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scene 11.

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「うっわーなにこれ。すっげえ」

 黒木の部屋に通され、部屋を埋め尽くすほどのミニチュアの山に驚嘆の声を上げる。

「あ、あの、すみません恥ずかしいんで、その……あんまりジロジロ……」
 エアコンを操作しながら、黒木が小声で懇願する。

「いや見るよこれは。うわーちっちゃい。これも全部手で作んの? 信じらんねえ」
 黒木は冷蔵庫から水の入ったペットボトルを二本取り、片方を遼太郎に差し出した。
 サンキュ、とそれを受け取る。

「あの、こんなんなんで……床が埋まってるんですよね。大丈夫ですか、ソファで」
 遼太郎はざっとリビングを見渡す。一人暮らしには広い間取りのほとんどを埋め尽くすミニチュアと、その工具や材料が入っているであろう棚や引き出しの数々。

「まあ確かに布団は敷けそうにないな」
 ソファの近くにある出窓に腰かけて、遼太郎はつぶやいた。出窓には柔らかいマットが敷かれ、大きなクッションが鎮座している。ペットボトルを呷りながら、窓の外を眺める。

「あれ? 遊歩道見えるじゃん」
 毎朝、出勤途中に通る遊歩道。今は街灯の灯りがぽつりぽつりと見えているだけだが、桜並木の影がレンガ道の上に連なっているのが分かる。

「あ、そうなんです……」
「いいなあ。会社からも近いし。部屋も広いし。よく見つけたなこんなとこ」
「親戚に不動産屋がいて。ちょっと、融通してもらったというか」

 へへ、と綿毛のような頭をかいて、黒木が下を向く。



「俺、陸上部だったんで……あの遊歩道、ちょっと走りたいときちょうどよくて。ここからの景色も気に入ったし」
「ふうん……」

 クッションの上で膝を抱える。なんだかとても落ち着く。ここで本読んだりゲームしたりできたら最高だろうな。

「佐野さん、シャワー先どうぞ。着替え、俺のでよかったら出しますから……」
「あ、うん」
 蒸し暑さと、重労働の後で体は汗だくになっている。ありがたい申し出に遼太郎は素直に頷いた。


 黒木の服は、やはり少し大きめだ。だぶついた裾をひっぱりながら、遼太郎は今日の寝床となるソファにこしかけた。黒木が出してくれた布団とクッションを寄せて居心地よくする。
 黙って借りたドライヤーのスイッチを押す。熱風が顔に当たり、目を閉じた。

 ……なんか、黒木の部屋にいるってすげえな。

 春はまだエレベーターでみかけるただの顔見知りだった。
 ちょっとしたきっかけで飲みに行くようになり……今は部屋でくつろいでいる。
 ここ何か月かの変遷を頭でたどる。
 この年になると、新しい友人をつくることなどあまりない。どこまで踏み込んでいいのか、いまいち距離感に悩む。


「あち」
 気づけばドライヤーを動かす手が止まっており、一か所だけ風が当たっていた。遼太郎は頭を振ると、乱暴に髪を乾かしてスイッチを切った。
 静かになると、浴室から黒木が使うシャワーの音がかすかに耳に届いた。なぜかその音に心臓が反応する。



「……?」
 その意味をとらえかねて、遼太郎はペットボトルを開けて水を飲んだ。川原だけでなく、自身も少し飲みすぎたかもしれない。

 ふと、大きな作業台の上に目がとまる。
 いつか、写真を送ってくれたログハウスだ。写真の頃より丸太が組まれ、だいぶ形をなしてきている。のぞきこむと、床もきちんと板が張られており、中には小さな小さな椅子が置かれていた。

「うわ……」
 その細かな細工に感服する。
 細い棒を組み合わせて、まるで本物をそのまま縮小したかのような出来栄えに、思わず手に取って目の前に掲げる。

「よくこんなの作れるなあ……」
「佐野さん? ドライヤーって……」
 急に後ろから声が聞こえて、びくりと手が震えた。

「あっ」
 手から小さな椅子がこぼれて、床に転がった。
「ご、ごめん!」
 慌てて椅子を追いかけ、床に這う。目で追って、目的のものを作業台の下に発見し、そのまま潜り込んで手を伸ばした。

「佐野さん、いいです。俺が拾いますから」
 黒木も近づいて作業台の下へと入り込んでくる。

「いや、俺が不用意に触ったから……」
 遼太郎の手に、黒木の手が重なった。

「あ」



 また、心臓がどきりと鳴った。見上げた黒木の顔が思った以上に近いところにあり、遼太郎は鼓動が高鳴るのを感じた。

 黒木の髪はまだ濡れており、いつも跳ねまくっている前髪は素直に顔の横を流れ、黒目がちな瞳を際立たせている。いつもと違う雰囲気に、遼太郎は動けなくなる。

「佐野、さん……」

 黒木の手が、遼太郎の手をぎゅっと握り込んだ。逃げられない。獰猛な光を帯びた瞳が、遼太郎をとらえた。

「黒木……?」

 黒木が顔を寄せてくる。これから何が起こるか、遼太郎は頭では理解できなくても心が知っているような気がした。

 次の瞬間、ゴツ、と鈍い音が作業台に響いた。
「……ったー……」
 黒木が後頭部を両手で押さえて、唸り声をあげた。
「大丈夫か?」
 作業台から体を引きずり出して、黒木が涙目で遼太郎を見た。
「大丈夫……です」

 ぷっと思わず吹き出してしまう。

「ばっかだなあ。――ほら、ちょっと冷やした方がいいって」
「はい……」
 のろのろ立ち上がると、黒木は冷凍庫から保冷剤を出して、タオルにくるんだ。そのままガシガシと乱暴に頭をこすって後頭部にあてる。

 遼太郎もミニチュアの椅子を拾って立ち上がり、元の場所へそっと戻した。――正直、心臓はまだドキドキと激しい脈を打ち、体は震えていた。
 黒木が何をしようとしたか、自分が何をされそうになったか、それ以上考えるのが怖くて、遼太郎は頭を振った。

 なにかに頼りたくなって、ソファの布団に潜り込んだ。
「佐野さん?」
「――ごめん、眠い。もう寝る」
「はい……おやすみなさい」
「おやすみ」

 布団の中で、クッションをぎゅっと抱きしめる。激しい鼓動を打つ心臓は、しばらく収まりそうになかった。


 scene 11. 〈了〉
 
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