アマービレ・ブリオーソ・アモローソ amabile,brioso,amoroso.

椎葉ユズル

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後日談

腕時計を買いに④

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「お、智弥くんじゃーん。元気?」

 山崎がへらっと笑いながら手を挙げる。こいつもわざとなのかなんなのか、やたらと智弥に突っかかる。

「……おう」
「今からブランカでバイトかな? 俺たち今からお客さんとこ。一緒に」

 と俺の肩に手を回す。智弥の眉が片方、ピクリと跳ねた。……絶対わざとだよなこれ。

「……あっそ。気をつけてな」

 ふん、とそっぽを向いて智弥は大股で俺たちの横を通り過ぎて行ってしまった。俺は山崎の腕を外しながら、その整った顔を睨みつける。

「なんでわざわざ焚きつけるようなことすんの」
 山崎は笑いを堪えきれないといった風に口元を押さえながら、

「だって、可愛いんだもん~智弥くん」

 くくく、とイヤな笑いをもらして山崎が俺を見る。もう、後が大変なんだからな。やめてほしい。

「これ、買ってもらったの?」

 山崎が俺の左手首を指さして尋ねてくる。

「う……うん」

 すごい高そう、と言いながらじろじろ眺めて来るので思わず手首を握った。そんな俺を見て、山崎がくすりと微笑んだ。

「うまくいってるみたいでよかったよ」
「あー……まあ、うん」

 今、嵐を巻き起こそうとしていた張本人に言われ、複雑な心境に陥る。
 ついこの間まで、こいつのことあんなに好きだったのにな。

 ん? とのぞき込んでくる顔は相変わらず凛々しくて眩しい。けど、もう心臓がドクドク激しく鳴ったりはしない。

 再び真夏の太陽の下を歩き出したとき、そういえば、と山崎が口を開いた。



「あれ、見ちゃった。『ピアノ王子』」
「えっ」

「あれ、智弥くんだろ? びっくりした。あんなに弾けるんだ。プロみたい」
 まあ半分プロのようなもんだろうけど。それで生活してるんだから。

「……羽根田、いたんだろ? あそこに」
「あ、あー、まあ……」

 ……号泣してました。
 その後のことも思い出して顔が熱くなってくる。

 ふふ、と山崎が目を細める。まるで何もかも分かってますよって言われてるみたいで恥ずかしくなった。

「もうその話はいいから。――ほら、約束の時間に遅れるぞ」
「はいはいっと」

 顔を見られたくなくて、日射しから逃れるふりをして、俺は山崎の背中に回ってぐいと手のひらで押しやった。


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