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後日談
腕時計を買いに③
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「んなもん、俺にも分かんねえよ」
価値感の同じ人をと白羽の矢を立てた岳大さんが、焼き菓子をショーウィンドウに並べながらぼやくように言った。俺はすっかり定位置になったカウンターの席でカプチーノを啜る。
「俺んとこはさあ、母子家庭だったんだけど母親が借金作ってトンズラしちまってよ。貧乏グセが身に染みついちまってるからさ……」
「そ、そうなんですか」
さらっと壮絶な過去を語られた気がする。
「智弥はアレじゃねえ? 親父とケンカしてたようなモンだからよ、親からもらった金には手をつけたくねえって意地があるんじゃね? でも根がお坊ちゃんだからなあ」
……まあ、あんな家で育ってたわけだし。
豪奢なシャンデリアやふかふかの絨毯の廊下を思い出す。
「服とか持ちモンとかは颯が何でも買ってきて甘やかしただろ。だから目が肥えてんじゃねえかなぁ」
なるほど。犯人は颯さんか。
でもあれかな、その使いたくなかったお金を俺のために下ろしてくれたってことかな。
じわじわと顔が熱くなってくるのを隠すように俯いた。カプチーノの表面に描かれていた見事な葉の模様は俺がすすったことで根元が少し崩れている。柊吾さんすごいなあ。器用だよなあ。
「柊吾ん家だってどこまで敷地なんだよってくらいデカくてさ。兄貴たちはコワモテだし。周りは黒服でサングラスのゴツい奴らがいっぱいでよ……」
もう慣れたけどな! と岳大さんが何故か威張るようにふふんと鼻を鳴らす。
そういえば柊吾さんはその筋の家の人だって言ってたっけ。何がどうして喫茶店のマスター兼調律師に……謎だ。
当の柊吾さんは聞いているのかいないのか、コーヒー豆と会話するかのように手のひらに乗せ、焙煎具合を確認している。
「そういや姉さんたちが光希に会いたいっつってたな」
「え」
「智弥をメロメロにした美青年をどうしても見たいって」
……いやいやいや、なにそれ。そんな大したもんじゃないし。
そんで俺、そのでっかいお屋敷に連れてかれるの? コワモテのお兄さんたちに囲まれるってこと?
「いえ……けっこうです。遠慮しときます……」
「そんな怖がらなくでも大丈夫だって。口うるさいけど皆優しいからさ」
このままでは強引に話が進んでしまいそうだと危機感に迫られたところに、タイミングよく山崎がドアのベルを鳴らし登場した。
「おまたせ、羽根田。資料揃ったから――どうかしたか?」
俺がよっぽど嬉しそうな顔をしてたのかもしれない。訝しげに眉を寄せた山崎を押し留め、
「何でもないっ! じゃあまた来まーす」
と、慌ててブランカを後にする。
「そいつと一緒でもいいぞ! 姉さんたち喜ぶから」
と、追い討ちをかけるように岳大さんの声が背中にぶっすりと刺さってきた。
「何の話?」
「いやいや、ホント、気にしないでっ」
山崎と一緒って。まず智弥がうんって言うはずないし。もー岳大さんは思いついたらすぐ口にしちゃうからなあ。
山崎と二人でいると、智弥の機嫌が格段に悪くなる。まあそれはそれで妬いてくれてんのかなって嬉しいけど。でも仕事なんだから仕方ないだろってその度に説明するのがちょっと面倒……って、やば。
噂をすればなんとやら。
山崎と俺の正面に、ギターを肩に背負った智弥を発見してしまった。案の定、目から不機嫌ビーム光線を発射している。
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