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純真魔力
しおりを挟む「あれはなんだ……」
テントから出ると、リッシュのそんな呆けた声が聞こえてきた。
空を見上げると、巨大な火の玉が無数に点在していて、その火の玉はゴオォォと音を立てて降ってきている。
空を覆い尽くす巨大な火の玉の流星群。
世界が終わったか? と思うような壮大な光景に、俺は自然と口角が上がる。
この魔法は中級魔法ではない。無数にある巨大な魔法の一つ一つが上級魔法。
「凄いな」
ゴクリと喉を鳴らし、口からはそんな感嘆が漏れる。
吹きすさむ風は凄く熱く、頬を伝う汗は一瞬で蒸発した。
こんな規格外な魔法を扱う奴がワルチャードにはいるのか。アークグルトが負けるわけだ。
この拠点を潰すだけなら巨大な火の玉一つあれば十分で、火の玉一つ一つにそれだけの莫大な魔力が込められている。
敵さんはこの拠点を存在ごと消し去る勢いで魔法を使っている。塵すら残す気はないようだ。
この拠点は死んだ。吐き気を催すほどに打つ手がない。
輝夜がこちらにいる内は、拠点のどうでもいい攻防に付き合ってくれると思っていた。
が、当てが外れた。
ワルチャードの勇者は、輝夜が死んでもいいのか?
こんなバカでかい規模の殲滅魔法を使えば、誰だって死ぬ。輝夜だって例外じゃない。
輝夜を探している勇者はワルチャードの作戦に口出しできないくらい立場が弱いのか?
あんなに熱烈な視線を送っておいて、輝夜を諦められるはずがないだろう。
探知系の魔眼は優秀だ。いくら立場が弱くてもワルチャードは勇者の願いを叶えるための動きは見せるはずだ。
だが、この殲滅魔法は見るからに『輝夜を殺します』と言っている。
ワルチャードも輝夜を殺すなら殺すで、もう少し上手くやるはずだ。
勇者が馬鹿なのか、ワルチャードが馬鹿なのか。
それとも……。
輝夜の生死は問題じゃないのか。
そうなれば、俺は一番最悪なルートに足を踏み入れているのかもしれない。
勇者だったユイカのようにワルチャードにも『不治の病でも完壁治す魔眼』のような規格外な魔眼、もしくは魔法が存在するとしたら……。
『神眼』
パッと思いつくのが、光の女神が天界に帰る際に人に与えたと言われる『死者蘇生の魔眼』
そんな神話でしか聞いたことがないような神眼をワルチャードが持っている?
夢物語の産物だ。だがそんな物があるのなら輝夜の安否は気にしなくていい。殲滅魔法で、こんな馬鹿げた先制攻撃もありだ。
神眼は考えすぎだとしても、それに近しい何かは持っているのだろう。
相手はワルチャードだ。死者蘇生のユニーク魔法があっても驚きはしない。
まぁ死者蘇生があろがなかろうが、俺の目の前で輝夜は殺させない。
あっちが殺す気で輝夜を手に入れようとするなら、全力で阻止するだけだ。
俺は、俺の身体に触れた風に魔力を流す。するとすぐに周囲の風は俺の魔力を纏った。
風から風に俺の魔力が電波すると、俺の魔力は一瞬でアークグルトの拠点を覆った。
俺のテリトリーが展開されると、それに反応してか、落ちてくる巨大な火の玉の速度が上がった。
もう既に周りの兵士たちは戦意を喪失して大きな悲鳴をあげながら上級魔法に背を向け逃げている。
ワルチャードとアークグルト。ここまで力の差があると兵士を肉壁にしても意味が無い。時間だと数秒も稼げないだろう。万事休すだ。
でもだからといって背を向けて逃げるのは悪手だ。後ろに逃げるよりも敵陣に走った方がまだ助かる。
相手も初手から仲間を巻き込むような魔法は撃たない。敵陣に行けば空から降ってくる上級魔法には当たらない。
「殿下どうします? 敵陣に行くなら今ですよ」
「……下民、なにを言っている。もう無理だろ。ここで僕は死ぬ。何も成し遂げていないのにだッ!」
俺の方に振り向いたリッシュは、クッと悔しそうな表情を見せ、目に涙を溜めていた。
「は? 手柄を上げるんじゃないんですか? まだ私たちの戦争は始まったばかりですよ」
何を言ってるんだほんとに。この拠点にこだわらなければ、まだ戦える。
リッシュが周りの兵士みたく、戦意を喪失したら困る。逃げることも出来なくなるからだ。
「違うそうじゃない! 空を見ろ! あの無数の上級魔法が見えないのか! あれで僕たちは死ぬんだよ!!!」
リッシュが指で示すのは、空から降ってくる巨大な火の玉。
確かに空を覆い尽くす上級魔法は脅威だ。
「じゃ逃げます?」
「どこに逃げろと言うんだ、どこにも逃げられないだろ!」
巨大な火の玉を見上げるリッシュの足はガクガクと震えていて、走るのは無理そうだ。
リッシュのこの体たらくぶりに、はぁ、とため息が出る。
戦争を蟻を殺す程度に簡単な物だと思っていたのか? 『戦争を終わらせに行く』『手柄を奪われてしまう』なんて、イキっておいて、相手が自分よりも大きな存在と分かれば、拳も振り上げずに死ぬことを受け入れる。
俺の一番嫌いな貴族そのものだ。
ここから逃げるにはリッシュの足が必要不可欠だった。これで一番最悪なルートに行き着くピースが揃ってしまった。
「さっきまでの威勢はどうしたんだよ」
俺はリッシュに悪態をつく。リッシュを見捨てれば俺が思い描いている一番最悪なルートには分岐しない。
だがリッシュはベトナの大切な弟。
ベトナと俺は家族のように育ってきた幼なじみだ。だからベトナの大切な人を見捨てたくはない。
これは命令なんて関係なく、守りたいんだ。守る奴がクソガキだとしてもな。
リッシュの肩を右手で持ち、俺の後ろに投げる。
「イッ! な、何をするんだ!」
俺の後ろでリッシュは尻もちをついていた。
「お前を担いでは逃げれない。ここでワルチャードを迎え撃つ」
「下民には無理だ!」
「助かりたいならお前は黙っておけ」
「ッ!」
血液のように身体を巡っている魔力を加速させる。
全身の魔力を極限まで操作し、呪文を呟く。
『炎の精霊よ』
周りの吹き荒れる風も従順に、俺の魔力の流れに着いてくる。
加速させて、加速させて、加速させる。
身体の前に左手を上げて、左手の拳を開くと、手のひらにはバチバチと花火のような火が姿を現す。
『我の声を聞き、応じたまえ』
バチバチと弾けていた火は、親指の爪ぐらいの小さな小さな球体なる。
『純真魔力・ファイアーボール』
手のひらに居座っている火の玉を、空に掲げた。
ゴオォォと巨大な火の玉が迫る。
「俺の命令はおもりだけのはずだったのに、殲滅魔法の先制攻撃から始まって、イキっていた足でまといのせいで」
一番最悪なルートに分岐する。
「アークグルトを救っちまう」
すぐ近くに迫った巨大な火の玉は、俺の魔法に飲まれて消滅した。
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