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路地裏で恋人を守るお約束の闘い

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 早くこの路地を抜け出すことを最優先するなら、方法はひとつしかなかった。
「今、シャハロだけなんだよ。この馬、走らせられるの」
 乗り手さえ決めてしまえば、ナレイでもその後ろに這い上がるくらいはできる。
 だが、シャハロはそれをどこまでも嫌がった。
「イヤ! 絶対に!」
 男装の薄い胸を抱えて、露骨にそっぽを向く。
 ナレイはおろおろしながら、さっきまでの余裕はどこへやら、姫君の顔色をうかがう。
「どうしてさ?」
 シャハロは、横目で厳しく睨みつける。
 さらに、厳しい口調で問い返した。
「ナレイが私を助け出してくれるんでしょう?」 
「……そうだけど」
 怪訝そうに答えるナレイを、シャハロは更に責め立てる。
「私が馬に乗って、ナレイが後ろからしがみついたら……変でしょ」
 そこで突然、ナレイが声を上げた。
「早く馬に!」
 だが、ここでシャハロはつまらない意地を張った。
「何よ! ちょっとうまく行ってるからって、私に指図?」
 そういうわけではなかった。
 少し傾いた月を背に、新たに現れた男の大きな影があったのだった。
「おや、お若いの、こんな夜中に喧嘩かい?」
 声をかけたのはひとりだったが、それを合図に向かい合って路地に集まった男は、何人もいる。
 ナレイはシャハロに向かって、相手にするなと首を振る。
 だが、男装の姫君は振り向きもしないで答えた。
「ご心配なく、収まりましたから」
 だが、男たちはシャハロに向かって手を伸ばす。
「いや、おれたちが治まんないんだな……お嬢ちゃん」
 暗がりの中にいる華奢な影が少女のものだと知って、男たちの鼻息はいささか荒くなっていた。
 ナレイは、馬をつないだ縄をほどきにかかる。
「逃げろ! これに乗って!」
「もう無理ね。挟まれてる」
 そう言うなり、迫る男をシャハロがしなやかな脚で蹴り上げた。
 顎を抑えてのけぞる男が持っていた長い棒を、夜目にも白い手が掴む。
 このアマ、と叫んで襲いかかったのが、身体を真っぷたつに折って倒れた。
 さらに後ろから掴みかかった男の顔面は、棒を支えに宙を舞ったシャハロのサンダルを真っ向から食らう。
 だが、それが限界だった。 
 大きく伸びた足を横から掴まれて、シャハロは地面に背中から落ちた。
「離して!」
 悲鳴に近い声が路地に響き渡る。
 それが余計に男たちを刺激したようだった。
 もう片方の足を掴まれ、股を大きく開かれる。
 屈辱にも声を立てまいとしたのか、唇が固く結ばれた。
「やめろ!」
 叫んで駆け寄ろうとしたナレイにも、男たちが迫った。
 暗がりの中、いくつもの手が伸びる。
 こちらのほうは、悲鳴が上がった。
「ひええっ!」
 自分で自分の脚に蹴つまずいて、ナレイは地面に転がった。
 その後ろで、何人もが倒れる音がする。
 捕まえようとしたナレイに鼻先で逃げられた男たちが、勝手に鉢合わせて転んだのだ。
 だが、そんなことには構わず、ナレイは立ち上がろうと手をじたばたさせる。
 そこで手に触れたのは、シャハロが落とした棒だった。
「ナレイ!」
 とうとう助けを求める声が聞こえて、ナレイは棒を杖に立ち上がった。
 もがくシャハロを押さえ込むのに気を取られて、男ふたりがそれに気づく様子もない。
 ナレイが目をつむって続けざまに振り下ろした棒が、その脳天を過たず捉えた。
 男たちは、呻き声を立てて地面に転がると、そのまま動かなくなった。
 シャハロもまた、手足を伸ばして倒れている。
「大丈夫……?」 
 しゃがみ込んで助け起こそうとしたナレイだったが、その上に大きな影が覆いかぶさった。
