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魔法少女

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◇◇◇◇


 キーン・コーン・カーン・コーン。


 放課後になり、私は机の上に置いたカバンの中を整理していた。

「わっ!」

「ッ!」

 大きな声と同時に両肩を叩かれ、ビクッ! と身体が跳ねる。

 私を驚かせた人物が、ひょこっと私の肩の上の方から顔を出して現れた。

「なんだ……陽葵ひまりちゃんか。どうしたの?」

 陽葵ちゃんとわかると、安心して肩を落とした。陽葵ちゃんは生まれた時から私の横にいる。双子の妹だ。

結月ゆづきねぇ、今日は一緒に帰ろ!」

「一緒に帰れるの?」

「うん!」

 陽葵ちゃんは元気良く頷き、私の腕を引きながら歩く。

「待って待って、陽葵ちゃん!」

 椅子に座っていた私は強制的に立ち上がって、まだ整理が途中のカバンに、ギリギリ手を掛けた。



 学校から出ると、陽葵ちゃんは気持ちが落ち着いてきたのか、歩く速度を落として、私と並んで歩く。

「落ち着いた?」

「うん。結月ねぇと帰れると思ったら、なんか急いじゃって」

「いいよ、私も陽葵ちゃんと帰りたかったし、毎日お仕事も大変そうだしね」

「結月ねぇも陽葵と同じ考えだったんだ」

 陽葵ちゃんは、太陽のように輝いているオレンジ色の髪の毛先をいじりながら、私の言葉に照れている。

 照れている陽葵ちゃんは、すんごい可愛い。

「結月ねぇ、陽葵は魔法少女になったよ。まだまだ結月ねぇの力には及ばないかもしれないけど、結月ねぇも復帰して、一緒に結月ねぇに酷いことをした怪人を倒そうよ! 陽葵たちなら絶対勝てるよ!」

「ごめ……」

 言葉に詰まる。

 陽葵ちゃんが魔法少女になった大きな要因は私だ。私は長い期間陽葵ちゃんに隠れて魔法少女をやってきた。けど、私は怪人に負けた。

 その負け方は陽葵ちゃんからしたら酷いものだったのだろう。私が怪人に負けて家に帰った日の、次の日の朝には陽葵ちゃんが魔法少女なっていた。

 怪人に負けた日の記憶が私には無い。思い出そうとすると記憶にノイズが入り、頭がすごく痛くなる。この症状をお医者さんに聞けば、精神の安定の為に自分自身が思い出したくないと枷をつけている状態らしい。

「ごめんなさい。まだ変身しようとしても、変身できないの」

「そうだよね。陽葵は待ってるから! ずっとずっと待ってるからね!」

 陽葵ちゃんは真剣な眼差しで、こちらを見ている。ふぅ、と息を吐き、真剣さを抜くと、優しい笑みを見せる。

「そうだ! 久しぶりに結月ねぇが好きなブレイドルドの試合を見に行こうか!」

「私はブレイドルド自体そんなに好きじゃないよ。もう一年近くは見てない」

「え? じゃなんであんなに大会を見に行ってたの?」

 陽葵ちゃんは首を横に傾けながら疑問顔だ。

「私はブレイドルドが好きなんじゃなくて、好きな選手がいたの」

「あの無傷で優勝してた人だ! そうだよね! 陽葵が結月ねぇと一緒に行った時は絶対にあの人がいたもん」

 陽葵ちゃんも思い出して納得してくれる。

「凄かったよね、一般人が使う玩具みたい武器で優勝するんだから。結月ねぇが元気が出るように、その人の試合を見に行こうよ! 見て元気になったら結月ねぇも魔法少女に変身できるんじゃない?」

