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◇◇◇◇
俺の目の前には大きなテーブルがあり、ユイカが作った料理が並んでいる。
ユイカの料理を食べるのは久しぶりだ。
俺の両隣にはユイカと輝夜が座っていて、右側にユイカが、左側には輝夜が、食事スペースを占領している。大きなテーブルなのに、俺の食事スペースは狭い。
なんでもっと距離を取らないんだ?
そう思うだけで、口にする程にウザったくはない。
そして真正面には、能天気な懐かしい顔。老人のくせに皺が一つもなく、人を惹きつける美貌を持つエルフのクソババアがいた。
「まだ死んでなかったのかよ」
と、言う俺の悪態に、エルフのクソババアこと、マリアさんの口角が上がった。
「私が死ぬことがあるとするのなら、お前の死を見送ったあとだ」
ずっと前にマリアさんから似たようなことを言われた気がする。
「そうかよ」
久しぶりに顔を見せたってのに、俺はこんなしょうもない悪態をつくことしか出来ない。
照れてるとか、そんなんじゃない。ただ感動の再会という訳でもないのに、抱き合うようなそんな関係でもないだけだ。
マリアさんとの会話は済んだ。
俺は視界を下げ、料理を見つめる。
さっそく皿の横にあったフォークを持つ。
俺はマリアさんと話に来たんじゃない。ユイカの手料理を食べるために、このボロ家に入ったんだ。
皿の中には綺麗に盛り付けされた肉があって、すでに食べやすいように切り分けられていた。ナイフは必要ない。
切り分けられていた肉をフォークで刺して、口に頬張る。
美味ッ! 肉を口に入れた瞬間においしさがダイレクトに伝わってくる。
香ばしい芳醇な香りが鼻を抜け、柔らかな肉は噛むたびに、ピリッとした甘さがある刺激と、ジューシーな肉汁が口の中で弾ける。
肉は数回咀嚼すると、あっという間に口の中から居なくなった。
「うめぇ」
料理の感想が口から漏れると、「ふふん」と、ユイカの方からご機嫌な鼻歌が聞こえてきた。
この肉に掛かっているソースのベースは醤油と言ったか? たぶんそんな名前だったと思う。醤油とガーリックの香りのインパクト。それと、刻まれた飴色の玉ねぎの甘さが際立つ。
久しぶりにユイカの手料理を食うと、異次元な美味さに感激する。
たまにはこの料理を食べに来ようかなと思うほどだ。
再度、肉にフォークで刺す。
「輝夜の師匠がアイクとはな」
と、ボソッとマリアさんが勘違いを口にした。
マリアさんは、まだ俺と喋りたいらしい。
無視をしてもいいが、この勘違いは訂正しておかないといけない。
「俺は師匠じゃねぇよ。ただの暇つぶしに魔法の基礎を教えているだけだ。このぐらいの基礎を教えるだけなら、そこら辺で歩いている見習いの魔法使いにもできる」
そう暇つぶしだ。師匠と弟子というのなら、俺が弟子の予定だったんだけどな。
それよりも、だ。
「なんでお前らは輝夜にちゃんとした魔法の使い方を教えなかった?」
この教会には賢者と勇者が揃っている。魔法の基礎ぐらいなら俺が教えなくても良かったはずだ。
だが輝夜は、魔法のコントロールは出来るが、魔力のコントロールが出来ていなかった。
これは明らかに、そうなるように仕向けられたと捉えられても可笑しくはない。
「アイク君、それはね」
「いい、私が話そう」
ユイカの言い訳をマリアさんが止める。
「私たちは最初から輝夜に魔法を教える気はなかった」
「何故だ? 輝夜の才能は、魔法使いなら一度は夢見るほどの才能だぞ」
一度見た魔法が使える。全知の魔眼も持っている。女神に愛されたような魔法を扱うセンス。
そのどれもが凄い才能だ。
「勇者に大きな才能があったら、この世界では生きづらくなる。
ユイカには、人の目がある所では目が見えない振りを続けて貰っている。
輝夜にも同じことで制限させたくはなかった。だから魔法を教えなかった。この世界の子供のように、のびのびと暮らして欲しかった」
確かに輝夜の才能は大きすぎる才能だ。国に報告する義務が発生するほどに。
マリアさんは、久しぶりに会っても考えが変わっていない。変わったのは、輝夜という大事な人が一人増えただけ。
「いつの間にか魔法を覚えてきた時は焦ったけどな」
マリアさんは、ハッと、能天気に笑う。
「アイクがそういう程の才能が輝夜にあるということか」
ん? 何かがおかしい。
「マリアさんは輝夜の魔法の才能のことを詳しく分かっているのか?」
「輝夜には魔法の才能はあると思う。だが、アイクが言うように『魔法使いが一度は夢見るほどの才能』そんな才能があるとは思えなかった」
そうか。俺とマリアさんとでは、輝夜に対する期待値が違うんだ。
多分マリアさんとユイカは、輝夜の魔眼のことを知らない。
一度見た魔法を再現出来ることも知らないのか。
そうしたらここでマリアさんに輝夜の才能の凄さを力説することもない。余計な心配が増えるだけだ。
「マリアさんの言う通り、輝夜はそこまでの才能はないかもな。今も火の初級魔法しか使えねぇ」
「ん、違うよ! 風魔法も使えるようになったもん!」
「そうだな」
輝夜が話に入って来たことで、マリアさんとの話は終わった。
それから俺は料理に集中した。肉も沢山おかわりした。
「ふ~、食った食った」
「食った食った」
輝夜が俺の言葉の真似をする。
「じゃあ帰るわ」
「また顔を見せに来いよ」
椅子から立ち上がり、ドアの方へ歩く。ドアを開いたところで、マリアさんが親みたいなことを言ってきた。
「ユイカの手料理は食いたいからな。今度からちょこちょこ帰ってくる」
「そうか、ならいい」
食事スペースからでも皿を洗っているユイカが見える。ユイカは俺の帰ってくるという言葉を聞いて嬉しそうだ。
「輝夜も魔力が少なく、賢者の頂きに到達した者に教えを乞うとはな」
「誰のこと言ってんだよ」
「いいや、なんでもない」
またマリアさんは勘違いをしている。賢者って、俺はもう魔法使いでもないのにな。
この空間に居ると暖かすぎて帰れなくなりそうだ。三歩前に歩き、そっとドアを閉めた。
ふぅ、と息を吐く。腹の温もりを擦りながら、腹が張っているキツさと共に再度歩き出した。
俺の目の前には大きなテーブルがあり、ユイカが作った料理が並んでいる。
ユイカの料理を食べるのは久しぶりだ。
俺の両隣にはユイカと輝夜が座っていて、右側にユイカが、左側には輝夜が、食事スペースを占領している。大きなテーブルなのに、俺の食事スペースは狭い。
なんでもっと距離を取らないんだ?
そう思うだけで、口にする程にウザったくはない。
そして真正面には、能天気な懐かしい顔。老人のくせに皺が一つもなく、人を惹きつける美貌を持つエルフのクソババアがいた。
「まだ死んでなかったのかよ」
と、言う俺の悪態に、エルフのクソババアこと、マリアさんの口角が上がった。
「私が死ぬことがあるとするのなら、お前の死を見送ったあとだ」
ずっと前にマリアさんから似たようなことを言われた気がする。
「そうかよ」
久しぶりに顔を見せたってのに、俺はこんなしょうもない悪態をつくことしか出来ない。
照れてるとか、そんなんじゃない。ただ感動の再会という訳でもないのに、抱き合うようなそんな関係でもないだけだ。
マリアさんとの会話は済んだ。
俺は視界を下げ、料理を見つめる。
さっそく皿の横にあったフォークを持つ。
俺はマリアさんと話に来たんじゃない。ユイカの手料理を食べるために、このボロ家に入ったんだ。
皿の中には綺麗に盛り付けされた肉があって、すでに食べやすいように切り分けられていた。ナイフは必要ない。
切り分けられていた肉をフォークで刺して、口に頬張る。
美味ッ! 肉を口に入れた瞬間においしさがダイレクトに伝わってくる。
香ばしい芳醇な香りが鼻を抜け、柔らかな肉は噛むたびに、ピリッとした甘さがある刺激と、ジューシーな肉汁が口の中で弾ける。
肉は数回咀嚼すると、あっという間に口の中から居なくなった。
「うめぇ」
料理の感想が口から漏れると、「ふふん」と、ユイカの方からご機嫌な鼻歌が聞こえてきた。
