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第5話 異世界で歌うメシスタントはモンスター上司のパワハラに耐えます

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 紺野麻美《こんの あさみ》、 24歳。独身。
 中学1年生でハマったアニメがきっかけでアイドル声優を目指した。
 それが今では……。
 私はひとり、古い、目の粗いレンガが積み重ねられた炊事場の隅で、姐さんかぶりを解く。
 自慢のアニメ声にもの言わせて、ちょっと歌ってみた。

  ねえ、覚えてるかな
  夢を語り合ったあの日
  でも、いまはひとり
  君との夢を歌うだけ……

「アサミ、ちょっと頼まれてくれ」
 この宿屋に芝居を掛けている旅芸人一座の座長、ホーソンが、毛の生えたごつい指で、大きな果物を目の前に突き出した。
「リンゴの皮剥いといてくれ」
 大きなのが3つくっついて、人間の胴体くらいになっている。
「私飯炊きじゃないんですけど」
「自分の服、食っちまうシーンに皮使うんだよ」
 服の切れっぱしに食いつくシーンでもあるのだろうか。
 この旅芸人一座と様々な次元を渡り歩いてきたが、やはり異世界のセンスはよく分からない。

 そこで、宿屋の中庭の方で舞台が静まり返った。
 座長のホーソンは舌打ちする。
「いけねえ、またやらかした、あのエルフ娘」
 そこでうっかりリンゴの皮をすっぱり切ってしまった私は、いきなり肩をとんと叩かれて縮み上がった。
「これでは無理」
 澄んだ声に振り向くと、絵に描いたようなプラチナブロンドの巨乳エルフがいた。
「……どうしましょう、ルイレムさん」
 どこかの次元の、どこかの深い森の中から出てきたエルフはちょっと考えていたが、ふらりと炊事場から外へ出ていったきり、しばらく戻ってこなかった。
 代わりにやってきたのはホーソンだ。
「ルイレムどこだあ!」
 戸口からルイレムさんがひょっこり現れた。
「ああ、皮を剥いてきたので」
 淡々と答えながら広げてみせたのは、金持ちのリビングの床にひいてある虎のアレを思わせる、まっ黄色の大きな皮だった。
 私も、そこで調子を合わせる。
「服を食っちまうシーンに使う皮です」

 ホーソンは黄色い皮を羽織って、そのまま舞台へと行ってしまったが、すぐさま戻ってきた。
「俺にアカニガママレドノモトの皮食わせたのはどっちだ!」
 アカニガ……?
 あの大きな皮は、その真っ黄色した何とかのモトとかを剥いたら取れるらしい。
 手を上げると、ルイレムさんは私を指差していた。
 ……それはないんじゃないですか? 
 ところが、ホーソンの不細工な顔はいきなり、ニタリと笑った。
「なかなかうまかったぞ、あれ」
 そう言うなり、出番が来たのか、いそいそと炊事場から出ていく。
 私とルイレムさんは、ふたりでへたりこむと、また安堵のため息をついて顔を見合わせた。
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