アマービレ・ブリオーソ・アモローソ amabile,brioso,amoroso.

椎葉ユズル

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後日談

腕時計を買いに⑦

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 ふっと真夜中に目が覚めて、時計をしたままだったことに気づいた。横を見ると、恋人はすやすやと気持ちよさそうな寝息をたてている。

 あれから何度達しただろう。数えるだけでも恥ずかしいからしないけど。
 せっかく目が覚めたからシャワーしようか迷ったけど、腰が重くて布団から出るのが億劫だ。あきらめて、天井に向かって手を伸ばす。

 左手首の重みにもだいぶ慣れてきた、かな。智弥の愛の重み、と思い立って顔が熱くなってきた。

 シーツに肘をつき、その端正な顔を眺める。カーテンから漏れる月明かりが長い睫毛をそっと照らしている。

 ねえ、智弥。俺、少しは自惚れていいのかな。
 お父さんとの確執より、俺のこと大事に思ってくれてるって、そう考えて……いいのかな。

 もう、きっと俺は智弥無しじゃ生きていけない。

 心のどこかで、まだ燻っていた。いつか、別れを切り出されたら。俺はにっこり笑って『分かった』って言おうと。だけどもう、そうできる自信がないんだ。

 きっと情けなく泣いて、捨てないでって縋りついてしまうだろう。
 俺は、そんな自分が怖いよ。きっときみを困らせる。迷惑だけはかけたくないのに。



 ……もう寝よ寝よ。明日(もう今日かな)会社だし。時計を外して、キスを落とす。智弥の向こう側にあるサイドテーブルに置いた途端――。

「こら。時計にするくらいなら、俺にしろよ」

 わ、起きてた。それか、
「ごめん、起こした?」
「別に」
 ぎゅっと抱き込まれて息がつまる。

「……また、余計なこと考えてたろ」
「え?」

 心の中を読まれたようで、ドキリと心臓が鳴った。

「時々さ。あんたがそういう……何もかも諦めたようなカオしてるからさ。なんて言うか……不安になるんだよ。あんたが遠くに行っちまいそうな気がして」

 智弥の腕に力がこもる。

「あんたはちゃんと、俺のそばにいてくれよ……光希」

 ――ああ。

 俺は智弥の首に力いっぱい腕を回した。

「ごめん。もう余計なこと考えない」

 ――俺、智弥の隣にいていいんだね。

 霧の深い森の中を彷徨っていたのに、突然視界が開けたように目の前が明るい陽射しに包まれる。

 胸の奥からなにかが泉のように溢れ出る感覚に包まれ、でもそれは言葉にはならなくて、ただ、愛しい人の厚い胸板に顔を埋めた。

 エマさん、智弥を産んでくれて本当にありがとう。



 ふと、智弥が手を緩め、俺の頬をそっと持ち上げた。

「ん」
 そして目を閉じる。
「ん?」
 意図が読めなくて首を傾げる。

「なんだよ、してくんねえのかよ。……キス」
 思わず、ぶはっと笑ってしまった。何この可愛い生き物!

 俺が笑いだしたのでむくれてしまったようだ。もういい、とそっぽを向いてしまった。

「ごめんごめん。――ほら、こっち向いて」

 智弥がしてくれたみたいに、耳を軽く噛む。それからうなじに唇を落とす。
 ぴくりとはねた肩に手をおいて、こちらを向かせた智弥の唇をやや乱暴に奪う。

「……好きだよ、智弥。大好き」

 機嫌直ったかな。
「光希……」
 またぎゅっと抱きしめられる。俺も力いっぱい抱きしめ返した。……ん?

「……言っとくけど、今日はもう無理だからね」
 下腹に当たる硬いものを感じながら警告を出す。
「ん……分かってる」
 下半身は分かってないみたいですけど!?

「分かってるけど……あと一回……ダメ?」
 ダメに決まってるだろ! 明日平日! 会社!

 そう頭で怒鳴りつつ、腰をまさぐる手の動きに逆らえない。あーあ……とため息をつきながらも、俺は自分のモノが形を変えはじめたのを自覚していた。


 ***



 ……朝日が眩しい。そして腰が痛い。
 まあね。昨日は仕方なかったと思うよ。俺から誘ったようなもんだし。

 ヨロヨロとシャワーを浴び、その辺にあった智弥のシャツを着てなんとか食卓につき。
 何故かランランと目を光らせる智弥を訝しげに思いつつ、ご飯をかきこむ。

 ……やっぱり平日は自分ん家に帰ろうかなあ。身が持たない。

 歯磨きをしながら、鏡に映るニヤニヤ顔の智弥を睨みつける。さっきからなんなんだ。

「……何」
 いい加減我慢できなくなって訊いてみる。
「いや、別に」

 とごまかされたけど、視線で気づいた! シャツから鎖骨見えてるからかも?
 じーっと眉を吊り上げて見てると、俺が気づいたのに気づいたみたいだ。

 ふいっと目を逸らして、
「あんたがクソ可愛いのが悪い」

 可愛いのはそっちだろ!!
 叫びたかったけど歯磨き中なので断念した。


「そんじゃ、行ってきます」
「ん。行ってらっしゃい」

 玄関先でちゅ、と軽いキスを交わす。
 ……今日は絶対、自分の家に帰ろうと思ったんだけど。
 智弥に「お帰り」って言ってあげたくて、今夜もこっちに帰ってきちゃうかもなあ。

 ……しょうがないか。

 ドアを閉めて、マンションの通路に差し込む眩しい朝日を一身に浴びる。
 俺は苦笑して、一歩足を踏み出した。



 Fin.

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2021.11.27 ユーザー名の登録がありません

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