メスガキに毎日魔法を教えていたら賢者と呼ばれるようになりまして

くらげさん

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 馬車の入口を塞いでいた盗賊も、馬車に背を向けて逃げ出した。

 それを見送り、俺は輝夜に視線を向けず、口を開いた。

「俺は今から人を殺す。そして……輝夜にも人を殺してもらおうと思っている」

 俺の脇の下で、じっとしていた輝夜が、俺の言葉を聞いてか、ゴクリと喉を鳴らす。

「できそうか?」

 輝夜に盗賊を『殺す』『殺さない』の二択の選択肢を突きつけて、俺は輝夜の答えを待つ。

 俺でも、人を殺すことは嫌だ。『人を殺しまくるぞ!』というほどにモチベは高くないし、人を殺して喜べるほどに精神異常者でもないからな。

  だから俺は別にどちらでも構わない。輝夜が『殺す』選択をしようが、『殺さない』選択をしようが。それで輝夜の扱いが変わるわけじゃない。

 ただ相手を殺す覚悟をしていた方が、戦争地帯での生存率が跳ね上がる。

 確実に無いようにはつとめるが、もし、もしもだ。戦争地帯で輝夜と離れることがあった場合、殺す覚悟が無い状態の輝夜なら間違いなく一瞬で死ぬことは確かだ。

 そうならない為に、できればこの場で『相手を殺す覚悟』と『人を殺す経験』を持って貰いたいというのが本音だ。


「盗賊さんは、殺されるような悪いことしたの?」

 そう言う輝夜の声は震えていた。

「俺たちからしたら悪いことかもな。でも良いこと悪いことじゃない、それが盗賊の普通なんだ。息をするように馬車を襲い、飯を食うように人を殺して、昼寝するように尊厳を踏みつぶす。

 でもな、盗賊になるような奴は、最初から人を殺したくて盗賊になる奴なんてのは極わずかだ。人の物を盗るしか、人を殺すしか、人をさらって売るしか、飯を食えなかった奴が大半だろう」

 身分無しは、何日も必死で働かないと、食べ物を買う金すらも貯まらない。

 それなのに仕事を貰えれば罵声が飛び、道を歩けばコソコソと有りもしない悪口も言われる。食べ物を買える金が貯まっても、売れ残りを処分させられるだけ、暴力と酷い仕打ちなんてのは日常茶飯事だ。

 町に入れば身分差別も相まって、肉体と精神がゴリゴリと削られる。

 相当に運が良くないと這い上がれない。それは経験した俺が俺自身が知っている。

 俺は運が良かった。でも、運が良かった俺でも、身分無しで経験した辛い思い出は数え切れない。

「俺は運が良かった方だ。マリアさんに出会わなければ、俺も盗賊になってたかもな」
「おじさんも?」
「あぁそうだ。俺と似たような奴、そういう奴らを今から殺すんだ」

「……おじさんを殺すのは、嫌」

 輝夜はギュッと俺の腕を掴んで、呟いた。

 俺は掴まれていない自由な右手で、輝夜の頭を撫でる。

「そうか、分かった」

 輝夜は『殺さない』を選択をした。

 その輝夜の決断が揺るがないように、優しく柔らかな言葉を使うように心掛けた。


 戦争地帯では、安全なところなんてない。死体はそこら中にあり、目の前で殺し合いが起きることだってある。その度に輝夜の足が止まっていたら、輝夜の命が危ない。回避行動ができる程度には動いてもらわなくては困る。

 もし、ワルチャードの賢者集団と出会うことになったら、王弟殿下は見捨てるとしても、輝夜を担ぎながら逃げ切れるとは到底思えない。

 俺たちが逃げ切れる最善の手としては、俺が賢者集団を引きつけて、その隙に輝夜が逃げる。その場合も、輝夜の逃げる足が重要だ。

 殺さない選択をした輝夜が、戦争地帯で足が止まらないようにするにはどうしたらいいかと考える。盗賊の死ぬ姿でも見せれば、少しの耐性は付くか?

 輝夜の経験値稼ぎとして、最後の一人はじっくり、残酷に殺すとしよう。

 よし、考えは纏まった。


「腕を離してくれ、すぐに終わらしてくるから」

 俺が『腕を離してくれ』と言ったら、輝夜はガバッと俺の腕に抱きついてきた。

 少し痛いぐらいの力で俺の腕を締め付けている。

 これじゃ抜け出せそうにない。

「どうした?」

 輝夜は、全然俺の方を見てくれない。返事も返ってこない。

 俺は、盗賊が逃げている姿勢を取っている内に片付けたいと思っていた。逃げていた盗賊が冷静になると、めんどくさい事になる。

 何がめんどくさいかって、一矢報いようと反撃の姿勢を取られたらめんどくさい。

 まぁそれでも今の最優先事項は、『輝夜の精神を正常に保つ』だ。輝夜の精神が不安定な状態では死体は見せれないし、殺人ショーなんてトラウマを刻むだけだ。

 盗賊討伐がめんどくさくなるのは我慢しよう。



 そう俺の中で結論が出た瞬間に、俺は、グイッと輝夜に腕を引っ張られる。

 急なことでバランスを崩した。

「うおっ!」

 輝夜を押しつぶす形で、ソファーに倒れた。だが、俺はソファーに片腕を立てる。

「あっぶね!」

 片腕を立てたことにより、倒れる勢いは止まり、輝夜に俺の体重が乗ることはなんとか阻止した。

「お前なにやっ……」
「似てない!」

 輝夜は抱きついていた俺の腕を離し、大きな声で俺の声をさえぎる。

「は?」

 輝夜の大きな声で呆ける俺を、輝夜は真剣な顔で見つめていた。


「盗賊はおじさんと似てないよ、絶対に違う! おじさんは絶対、盗賊にはならない! そんなに弱くない!」

 輝夜は、ハッキリと言い切った。

 その言葉に、もう震えは含まれてはいない。


 輝夜のそんな言葉に、呆けていた意識が戻ってきて、フッと笑みが出る。

「俺はそんなに弱くないか」

 輝夜の短い言葉。なんでこんな言葉が胸に刺さるんだろうか。グッとした拳に力が入り、目頭が熱くなる。

 こんな言葉で……。


 俺は片手をソファーに立てたまま、輝夜の腰に左手をまわす。

 軽い輝夜の身体はすぐに浮き上がり、抱きしめた。輝夜は俺の肩の上に両手を伸ばす。

 身体を近付けると、輝夜の柔らかい身体と熱が伝わってくる。

「……お前に何がわかるんだよ」

 俺は、そんな強がりしか言えなかった。


「おじさん、痛い♡」

 抱きしめる力が強すぎたみたいだ。でも今は、力加減が分からない。

「キスでもしちゃう?♡」

 頬と耳まで赤く染めて、いつもの強気な発言が可愛らしい。

「あぁ」

 俺の了承に輝夜の大きな目がさらに大きくなる。

「嘘、だよね?」
「まだ冗談にできるぞ」

「……冗談にはしない」

 少しの間が空いて、輝夜は真剣な眼差しを向けてくる。

 俺が顔を近付けると、輝夜はギュッと目をつぶった。

 目をつぶったのを確認し、俺は輝夜の額に口をつける。

 額から口を離すと、ジト目の輝夜が俺を睨んでいた。

「バカ」

 俺は輝夜から『バカ』を貰い、ソファーから起き上がる。

 輝夜も俺から離れて、すぐに馬車の出入口に向かった。

「早く来ないと、全員やっつけるからね!!!」

 そう言って馬車から出て行った輝夜の頬は、まだ真っ赤に染まっていた。










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