メスガキに毎日魔法を教えていたら賢者と呼ばれるようになりまして

くらげさん

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悪夢

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◇◇◇◇


 仕事は少し早くに終わった。まだ夜の闇が抜け切っておらず、日は出ていないのに、ほんの少しだけ明るい朝。

 学院から出た後、公園に向かっている途中でパンのいい匂いがして、小腹がすいてくる。

 公園に着くと、静かな公園を見渡す。輝夜はまだ来ていない、俺一人の貸切状態だ。

 ベンチに座ると、空気が震えて、雑多な音が紛れてくる。

 俺は輝夜が来るまで寝ようと思い、ベンチに横になる。欠伸をして、俺は目をつぶった。


『ーーー聖王様! 考え直してください! 異世界から子供を連れてくるなど、人道に反する行いです。何度この国は、過ちを犯す気ですか!
 なんと言われようと、私は絶対に『赤月召喚フリニール』を容認しません』

 あぁうるさい。懐かしい父さんの声だ。

 目を開けると、少し幼さが残った白髪の美女が俺を優しい翠の瞳で見つめている。この美女は俺の自慢の母さんだ。
 母さんの白髪は、光が反射しているかと思うようにキラキラと輝いて見えた。

「大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫……」

 母さんは『大丈夫』と繰り返し言っている。俺は母さんの手に抱かれながら、母さんに頭を撫でられて、俺自身はガクガクと身体を震わせていた。


 久しぶりに見たな、この夢。

 母さんと父さんが殺された日の夢。

 こんな悪夢を見るのも、久しぶりに魔法を使った反動だろうか。

 魔法は抵抗なく使えていたと思ったんだけどな。


 母さんの横で、必死に叫んでいる父さんの姿が見える。
 父さんは俺に似ているが、俺と違って凄くイケメンだ。金髪の髪に爽やか青の瞳。

 この両親から俺が貰ったのは、くすんだ金髪と翠色の瞳。あと、どちらも学院時代は天才と言われていたらしいから、魔法の素質も貰っていたことになる。


「母さん父さん、俺が必ず助けますから」

 俺はガクガクと震える声で、必死に気持ちを奮い立たせた。この時の俺は、もう家族全員が助からないことは分かっていたと思う。

 神聖城の聖王の間で、赤の聖職着を身にまとった聖騎士に囲まれている。

 俺はと言うと、呪文を呟いていた。呪文を呟いていたんだ。

 学院で、歴代最高の天才と言われる俺が。


「風の精霊王よ。……。
 火の精霊王よ。……クッ!
 光の精霊王よ! ……なんで!
 闇の精霊王よ!!! ……なんでなんだよ!!!」

 いくら精霊の名を言おうと、いくら魔力を練り上げても、いくら叫ぼうが、魔法が発動することはなかった。

 神聖城はドーム型の結界で守られている。その結界の名は『精霊の鳥籠アンチマジック
 この結界の効果は、結界内の魔法を無効化する。しかも聖職着を着ている奴は魔法を使えていた。


 この夢では、最後に俺は女神の名を呟いた。この国がどうなったっていい。大切な人を守れるなら、と。

『月の女神よ、我に応えよ、理不尽を貫く、大いなる風を扇ぐ力を……ッ!』
 
 だが……。

「ダメよ。その魔法はここで使ってはいけないわ。
 いつも言っているでしょ。

 魔法には使いどころという物があるって」

 手で口を塞がれ、小声でそう言う母さん。

 その時の俺は、『大切な人を守るために使わないで、いつ使うんだ!』と思っていた。
 いや、三十歳になった今でも、思っている。

 俺はその場で、この魔法を使わなかったことを後悔している。

 母さんが言っていた使いどころという物は、この歳になっても、全く来ていない。


 母さんは俺の額にキスして、『月の女神エルトリーデ様のご加護があらんことを』と祈り、聖騎士に俺を託す。

 父さんを見ると、意思のこもった目で俺を見ていた。父さんは俺に何も言わなかった。

 聖騎士に連れられた俺は赤子みたいに泣き叫び、聖王の間から出されて、扉が閉まると、聖王の間から、ザシュッ! と気持ちの良い何かが切れる音が二つ鳴った。

 その音を聞いて、目の前が真っ暗になったのを覚えている。それから目が覚めると、どこかの汚い路地裏で雨に打たれていた。

 路地裏の地面は酷く冷たく、身体に打ちつけられる雨は、凄く痛かった。


 その時に俺は何を思ったか。

 それはもちろん。

『どれだけ沢山の魔法が使えたって、大切の者を守れなければ意味がない』

 と、そんな至極当たり前なことを知った日でもある。


 これは悪夢だ。ただの悪夢。起きたら、いつもの日常がやってくる。そう悪夢を見る度に思う。

 悪夢が全部夢だったらと。

 母さんも父さんも、ふかふかのベッドから起きたら居て、朝の食事の席で俺は悪夢のことを話すんだ。そしたら、ハハハと、笑い話にしてくれる。

 そんないつもの日常に。



「……じさん」

 耳元で声がする。水に浸かっているような意識から、起き上がる。

「おじさんおじさん!」
「……何だ」

 輝夜が見える。はぁはぁ、と荒い息をし、心臓の音がドクンドクンと鳴り止まない。昔のことだが、悪夢を見た後はいつもこんな感じだったな。

 この国に復讐も考えたことはあるが、この国の戦力は底が見えない。
 まぁでもその時の俺は自分生活でいっぱいいっぱいだったし、いつの間にか復讐するべき対象でもある聖王も病気で死んでいた。


 心の底からの人生への諦めがあった。

 でも少し、今やっと人生が楽しくなってきた所だ。


「嫌な夢でも見たの?」
「なんでだ?」

 輝夜は俺の頭を優しく撫でている。

「涙が出てるよ」

 俺は夢を見ながら泣いていたみたいだ。

「大丈夫だ。少し懐かしい夢を見た」
「そうなんだ」
「訓練方法を考えてきた」
「うん、楽しみ」
「……」

 輝夜はずっと俺の頭を優しく撫で続ける。

「いつまで俺の頭を撫でるつもりなんだ?」
「もう少しだけ、続けさせて」
「まぁいいが、飽きたら言えよ」
「うん」

 吸い込まれそうな優しい黒の瞳が、何故か母さんの瞳と被って見えた。

 スっと身体中の力が抜けて、俺はそのまま再度眠りについた。




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