メスガキに毎日魔法を教えていたら賢者と呼ばれるようになりまして

くらげさん

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憧れ

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◇◇◇◇


 部屋の中では、クチャクチャと咀嚼音がこだまする。

 長いテーブルには豪華な食事が並び、一番豪華で、一番大きな椅子には聖王ベトナが座る。

 聖王の視界には、王弟殿下のリッシュと、聖王の母親、王太后のフリーナ・ティア・アークグルトがいた。

 リッシュとフリーナは並んで座っている。

 壁に沿う形で、メイドが四人と、聖騎士が六人控えていた。


 リッシュがワクワクした面持ちで口を開く。

「お兄様、僕、戦争地帯に行けることになりました!」
「ほぅ、めでたいな。ブヒヒ、弟が優秀で我も嬉しいぞ。欲しいものがあればメイドに言え。いくらでも手配しよう」

 聖王はクチャクチャとしてる食事を止めて、リッシュをブヒヒと褒める。

「ありがとうございます。お兄様の期待を裏切らない為にも、敵国の貴族を討ち取って、戦果を上げてきます」
「そんなに張り切らなくてもよい。危なくなったら、すぐにでも帰って来るのだぞ」

 リッシュは聖王に心配されたのが嬉しくて、話を続ける。

「いえ、僕は、お兄様に少しでも近づきたいのです。無理を押し通してでも、お兄様に戦果を報告できるように力を尽くします!」
「ブヒヒ、楽しみにしておく」

 前のめりで話す弟リッシュの話を、聖王はにこやかに聞いていた。

「はい! 学院で優秀な者には、戦争で箔をつける権利が与えられます。
 お兄様が学院生時代に戦争で残した偉業の数々、今でも英雄譚として語り継がれていますよ。学院で知らない者はいません! お兄様は学院生みんなの憧れです!」

 ピクっと、聖王の眉が動くと、にこやかな表情は隠れ、眉をひそめる。リッシュは、急にこの場の空気が鋭くなった気がして、矢継ぎ早に続きを話す。

「ッ! お兄様、シフォン先生と幼なじみですよね」
「ブヒヒ、シフォンか、懐かしい名前だ。……リッシュが言うように我とシフォンは幼なじみだ。だが、随分と会ってないな。シフォンが学院の教職に就いたと聞いた時には、驚いたものだ」

 ブヒヒと笑った聖王。リッシュは緊張した空気が柔らかくなった気がして、ふっと息を吐いた。

「お兄様は、シフォン先生と学院生時代、同じ特別クラスでしたよね! 羨ましいです! 僕もシフォン先生と一緒に勉学に励みたかったです」
「……リッシュは羨ましいと、一緒に勉学に励みたかったと言うのか。そうか、今の時代の学院生には、そういう風に映るんだな。
 化け物のアイツらと比べられたら、そういう感情は湧かない。アイツらと同じ時代に生まれてなければ、我もッ!」

 聖王は目の前にあるステーキ肉を、フォークで力強く刺す。

「ん? アイツら? えぇっと、シフォン先生とお兄様だけで、北のワルチャード帝国との戦線を維持し、壊滅させた話は聞いた時には、胸が高鳴りましたよ。
 今、この国があるのも、学院時代に数々の戦果を上げてきたお兄様がいたからこそです!」
「……そういうことも、あったな。もう我の話はよせ。この肉、美味いぞ。リッシュも食べてみろ」

 リッシュは学院時代の聖王の話が聞きたかったが、聖王の言う通りに、ステーキ肉を頬張る。

「はい、美味しいです」
「そうか」


 聖王はもう話をする気はないのか、ステーキ肉を食べ始めた。

「そういえば今日、散々なことがあったんですよ」

 リッシュは話を変えようと、今日あったことを話す。

「それもこれも、用務員のアイクという下民が、僕のシフォン先生と気さくに話していたから」

 ガタッ! と、聖王は食事も済んでいないのに、その場から立ち上がった。アイクの名前を聞いた瞬間から、ガクガクと身体を震わせている。

「リッシュッ! ア、アイク! アイクと言ったか!?」

 口に含んでいた肉を盛大に吐き出すと、リッシュに用務員の名前を聞き返す。

「は、はい。どうしたのですかお兄様」
「ッ! 前王はアイクを殺してなかったのか!」

 ガシャン! と、聖王は持っていたナイフとフォークをテーブルに投げつけた。

「まさかシフォンが教職に就いたのは、アイクに仕事を斡旋するため……。
 可笑しいと思ったんだ、どこからでも好待遇で歓迎されていたシフォンが、教職に就くなんて」

 聖王はフーフーと鼻息を荒くして、ギリリッ! と、歯を食いしばった。

「リッシュ、絶対アイクに近寄るな! そしてアイクを下民などと、二度と言うな。わかったか!」
「なにを言ってるのですか? 下民は下民ですよね」
「我の命令が聞けないのか! 死にたくはないだろ。シフォンからも嫌われるぞ」

 リッシュはアイクという人物が分からなくなった。憧れの聖王が、名前を出しただけで怯える人物。今日、シフォンからも『死にたくはないでしょ?』と言われたばかりだ。

 聖王は聖王の後ろに控えていたメイドを見る。

「女勇者たちを寝室に寄越せ!」
「はい。ドレイク様にお伝えいたします」
「あぁあと、ドレイクにも話がある。勇者と一緒に来いと言っておけ」
「はい」

 メイドに命令すると、すぐにメイドは聖王の言葉をドレイクに伝えるために部屋から出て行った。

「今、生きているのが分かったのは、幸運か」

 聖王はチラッと、リッシュを見る。

 リッシュの視点からのアイクは、聖王や、シフォンが言うような危険人物には到底見えなかった。


「前王の最大の汚点は、アイクを殺さなかったことだ」


 そう言い残して聖王は、後ろに聖騎士を二人、メイドを一人着けながら部屋を後にした。


「お母様は、アイクという人物を知っていますか?」
「いいえ、私にはさっぱりよ」
「そうですか」

 フリーナもアイクを知らないと言う。

「本物の魔法使い」

 ふと、アイクと一緒にいた下民の女、輝夜が言っていた『本物の魔法使い』というワードが気になった。

「お母様、本物の魔法使いというのは分かりますか?」
「『魔法の許可証』を持っている魔法使いのことかしら」

 フリーナの答えは、リッシュも最初に考えた答えだった。リッシュはその答えが、なんとなくだが、まったく違うような気がしていた。

 メイドたちが聖王が荒らした料理を片付けていた。リッシュはその片付けを見ながら、少し冷めた料理を口に運んだ。






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