5 / 55
第5話 善意
しおりを挟む魔王が次から次へと現れるこの世界で、こんな平和なことを誰かのお陰と知っている人がどれほど居るのだろうか。
モーブル・レディエントが居て始めて、この平和が約束されていると言うのに、民は助かって当然と思っている。これも何も求めない勇者という狂気が魅せた一時の幸せなのか。
私は王女として、勇者の仲間として、今日こそは、ほ、褒めてあげるんだから! 私は王女、ソフィア・アリースト・ムーリクなんだから! 落ち着けば大丈夫よ。
「レディエント様が魔王討伐から帰ってきました。ここに通しても大丈夫ですかね」
「いいわ、通して」
メイドが執務室へ来て、要件を聞くと退出する。
ふ~ふ~と深呼吸して、モーブルを待つ。
メイドが退出して、すぐにノックしないで、扉が開いてモーブルが現れた。私は資料を取り、資料を眺めて声を出す。
「魔王討伐ご苦労さま、次はファランシオ国の周辺に魔王が出現したみたいよ。そっちをお願いね」
今日こそは、褒めるって思っていたのに、モーブルがノックしないから!!!
いつもは「じゃ行ってくるよ」とだけ残して、さっさと国を出て行くのに、今日は扉の音が聞こえない。
「な、なによ」
資料を置き、モーブルを見る。この目で見るのはずっと昔だった気がする。久しぶりに見ても、カッコイイわね。
「赤髪が綺麗で、金色の瞳も綺麗ですね」
えっ!? あのシスコンが、私を褒めた? 天地がひっくり返っても、そんな事はあるはずがないのに。病気にでもなったのかしら。
「あの、僕」
「僕!?」
モーブルの一人称は俺。僕なんか使っているところを見たことがない。
「僕、魔王のユニークスキルにより、記憶喪失になったみたいです」
記憶喪失、記憶喪失、記憶喪失と私の頭の中に記憶喪失がこだました。
じゃあ私がここで変われば、一歩踏み出せば、強い言葉で命令する関係から、フレンドリーな和気あいあいの仲になれるの?
いや、違った。最初に思いついたことがモーブルに気に入られようなんて、随分とモーブルに失礼よね。
「魔王と戦えるの?」
「わかりません」
記憶喪失ということは剣技を使えないということ。モーブルはスキルも無いのに剣だけで勇者にまで上り詰めた実績はあるけど、記憶を無くした状態ですぐに魔王を倒せたりなんてしないと思う。
モーブルに甘えてきた罰ね。勇者が居なくなるという事態が起きる可能性は少なからずあった。でも不死の勇者の正義感に溺れて、対策をしなかった。
対策が出来なかったと言うのが近い。人はすぐに死ぬ、永遠を生きる私にとっては本当にすぐだ。魔王に対抗する人を作り上げても、すぐに老人になり、死ぬ。
そして魔王が出現すると、必ず現れる転生者。暮らしが良くなったのはこの転生者のおかげだろう。でも甘い思考や、自己中心的、ギルドに入ったかと思えば、高難易度クエストを無策で行って死ぬ自殺志願者が多いように思う。
この転生者から、魔王の対抗手段にしようと言った案も出たが、なんでか魔王を倒すのに協力してくれと言うと、途端に手のひらを返したように傍若無人になり、そんな事を繰り返してやる転生者は扱いに困るとなった。
考えても考えても、魔王の対抗手段はモーブル・レディエント以外になかった。
絶対的な勇者が居たからこその、この平和がある。勇者が一度でも負ければ平和が終わり、水面下で黙っている魔王たちが一気に騒ぎ立てるかもしれない。
記憶喪失なことがしれたら、モーブルが狙われる。
「あの~ステータスを確認しても勇者のスキルが出ないんですけど、勇者はユニークスキルをかずえきれないほどに持っていると聞いていたので」
「あぁ、そんな噂もあったわね。モーブル・レディエントはスキルを持ってないわよ」
「えっ? なんて言いました!?」
「勇者の中でも瞬間移動や、次元斬が有名ね。私もどうやっているか知らないけど、スキルを持ってないことは知っているわ。私も勇者パーティーだったし」
モーブルが膝から床に落ちて、両手を床につける。妹ノエルの弁当を落としちゃった時と一緒のポーズだ。
モーブルが床に這いつくばったままに、メイドが部屋に入る。
「なによ」
「はい。食品配達担当の者の報告です。ノエル様が屋敷に居ないと言う事と、手紙が扉に貼ってあったと」
ノエルに反応してか、モーブルが立ち上がった。私は手紙を取り出したメイドに向かって頷き、手紙を読むことを了承した。メイドが手紙を読み始める。
『お兄様には許可を取りました。私は屋敷から出て行きます。探さないでください。
ノエル・レディエント』
ブラコンの妹が兄を置いて、家出! そんなわけないじゃない。
「続けて、」
「まだ続くの?」
この短時間に色々なことが固まりすぎている。記憶喪失、家出、そしてなによ。
「十六人の焼死体が、ムーリク王国からリファルの街に行く通りで見つかっています」
「十六人も!?」
「はい。まだ確定情報じゃないんですけど、この通りでは十人以上の盗賊が出るとかの噂があるらしいです。その死体は盗賊か、または盗賊に焼かれた人たちかのどちらかと思います」
盗賊が犯人だったらギルドにクエストとして出すか、盗賊が死体なら自業自得ね。
「人を殺すなんて、最低なことをする奴もいたもんだ」
モーブルが妹の家出をスルーして、焼死体の犯人を最低だと言った。モーブルの言葉に私はビックリした。
「アンタにも、人を殺して最低と思う心があったんだ」
「普通じゃないんですか?」
私は初めてモーブルに善意があることを知った。
0
あなたにおすすめの小説
収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?
木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。
追放される理由はよく分からなかった。
彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。
結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。
しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。
たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。
ケイトは彼らを失いたくなかった。
勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。
しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。
「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」
これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
勇者パーティーに追放された支援術士、実はとんでもない回復能力を持っていた~極めて幅広い回復術を生かしてなんでも屋で成り上がる~
名無し
ファンタジー
突如、幼馴染の【勇者】から追放処分を言い渡される【支援術士】のグレイス。確かになんでもできるが、中途半端で物足りないという理不尽な理由だった。
自分はパーティーの要として頑張ってきたから納得できないと食い下がるグレイスに対し、【勇者】はその代わりに【治癒術士】と【補助術士】を入れたのでもうお前は一切必要ないと宣言する。
もう一人の幼馴染である【魔術士】の少女を頼むと言い残し、グレイスはパーティーから立ち去ることに。
だが、グレイスの【支援術士】としての腕は【勇者】の想像を遥かに超えるものであり、ありとあらゆるものを回復する能力を秘めていた。
グレイスがその卓越した技術を生かし、【なんでも屋】で生計を立てて評判を高めていく一方、勇者パーティーはグレイスが去った影響で歯車が狂い始め、何をやっても上手くいかなくなる。
人脈を広げていったグレイスの周りにはいつしか賞賛する人々で溢れ、落ちぶれていく【勇者】とは対照的に地位や名声をどんどん高めていくのだった。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中
あ、まん。
ファンタジー
仕事一筋40年。
結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。
定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。
だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。
唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。
化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。
彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。
現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。
これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる