15 / 22
scene 15.
しおりを挟む川のせせらぎが暗闇をこえて鼓膜を震わせる。
先ほどまでは夕陽に照らされた桜紅葉が視界を和ませてくれていたのだが、今はもう闇夜に溶けて見えなくなってしまった。
紅く染まった桜の葉を見ていたら時の流れを感じ、遼太郎はやるせない気持ちに胸が締めつけられた。
遊歩道の桜の木に寄りかかり、黒木の部屋を見上げる。出窓からもれる灯りが、部屋の主の在宅を告げている。
――もう、どのくらいこうしているだろう。
だいぶ秋も深まってきた。じっと佇むには涼しい季節だ。
あれからなかなか決心がつかず、今日になってしまった。そしてここから一歩も動けないでいる。
……もう、俺のことなんか忘れているかもしれない。今更何言ってるんですか、とすげなくあしらわれるかもしれない。
はあ、と何度目かのため息をついたところで、灯りの中を影がよぎった。
その影がだんだんと大きくなって、出窓のカーテンと窓を開けた。部屋の灯りを背にした、ひょろりとした長身のシルエットを見てほっとする。――黒木だ。
それだけでなぜか泣きそうになった。
黒木、と叫びたくなって、でも勇気が出なくて。いっそこの場から立ち去ってしまいたい衝動に駆られながら、遼太郎は唇を噛んだ。
ふ、と影が動いた。
「あ……」
黒木の視線が遼太郎をとらえた。そしてそのまま銅像のように動かない。
――黒木。
遼太郎は腹をくくって、ずっと握っていて汗で湿ったスマホを操作した。
呼び出し音が耳に響く。かなり長い時間鳴っていたような気がするが、やがてそれは途絶えた。
「……はい」
久しぶりに聴く黒木の声は、沈んでいた。
「……黒木」
「いつからそこに?」
「んー……分かんねえ。夕陽がでてたくらいから」
そんなに、といつもの黒木みたいに心配そうな声になる。
「……そっち行っていい?」
しばらく間があいて、
「ダメです」
と静かな声で返ってくる。
「覚えてる? 今日、俺、誕生日」
「……覚えてます。何やってんですか佐野さん。おめでたい日に」
「お前、お祝いしてくれるって言ったじゃん」
「迷惑でしょう、俺なんかが祝ったら。――こないだ言いそびれましたけど、俺、ゲイなんですよ。佐野さんのこと、最初からそういう目で見てましたからね。……気持ち悪くないんですか?」
「別に、気持ち悪くなんかねえよ。それより……お前に、会えないほうがツライ、から」
声がつまって、言葉がとぎれとぎれになる。息を吸うと、冷えた体に桜の葉の香りが染み渡る気がした。
「佐野さん……?」
「俺だってさあ、あれからそれなりに考えて、覚悟してここに来てるわけ。少しは考慮してくれてもいいんじゃね?」
「でも、だって」
怖がってたじゃないですか、と小さな声がかろうじて聴こえる。
「そりゃ怖いよ。いきなり……あんなことするなんて思ってなかったし、お前から告白されるなんて考えてもなかったし。正直今だって怖いけど、でも……」
深呼吸して、窓を見上げる。オペラか何かでこんな場面あったな、と思い出しながら。
「会いたかった、から」
「佐野、さん……」
涙に滲んだ声が遼太郎の名前を呼んだ。
「……そっち行っていい?」
もう一度問うと、はい、とかすかな返事が機械を通して聴こえてきた。
scene 15. 〈了〉
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
潜入した僕、専属メイドとしてラブラブセックスしまくる話
ずー子
BL
敵陣にスパイ潜入した美少年がそのままボスに気に入られて女装でラブラブセックスしまくる話です。冒頭とエピローグだけ載せました。
悪のイケオジ×スパイ美少年。魔王×勇者がお好きな方は多分好きだと思います。女装シーン書くのとっても楽しかったです。可愛い男の娘、最強。
本編気になる方はPixivのページをチェックしてみてくださいませ!
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21381209
【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】
海林檎
BL
子宮はあるのに卵巣が存在しない。
発情期はあるのに妊娠ができない。
番を作ることさえ叶わない。
そんなΩとして生まれた少年の生活は
荒んだものでした。
親には疎まれ味方なんて居ない。
「子供できないとか発散にはちょうどいいじゃん」
少年達はそう言って玩具にしました。
誰も救えない
誰も救ってくれない
いっそ消えてしまった方が楽だ。
旧校舎の屋上に行った時に出会ったのは
「噂の玩具君だろ?」
陽キャの三年生でした。
出産は一番の快楽
及川雨音
BL
出産するのが快感の出産フェチな両性具有総受け話。
とにかく出産が好きすぎて出産出産言いまくってます。出産がゲシュタルト崩壊気味。
【注意事項】
*受けは出産したいだけなので、相手や産まれた子どもに興味はないです。
*寝取られ(NTR)属性持ち攻め有りの複数ヤンデレ攻め
*倫理観・道徳観・貞操観が皆無、不謹慎注意
*軽く出産シーン有り
*ボテ腹、母乳、アクメ、授乳、女性器、おっぱい描写有り
続編)
*近親相姦・母子相姦要素有り
*奇形発言注意
*カニバリズム発言有り
男の子たちの変態的な日常
M
BL
主人公の男の子が変態的な目に遭ったり、凌辱されたり、攻められたりするお話です。とにかくHな話が読みたい方向け。
※この作品はムーンライトノベルズにも掲載しています。
とろけてなくなる
瀬楽英津子
BL
ヤクザの車を傷を付けた櫻井雅(さくらいみやび)十八歳は、多額の借金を背負わされ、ゲイ風俗で働かされることになってしまった。
連れて行かれたのは教育係の逢坂英二(おうさかえいじ)の自宅マンション。
雅はそこで、逢坂英二(おうさかえいじ)に性技を教わることになるが、逢坂英二(おうさかえいじ)は、ガサツで乱暴な男だった。
無骨なヤクザ×ドライな少年。
歳の差。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる