メスガキに毎日魔法を教えていたら賢者と呼ばれるようになりまして

くらげさん

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守り手

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「お前、ユイカの洗脳解いたろ」

 確かにユイカの洗脳を解いたのは俺だ。だが、洗脳を解いたのがバレるとは思わなかった。

 魔法使いの一般常識に勇者の洗脳は『解除出来ない』とある。だから勇者であったユイカの洗脳の有る無しを確かめる馬鹿なヤツはいない。そう思っていた。

 マリアさんもユイカの洗脳を解こうとしてたのか?

 ここに馬鹿が二人も揃っていたということか。それなら簡単に洗脳を解いたのが俺だとバレる。長い時間ユイカと一緒にいた魔法使いは俺とマリアさんだけだったからだ。

 この場合、自分を勘定に入れる奴はいない。

「忘れられた賢者だが、賢者の目を甘く見るな」
「甘く見るなって……。正直驚いたが、俺は別に隠していた訳じゃない。そう言うお前はユイカが洗脳されてても良かったと言うのか?」

 勇者は洗脳されて、一部の貴族の命令には逆らえない。もちろん聖王の命令は絶対だ。

 小さな頃から勇者は洗脳の魔法を繰り返し受けている。大人になる頃には、洗脳の魔法が複雑に入り組みすぎていて、洗脳を解除しようにも、魔法の取っ掛りすらも分からない、解除不能の呪いみたいになっている。

「いや、良しとはしていない。でもユイカの洗脳魔法をどうやって解いたんだ?
 あの悪意の塊の洗脳魔法。隙間はなく、ユイカの魔力の奥底にこびり付いていた。洗脳を解除しようとしても、その解除魔法をトリガーに、またさらなる強力な洗脳魔法が掛かる仕様になってたはずだ。私でも不可能と、解除すらしなかったのに」

 マリアさんがユイカの洗脳を解くことを不可能と思っていたら、バレることはなかったんだけどな。
 解除の方法を探してたに違いない。

 マリアさんにはユイカの洗脳魔法が、隙間なく見えたのか。それでは勇者の洗脳を解くのは不可能だ。

 ユイカの魔力の源泉、心の臓の左側、魔力路という器官。そこにあった真っ黒な玉と、その黒い玉から脳まで届く束ねた糸。それが洗脳魔法だ。

 洗脳魔法の一つ一つが、うじゃうじゃと蛆虫のように蠢いていて、一つの黒い玉になっていた。そこから伸びる糸にも、蛆虫が這っていて、脳まで侵されていた。俺がした事は、その蛆虫を一つ一つ取り除いただけだ。

 蛆虫を取り除く魔法を使う時に、魔法発動後に余分な魔力が残っていたら、黒い玉の最深部にあった設置型の洗脳魔法が干渉する。

 設置型の洗脳魔法の効果は、『解除魔法の余った魔力で、さらなる洗脳を掛ける』だ。

 それも魔力操作を完璧にしている俺なら気にする必要はない。

「俺に不可能はない。何処かの日記にそんな言葉が書いてあったんじゃなかったか?
 しかもお前はユイカの洗脳が解除されたことを聖王が知っていると思っているかも知れないが、俺がそんな下手な真似をすると思うか?

 洗脳魔法を植え付けた魔法使いにも、解除したことはバレてないと思うぞ」

 設置魔法が起動していたら流石に聖王国にバレると思うが、設置魔法だけ綺麗にユイカの魔力路に残してあるからな。

 あと、どうやって解除したのか、か?

 俺はこんな気色の悪い魔法のことを、少しでも口に出すのは嫌だった。

 勇者の洗脳は、聖王が死ねと言えば死ぬ。それだけ強力に勇者は縛られている。易々と殺してくれるならまだいいだろう。死んだ方が良かったと思うような人の尊厳をも踏みにじる命令も一部の貴族ができるんだ。

 しかも忘れされる、口止めをする。隠蔽に関しては何でもござれだ。

 勇者にも人権はある。洗脳など人道的じゃないと聖王に訴えた貴族は、公爵家だろうと処分されるのがこの国、聖王国。

「そうだったな。アイクに不可能はなかった。洗脳魔法を植え付けた魔法使いにも解除されたことが分からないって……ふっ、凄いなアイクは。……ありがとう」

 マリアさんは俺から視線を切った。俺が話したくないと察したんだろう。城下町を見ながら、眉を下げ、困ったように笑った。

 その顔を見て、胸の内がズキリと傷んだ。いつもは自信満々に能天気にハッと大きな声で笑うのに。

「お前、本当に……」

 俺は口から溢れた言葉に気づき、口を閉じる。

「なんだ心配してくれるのか?」

 マリアさんの口元がニヤリと上がり、意地の悪い笑みを見せる。

「こんな見え透いた演技に騙されるとは、アイクも純情な男だったということか」

 長寿エルフの自虐ネタとしても、笑えない。

「そんな縁起の悪い演技があるか。お前がもう少しで死ぬのかと思ったぞ」
「力が衰えているといっても、この美貌と、この無尽蔵な体力がある限り、そうそう死なんだろうな。
 お前が死んでも、私が丁寧に女神様の元まで送ってやるよ」
「またエルフの冗談か? まったく冗談に聞こえねぇな」
「……冗談じゃないからな」

 乾いた笑いの後に、そう言うマリアさんの瞳が寂しそうに揺れる。瞬きの後、その痕跡も残さずに、マリアさんは、いつも通り自信満々に能天気にハッと大きな声で笑った。

「ユイカが笑うようになったのはお前のおかげだ。最近では料理をする余裕まで出来てきた。それもお前のおかげだったな。
 そして、洗脳から解放してくれた。
 私はな、もうこの世界のことでユイカに苦労させたくない、一生幸せに暮らして欲しい。やっと、やっと、私に償いのチャンスが来たんだ。

 私では、ユイカをユイカの元いた世界に返すことは出来ないからな」

 ユイカを元いた世界に返すのは、この世界広しと言えど、誰もいないだろう。

「勝手だな。この国に勇者は、それこそ他の国でも勇者は沢山いる。ユイカの幸せを願ったって、自己満にしかならねぇぞ。この世界の罪は、そんな簡単な事じゃ拭えない」

 マリアさんは「そう、自己満だ」と、続けた。

「アイクには、ユイカの守り手になって欲しかった。その言質が取れればそれで良かったんだ」

 だから『生きる理由』に『ユイカが普通の日常をおくれるようにしてくれ』としたのか。

 一生を使っても不可能に近い約束で俺を縛ろうとした。

 俺じゃなかったら一生使っても無理な約束。

 しかも言質って。そんなのまったく拘束力ないだろうが。

「なんだよ。俺の代わりなんかいくらでもいる。守り手ならまた探してくれ。あてが外れたな」
「まったくだ」
「……でも、でもな。俺の視界で、ユイカに手を出す奴がいれば俺が殺しておいてやる」
「それだけ聞ければ、お前をここに連れてきたかいがあるというものだ。じゃあその時は頼むな」

 俺の言葉にマリアさんは優しく笑った。

 俺は照れくさくなり、視界を城下町に移した。





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