メスガキに毎日魔法を教えていたら賢者と呼ばれるようになりまして

くらげさん

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面白さ

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◇◇◇◇


 教会で飯を食べてから、一ヶ月が経った。あれから教会には行ってない。そろそろユイカの手料理が恋しくなってきたところだ。

 飯を食べた次の日には、輝夜に『魔眼のことを誰にも言うな』と、口止めしておいた。

 まさかマリアさんとユイカが、輝夜の魔眼を知らないとは思わなかったな。

 輝夜も『二人だけの秘密だね♡』と、案外乗り気だった。


 輝夜の魔力は、俺の魔法で静止してある。

 この一ヶ月で、静止から解放した輝夜の魔力は、右手から肩の範囲だけ。

 こればっかりは才能とか関係なく、身体が魔力に慣れないことにはどうしようもない。

 輝夜の身体は敏感すぎるんだ。少しづつ魔力の解放する範囲を広げているが、広げすぎると、輝夜は立っているのも困難になる程に魔力を感じすぎる。
 全身の魔力を静止から解放するのは、随分と先になりそうだ。

 今は魔力のコントロールをしながら、俺が知っている初級魔法を一日一個教えている。

 毎日新しい魔法に触れてるからか、輝夜のモチベーションはとても高い。


「何を考えているのですか?」

 シフォンがひょこっと俺の視界に入って来た。

 俺は地面を掃くのをやめて、シフォンに向かって挨拶をする。

「おはようございます」
「おはよう」

『今日は早いですね』と、言おうと思ったが、周りを見てみると、チラホラと、魔法使いの学生が校門から入って来ていた。

 もう学生が登校する時間のようだ。という事は、俺の仕事の時間はとっくに終わっている。

「今日はまた、珍しい時間まで仕事してるね」
「……熱心に仕事しすぎました」
「それは嘘」

 シフォンは軽く口を隠し、ふふ、と優しく笑う。

「早起きした時に言おうと思っていたんだけど、丁度いいのでここで伝えることにします」
「はい、なんですか?」

 シフォンの頬が薄らと赤みがかってくると、目をつぶって、ふぅと息を整える。

 数秒の間があり、シフォンが目を開ける。

 俺の目を真っ直ぐに見つめる瞳。

 シフォンの覚悟を決めた瞳に怯んで、俺も身構える。


 なに言われるんだ!?