 陽葵ちゃんは立ち止まって、スマホを取り出し、ブレイドルドの大会がある日を調べてくれている。

 でも。

「陽葵ちゃん、その人はもう二年近くブレイドルドの大会には出てないよ」

「え? そうなんだ」

 スマホをから視線を上げて、見るからに落ち込む陽葵ちゃん。


「魔法少女になろうとキッカケを話そうか?」

「いいの!」

 陽葵ちゃんは落ち込みから急に元気になった。

 陽葵ちゃんに魔法少女のお仕事を隠していた時には、魔法少女の話なんてできなかった。だから私も陽葵ちゃんに話せるのが嬉しい。

 私は歩きながら、口を開く。

「私が小学生の低学年の頃かな。怪人が女の子の髪を掴んで持ち上げてた所に遭遇しちゃってね」

「なにそれ! 陽葵、覚えてないんだけど!」

 陽葵ちゃんもこういう現場を見たら、駆けつけるタイプの魔法少女だ。小学校では行きも帰りも一緒だった私たち。陽葵ちゃんが「陽葵が見てないのはおかしい」と言っている。

「陽葵ちゃんはその日、風邪をひいて休んでたから知らないんだよ」

「その日なの!?」

 陽葵ちゃんの声が一層大きくなる。そう、陽葵ちゃんは小学校の頃に一日しか休んでない。たまたまその日だった。

 私は続きを話す。

「私よりも、お父さんよりもお母さんよりも、その怪人は大きかったんだよ。女の子を助けに行くという発想すら出来なくて、怖くて、ただ見てた」

「結月ねぇ動かなかったの?」

「うん、ごめんなさいね」

 陽葵ちゃんはたぶん強い私しか見ていない。この時の私は動けなかった。強い私になったのは魔法少女になろうと思ってから。

「その時にブレイドルドの刀を持って現れてた男の子がいたの。怪人の手を切りながら」

「え? その人が大会で優勝してた選手!?」

 私は陽葵ちゃんの答えに頷く。

「男の子も女の子みたいに小さくて、なのに女の子と怪人のあいだに入って」

「助けたんだ!」

 私は顔を左右に振る。

「怪人にボコボコにやられてた」

「え?」

「そりゃそうでしょ、大きな怪人と小学生低学年だよ。力の差がありすぎる」

 そうボコボコにやられてたんだ。

「でも男の子は一歩も退かなかった。その後は男の子の気迫に負けて、怪人は去っていったけどね」

 もしも女の子じゃなくて、陽葵ちゃんがそこにいたらと私は小さな頭で考えた。そう考えないと、動けなかった私自身に心底呆れ、残念に思ったことを今でも覚えている。

「それが結月ねぇの魔法少女になろうと思ったキッカケの話? 男の子がカッコよかった話じゃなくて?」

 顔が熱い。ふふっと笑う。

「私も、この時の男の子みたいに『目の前の悪に、動ける正義になろう』と思ったの。
 陽葵ちゃんが言うように、この話は男の子がカッコよかった話で、私が魔法少女になろうとしたキッカケの話」

「そんなに正義感に溢れた人なら正義のヒーローになってるんじゃない! 戦隊ヒーローブレイジャーズとか、時代戦隊ムシャムジャーズとかに居ても可笑しくないよ!」

 興奮している陽葵ちゃんには悪いけど、真実を口にする。 

「それはないんじゃない? 彼は正義の力も持ってなくて、怪人でもない一般人だから」

「え? 大会で優勝してた人だよね。あの動きで一般人だったの!?」

 私も一般人と知った時は驚いたなぁ。

「もしかしたら陽葵ちゃんの言うように、彼は正義のヒーローになってるのかもしれない」

「そうだよね! 結月ねぇが憧れるほどの正義感に溢れた人なら一般人でも正義のヒーローになってるかも!」

 楽しく話していると、ピピピ、ピピピ、と陽葵ちゃんのスマホが鳴る。

 ブレザーのポケットからスマホを取り出すと、真剣な表情になる陽葵ちゃん。魔法少女の仕事が入ったみたいだ。

「ごめん結月ねぇ、急に仕事が入った」

「いいよ、今日の晩ご飯はハンバーグだから早く帰ってきてね」

「ん、任せて!」

 陽葵ちゃんは走って行ってしまった。


 陽葵ちゃんを見送って、カバンからスマホを取り出す。

 陽葵ちゃんと同じ地域にいるから、私にも魔法管理協会から同じ仕事が来ているはず。と、通知を切っている魔法管理協会のアプリを開く。

 仕事内容を確認して、怪人の名前が現れる。

「人造人間増田」

 名前を見た瞬間に頭が痛くなり、スマホを落として、手足が震える。


「陽葵ちゃんが危ない!」


 知らない名前なのに直感的に危ないと思った私は、スマホを手に取り、怪人がいる場所を確認して、震える足で走った。






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