 自ら、的にしてくださいと言っているようなものである。
 だが、なぜか、矢は飛んでこなかった。
 それでもナレイはしばらくの間、足を踏ん張って立ち尽くしていた。
 まるで、要塞の弓兵たちを相手に度胸試しと根比べを挑んでいるかのようだった。
 それでも、要塞は静まり返っている。
 遠目には、両の膝が微かに震えているのなど分かりはすまい。
 やがてナレイは、大股に歩み出た。
 最初はゆっくりと、しかし、次第に余裕たっぷりに悠々と、さっきの矢が刺さっている辺りを通り過ぎる。
 もう、充分に矢が届く間合いだ。
 だが、矢の雨が頭上から降り注ぐことはなかった。
 胸を張って、ひと足ひと足、歩を進めていくと、要塞との間合いは少しずつではあるが、縮まっていった。
 壁の上に、さっき矢を放った弓兵が見えてもよさそうなものだが、人影はない。
 やがて目の前には、鋲を打った厳めしい門が現れた。
 ナレイは再び、大音声を上げて叫ぶ。
「門を開けよ! 命だけは助けてやる!」
 丘の上で、要塞の高い壁がナレイの声を跳ね返す。
 声の残響が止むと、しばらくの間、辺りは静まり返った。
 丘の麓で待つジュダイヤの軍勢も、要塞の中のケイファドキャの軍勢も、息を呑んでナレイの一挙手一投足を見守っているかのようである。
 どれほどの間、双方の沈黙が続いただろうか。
 やがて、がらがらと鎖がこすれ合う音が聞こえた。
 少しずつ、門が引き上げられていく。
 その向こうにあるのは、いくつもの櫓に見下ろされた広場だった。
 ナレイの足は後ずさりかかったが、それは無理もないことだった。
 本来なら、そこには無数の騎兵が待ち構えていてもおかしくないのだ。
 それでも、どうにか腰を引いて身構えるにとどまったナレイは、門の奥へと目を凝らす。
 だが、そこには誰もいなかった。
 むしろ、駆けつける馬の蹄の音は、背後から聞こえたのだった。
 数は見当もつかないが、十騎は下らないだろう。
 おそらく、斬り込み隊の中でも選りすぐりの騎士たちだ。
 その中に、人の声が混じる。
「ナレイ君! よくやりました!」
 要塞の中に響き渡るほどの、よく通る大声だった。
 だが、心の底から褒めているようには聞こえない。
 言わずと知れた、ヨファの声だった。
 その後から、続く騎兵たちの馬の蹄が轟音を立てる。
 だが、ナレイは無人の要塞を背にして向き直った。
「ダメだ! 入るな!」
 その目の前で、白馬にまたがって騎士たちを率いるヨファが手綱を引く。
 馬の蹄は高々と上がり、ナレイを踏みつぶすかと思われた。
 それでも、ナレイは怯まない。
 ヨファは、苛立たしげに、しかし慇懃な口調で皮肉を言った。
「では、どうぞ。手柄を独り占めなさってください……命令に背いて」
 いつになく声を荒らげて、ナレイは言い返した。
「そうじゃない! ……何か、おかしいと思いませんか?」 
 言葉遣いを改めはしたが、息が弾んでいた。
 肩が大きく上下する。
 対するヨファは、背筋をまっすぐに伸ばしたまま、馬上で冷ややかに受け流す。
「おかしいのは、あなたです。勝ち戦じゃありませんか。しかも、兵を誰ひとり失っていない……君を含めて」
 恩着せがましい口調で、顎をしゃくる。
 付き従う騎兵が左右からヨファの前に出て、馬上からナレイに槍をつきつけた。
 冷たい声が、重々しい響きで決断を迫った。
「どうしますか? 何のつもりかは知りませんが、そのまま意地を張りますか? それとも……」
 そのときだった。
 丘の麓から、勝ち戦とは思えないような悲鳴が聞こえた。
 ジュダイヤの兵士が、こけつまろびつしながら、ぞろぞろと丘を登ってくる。
 振り返ったヨファは、嫌味たっぷりの大声で言い放った。
「自分でおっしゃったことは守ってください、隊長殿……斬り込みは私たちの」
 その先はなかった。
 要塞の周りで、一斉に鬨の声が上がったのである。
 雷にでも打たれたように硬直した斬り込み隊を後に、ナレイは要塞の中へと駆け込んだ。
 門の内側で叫ぶ。
「早く! 僕じゃ閉め方が分かりません!」
 ジュダイヤの軍勢が、我先にと要塞になだれ込む。
 兵士たちがあちこちに散らばって、門を上下させる仕掛けを探す。
 その間に、丘を取り囲むようにして登ってきたのはケイファドキャの軍勢だった。
 相手をするのは、ヨファの斬り込み隊である。
「隊長殿! 殿《しんがり》は私たちが引き受けます!」
 口ではそう言いながらも、鋭く吊り上がった目は部下たちを睨み据えている。
 低い声で言い渡した。
「逃げたら、斬ります」
 そう言うなり、剣を横薙ぎにひと振りする。
 槍を手にして襲いかかってきた、最初の雑兵の首が吹き飛んだ。
 ジュダイヤの騎兵たちは震えあがる。
 完全包囲の中で、死に物狂いで戦い始めた。
 もちろん、防ぎきれるわけがない。
 次から次へと襲いかかる敵兵に、後ずさる騎兵たちが背中合わせに密集したときである。
 要塞の中からナレイの呼ぶ声が聞こえた。
「急いで!」
 ヨファが部下たちを叱り飛ばす。
「私に続け!」
 包囲を突破した騎馬の群れが要塞の中に駆け込むと、大きな鉄の門が、断頭台の刃のように落ちた。 
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