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杞憂
しおりを挟むカーテン越しからでも分かるぐらいに、馬車の外はすっかり暗くなってしまった。馬車の箱の中は照明がついていて、不自由は無い。
それにしても宿にはいつ着くんだ?
馬車も朝からずっと走りっぱなしだ。この馬車はどこに向かっているんだろうか。
聖王国から北に少し行ったところで町があるのを俺は知っている。そこで馬の休憩と、昼飯を食べるものだと思っていた。
豪華な食事を望んでいるわけじゃなく、町で降ろしてくれれば、自分たちで飯屋を探す。
時間に余裕がないという理由で町に寄らないなら、馬車から客に食事を提供するのは常識だ。
この馬車は箱の後ろに荷台がなかったみたいなので、運転席の下に収納スペースがあるのだろう。そこに客に配布する為の干し肉と果物が常備しているはずだ。
昼を過ぎたあたりから、豪華な馬車と普通の馬車で、配布する食べ物にどれぐらいの違いがあるのかと期待していた。
が、俺が期待していた時間はとうの昔に過ぎてしまった。今さら期待なんかしない。 豪華だったのは馬車の箱だけだったらしい。
御者の顔は通気口が開いた際に確認したが、元気の良い若者という感じだった。馬車の運転を初めて間もないか、慣れ始めた頃合いだろう。
ミスは誰にでもある。御者が客の飯を忘れているなら、『次から気をつけて』と、降りた時に助言程度に伝えるのがまるい。
俺たちからも昼飯を催促してなかったしな。全部御者のせいというわけじゃなく、怒るほどのことでもない。飯は輝夜のポーチに沢山入っている。
ユイカが俺と輝夜の二週間分の弁当を用意してくれていたみたいで、その話を輝夜から聞いた時は、二週間もいるか? と思ったが、今から行くところは何が起こるのか分からない。無いよりも有った方がいいのは間違いないだろう。
もうそろそろ横になって寝たい。
まだまだ止まる気がない馬車に嫌な予感がした。
まさか夜通し馬車を走らせるなんて言わないよな?
聖王の命令か? 普通にありそうで困る。
聖教国アークグルト内だったらどこでも五日以内で移動するという触れ込みの『特急馬車』が貴族内で流行ったことがあった。俺は乗りたかったが、母さんとルーナが嫌がったから乗ったことは無い。ルーナが言うには『馬さんが可哀想』だと。
御者が馬に回復魔法をかけながらなら走ると、馬は何日でも走れるんだ。そしてデメリットとしては、馬の寿命が縮まる。
デメリットを緩和するために、一日中走った馬は町ごとに交換するらしい。
俺たちが乗っている馬車が特急馬車だとするなら、ワルチャードの戦争地帯まで四日ぐらいで到着するだろう。
「おじさん、気持ち悪い」
輝夜がキョロキョロと辺りを見渡す。さっきから気になってはいたが、目で見えない魔法が四方八方から俺たちを狙って放たれている。
目で見えない魔法だが、全部同じ魔法の気配がある。これなら魔法の効果を感知することは容易い。効果が分かるまで俺自身の魔法抵抗力を下げ続ければいいんだからな。
サクッと、効果を調べる。身体の中の魔力の循環スピードを停止して、魔法の抵抗力をゼロにする。
すると、こくんと首が折れて、眠気が襲ってくる。
すぐさま循環スピードを元に戻す。
魔法の抵抗力を下げて分かったが、この魔法は、『ヒュプノ』という対象を眠りに誘う魔法だ。
輝夜もこれだけ箱の外から睡眠魔法をかけられたら気持ち悪いよな。
魔法を俺たちにかけている奴らは、この睡眠魔法一つしか使ってない。人に直接効果を付与する魔法は、複数の魔法を編み込んでやらなければ、すぐに狙いがバレる。工夫をしなければ、格上にも通用しない。
俺だって、三つ以上の妨害魔法を編み込んでいたら抵抗力をゼロにしようなんて思わない。
しかも魔力を送り続けないと機能しない魔法は、格上には絶対に使用してはならない。送り続ける魔法ということは、その魔法は自分と相手に繋がっているということだからだ。
綱引き状態なら強い方に軍配が上がり、簡単に魔法の制御権を取られる。
特急馬車は、夜になったら睡眠魔法をかけるのか?
客にはさっさと寝てもらった方がいいのは分かるが、魔法をかけるなら一言いうもんじゃないのか?
