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原石
しおりを挟む少女が魔法で出した火の玉はすぐに消えた。少女はふぅー、と長い息を吐き、笑顔で俺に振り返る。辛そうな表情は一切見せることは無かった。
そしてワクワクと何かを期待した視線を向けてくる。少女は何を期待しているのか分からないが、ここは無難に。
「魔法が使えるなんて凄いな」
素直に褒めておいた。少女は「へへ~ん」と小ぶりな胸を張り、満足気だった。これは正解だったのだろうか。
凡人だろうが、天才だろうが、化物だろうが、褒められて嬉しくない奴はいないだろう。
しかもだ、この少女の才能がズバ抜けて高くても俺には関係ない。初級魔法で悦に浸ってるこの状況で国が滅ぶこともないしな。
まぁ俺も常識外の魔法に驚きはした。驚きはしたが、一旦冷静になって考えてみれば、この少女が本気で魔法を覚えたら、相当に面白いことが起きそうだなと、少し期待している。
本気で魔法を習得した未来。その時に少女は人類の敵になるか、味方になるか。もちろん敵になるなら俺が手伝ってもいい。暇つぶしぐらいにはなるだろう。
「おじさんなに笑ってるの? キモっ♡」
手で口元を隠す。おっと、表情に出ていたか。
「将来すげぇ魔法使いになるだろうお前に魔法を教わるなんて光栄なことだろ。そりゃ、笑いの一つでも出るよ」
「へ~、ふ~ん。へ~」
少女は目を横にズラして、頬を赤く染めた。
「おじさん、見る目あるじゃん」
「どうも」
俺は魔法を誰かに教えてもらったことがなかった。だから師匠と弟子の関係には少しの憧れはあった。
先生と生徒という関係も学院に在籍したら自然と付いてきたが、魔法については先生よりも俺の方が経験も知識も技術も、全てで上回っていた。
それにより先生たちからは壁のような物を感じて、近付けば逃げられることも多かった。俺は先生の有難みを経験したことがない。
だからか余計に、師弟の関係に、少しの憧れがあるんだろうと、自分自身で思っている。
そして、憧れた初めての師匠が、この少女と。
そう言えば師弟の関係になるのというのに、まだ俺は少女の名前も知らない。この際だ、俺から名乗ろう。
「俺の名前はアイク。師匠の名前を聞かしてくれ」
「私の名前は輝夜。高月輝夜」
「珍しい名前だな」
勇者は変な名前が多い。それでも昔よりは違和感が無くなっている。それもそのはずで昔は子供の名前を女神様や精霊の名前、魔法の属性に関連した名前を付けることが多かったようだ。近頃は有名な勇者の名前を子供の名前にと付ける親も沢山いる。
「うん。珍しいみたいだね。おじさんは私の事、輝夜って呼んでもいいよ。私の名前は月のお姫様と一緒の名前なの」
「ほぅ」
月のお姫様? 月の女神様だったらいるが、月の女神様は高月輝夜という名前ではない。これは少女輝夜の異世界の記憶だと思う。名前に強く結び付いている記憶は消しにくい。それだけ輝夜は月のお姫様というワードが気に入っていたんだろう。
「輝夜」
「ッ! な、なに?」
俺が名前を言った瞬間に輝夜は肩を揺らし、ピクっと反応した。
「月のお姫様の名前か。良い名前じゃないか」
「そ、そうでしょ」
「あぁ」
輝夜は俺が名前を褒めたことで、「にへへ」と、言葉にしながらニマニマしていた。
俺はボロボロの地面に敷かれた紙を見る。紙に書かれているのが星型の陣だ。三角形と逆三角形を重ねて、その上に二重の円が描かれてある。
よく見たら紙じゃなく布だ。布を綺麗に正方形に切って、インクかと思ったら火で焦がしたような跡で陣を作っている。
「この魔法陣は自分で作ったのか?」
「そうだよ。紙が欲しかったけど、シスターが紙は高いからって、カビカビになった布の切れ端をくれたの。それで作った」
作った? これを? どうやったんだ。
「この陣、凄く綺麗に焦がされてんな」
「それは本当に大変だったよ。布を水でビショビショにして、魔法のファイアーボールを、玉から陣の形に変えるの。そして布に押し付ける。
炎の形を崩すのに一週間とか掛かったんだから、そして綺麗に陣の模様にして、それを維持するのにまた一週間。布が焦げるまでの火力の調整でまた一週間。で、完成!」
輝夜は陣のサポートも無しで、魔法が使えるのか。しかもファイアーボールを崩す? で、魔法の好きな形に変えて、魔法の維持と火力の調整を合わせて三週間で終わらせている? マジか。
「最初に覚えた魔法はファイアーボールか?」
「うん。学院の子たちが外でやっているのを見たんだよ。私もやれるかな~って、その時に紙の陣の上でやってたから、それもいるのかなと思って作ったっていう感じかな」
輝夜は初等部の魔法の授業を見たんだと思う。
陣無しでも魔法は使える。だが、陣の助けがなければ、魔法発動の難易度は格段に高くなる。
陣無しの魔法の発動。魔法の形を崩す。魔法を好きな形に変える。好きな形のままで維持する。魔法の出力の調整。
才能を持つ者でも、魔法のコントロールのみに十年は捧げないと、輝夜と同じことは出来ないだろう。一つ一つの工程に数年は掛かる計算だ。それを三週間で、一ヶ月も経っていない。
「誰かに魔法のやり方を教わったのか?」
「ん? だから、教わる必要はないの。
だって私、見た魔法を全部一瞬で使える天才なんだよ♡」
俺も天才とか、化け物と言われたことはあるが、輝夜は俺以上の才能があるかもしれない。
これ、輝夜の才能を国に報告する義務が発生するんじゃないか?
後々、輝夜の才能が国にバレるとするだろ。輝夜の才能を知っていた、知ってしまった俺は、国に報告しなかった罪で、反逆罪に近しい罪を被せられるんじゃなかろうか。
逆に今報告したら確実に国からの褒美が出る。輝夜も勇者になった方が生活の水準は今よりも格段に上がるだろう。
「輝夜、勇者になりたいか? 多分お前ならすぐに勇者になれる。そうしたら今よりも良い生活が出来るぞ」
「ん? 私今、おじさんの師匠だから、勇者なんてやってる暇ないよ!」
勇者なんてやっている暇はない、か。
輝夜は子供なんだ。まだ勇者の旨味が何なのかピンとは来ていないのだろう。
まぁ俺もこんな国に輝夜を取られるのは、少し勿体ないと思っていた。
「そうだな。俺を立派な魔法使いにしてくれな」
「まっかせなさい!」
輝夜は、ぽん、と胸に手を置き、「へへん」と、満足気だった。
俺はもう少しこの時間を楽しんでもいいよな。
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