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第26話 ムシャムシャ

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◇◇◇◇


 薄暗い路地裏を歩く。

 空奏の魔術師を撒いて殺して撒いて殺して殺して殺して殺して。

 そんな日々に僕の身体は限界をとうに超えている。

 アイツらは本当の脅威に気付く事も無く、この世界は終わる。

 僕と日向を付け回すよりもやる事があるだろ。

 悪態を吐きながら僕は情報を共有する事をやめない。

 僕は、可能性を持つ僕に全てを伝えなければならない。

 現在と未来の可能性を潰し、今の僕は運命を決定しすぎた。

 僕が世界の可能性を広げる事はもう出来ない。


 可能性を広げる力は半分アイツに食われてる。これではアイツを倒すことは無理だ。

 この世界に現れたアブノーマルは日向だけじゃない。

 確かに日向は処刑対象者だ。

 だがアイツの方が遥かにヤバくて危険だ。


「いやぁ、探したよ」

 ムシャムシャとナニかを食べながら僕に話しかけてくる人の形をした化物。

 何でコイツが野放しにされてるのか、僕は不思議でならない。

「隠れんぼは得意な方なんだがな」

「君みたいな美味そうな匂いの人間なかなかいないからね。すぐ見つけられるよ」

 ソイツはヨダレを垂らして僕を見る。

 気色悪い。

「もう何度目だよ、お前と顔を合わせるのわ。初対面だった時の勢いはどうした? 俺の前から逃げられた奴はいないって、僕に息巻いてたのは誰だ?」

 僕はおどけてみせる。

「何度目も豪華なディナーを前にしてお預けをくらった気分を味あわせてくれる人間は他にはいない。君はどんな味なのかな、君は食べられる瞬間に、どんなハーモニーを奏てくれるのか。想像しただけで」

 ごくんと喉を鳴らしたソイツは。


「最高だよ」


 恍惚とした表情を浮かべる。

 何でも本当に、何でも食べる才能。

 記憶、時間、光、空間、世界そのものでもコイツは食べる。

 ムシャムシャと。

 黒い濃密な霧を身体から出しながら才能を隠す気もサラサラないらしい。

 空奏の魔術師すらも知りえない国のお偉いさん方のトップシークレット。いや、知ってて触れられないのか? どうでもいい、僕には知りようがない。

 コイツはノーマルスキルでただの一般人の僕に興味を示したらしい。

 僕には反逆者の烙印と、コイツの遊び相手の玩具として使われているだけだ。

 世界最大の抑止力『才能劣化アブノーマルスキル 異次元暴食グラトニー』を飼うにも、気を使うということだろうか。

 お腹が空いたってだけで国一つをムシャムシャと食べるコイツを飼うなんて正気の沙汰とは思えない。


「次はどうやって俺から逃げてくれるのかな? 知ってるよね。俺が食らう物は全て消える。努力も才能も理解も」

 永遠にコイツの腹の中だ。

 コイツと相対した者の最後は決まっている。

 生きた屍だけがコイツの前に頭を差し出して食われる。

 何の感情もなく、何の概念もなく、その人だった者は世界から消えてコイツの腹の中に収まる。


 僕は深呼吸して、コイツの運命を決める。

 世界の情報を少しだけ書き換える。

 見えている世界が全部ガラス張りになって、ピタッと時間が止まる。

 ただの一般人の僕は、目の前のことを書き換えるのなんて些細なことだ。

 ただコイツがいない世界に書き換えるだけ。

 僕は手の平を身体の前に向けて、握り潰す。


「お前の運命は『決定リザルト』した」


 空や地面、空気、ビル、世界そのものが亀裂を帯びて砕け散る。

 時が止まったような世界で僕はその砕け散った全ての情報を組み立てる。

 綿密に精密に見えている世界の情報を共有して、コイツがこの世界にいるという事象を無くす。

 ピースをはめ込むようにガラス張りの世界が、元の世界を取り戻していく。

 全てのピースがはまり、亀裂の入った世界はカチリと音を出して何事も無かったかのように動き出す。

 ただそこに気色悪いアイツが居なくなっただけ。


 僕はぐったりとして倒れそうになる。が、早くここから離れなければならない。

 足が動かない。

 少し休んでもいいよな。

 路地裏の壁に身体を預けて、地面に座る。

 寿命は何年と縮めるような力を使っても僕は止まれない。

 もう寿命なんて無いみたいなもんだが。

 可能性の裏側にある力ではなく、僕が今使えるのは可能性を決定する力。

 もう僕は可能性の裏側を再現する事も出来ないほどに、ボロボロの身体になってしまった。

 筋肉を収縮させたり、緩和させたり、緊張させたりと、無理矢理に僕の才能『共感覚ラビット』の力で動かして生き長らえてるにすぎない。

 僕の心臓はとうに力尽き、少しでも気を抜けば僕の身体は動かなくなるだろう。

 日向を守る為にやってる事が世界を守る事になるなんて笑わせる。

 僕は他の誰よりも日向に笑って欲しいのに。


「いつも君は僕に涙を見せる」


 僕は一人言を言う。

 もう死者のような僕の使命は終わった。

 僕の視界がボヤける。



 僕はもう何も考えなくていい。やり遂げだんだから。





 次は日向とどこに行こうか。

 色んな国の風景が飛び交う。

 やっぱり故郷がいいな。

 この前僕が行きたいって言ったら興味を示してくれた所に行ってみようかな。

『日影くんはまたそんな事言って!』

 日本に帰ってこっそりと旅館に泊まって。

『指名手配なんだよ日影くん』

 あぁ、僕の才能でどうとでもなるさ。



 温泉なんか二人で入って。

『えっ、一緒に入るの』

 いいだろ、減るもんじゃないし。



 それで、それで、それで、それで、それで……。


 あぁ、やりたい事が沢山ありすぎる。

 揺れる視界に君の笑顔だけが浮かんで、埋まっていく。

 後悔しないような選択をしてきたつもりだけど。


 本音を言えば。

 もう少し、もう少しだけ長く生きたかった。
















◇◇◇◇


 ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ。

 ムシャムシャ、ムシャムシャ、ムシャムシャ。


「ご馳走様」


 誰も知られる事は無い。

 薄暗い路地裏に、ぽっかりとした穴が空いていた。

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