それに四方八方から魔法をかけられているということは、囲まれている。
魔法を放っている人数を数える。二、四、六、八……十一人か。
たかが二人を眠らせるのにこんなに人数はいらない。俺は高い魔法の抵抗力があるから効かない。
しかし輝夜は、睡眠魔法と魔法の抵抗力が拮抗していて、気持ち悪いと思うぐらいには効いている。
「輝夜、周りには何人いる」
「う~んとね~」
小声で輝夜に言うと、輝夜は一二三と指差しで数えていく。人の魔力が分かるんだ、テリトリーを張っていない状態の俺の感知よりも、輝夜の目の方が正確だろう。
その場で一回りした輝夜は「二十三人だよ♡」と、俺の耳元に来て囁いた。
多いな。
輝夜を俺の横に座らせる。
「ちょっと動かないでくれ」
「う、うん」
輝夜も俺の緊張感が伝わったのか、すんなり言うことを聞いてくれる。
厄介事に巻き込まれたのかもしれな……。いや、まだそうと決まったわけじゃない。
い、一応、何かあった時のために箱内を俺の魔力で満たして、テリトリーを展開。
何かあった時に対応できる準備は整ったが、この準備が杞憂に終わって欲しい。
俺は、俺の旅行気分を台無しにされたくはないんだ。
すっと、手を上げて、コンコンと、馬車の箱を叩く。
期待していた若者の元気の良い返事はなかった。通気口が開く気配もない。
その代わりといってはなんだが、ゆっくりと馬車が速度を落とし、止まった。
感知していた周りの奴らも同じように速度を落として、止まっている。通り過ぎてはくれないらしい。
静まり返った空間で、ザッザッと、土をける音が近寄ってくる。
土をける音が、馬車の扉の前で止まった。
そして、余韻もなく、バンっ! と、馬車の扉が勢いよく開く。
「まだ寝てねぇのかよ」
俺の視界に入ってきたのは、片手に剣を持った男だ。
その男は、俺が通気口から見た若者とは大きく違っていて、声は低く、顔が濃い。筋肉はガッシリしてて、そのくせ変に小綺麗な服を着ていた。
まだ、まだ、そうと決まったわけじゃ……。
俺は、いちるの望みにかけて、男に尋ねる。
「お前は誰だ」
「盗賊だ」
盗賊は、間髪入れずに正体を言ってきた。
終わった。
俺の旅行気分、終了。
「大人しく有り金を出せば、お前は見逃してやる」
盗賊は俺の落ち込み具合に気を良くしたのか、ガハハと笑い、俺の身の安全まで保証してきた。
盗賊の言葉、『お前は』ということは、金と一緒に輝夜も狙いに入っていることになる。
盗賊が聖王国の門に見張りを置いていないはずがない。
聖王の印がついた通行証は確認済みだろう。それと俺たちは護衛も連れていない。魔力が多い貴族は自分の力を過信して、護衛を付けないことがある。
それに豪華な馬車。はたから見たら貴族に見える。
盗賊は手馴れていた。睡眠魔法を使って、貴族も狙っていたようだ。盗賊の口ぶりからして、相当に成功率も良かったように思う。
輝夜を連れて行かなかったとしても、狙われていたと考えるべきだろう。
まてよ、聖王は戦争のついでに、コイツらを俺に始末させようとしていたのか。
だからこれだけの豪華な馬車に不釣り合いな若い御者だったのか。
戦争以外に人を殺したくないのに、なんで俺の乗っている馬車を狙うんだよ。
「何をやってるんだ! 早く入れ! 女はさらって、男は殺す。お前はそんな簡単な命令もできんのか!」
盗賊の後ろから、さらにもう一人の男の声が聞こえてくる。
「おい、久しぶりに声が聞ける獲物だ。じっくり楽しまないと」
「なにを言ってるんだ……起きているのか」
後ろの男の声がだんだんと震えていく。
「何だよ、頭でも打ったか。喋れてるんだから起きていないとおかしいじゃねぇか。それに男を殺すって、ネタバレしてどうすんだ。俺の楽しみが無くなったじゃねぇか!」
後ろの男の様子がおかしい事にも気づかずに、前の男は余裕顔を崩さない。
「言ったよな、起きていたら、安全に町まで送れって」
「えっ?」
盗賊にも魔法使いの力の上下関係が分かる奴がいたんだな。
後ろの男が前の男を馬車の入口から引き剥がして、後ろの男が視界に入ると、ガバッと俺に頭を下げてきた。
「町まで送り届けます! 宿も最高ランクでご用意します。どうか命だけは!」
前の男よりも老けていたが、後ろの男は前の男と似ていた、親子のようだ。
俺は、指をパチンと弾く。すると俺に睡眠魔法をかけ続けている盗賊たちの睡眠魔法のベクトルが反転する。
「もう遅い」
バタバタと盗賊が眠っていく中、俺の返事を聞いた盗賊はガバッと頭を上げて、すぅっと大きく息を吸い込む。
「全員逃げろぉぉぉおおお!!!」
耳がキーンとするほどの大きな声を吐き出した。
数秒後に感知していた盗賊たちが、馬車に背を向けて散っていく。
帰ったら聖王に成功報酬は貰わないとな。
『土の精霊よ。我の声を聞き、応じたまえ』
俺が呪文を呟くと、馬車と盗賊たちを囲むようにグルンと岩が地面からでっぱり。
『ウォールクラウン』
岩が天をめざして、つき上がる。
これでもう一人も逃がさない。
まぁ戦争前に、殺しの経験を輝夜にさせるのも悪くない。
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