この肉に掛かっているソースのベースは醤油と言ったか? たぶんそんな名前だったと思う。醤油とガーリックの香りのインパクト。それと、刻まれた飴色の玉ねぎの甘さが際立つ。
久しぶりにユイカの手料理を食うと、異次元な美味さに感激する。
たまにはこの料理を食べに来ようかなと思うほどだ。
再度、肉にフォークで刺す。
「輝夜の師匠がアイクとはな」
と、ボソッとマリアさんが勘違いを口にした。
マリアさんは、まだ俺と喋りたいらしい。
無視をしてもいいが、この勘違いは訂正しておかないといけない。
「俺は師匠じゃねぇよ。ただの暇つぶしに魔法の基礎を教えているだけだ。このぐらいの基礎を教えるだけなら、そこら辺で歩いている見習いの魔法使いにもできる」
そう暇つぶしだ。師匠と弟子というのなら、俺が弟子の予定だったんだけどな。
それよりも、だ。
「なんでお前らは輝夜にちゃんとした魔法の使い方を教えなかった?」
この教会には賢者と勇者が揃っている。魔法の基礎ぐらいなら俺が教えなくても良かったはずだ。
だが輝夜は、魔法のコントロールは出来るが、魔力のコントロールが出来ていなかった。
これは明らかに、そうなるように仕向けられたと捉えられても可笑しくはない。
「アイク君、それはね」
「いい、私が話そう」
ユイカの言い訳をマリアさんが止める。
「私たちは最初から輝夜に魔法を教える気はなかった」
「何故だ? 輝夜の才能は、魔法使いなら一度は夢見るほどの才能だぞ」
一度見た魔法が使える。全知の魔眼も持っている。女神に愛されたような魔法を扱うセンス。
そのどれもが凄い才能だ。
「勇者に大きな才能があったら、この世界では生きづらくなる。
ユイカには、人の目がある所では目が見えない振りを続けて貰っている。
輝夜にも同じことで制限させたくはなかった。だから魔法を教えなかった。この世界の子供のように、のびのびと暮らして欲しかった」
確かに輝夜の才能は大きすぎる才能だ。国に報告する義務が発生するほどに。
マリアさんは、久しぶりに会っても考えが変わっていない。変わったのは、輝夜という大事な人が一人増えただけ。
「いつの間にか魔法を覚えてきた時は焦ったけどな」
マリアさんは、ハッと、能天気に笑う。
「アイクがそういう程の才能が輝夜にあるということか」
ん? 何かがおかしい。
「マリアさんは輝夜の魔法の才能のことを詳しく分かっているのか?」
「輝夜には魔法の才能はあると思う。だが、アイクが言うように『魔法使いが一度は夢見るほどの才能』そんな才能があるとは思えなかった」
そうか。俺とマリアさんとでは、輝夜に対する期待値が違うんだ。
多分マリアさんとユイカは、輝夜の魔眼のことを知らない。
一度見た魔法を再現出来ることも知らないのか。
そうしたらここでマリアさんに輝夜の才能の凄さを力説することもない。余計な心配が増えるだけだ。
「マリアさんの言う通り、輝夜はそこまでの才能はないかもな。今も火の初級魔法しか使えねぇ」
「ん、違うよ! 風魔法も使えるようになったもん!」
「そうだな」
輝夜が話に入って来たことで、マリアさんとの話は終わった。
それから俺は料理に集中した。肉も沢山おかわりした。
「ふ~、食った食った」
「食った食った」
輝夜が俺の言葉の真似をする。
「じゃあ帰るわ」
「また顔を見せに来いよ」
椅子から立ち上がり、ドアの方へ歩く。ドアを開いたところで、マリアさんが親みたいなことを言ってきた。
「ユイカの手料理は食いたいからな。今度からちょこちょこ帰ってくる」
「そうか、ならいい」
食事スペースからでも皿を洗っているユイカが見える。ユイカは俺の帰ってくるという言葉を聞いて嬉しそうだ。
「輝夜も魔力が少なく、賢者の頂きに到達した者に教えを乞うとはな」
「誰のこと言ってんだよ」
「いいや、なんでもない」
またマリアさんは勘違いをしている。賢者って、俺はもう魔法使いでもないのにな。
この空間に居ると暖かすぎて帰れなくなりそうだ。三歩前に歩き、そっとドアを閉めた。
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