 最初に声をかけてきた男だった。
「ナメた真似してくれるじゃねえか」
 ナレイは立ち上がるなり、棒を叩きつける。
 だが、それは簡単にもぎ取られたばかりか、あっさりとへし折られてしまった。
 さらに男の脚が蹴り上げられると、ナレイは毬のように宙を舞う。
 よほどの勢いだったのだろう、高々と吹き飛んだ身体はなかなか落ちてこなかった。
 最後に残った男は、ぐったりと横たわったまま動かないシャハロの上にのしかかる。
 やがて、路地には人というより獣に近い、甲高い声が響き渡った。

 それからしばらく後のことである。
 路地裏に倒れた何人もの男を、1頭の馬が見下ろしていた。 
 どうやら、さっきのごたごたで縄がつないでいた縄がほどけたらしい。
 いや、最初に身体を起こしたのは、男装の少女である。
「ここは……」
 しばし茫然としていたが、自分に何が起こったのかすぐに思い出したらしく、身体を抱えて震えだした。
 やがて膝でにじり寄っていったのは、馬のそばに倒れている少年である。
「ナレイ……」
 囁きと共に揺すり起こされた少年は、すぐに跳ね起きた。
「あいつらは……?」
 シャハロは答えもしないで、ナレイにすがりつくとむせび泣いた。
 ナレイはその背中を抱きしめそうになったが、手を引っ込めるとすぐ、シャハロを促した。
「頼みます、馬を……」
 だが、返ってきたのは泣きじゃくる声だけだった。
「ダメ……私、乗れない」
「そんなこと言われたって……じゃあ、帰る? お城へ」
 シャハロは涙で濡れた顔をナレイの胸にすりつけて拒んだ。 
 その頭の上で、馬がぶるると唸る。 
 ナレイは意を決したように言った。
「乗るよ……僕が。僕が馬に乗る!」
 そうは言っても、いわゆる裸馬である。鞍も鐙も付けていない。
 しかも、ナレイは馬にまたがったことなどないのだった。
 ただ茫然と立ち尽くしていると、馬が再びぶるると息を吐いて頭を下げた。
 シャハロが涙声で告げる。
「首から……首から乗るの、ナレイ」
 おそるおそる馬のたてがみに手をかけて、言われるままによじ登ろうとする。
 すると、馬が頭を起こして、ナレイの身体は、馬の背中に乗っかっていた。
「これでいい?」
 頷くシャハロに手を差し伸べる。
 差し出された手を掴んだシャハロは、それを支えに自分でナレイの後ろに乗った。
 その時だった。 
 遠くから、角笛の音が高らかに響いてきた。
 城の方角だった。
 ナレイが怪訝そうにつぶやく。
「あれは……」
 シャハロがいつもの厳しい口調で囁いた。
「急いで! 父上の親衛隊よ。気づかれたんだわ、私が抜け出したの!」
 だが、馬にまたがるのがやっとだったナレイが、それを思い通りに操れるわけがない。
 あたふたしていると、シャハロは両足の踵で馬の腹を打った。
 馬は路地をとことこ歩き出す。
 シャハロはイライラと叫んだ。
「走らせてよ、ナレイ」
「そんな無茶な」
 手綱を持ったまま、おろおろと答える。
 とりあえず引っぱると、馬は止まった。
「そうじゃなくて!」
 金切り声でシャハロが焦る。
 ナレイも慌てふためくしかない。
「だから知らないって!」
 乗り手が叫ぶが早いか、馬は急に走りだした。
 だが、シャハロはそれでも納得しない。
「知ってるの? どっちへ行くか」
「知ってるけど!」
 どうやって馬を進めればよいかなど、ナレイが知るはずもない。
 馬はと言えば、あっというまに路地を飛び出し、広い通りを一散に駆けていく。
「ナレイ! こっちでいいの!」
「ハマさんの話では!」
 それ以上、ふたりが言葉を交わすことはなかった。
 馬が速すぎて、舌を噛む恐れがあったからだろう。
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