「こ、今度の休み、ごは……」
「シフォン先生!」

 今度の休み? シフォンの覚悟のこもった言葉は、誰かの大きな声にかき消された。

 その大きな声を出した人物に視線を持っていく。

 そこには眉を吊り上げて、俺を睨んでくる男がいた。

 学生服を着て、シフォン先生と呼んでいたから、間違いなくこの男は、この学院の生徒だろう。

「シフォン先生! そんな下民と話していたらダメです」

 男子生徒は俺とシフォンの間に割って入る。

「リッシュ君。小使いさんを下民などと呼んではいけませんよ」
「下民は下民じゃないですか。なんでこんな奴が神聖な王立魔術学院の敷居に足を踏みいれているか」

 ここの学院の職員は全員貴族。このリッシュと呼ばれている男子生徒が言っていることも理解はできる。

 なんで身分無しの俺がこの学院で働いているのか、だろう。疑問に思うよな。

 学院で人気の先生で、賢者な人物が、俺の仕事を斡旋したと言っても、信じる奴はいるのか? 俺でも信じない。

 俺が身分無しというのは、この学院に今年入ってきた見習い魔法使いでも知っていた。だからこの学院の誰もが知っていると言ってもいい。

 身分の違い。という明らかな差は、広まるのが早い。

 俺も学院から支給された服は綺麗に使っている。清掃着は四着あり、服がくすんできても、申請すれば新しい服が送られてくる。

 用務室にはシャワーが付いていて、身だしなみにも気を使える。

 身分無しの俺が居ていい所では無い。


 リッシュも、どっかの貴族なんだろう。一応無礼があったらいけないので、俺は頭を下げる。

「ふんッ! 僕の視界から消えろ」
「はッ!」

 貴族のお坊っちゃまこと、リッシュから敬礼を解く許しが出たので、俺はすぐに頭を上げて、用務室に足を向けた。

 俺の足元に魔法の気配を感じる。

 この設置魔法が、どういう意図で設置されているのかは分かっている。

 気付いていないふりをして、設置魔法を踏み抜く。

 すると、俺の視界が一瞬で逆さにひっくり返った。

「グェッ!」

 俺は宙を二、三回まわり、その勢いで地面にキスをすると、カエルが潰れたような音が、口から漏れた。

「ぐぇっ、だってよ!」

 リッシュの笑い声が耳につく。その笑い声に感化されるように周りにも笑いが電波する。

 口が痛い。唇でも切ったか?

 身分無しの差は、イジメのターゲットに持ってこいだ。

 こう言う生徒の憂さ晴らしも、俺の仕事だと思っている。そうシフォンにも事前に言ってある。

 俺のために怒れるシフォンには悪いと思っているが、この学院で仕事するとはそういうことだ。

 シフォンの我慢が限界を迎える前にさっさと退場することにする。

 大きな歓声のような笑い声の中、俺は立ち上がり、用務室に足を向ける。

「おい、待て」
「はい?」
「……行っていいぞ」

 また俺の足元に魔法の気配。

 俺を止めたのは時間稼ぎだったんだなと分かる。

 避けることも出来るが、受けておいた方がいいな。

 一歩足を出して、魔法を踏み抜く。

 すると、俺の視界が一瞬で逆さにひっくり返った。

 さっきと同じ場面がリプレイされる。

「グェッ!」

「コイツ、さっきと同じこと言ってるぞ! ボキャブラリーなさすぎだろ!」

 これで終わりだ。さっさと校舎に入れや!

 段々と笑い声が大きくなっていく。生徒が集まりだした。

 もう一回ぐらい覚悟してないといけないのか?

 鼻も痛い。鼻からはドクドクと暖かいと感じる血が出ている。

 起き上がると地面に血が滴る。

 これも後で掃除しないと。

 この時間では邪魔されるのは分かっている。掃除するのは学院の授業が始まった時だな。

 はぁ、とため息が出てくる。

 俺は、仕事の時間が段々と伸びていることにうんざりしていた。

 そう思いながら、ふと校門を見ると、そこにはネズミ色のワンピースを着た少女がいた。

「輝夜」

 ボソッと、口からこぼれた名前。

 輝夜は俺を見つめていた。

 この時間は、いつもなら輝夜に魔法を教えている時間だ。俺が全然公園に来ないから、学院まで探しに来たんだろうか。

 どこから見ていたんだ?

 最初から見ていたのなら、情けない姿を見せてしまった。

 慕ってたおじさんの、こんな姿を見せられたら、冷めるよな。

 明日から輝夜は公園に来ないかもしれない。

 ……それはなんか、嫌だな。


 輝夜が学院の敷居を跨ぎ、一歩一歩こちらに近付いてくる。

「下民の仲間がまたやってきたぞ」

 輝夜に気づいたリッシュが足を前に出した。

 バカが。

 この学院の生徒は、魔法の感知が鈍すぎる。

「え?」

 リッシュが空中に投げ出された。

 俺が体験した倍、それ以上に高く空へ飛ばされ、グルングルンと歯車のように身体を回転させ、弧を描きながら落ちた。

「グェ!」

 カエルが潰れたような音がリッシュの口から出る。



 輝夜は、黄金の瞳を携えながら、俺の傍で立ち止まった。

「ねぇ、これの何が面白いの?」

 輝夜の疑問。

 ゾワリと背筋が震えるような殺気で、大歓声の笑い声が一気に押し黙った。







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