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 俺は盗賊を一掃して、一刻も早く寝たい。

 でも輝夜が倒す分も残しておかないといけない。せっかく輝夜がやる気なんだ、この機会に沢山の殺しの経験をさせてやりたい。

 相当物騒なことを思っている自覚はある。がだ、これで少なくても輝夜の戦争地帯での生存率は上がる。それは間違いない。

 横目で輝夜を見ると、輝夜は真剣に目の前に広がった盗賊たちを見ていた。今は俺の視線にも気づかないぐらいに集中している。

 集中しているのはいいんだが、背後から攻撃が来ることも想定しないといけない。

 背後に意識を持っていくと、馬車の裏手には盗賊がいる。その盗賊は俺たちの隙を狙って、身を隠していた。殺気は上手く隠しているが、視線がうっとうしくて気持ちが悪い。

 輝夜は初めて複数人を相手にするんだ、背後から狙われているなんて想像もできていないだろう。

 そうしたら俺が相手にする奴らは自然と決まってくる。

 輝夜の視界の外の盗賊たちだ。


 すでに俺はテリトリーを張っている。

 俺の魔力が充満しているこの空間では、盗賊の居場所なんてのは目をつぶってでも分かる。


 まずさっきから視線がうるさい盗賊は冷静な奴だ。

 こういう冷静な奴が沢山いたらめんどくさかったが、馬車の裏手で隠れていたのは一人だった。一人しかいなかったのは運が良かった。
 でももう少し長く輝夜と馬車の中にいたら、こんな盗賊たちでも二、三人は冷静な奴が増えていたと思う。

 盗賊の中に冷静な奴が沢山いた場合、輝夜の殺しの経験値稼ぎなんてのも言っていられなくなる。

 その理由は簡単で、俺の勝率が極端に下がるからだ。死ぬ可能性が出てくる。

 冷静な奴が一人だけならまだ俺の勝率は下がらない。でも敵の人数が増える度に、攻撃を予測するのが難しくなってくる。
 許容できるとしても四人だ。五人以上では俺の警戒レベルが格段に上がって、盗賊を即全滅させていた。

 例えば、先手で五人の盗賊が輝夜を狙って大量の毒ナイフを投げてきたり、毒ガスでも、爆弾でも、俺は輝夜を守るように魔法を使うだろう。

 そして守りにかまけて、盗賊たちを殺す魔力が無くなったら、ジリ貧だ。最後には死が待っている。

 この例えは、俺が最悪の手を指し続けた結果だとしても、複数人を相手にすると、俺の予想外のことが起こる危険性は大いにある。

 しかもこの場の盗賊を全員殺したとして、あと二戦三戦を戦えるぐらいの魔力は残しておかないといけない。

 相手の陣地で戦うということはそういうことだ。エンドレスに敵が湧いてくることだってある。

 逃げるにしても、この場所がどこかも分からないし、まだ盗賊の仲間が岩の壁の外にいるかもしれない。

 まぁ逃げるのは最初から無理だ。テリトリーを張っているここから逃げ出せば、俺の魔力が尽きる。


 馬車の裏手に居たのは一人、複数人じゃない。まだ攻撃を予測できる範囲だ。

 でもこの盗賊は、俺と輝夜が馬車から出た隙を狙わなかった。そして背後を見せているのに攻撃をしてくる素振りすら見せない。

 十中八九、俺が他の盗賊を攻撃した瞬間を狙う気だろう。

 この盗賊は知っている、攻撃している瞬間が、一番の隙になりえることを。

 この場の盗賊たちの中で、今、俺を狙っている盗賊が一番頭がキレる。

 襲ったのが俺じゃなく、傲慢な魔法使いだったら、隙をついて、首をも狩れたかもしれない。

 でも、相手が悪かったな。俺は傲慢な魔法使いじゃないし、どんな雑魚にも油断しない。

 

 俺は地面に手を置き、呪文を呟く。

『土の精霊よ』

 盗賊が馬車の裏手から出て、近づいてくる。

『我の声を聞き』

 馬車の裏手へと逃げた盗賊たち、近づいてくる盗賊も含め。

『応じたまえ』

 盗賊がいる地面、盗賊が登っている岩の壁を指定する。

 ガッ! と、後ろから地面を蹴る音が聞こえてきた。

「死ねぇ! 魔法使い!」


『アーススピア』


 地面が、岩の壁が、無数の槍のように変化し、盗賊たちを突き刺す。

「ガアッ!」

 俺の真後ろでザクザクザクッ! と、盗賊が無数の槍に突き刺され、盗賊はくぐもった声を出した。

 最後の一撃と、頭を貫通するように槍を一本、サクッと追加する。



 ザクッ! と、聞こえた所で、息を吐いて、地面から手を離す。

 馬車の裏手にあった盗賊たちの反応も無くなった。

 これが一般人と魔法使いの戦闘。

 まさしく一方的な虐殺。



 輝夜を見てみると、壁に張り付いている盗賊目掛けて『ファイアーボール』を放っていた。

 炎の初級魔法は輝夜の得意とする魔法だ。

 盗賊は悲鳴を上げながら壁から落ちる。全身が火だるまになっても、地面に落ちても、悲鳴は続く。

 悲鳴の中で、『痛い痛い』と、『助けてくれ』と、何度も何度も懇願するような声が重なっていた。

 輝夜は真剣な顔をしているが、盗賊の悲鳴を聞く度に、ビクッと肩が微かに震えて、懇願する声を聞く度に眉間にシワが寄っている。

 人を殺すというのは、魔法を使って『はい終わり』という訳じゃなく、言葉を話し、反撃もしてきて、腕が吹き飛んだぐらいじゃ誰も死なない。

 殺しても、殺しても、殺しても、しつこく立ち上がってくる。

 それだけ人は簡単には死なない。


 耳には悲鳴がこびりつき、鉄の匂いが鼻につく。

 身体は芯から冷えてきて、心臓の毛が逆だち、胸が張り裂けるほどに痛く、それでも殺すための呪文を唱える。

 歯を食いしばり、眉間にシワがよる。

 これが俺が輝夜に伝えたかった『殺す覚悟』と『殺す経験』

 最低な覚悟と、最低な経験。


 その最低を持っているからこそ、経験しているからこそ、生存率が上がる。


 戦いに身を置いたとき、

 この世界は、そんな最低な世界に成り下がる。

 
 
「終わったよ、おじさん」


 輝夜は俺に振り返り、ぎこちない笑みを見せた。






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